お前はこれでいいのかよ?
壊れたガラスの向こう側にさきほどのヘリが現れた。機銃の照準を俺に向け、再び銃身が回り始める。
させるか!
「王金調律!」
俺の全面、そこに黄金のオーラを出現させる。
ヘリから銃弾が発射された。すさまじい勢いでいくつもの銃弾が叩き込まれる。
だが、そのすべては黄金の壁に阻まれていた。妨害の能力によって銃弾は黄金に勢いを殺され地面に落下していく。
さらに黄金のオーラを全面だけでなくヘリにまで伸ばした。オーラはヘリのプロペラの動きを妨害し回転が鈍る。結果、ヘリは高度が保てなくなり制御不能。ふらふらとしながら落下していった。
「こんなところで負けてたまるかよ!」
俺は割れたガラス付近にまで近づき堕ちていくヘリを見つめていた。操縦者は普通の人間なら大怪我だろうが信仰者には物理耐性がある、きっと無事だろう。
「ん?」
俺は外を見るが、向かいに立つビルに動く影があるのに気付き見上げてみた。そこには雲一つない青空が広がっている。そこにいくつもの小さな影が見えた。
遠い。小さな点みたいで誰かはよく分からないが、その背中には白い羽が見えた。
「あいつらか!」
やはりいた。神官長派たちの攻撃、操っていたのはあいつら天羽たちか。
小さな影が六つ、高速で動き回っている。見ている感じどうやら五対一のようだ。天羽五体相手に一人で戦えるなんて、きっとエノクだ。
そこで俺はもう一つのことに気付いた。
「五体? あれ、他は誰だ?」
俺が知ってるのはミカエル、ガブリエル、ラファエルの三人だけだ。ラグエルっていうのもいたらしいが殺害されたみたいだし。あと二人は俺の知らない奴だ。でも、地上に残った天羽は少ないって言っていたし。
「まさか……」
動き回る羽を持つ五つの影、その可能性に思考がゆっくりと止まっていく。あの中の影、その一つって……。
上空での戦況が傾いた。一人で戦っていたエノクがついに限界を迎え、連続する攻撃を受けたのだ。最後は俺からでも見て取れるほどの巨大な炎の塊、五メートルほどはあるだろうか? そこから放射される炎熱をくらい落下してきた。そのまま落ちると上空の風に当てられたか方向を教皇宮殿に変えぶつかってきた。
「うお!」
教皇宮殿の壁をぶち破る音が聞こえてきた。落下の衝撃も伝わってくる。
「上か?」
近い。そんなに遠くはないはずだ。俺はもう一度広場を見る。向こうも大変そうだが、ここはヨハネ先生に任せるしかない。
俺は下ではなく、来た道を戻ることにした。廊下を走り階段を上がっていく。ぶつかった場所は分かってるんだ、すぐに見つけられる。
俺は落下した場所を思い出しながらここだと思う部屋の扉に手を掛けた。しかしドアノブが回らない。俺は一旦距離を離して扉に体当たりした。
「おらぁ!」
扉が倒れる。部屋を見ると電気の点いていない会議室のようだった。しかし壁には大きな穴が開き中の机やら椅子やらは薙ぎ倒されていた。そこにはエノクがうつ伏せに倒れており、その前にはミカエルが剣を振り上げて立っていた。やはりこの部屋だったか。それにミカエルの背後には他の四人もいた。そこには初めてみる男の天羽もいたが、なにより驚いたのが――
「恵瑠ー!」
そこに、恵瑠がいた。
長髪に細く長い足、純白のドレスに身を包み、背中には八枚の翼。それは俺のよく知る恵瑠じゃなかったが、紛れもなく恵瑠だった。あの日一緒に過ごした大人の恵瑠だ。
「お前、なにしてるんだよ……?」
生きていたのか。生き返っていたのか。また会えた、表情が自然と笑顔になる。
でも、すぐに驚きがそれを上回っていた。恵瑠は天羽の姿をしていて、他の天羽と共に、エノクを倒そうとしている。
俺の声掛けに恵瑠は小さく顔を伏せていた。見られたくないものでも見られたように。俺は答えを待つが一向に返事が返ってこない。
「これはこれは、イレギュラー。まさかこのタイミングで君と会うとはねえ」
その代わりミカエルが話しかけてきた。持ち上げた剣はそのままに俺を見てくる。
「とりあえず君には感謝しておけばいいのかな? 私たちが仕掛ける前にずいぶんと荒らしてくれたおかげでスムーズにことが運べたよ。特にメタトロンを単身撃破するなんて思わぬ収穫だ。君、何者だい?」
不気味な笑みのままミカエルの目が細められる。鋭く俺を見る目は警戒しているようだった。
「おい恵瑠、なんとか言えよ」
だがそれを無視した。
「お前、なにをしようとしてるんだ? まさかヘブンズ・ゲートっていうのを開くつもりか? そんなことしたら大変なことになるんじゃねえのかよ!?」
「…………」
俺は恵瑠のことを知ってる。いつも明るくて、誰かの苦しみを放って置けない、優しいやつだって知ってる。
そんな恵瑠が、こんなことするなんて思えない。思いたくない!
「残念だねえ、人の言うことを無視するのはよくないよ?」
「黙ってろミカエル、俺は今、恵瑠と話してんだ!」
俺は怒ってた。なにがなんだか分からない。整理が付かない。大変なことが起きようとしている。それでも恵瑠と出会えた。本当は嬉しいことのはずなのに、なのになぜか素直に喜べない。なんで恵瑠がそっちで天羽たちと一緒にヘブンズ・ゲートを開こうとしているんだ。
「フッ、ふふふ。恵瑠? いやぁ、残念残念。そんな人物ここにはいないよ。君が恵瑠と呼んでいるのはね」
そんな俺の混乱を面白がるようにミカエルの目が笑っている。
「ウリエル。私たち天羽の仲間なのさ」
「そんな」
恵瑠が、お前たちの仲間? だからヘブンズ・ゲートを開けようとするって?
じゃあ、俺が知っている今までの恵瑠はなんだったんだよ? 一緒に遊んで、一緒に過ごしてたあいつはなんだったんだ。
ミカエルの言葉に俺は黙り込んだ。恵瑠が天羽なのは知っているし仲間といえばそうなんだろう。だけど、だからと言ってヘブンズ・ゲート? 地上への侵攻? そんなの納得できない!
その時だった。ミカエルの足元にいたエノクが動いた。ミカエルの隙を突き、自分が接している床だけを消したのだ。これによりエノクは落下しミカエルの足と離れた。
「ちっ」
離れた直後エノクは空間転移で消えていった。
「まあいい、当初の目的は達している。彼女の蘇生が間に合った時点で成果はあった。あの様子じゃ万全になるにもしばらくかかりそうだし」
エノクを取り逃がしてもミカエルには余裕があった。それだけ計画通りってわけか。
恵瑠が死ぬのも。そして生き返るのも、前もって知ってたわけか。
「恵瑠、お前はこれでいいのかよ?」
俺は恵瑠を見た。落胆に似た悲しみと、裏切られたような怒りの間で俺は揺れていた。