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天下界の無信仰者(イレギュラー)  作者: 奏 せいや
第1部 慈愛連立編
158/418

お前は、やはり殺して正解だったわけだな

 だが、エノクは剣を構えた。

「来るならば来るといい。だがな、天羽(てんは)たちよ」

 この状況で、なおエノクは諦めていなかった。怯えも不安も見せない。常に誰かの希望であるかのように、エノクは戦う意志を見せるのだ。

「勝ったと思うのは、まだ早いぞ」


 普通ならば負け惜しみに聞こえるだろう。この状況でなにを言うと鼻で笑われても仕方がない。

 しかし、ここにいる誰一人としてエノクを笑う者はいなかった。いつも皮肉った笑みを浮かべるミカエルも、飄然としているサリエルでさえエノクを笑うことはしなかった。

 痩せても枯れても教皇の威光、彼を見くびることなど出来るはずがない。

 それほどまでに本来の教皇の力は絶大だ。

「これは残念。では、私たちと戦うつもりかね、四大天羽(てんは)全員と」


 ミカエルが聞いてくる。エノクの力が如何に絶大であろうとも弱体化しているのは否めず、数の不利は明らかだ。

「俺もいるぞ!」

「これは失礼」

 端から叫ばれるサリエルにミカエルは振り返ることなく形だけ謝る。

 ミカエルからの確認。この状況でもなお戦うのかと。教皇エノクは強い、とてつもないほどに。しかしこれでは勝ち目は薄い。すでに戦いと呼べるものではなくなっている。


 そんなミカエルからの質問に、エノクは威厳で応えた。

「来い。お前たち全員、私が相手になってやろう」

 その言葉、その決意。誰しもが言えることではない。これは虚勢ではない、彼は本当に全員を相手にして戦い抜く気だ。ここにいる全員、言葉にはしなかったが感心していた。

 これが人間。争い、奪い合い、傷つき合う。そんな人間が、これほどまで強くなれるのかと。

 教皇エノク。人間でありながら信仰の極地へと至った生きる伝説。それに、五体の天羽(てんは)が挑む。


 その戦い、第一撃目。それは最も好戦的な天羽(てんは)からだった。

「じゃあ死ねや」

 サリエルからの無情な発砲。邪眼は使えない、仲間を巻き込む。サリエルは拳銃を抜き銃口をエノクへ向けた。

 そこでサリエルが見たのは、バラバラに切断されている自分の拳銃だった。

「くっ!」

 忌々しく声が出る。サリエルも無論支配耐性を持っているがただの拳銃では及ばなかったようだ。

 エノクは振り返ることなくサリエルの拳銃をバラバラに改変する。しかし攻撃は止まらない。左の次は右。


「はあ!」

 ラファエルが放つ二十に届く一斉射撃。光矢は散弾銃のように分裂しすべてがエノクに襲いかかった。回避は至難、ヤコブでさえこれに倒れた。

 だが、

「ふん!」

 エノクは剣を一閃する。ラファエルが一発で二十の弓撃をするのならエノクは一撃で二十の斬撃だ、空間と回数を超越する攻撃がすべての光矢を迎撃する。

「なんて人……!」


 攻撃がすべて無効化されたことにラファエルは眉間にしわが寄る。

「さすがに強いねぇ」

 小手先の遠距離攻撃では歯が立たない。ミカエルはエノクへと向かって飛翔した。剣を突き立てエノクに突撃し幾度と剣を振るう。

「これだけの数を前にして退かぬその覚悟。私はね、今だから言うが君のことは嫌いじゃなかったよ」

「私は好かんがな」

「ああ、よく言われる」


 殺し合いの剣戟のなか行われる悠長な会話。しかし互いを貫くのは本物の殺意。ミカエルの一刀は大気を振るわしエノクの一撃は大地を割るほどだ。それほどの力と力がぶつかれば周りが無事なはずがない。発生する爆風はビルのガラスを全壊させ、空振りに終わった一撃は延長戦上にあった車を吹き飛ばした。二人が剣を振るう度、その余波だけで街が耐えられない。


 これは戦いなんてものじゃない、戦争だ。あまりにも力が強すぎるため被害が対戦の域を越えている。

 周りにいる天羽(てんは)たちも隙あれば援護する構えだがこの激しさでは手が出せない。

 エノクは戦いながら街の損傷を直していき、地上の被害を抑えるため上昇していった。雲を突き破り青空を戦場とする。足下には雲が広がり一面の青が広がる。ミカエルたちも後を追い雲を突き破ってきた。


「人間相手に空で戦うとは。二千年前では考えられないね。だけど、すべてが信仰者である天下界では探せば見つかる程度にはいるんだから変わったものだよ」

「変わらないものもある」

「そういうつもりで言ったわけじゃないんだが、まあいいか。そういうことだし」

 エノクとミカエル。両者油断のない余裕を湛え、次なる開始を伺っていた。


「退け」

「ウリエル?」

 そこへ声をかけてきたのはウリエルだった。ミカエルの背後から彼を押し退け前に出る。

「変わらんなミカエル。戦いの最中にぐだぐだと。お前の悪い癖だ」

「おお~、その遠慮のない物言い、君も相変わらずだねぇ」

 ミカエルはウリエルの背中に声を掛けるが彼女は振り返るどころか無視する。本当に会話をする気はないようだ。


 対峙するのはエノクとウリエル。そこは真剣な空気が張りつめ、遊びの入る余地のない死地だった。

「ウリエル、お前はそれでいいんだな?」

「…………」

 エノクからの問いかけにもウリエルは答えない。厳しい表情のまま沈黙を守り続ける。

「そうか」

 答えのない返答をエノクは肯定と捉え、剣を構えた。

「お前は、やはり殺して正解だったわけだな」


 エノクの言葉を聞いても反応はない。誰にも彼女の胸の内は分からない。ウリエルは鋭い目つきのまま、重い口を開いた。

「ならばもう一度殺してみるんだな」

 ウリエルの言葉にエノクが動いた。言われるまでもない。敵ならば打ち倒すまで。エノクは駆け構えた剣を振るった。

 それにウリエルも動く。振るわれるエノクの聖剣。それを己の長剣で払い、すぐさに一閃。エノクを切り裂いたのだ。

「ぐ!」


 エノクに胴体を斬られた痛みとそれを上回る驚愕が走る。

(強い……!)

 ウリエルの剣。それは天羽(てんは)長であるミカエルをすら上回っていた。

「さすがだねえ」

 その力にミカエルも賛辞を贈る。


 力を象徴する剣。その大きさ、速さ、強さ。すべてにおいてミカエル以上だ。エノクは自身の傷をすぐさまなかったことにし傷を治す。

「どうしたエノク、殺すのではなかったのか?」

「……!」


 エノクは気を引き締め直し再び攻める。ウリエルも飛行し両者の剣が激突した。

 剣の間合いは刀身が長いウリエルの方が広い。ウリエルの剣撃をエノクは防ぐ。その一閃一閃どれもが強力だ。隙のない軌跡がいくつも宙を描く。背後に空間転移しようにも天羽(てんは)の羽が死角を殺している。

 接近戦では、ウリエルが強い。

 エノクは一端距離を取ると腕をウリエルに翳した。そしてそれは起こる。

「?」


 ウリエルの周囲を覆うようにして、いくつもの光球が浮いていたのだ。逃げ場はない。その隙間すらない。どれだけ剣技に優れていようとも、エノクのように神徒(レジェンド)ではないウリエルでは剣で防ぐことは出来ない。

「ウリエル!?」

 初めて訪れる彼女の境地に弓を構えたままのラファエルが慌てて叫んだ。空間は固定されておりこのままでは当たる。

 エノクは腕を振った。それを合図に光が強まりウリエルに光線となって襲いかかろうとする。

 だが、腕を振ったのはウリエルも同じだった。

「ファイアウォール」


 直後、滝のような炎が下から上に迸った。

 全方位から放たれる光線、それを防いだのは炎の壁だった。筒状に伸びる炎がウリエルを囲いすべての光線を弾いていく。その爆発的な熱とエネルギー、すさまじい力だ。彼女一人で街ひとつを燃やすというのも頷ける。

 剣と炎。それがウリエルの武器にしてシンボルだ。力と正義。二つを翳しウリエルは宙に立つ。


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