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天下界の無信仰者(イレギュラー)  作者: 奏 せいや
第1部 慈愛連立編
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教皇エノク対天羽長ミカエル

 エノクの頭上、そこに光の輪が浮かび上がる。輪は急速に広がっていき、そこから巨大な足が下りてきた。みるみると全身を露わにして大地に降り立つ。

 地上が揺れる。巨大な霊的質量は空間にすら影響を及ぼしその存在をすべてに伝える。それほどまでにこれは大きい。足元に立つビル群がよくできた玩具のようだ。

 エノクの背後、そこにメタトロンは登場していた。エノクを見下ろすミカエルを見下ろし、七大天羽(てんは)メタトロンが巨体と威容を持って天羽(てんは)長と対峙する。

「ほう、これほどまで身近で見ることはなかったがホントにでかいね」

 メタトロンの全長は百メートル。十階建てのビルでもメタトロンの腰にも届かない。まさしく巨大天羽(てんは)である。


「だが、残念残念。せっかく会えたのだが、君も万全ではないようだ」

 純白の石工細工を思わせるメタトロンの肌は実際人肌とは違い石のように滑らかで固い。いつもならば巨大な芸術品を思わせるメタトロンの体は、しかしツギハギだらけだった。体中にひびが入り急造で組み立てたようだ。

 神愛によって粉砕された体。それはエノクにも反動を与えたがなによりメタトロンの負担が大きかった。こうして現れたものの本当ならば戦える状態ではない。入院患者に戦わせるようなものだ、それはエノクとて分かってる。

 それでもエノクは召喚し、メタトロンは応じたのだ。


 この窮地を挽回するために。メタトロンは言葉にせずとも行動で示す。共に戦いエノクの信念に応えると。

 壊れた壺を組み合わせたような外傷は痛々しい。だが、メタトロンの闘志は神愛と戦う時よりもなお激しく迸っていた。絶対に負けられない状況に、今度の戦いにはエノクという相棒がいる。

 負けられない。負けるはずがない。メタトロンは一度は砕かれた体に気合を入れて大地に立っていた。

「いくぞ」

 召喚に応じたメタトロンの意思を汲み取りエノクにも一層気合が入る。その思いを無駄にしないためにも、この戦いは制さねばならない。

「さて、そう上手くいくかねえ?」


 だがミカエルも負ける気はない。二千年も前から抱いた念願の時、それを成就するために。

 エノクとミカエルの第二ラウンドの始まりだ。

「出てきたところ悪いんだけど、早速退場願おうか」

 ミカエルは片手を上げる。念じるのは遥か彼方の宇宙空間。それと上空を一部繋ぎ合わせる。

 エノクは空を仰ぎ見た。雲に隠れたその先にいくつもの脅威を感じ取る。

 それはメタトロン目掛け飛来する複数の隕石だった。宇宙空間を彷徨う巨石を空間転移させ、メタトロンに衝突するよう持ってきたのだ。


 空気との摩擦に全身を赤く熱しながら一直線に落下してくる。その質量、速度、威力はすさまじく、スパルタ帝国の科学者が発明したというミサイルに匹敵するほどだ、。天然の軍事兵器がしかも複数。

「させん!」

 しかし、それが空間転移によって呼び出されたものならば、空間転移によって消し去るのみ。

 メタトロンに直撃する前、エノクは隕石すべてを宇宙空間へと空間転移させた。姿を一瞬で消し隕石爆撃は不発に終わる。

 エノクの援護を受けるつつメタトロンも攻めた。五指を握り締め、肩まで持ち上げた拳を打ち付ける。

「当たるものか」


 メタトロンの拳は強烈だ、単純だからこそ強い。

 しかし如何に強くても当たらなければ意味はない。ミカエルは即座に空間転移による回避を選ぶ。

「ぬ!?」

 だが念じた瞬間に違和感に気付いた。念じても出来ないのだ、まるで鉄の箱に閉じ込められたような窮屈感は、

(空間の固定化!? エノクかッ)

 上位の天羽(てんは)には支配耐性が備わっているので全能で消されることはないが、周囲の空間は別だ。エノクはミカエルの周辺の空間を固定化し空間転移を封じる。

 そこへ、メタトロンの巨腕が襲いかかった。


 ミカエルは盾を突き出しガードする。

 メタトロンの拳がミカエルを捉えた。両者の力と力が衝突し、空気は暴力的な勢いで弾ける。

「うおおお!」

 メタトロンの攻撃にミカエルも珍しく本気を出していた。そうでなければ拮抗など出来やしない。羽を全開まで広げメタトロンの力に抗う。むしろ耐えているだけでもすごい。この拳に比べれば、さきほどの隕石も小石の投擲にしかならないだろう。

 圧倒的な力を誇るメタトロンの一撃。それにミカエルは辛うじて耐えるが長くは続かない。拮抗はすぐに崩れミカエルは吹き飛ばされた。ビルの壁面を突き破りさらにいくつもの壁を貫通していく。ようやく勢いが止まった頃には瓦礫の上に倒れており、電気が壊れたか暗い部屋にいた。顔をなんとか上げれば自分が通ってきた穴の開いた壁がいくつも見える。


「ぬぅ」

 全身にしびれが残る。それを無視してミカエルは立ち上がった。

「舐めるなよッ」

 翼を羽ばたかせミカエルは猛スピードでビルの外へと飛び出した。自分が入ってきた道は使わず壁を壊して外へと出る。

 そこを狙ってメタトロンの拳が振り下ろされた。膨大な質量移動が生み出す風圧がミカエルの羽を震わせた。ミカエルの全身よりもなお大きい拳はまさに恐怖だ。


 だがミカエルは臆さずに拳に直進するとぎりぎりのところを躱していった。卓越した飛行能力となにより胆力だ、失敗すればただでは済まない曲芸紛いの回避を難なくこなす。

 ミカエルはメタトロンの腕すれすれのところを飛行し接近していく。そこでひび割れた個所を見つけ立ち止まると、そこを目掛け剣を一閃した。

「ハッ!」

 その一刀による余波は腕を貫通し光線となって空間を走っていった。

 メタトロンの片腕が斬り落とされる。二の腕が轟音を立てて落下していった。


「残念だったねえ。やはり万全でない君たちでは私には勝てないようだ」

 メタトロン自慢の耐久性も急造の体では半減している。繋ぎ目を攻撃されればひとたまりもない。

 なにより相手は天羽(てんは)長ミカエルだ。その強さは天羽(てんは)の中でもトップクラス。ただでさえ強敵な上に連戦となれば困難どころの話ではない。

「メタトロン!?」

 斬り落とされた腕を庇うように片腕を抱きかかえるメタトロン。神託物の負傷にエノクも駆けつける。神託物とは道具ではない、自分の信仰心の具現というのはもちろんだが、そうでなくとも一心同体の相棒なのだ。


「下がっててもらおうか!」

 だが、それを許すミカエルではない。見咎めミカエルはエノクに片手を向けると、盾の付いた腕の手の平には光が集まり、光弾となって発射した。

 エノクは初めの光弾を斬り伏せるもの数が多い。二十近い光弾がエノクに襲いかかっていた。が、

「ふん!」

 エノクが再び剣を振るう。その剣撃は空間と回数の概念を超え、一撃のもとにすべての光弾を破壊した。全能に理屈など必要ない。ただ思い描くものすべてが可能という神の力で叩き伏せる。


 エノクはミカエルに高速で駆けつけ剣を叩き付けた。全力の一撃だ、これで倒さんと全身に力が入る。

 しかし、その一撃はミカエルの盾によって易々と受け止められていた。

「弱いね、残念だけど」

 剣と盾の間では火花が散っている。エノクは火花の向こうにいるミカエルを睨むがミカエルは涼しい顔だ。エノクの決死の一撃にもビクともしていない。

「やはり神託物を壊された影響か、本当は立っているのも辛いんじゃないのかい?」


 ミカエルは盾を押し出しエノクを突き放した。そこへ輝く刀身を振るっていく。

 まるで遊びのような剣閃だった。ゆるやかな大振り。棒切れを振り回すようだ。しかしその力は大気を震えさせていく。ただ強いだけじゃない。刀身に宿る霊的な力が暴威を振るってくる。エノクは剣で受けるもののその度に体勢が崩れそうになる。

 強い。神愛との戦いによって弱っているのを除いても、ミカエルは強い。この余裕ではまだまだ本気を出していない。底は見えず力の片鱗だけで苦戦を強いられている。


 だが、勝機はまだある。自身は手負いかもしれない。弱体化しているかもしれない。

 しかし、一人ではない。

 天羽(てんは)と違い信仰者には神託物がある。

「ふん!」

 エノクはミカエルの剣閃に苦しめられるが、一旦距離を取ると剣を構えた。全身に押し掛かる倦怠感と神託物を破壊された反動。さらに『不明な違和感』。弱体化の影響はむしろこれが大きい。『まるで信仰心そのものを低下』させられたかのような異様な力の減退。


 それでも、エノクの瞳は鮮烈だった。ミカエルを見る目は死んでいない。

 エノクは攻めた。長年使用してきた愛剣に力を込めミカエルに突撃する。だが当然のように剣で受け止められてしまった。

 全力が出せない。力が及ばない。負けられない戦いで目の前の敵を倒すだけの力が。

 だが、攻撃したのはエノクだけではなかった。エノクが攻撃した反対側からメタトロンが殴りつける。

「ぬ!?」


 それは同時。エノクの攻撃に合わせメタトロンも残った片手でミカエルを殴りつけたのだ。信仰者と神託物の挟撃、完璧なタイミングで放たれたコンビネーションがミカエルを捉える。

「ぬうう!」

 ミカエルは咄嗟に盾で防いだ。両側からの攻撃に挟まれミカエルから余裕が消える。十全ではないとはいえエノクの攻撃を防いでいる剣からも、そしてメタトロンの拳を防ぐ盾からも激しい火花が散っている。両側から迫る力と力。それを全力で押し返そうとミカエルも踏ん張り表情が歪んでいた。

「手負いの、分際でぇ!」


 相手が三柱の神が作った神造体(しんぞうたい)であろうとも、その長であろうとも。

 こちらは二人。生涯を慈愛連立に費やしゴルゴダ共和国で最高とまで言われる信仰者となった。たとえ弱体化した状態であろうとも、戦う決意に一片の陰りもない。

 ゴルゴダのためにも、今も懸命に戦ってくれている仲間のためにも、地上の人々を守るためにも。

「はあああ!」

 この戦い、負けるわけにはいかない!

「ぐあああおお!」


 ミカエルは最高の信仰者と最大の神託物の間で押し合いになっていた。ビルすら容易く破壊する力、絶大な力の奔流が全身に押し掛かる。

 ついには均衡は崩れ、ミカエルは板に挟まれたゴムボールのように弾き飛ばされた。地上目掛け高速で突っ込む。公道のアスファルトを何度も跳ねるように転がり地面を抉っていく。アスファルトの破片と下の土が飛び散り瞬く間に荒地へと変えていた。


 ミカエルが作った(わだち)に似た爪痕にはいくつもの破壊の跡と純白の羽がひらひらと宙に漂っている。

「くっぬぅ」

 ミカエルは仰向けになっている体を起こす。落下した衝撃に表情を歪め 目立った外傷こそないものの苦悶を浮かべる。見上げる先にはビルより高いメタトロンの威容と宙に立つエノク。

 反対にエノクは見下ろす。相手は天羽(てんは)長。この負けられない戦いを前に倒さねばならぬ強敵だ。おまけに全力は封じられている。


 それでも負け気はない。諦めることもない。ゴルゴダ共和国教皇としての誇りと信念に賭けて、エノクは守るために戦うのだ。相手が天羽(てんは)長であろうとも、メタトロンと共にならこの勝負、勝てる!

 慈愛連立のツートップによる戦い。互いに強敵。互いに勢力のトップ。互いに退けない理由がある。

 人類VS天羽(てんは)。その命運は二人の戦いにかかっており、世界の危機は今まさに佳境に差し迫っていた。

「終わりだミカエル。この勝負、私たちが勝つ!」


 エノクは剣を振り上げながらミカエルめがけ降下していった。この勝負に勝つ。仲間を守る。その決意を力に変えエノクはミカエルに迫る。

 その、瞬間だった。


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