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天下界の無信仰者(イレギュラー)  作者: 奏 せいや
第2章 自分の道は手探りで探せばいい
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夕暮れの放課後

「なんていうのかな~、今日は」


 学校の日程は終わり、誰もいない夕暮れの教室に俺はいた。机に腰掛け今日の出来事を振り返える。

 屋上では不思議というよりもおかしな女の子、天和と出会った。そこで俺は人の喜ぶことをしたらしい。


 次に学校の外では恵瑠を助け、人から感謝された。

 最後に加豪に謝罪したら、相手からも謝られた。

 これらの出来事は黄金律の教えに従ったからだ。


 変化を実感している。だけどそれで仲良くなったわけじゃない。知り合いくらいにはなれたかもしれないが、まだまだ誕生会に誘うような仲じゃない。もう今日は会わないし、残るは明日だけだ。


「はぁ、やばいな……」


 焦りが口を動かす。とてもじゃないが無理だ。諦観が俺の意志を虫食いのように穴を開けていく。


「おや、宮司さんではないですか」


 すると陽気な声が聞こえてきた。声がした扉に目を移せばそこには担任教師のヨハネが笑顔で立っていた。


「どうしたのですか教室に残って。寮には戻らないのですか?」

「いや、今はここで考え事がしたくて」

「おやおや。それではお邪魔でしたかね。良ければあなたとお話でもと思ったのですが」


 そうは言いつつもヨハネは俺の隣にまで近づいて来る。物腰は柔らかいのにどこか強引だよな、この男。頬の治療の時もそうだったと苦笑する。


「なんだよ、俺に話って?」


「いえ、特にこれという話題があるわけではないのですが、宮司さん、昨日は黙って帰られたではないですか」

「あ」


 そういえばそうだったな。


「それに今日は一限目には姿がお見えにならない。それで私は不安になりましたよ。二限目からは出席していたので安心しましたがね。ですが、約束を破るのはいけません。せっかく私は宮司さんと仲良くなりたいと、これでも真意に思っているのですから」

「ああ、悪い。その。まあいろいろあって……」

「いろいろ?」

「いろいろ」


 覗き込んでくるヨハネの瞳から顔を逸らし、バツの悪さに笑みが引きつる。


「そうですか。まあ、明日からは一限目からちゃんと出席してくださいね?」

「分かった。今度こそ約束を守るよ」

「ええ、いい心掛けです」


 返事にヨハネはにっこり笑いそれで注意は終わった。生徒を信頼しているのか、叱ることはあっても怒ることや長い説教はしてこない。クラスで耳にするヨハネの評判はいいがこういう理由からなのかもしれない。


 ヨハネは席から椅子を出し腰を下ろす。その後夕日を眺めていた。


「それにしても静かなものですね。朝はあれだけの喧騒に満ちていたというのに、今ではこんなにも静かだ。落ち着きますが、まあ、反面寂しい気もしますかね」


 穏やかな声がオレンジ色の教室に溶けていく。地面には机の影がいくつも伸びているが机の数に反して人の影は二人分しかない。


「それだけここには多くの、そしていろんな人たちがいた、ということなんでしょうね。そういえば昨日は信仰によって性格に傾向があるとお話しましたが、宮司さんは神理を創った神様のことを知っていますか? 実は、それが大きく関わっているのですよ」

「いや……」


 知らなかった。ヨハネはニコニコと、自分が教えてあげられるのが嬉しそうに笑っていた。


「真理を得た者は神となり、神は新たな神理を創る。真理とは世界の仕組み。神理とは人を導く真理である」

「なんだよそれ」


 どういう意味だ? それに神理と真理って同じ発音だから分かりづらいんだけど。


「そういう言葉がありましてね。要するに、自分に合った真理を見つけ、それを極めれば天上界(てんじょうかい)へと昇り、神になれる。そして自分の真理を神の(ことわり)である神理として天下界に広める、というものです。天上界(てんじょうかい)にいる三柱(みはしら)の神も、元は私たちと同じ人間だったのですよ」

「それくらいは知ってるよ」

「あははは、これは失礼。では話が早い」


 天上界にいる三柱(みはしら)の神々が元人間というのはいわば常識で、それくらいの知識は俺にだってある。ヨハネは笑って誤魔化した後、表情を戻した。


「そのために三柱の神には人間時代だった頃の多くの文献が存在します。それで琢磨追求の神の名前がですね、リュクルゴス。昔のスパルタ帝国の王だった人なんです」


 リュクルゴス。どこかで聞いた名前だなと思ったが、ああ、そういえば加豪が神託物を出す際、詠唱の中に出てきた名前だったな。


「私の信仰している神理とは違うので詳しくは知らないのですが、まったく、恐ろしい方だったみたいですよ。彼は国を強くするために男子全員を鍛えることにしたのですが、体が弱いだけで使えないと殺してしまったんです。生まれてきた赤ん坊も小さければその場で、です。いやー、当時に私が生まれていれば誕生と同時に殺されていましたよ。恐ろしい恐ろしい」 


 話の内容にヨハネは怖そうに顔を振ってはいるがその仕草は芝居掛かっている。本気で怖がっているようには見えないが、普段から浮かべている笑顔とそうした仕草は愛嬌がある。


 次にヨハネは表情をパッと明るくし、持ち前の笑みを作った。


「その点、私が信仰している慈愛連立の神は優しい方でしてね。名前をイヤスと言います。彼はまだ人間だった頃病人や怪我人を治して各地を歩き回ったそうです。争いがあればそれを収めたりもしました。立派な方だ、素直に尊敬の念を抱きます。ですので、私はこの神理を選んだのですがね」


 そう言うヨハネの顔は誇らしそうに笑っている。いつも笑顔だというのに、この時浮かべている笑顔はその中でも一番芯のある笑顔に見えた。


「ついでに無我無心の神の名ですが、シッガールタという女性です。彼女は天下界でのあらゆる誘惑を断ち切って心を無にする、悟り、という境地に達したために神になったそうです。ちなみに、かなりの美人さんだったそうですよ?」

「だったらなんだよ、興味あるか」


 顔を近づけるなうっとうしい。俺は冷たくあしらうが、真面目な話の中にもおちゃらけたことを言う人柄は実にヨハネらしいと思う。


「とまあ、信仰する者には神理上の性格と言いますか、傾向がありましてね。そういうのを把握していれば多少は人との接し方が分かり易いかと思います。まあ、そうやって考えて人と話すよりも、自分らしく振る舞える方がいいんでしょうけれどね。それに、宮司さんにはもう心配する必要はなさそうですし」

「え?」


 どういうことかとヨハネの顔を見る。俺がどうやって人と接していくか、その参考のために神の話をしていた。しかしヨハネはそんな心配は無用だと言ってきたのだ。


「初めはどうなることと思いましたが、正直私は安心しているんです。こう言うとまた怒られそうですが、宮司さんから変化が感じられます」

「分かるのか?」

「私は教師です。ものを教えるのも仕事ですが、何よりも生徒を見て、導くのが仕事です」


 語るヨハネの顔には自信と誇りがあった。一切の迷いも躊躇いもない、真っ直ぐとした表情。


「なにか、目標でも出来ましたか? ここに残っていたのも、それについて考えていたのでしょう?」

「……敵わないな」

「これでも教師歴長いですから」

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