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天下界の無信仰者(イレギュラー)  作者: 奏 せいや
第1部 慈愛連立編
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私はシャイなんだ

天羽(てんは)の使命。それは過酷なものなのかもしれん。それか苦悩を背負った茨の道か。二千年前の失敗と、加えて三柱の神という現在の状況。とてもではないが当初の使命を果たせる事態ではなくなった。誰よりも優しかった者も、誰よりも正義感の強かった者も、ついぞその使命を果たせず、多くの者は諦めた。二千年前の使命と名誉、それは最早無理だと、出来るわけがない。不可能だ」

 二千年前の天羽(てんは)降臨。それは失敗に終わった。そして今では状況が違いすぎる。この状況でどうやって実現できようか。

「だがね」


 しかし、ガブリエルの気配が変わった。その瞳と声に意志が舞い戻る。

「あいつはまだ、諦めていないようだ」

 尊敬する者に裏切られ、仲間にも裏切られ、絶望的な状況で、それでもなお諦めない者。

「ミカエル」

 それがその者の名前だった。まだ消えていない意志はそこにある。 

「優しい者も、正義感が強い者も果たせなかったというのに」

 いったいなにが彼をそこまで駆り立てるのか。優しさでもなく、正義感でもない。多くの苦しみを味あわされて、なお諦めない意志をなになら支えられるのか。

 それは、


「あいつは、誰よりも情熱を持っている」

 ガブリエルは断言した。彼の長所、武器。それは情熱だと。誰にも負けない情熱こそが、誰しもが諦めた現代ですら意志を貫く力なのだと。

「普段はふざけた男だが、あいつの情熱は本物だよ。それも、私が持っていないものだ」

 ガブリエルは一口飲んだ後、確信を込めた声で言い切った。

天羽(てんは)長は、ミカエルしかいない」

 天羽(てんは)とは天主の意思を全うするために作られた。ならば天主の意思にどれだけ従うことが出来るか、天羽(てんは)の真価とはそこに集約される。


 ミカエル。彼こそが、真の天羽(てんは)だ。

 ガブリエルはその後「まあ、好きではないが」と付け加えてコーヒーを再び飲んだ。

 カップを受け皿に乗せる。それで思い出したかのように話し出した。

「ふん、ずいぶんと話し込んでしまったな。普段誰かと話すことがないものでね、許せ。話をしたくなる時もある」

「他の天羽(てんは)とは話さないのか?」


「天主は私に全能は与えてくださったが、身内と打ち解けて話をする能力までは与えてくださらなかったようでね。私はシャイなんだ、ラファエルが羨ましいよ。仲間を前にするとどうしても気を張ってしまう、お前たち人間相手では素直に話せるのは皮肉なものだ」

「話はわかった」

 ガブリエルの言いたいこと。かなり遠回りになってしまったが、それはペテロの最初の答えだった。

 なぜこんなことをする?

 それは、彼ら天羽(てんは)の中にまだ諦めていない者がいるからだ。この状況で、それでもなお達成してみせると、二千年もの間情熱を絶やさず燃やしている者がいるからだ。


「だが、それと納得は別のものだ」

 事情を知る。そういうことかと。しかしそれでも譲れない。彼らに信念や事情があるように、ペテロにも貫き通す信仰と意志がある。

四大天羽(てんは)ガブリエル。お前たちの思惑がなんであろうとも、人類は支配など望んでいない。それでもなお挑むというのなら」

 ペテロは引き締めた表情に戦意を込めて、敵であるガブリエルに言い放つ。

「お前たちは二千年前と同じように、失敗する」


 気迫を滲ませガブリエルを睨む。どのような言い分を並べようと、やつらのしようとしていることは地上への侵攻だ。許せるものではないし、負けるつもりもない。

 ペテロからの言葉を受けてどう思っただろうか、ガブリエルは組んだ足の上に両手を合わせ、おもむろに口にした。

「私には、ルシファーほどの優しさも、ウリエルほどの正義感も、ミカエルほどの情熱も、ラファエルほどの社交性もない」

 直後、ガブリエルの気配が切り替わり、膨大な戦意となって迸った。

「私はただ――強いだけだ」


 ペテロを睨む青色の双眸。まるで強風に叩きつけられているかのような気迫だ。だが、ペテロは一切表情を変えることなくにらみ返した。

 互いに相手を睨む。もとより相手は敵だ、一髪触発の気配にいつ戦いが起こってもおかしくない。

 だが、この場に異常が起こる。急に空間が揺れ出し、ひび割れたのだ。空間に現れる異変に創り出したガブリエルがいち早く気づく。

「ん?」

 目だけを動かし横を見れば、空間に黒い亀裂が入っている。


「これは?」

 突然のことにペテロも咄嗟に理解が追いつかない。なにが起こっているのか。

 だがそれもすぐに察した。この揺れ、そして異空間すら超越する存在となれば思い当たるものなど一つしかない。

 外の様子を覗いたのか、ガブリエルも分かったように口を開いた。

「ほう、さすがメタトロンか。第二世代でありながら七大天羽(てんは)に認められただけのことはある。現れただけで異空間に影響を与えるか」

 揺れは続き、空間が崩れ始めていた。


「残念だがお前との対談はここまでだ。ここで大人しくしていろ」

 そう言うとガブリエルは席を立った。ここにペテロを幽閉したまま消えるつもりだ。

 そうはさせじとペテロはテーブルを押し倒すと同時に剣を抜いた。

「はっ!」


 駆け出す中で放たれる抜刀。勢いよく振るわれる剣撃は、しかしガブリエルの前方に現れた白い魔法陣によって防がれてしまった。

「く!」

「さらばだ」

 そして、ガブリエルは羽を広げると今度こそ消えてしまった。

 ペテロもすぐに後を追おうとするが空間の固定化がされている。超越者(オラクル)でも簡単に空間転移は出来ない。


 もっと亀裂が大きくなり、空間転移が出来るまではここで待ちぼうけだ。

「エノク様……!」

 心配と焦りの中、ペテロは祈る思いで待ち続けていた。


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