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天下界の無信仰者(イレギュラー)  作者: 奏 せいや
第1部 慈愛連立編
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だが、裏切った

天羽(てんは)再臨がその時の兵力増強だと?」

「いや、天羽(てんは)再臨となればそれだけに留まらないだろうがね。まあ、今のは側面だ、言ってしまえば体裁よく見繕っただけ。大義名分さ。天羽(てんは)再臨をする以上本質は別。二千年前の再現だ」

 ガブリエルは苦笑してそう言った。どうやら今のはただの建前らしい。聞こえよくしただけの言い訳だ。

「ミカエル。やつが起こした天羽(てんは)再臨の計画。その目的に魔王戦争への備えがあるのは間違いない。もしくは『その先』か」

「…………」


 ペテロは黙って聞いていた。口に出したくなかったからだ。

 その先。そんなもの、あってはならない。絶対に。

「だがね、しょせんは大儀だ。人間用の。私にはやつの考えが分かるよ、二千年の付き合いだ」

 そう言うとガブリエルはカップに口を付け中身を飲み干した。ふぅと一息つく。その表情は寂れており、物静かなものだった。

「我々はかつて失敗した。二千年前だ」


 二千年前。失敗。天羽(てんは)降臨のことだ。彼らの使命は遂げられることなく失敗に終わった。

「その時、手痛い裏切りにあってしまってね。今でもたまに思い出す」

 この時、ガブリエルの様子はもの悲しいものだった。意気は落ち、若干沈んでいる。少なからず心に傷を負っているのが伺える。

 するとガブリエルの目線が上がり、ペテロのカップを見つめてきた。

「飲まないのか?」


 ペテロは話に集中していてカップに手をつけていなかった。それ以前に敵の差し出す飲食物を口に入れるほど浅はかでもない。

 だが、ペテロはカップを手に取った。

 そのままコーヒーを飲んでいく。それも一気に。ゴクゴクと喉に通していき飲み干した。

 口を離す。小さく息を吐き、ペテロはガブリエルに空のカップを向けた。

「もう一杯もらえるか?」

「……ふふ」


 ガブリエルは小さく笑い、テーブルにあるポットを持った。そしてペテロのカップにコーヒーを注いでいく。ペテロのカップには新たにコーヒーが入り湯気を上げている。ガブリエルは次に自分のカップにもコーヒーを入れると話を戻した。

「名をルシフェルという」

「ルシファーではないのか?」

「改名前だな、堕天羽(てんは)となってから名前が変わってね。みなが彼を尊敬していた」

 その時のガブリエルの表情は、憧れの人でも思い出すかのような顔だった。

「お前もか?」

「野暮を聞くなよ、みなと言ったんだ」


 照れ恥ずかしそうにガブリエルは小さく笑いコーヒーを飲んでいく。

天羽(てんは)長として、知的で、快活で、なにより優しい天羽(てんは)だった。模範的な。私には彼ほどの社交性はなくてね」

 ガブリエルが誉めるほど、彼はそれほどの天羽(てんは)だったのだろう。言葉の言い方はまるで美しい思い出を語るような声色だ。当然ペテロはルシフェルという天羽(てんは)を知らないが、ガブリエルを通して立派な人格者だったのだと伝わってくる。

「だが、裏切った」


 しかし、ガブリエルの口調から温かみがなくなった。残念そうな、沈んだ気配。

「しかし、それも必然だったのかもしれん。お前は神造体(しんぞうたい)というのを知っているか? 神理を発現した神のみが作り出せる、お前たちで言う、自分専用の神託物だ。それは神理の体現でもある。そのため神造体(しんぞうたい)とは一つのみ。要は天羽(てんは)とはその神造体(しんぞうたい)なのだ」

「しかし、天羽(てんは)とは無数にいると聞く。実際お前たちは何人もいるではないか。今の説明と食い違っているが?」

本来神造体(しんぞうたい)とは神理の体現、よって一つのみだが、みなを助けよという慈愛連立の特殊性か、それとも「あの方」の特別性か、無限に作れるようでね。それで初めて作られた神造体(しんぞうたい)、その天羽(てんは)がルシフェルだったわけだ。そのため彼がもっとも慈愛連立の性質を受け継いだ。困っている者を助けよと、その意思を誰よりもね」


 神造体(しんぞうたい)とは神理の体現。であるならば慈愛連立の神造体(しんぞうたい)として創られたルシフェルが聖人君子なのも頷ける。困っている者を助ける。それこそが慈愛連立の思想そのものなのだから。

 だが、それを語るガブリエルには陰があった。

「彼は、人を苦しめているのは我々だと判断した。してしまった。人間であるお前を前にして言うのははばかられるのだがね、私は大事の前の小事くらいにしか思っていなかった。たいていはそうだった。だが、彼はそれすら見過ごせなかったんだろうな。私に後悔があるとするのなら」


 ガブリエルは顔を上げ白い空間を見上げた。天井のない白い空。それを見つめるガブリエルの淡い青色の髪は垂れ、その瞳は遠くを見つめていた。

「なぜ、その苦しみに気づけなかったのだろう」

 憧れていた。尊敬していた。頭を下げることになんの躊躇いもない。明けの明星。誰よりも美しく清らかで、あまりにも崇高ゆえに、ずっとそのままだと思っていた天羽(てんは)

 しかし、彼は苦しんでいた。そして、誰一人彼の苦しみを知ることが出来なかった。

 ガブリエルは目線をペテロに戻す。


「分かっているだろうが、私は神徒(レジェンド)だ。全能に至るほどの信仰心を持って作られた。天羽(てんは)としても珍しいんだぞ? 私は特別の愛をいただいたのだとたまに自惚れさせてもらっている。だがね、私の愚かさは今も昔も変わっていない。それで、同僚を二人失った」

「ラグエル。……そしてウリエルか」

 ガブリエルは自虐的な笑みを浮かべていた。

「……二人とも、正義感の強いやつだった」


 ガブリエルの意識が、追憶という名の過去へと沈んでいく。

「ラグエルは実直な男だった。規律を重んじ、かつ真面目。堅物だったがね。やつの固さには岩から道を開けるほどだ。そして、彼女は純粋すぎた。神の愛に応えるんだと、真の平和を築くんだと、それこそが己の存在意義と定めすべての情熱をそそぎ込んでいた。固い信念、内に秘めた静かなる灼熱の意思。立派だったよ、互いになれ合う性質ではなかったがね」


 かつて、街を炎で包んだ審判の天羽(てんは)。その力と脅威はシカイ文書にも記されている。

 しかし天羽(てんは)から見れば彼女は模範的な天羽(てんは)だったのだろう。天主の使命に準じ、全うしようする熱い意思。その強い信念は多くの天羽(てんは)を引きつけたに違いない。

「だが、裏切った」

 だが、ウリエルは堕天羽(てんは)となってしまった。


 仕事としてではなく、個人として人間と直接関わりをもった。栗見恵瑠という名前と姿まで変えて。彼女は天羽(てんは)を止めて、人になろうとしたのだ。

 そうするほどまでに、天羽(てんは)であることに嫌気が差していたのか。

「そう、あいつも私の知らないところで悩み、苦しみ、最後には離れていった。あいつまでもが」

「…………」


 仲間から裏切られる苦しみ。離れていく寂しさ。ペテロも同じ寂しさを知っている。聖騎士第三位として活動していたヨハネの引退。それはペテロを悲しませた。それが裏切りとなればそれ以上だ。

 ガブリエルの悲しみは、ペテロも察することは出来る。


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