させるか!
神愛を独房に入れた日の翌日、ヤコブはペテロたちのいる会議室にいた。巨大な窓ガラスと壁画が並ぶ部屋の中、縦長の机には二人以外にも聖騎士隊の隊長たちが着席している。
「それでだ、現在行方不明となっている例の遺体だが、神官長派が運んだ可能性がある以上放置できない事態だ。問題はどのようにして探し出すかだが」
ペテロが皆に向け声をかける。これで終わりと思われた堕天羽の死亡。だがそれも神官長派による巧妙な企てだとしたら? 再熱する不安にこの場の空気は暗い。さらに見つけ出すにも手がかりがまるでないのだ。
「一番の可能性は、やはり」
そこで隊長の一人が弱々しくも声を上げた。それにみなも納得したように頷く。
サン・ジアイ大聖堂。ゴルゴダ共和国政治の要、ここに行政から司法の主要な政治機関が集まっている。彼ら天羽たちの居城と言っても過言ではなく、そこに隠している可能性は高い。
それは分かっている。だが別の隊長が言う。
「だが、確証がないんじゃな。調べるにしても罪状は? どういう理由で令状を取ればいいのか」
「そもそもだ、俺は未だに納得できん。天羽としての復権方法が一度死ぬことだと?」
皆が居場所について語っている中、ヤコブは否定的な姿勢を見せた。大きな体をふんぞり返して怪訝そうな顔をしている。
「単に仲間の遺体を運んだだけではないのか? 今頃葬式でもしているかもしれん。第一、可能性の域でしかない話が先行しすぎだ。そんなことより、ミカエルの今回の行い、その証拠でも引っ張り出した方がよっぽど効果があるわ」
「あなたは単に他信仰の者からの助言が気に入らないだけでは?」
「うるさいわ!」
対面側に座る一人の隊長から言われヤコブが怒鳴る。
そんな中、一人の隊長が言葉を漏らした。
「こんな時、エノク様がいれば」
目線をじゃっかん下げ、表情は深刻そうで陰が見てとれる。その言葉に前のめりになっていたヤコブも腰を下ろした。
「エノク様の容態は?」
ペテロが質問する。それに隊長の一人が答えた。
「今も自室で療養中です」
「神託物が破壊されてはな、その反動はあるだろう」
「……信じられん」
ヤコブが机に置いた両手を丸める。さらには全身が力み小さく震えていた。
「まったく以て信じられん! あんなガキにエノク様のメタトロンが敗れただと!? なにがあった!?」
ヤコブは机を叩いた。その勢いは今にも椅子を倒して立ち上がらんほどだ。
ヤコブの意見にはみな口に出していなかったものの全員が気にしているところだった。
教皇エノクが敗れた。その事実は彼らにとって大きな痛手であると同時に心の傷だ。誰しもがその話題に触れるのを避けていたのだ。
「どうやった!? 皆目見当がつかん。エノク様は手でも抜いたのか?」
「それで負ける方でもあるまい」
「ではなぜだ、答えてみろペテロ!」
ヤコブは容赦のない激を飛ばす。もともと熱くなりやすいヤコブだがこれに関しては一段と熱くなっている。
「まさか、天羽が加勢したのか?」
「いや、それはない」
「ではなぜだ!?」
片手を額に当てる。ヤコブは悔しそうに「エノク様……」と小さくつぶやいた。
反対にペテロは取り乱すことなく沈痛とした面持ちだった。慈愛連立最強の信仰者である教皇エノク、その神託物の敗北。この事実に胸が痛むのは当然だ。
だが、ペテロは重苦しい表情で別のことを言った。
「少年の姿が変わっていた」
「なに?」
ヤコブが振り向く。他の隊長たちもペテロに注目した。
「見たのか?」
ペテロはオラクルの中でも上位の信仰者だ。空間操作の一種で千里眼の真似事なら出来る。そのため建物の中から二人の戦いを『視て』いたのだ。
しかし、そこにいた少年はペテロの知っている姿ではなかった。
「あんなものは、見たことがない」
重苦しく呟かれた言葉に皆口を閉じていた。質問するのも躊躇われるほどペテロの表情は深刻だった。
そのペテロが顔を上げる。
「とにかくだ、放置するにしては危険がでかすぎる。例の遺体の捜索は継続。また、天羽たちの計画だが、未だミカエルはなにもしていない。立件するのは難しいだろう。司法庁長官サリエルも天羽だからな。地道に奴らの芽を摘み取っていくしかあるまい」
ペテロの強気な語調に押されるように皆は納得していった。不安はまだあるもののペテロの言う通りだ、やれることをやるしかない。これにはヤコブも黙って従う姿勢を見せた。
「ん?」
そこでペテロは背後に振り向いた。そこには巨大な窓ガラスがいくつもならび青空と建物の屋上が広がっている。ペテロは立ち上がった。
「どうした?」
不審に思ったヤコブが尋ねる。
「この感じ……」
ペテロがつぶやく、その直後だった。
突如武装ヘリが上昇して現れたのだ。さらに搭載されている二つの機銃が回転し始めている。
「!?」
「なんだと!?」
瞬間、機銃が銃弾を発射した。窓ガラスがことごとく破壊されていき、いくつもの弾丸が会議室へと撃ち込まれる。
ペテロはその場に立ち続け銃弾を一身に受けていた。しかしオラクルの物理耐性によって弾丸の方が弾かれていき無傷だ。しかし他の隊長たちはそうもいかず即座にうつ伏せになり攻撃を回避していた。
機銃の動作音が鼓膜を叩くほど響き渡る。排莢されるいくつもの弾丸が地上に降り注ぎ、窓ガラスの欠片が散っていく。会議室の壁には無数の弾痕が刻まれる。発射が行なわれて一瞬でここは破壊が巻き起こる戦場だった。
「させるか!」
ヤコブは左腕に装備した盾を突き出しながらヘリの前に立った。盾は開かれ、そこから淡い光りがベールのように広がり会議室を守った。ベールが銃弾を弾く。
「ふん!」
ヤコブの動きと同時、ペテロは剣を抜くとヘリに向け投擲した。剣は見事プロペラの根元を直撃しコントロール不能となったヘリは墜落していった。ペテロは片手を伸ばすと空間転移によって投げた剣が現れ手に取った。
「無事か?」
ペテロはすぐに他の皆に振り向くとどうやら全員無事だった。ここにいる皆も伊達に聖騎士隊の隊長を務めているわけではない。
「おい、今のはなんだ!?」
ヤコブが盾を閉じながら聞く。いきなりの襲撃に気が動転している。だが動揺しているのにはもう一つ理由があった。
「今のヘリ、ゴルゴダ共和国正規軍のものだぞ? まさか」
自分で口にしていて気づいたか、ヤコブは驚愕に表情を歪めた。ペテロも苦く表情を歪めている。
次の瞬間だった。会議室の扉がいきおいよく開けられ人が駆け込んできた。
「大変です! 軍が宮殿を包囲、攻撃しています!」
「なにぃ!? どういうことだ連中!」
「理由は?」
二人からの質問に息を切らして彼は答えた。
「栗見恵瑠という少女を不法に指名手配したこと、また独断による処刑。これは教皇の越権行為であり、腐敗した教会庁への粛清だそうです」
「そうきたか……」
「ふざけるな! それだけの理由で直接攻撃などそれこそ越権行為ではないのか!」
ヤコブは苛立ちを露わに悪態を吐き、ペテロも落ち着きながらも悔しそうに言葉を吐いた。
入室してきた彼の言う通り、確かに教皇派が取った行動は強引なものが多かった。だが、時間がなかったのだ。もしヘブンズ・ゲートが開けば。その危機感ゆえの行動であり責められるものではない。もしもたついている間に天羽再臨となればこれ以上の被害になるのだ。
「さらに政府高官たちの目撃証言もあります」
「なに!?」
「ついに直接出て来たか」
政府高官、天羽たちが攻めてきた。軍の包囲攻撃に続いてこの出来事に隊長たちにも緊張がより一層強まる。
高官たちの直接攻撃。
それは教皇派と神官長派による全面対決。
決戦の時がきたのだ。




