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天下界の無信仰者(イレギュラー)  作者: 奏 せいや
第2章 自分の道は手探りで探せばいい
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加豪切柄

 それから時間は経ち今は昼休憩、俺は勇気を出して授業に参加した。……そのほとんどを机に伏していても。それでも出席しただけでもよくやったと思う。


 嫌われ者として過ごす憂鬱な時間を耐えた俺はトイレの帰り道、さきほど恵瑠に言われた言葉を思い出していた。


「ありがとう、ねえ?」


 そんなことを言われた記憶を振り返ってみたが、俺の過去にそんなことは一度もなかった。そして今思えば人を助けたことなどなかったかもしれない。思い出すのは周りに対する憎しみと見下す気持ちだけで、そもそも誰かを助けようなんてこと、発想すらなかったんだ。


 黄金律。これで、礼を言われた? そして、この思想があれば俺でもミルフィアと友達になれるのか? そう思うと胸が少しだけ高鳴った。


 だけど、誘えなければ意味がない。はぁ。浮いた期待が落ちる。

 そんな気持ちで教室の扉に手を伸ばす、すると扉が勝手に開いた。


「あ」

「あ」


 扉を開けた相手と目が合う。視線の先にいたのは、学校初日に喧嘩をした女子、加豪切柄(かごうきりえ)だった。


 ゲッ!


 突然の再会に固まった。加豪も驚いて固まっている。おいおい、どうすればいいんだよ、めちゃくちゃ気まずいんだけど!


「……なによ?」

「ああッ?」


 嫌な空気が流れる。加豪の問いについ攻撃的な声が出てしまい、それで加豪の表情も険しくなった。俺たちは黙ったまま睨み合う。


 だが、今にも喧嘩が起こりそうな中、今さっきのことを思い出した。

 自分がされて嬉しいことは人にもしてあげる。自分がされて嫌なことは人にもしない。前者はさきほど恵瑠にした。


 なら、今度は後者じゃないのか?

 俺は拳を強く握り、苛立つ感情をぐっと我慢した。


「その」


 俺は怖いにらめっこを止め、スッと顔を逸らす。


「……昨日は、悪かった」

「え?」


 俺の言葉が意外だったんだろう、加豪が驚いた。


「いや、だから、悪かったって言ってんだよ。俺だけのせいとは思わねえけど、まあ、俺の機嫌が嫌な思いをさせたのは認める。……すまなかった。あと、お前は十分美人だよ」

 ちらりと加豪の顔を見る。彼女の顔はなんだか固まり黙ったままだった。そのまま様子を待っていると加豪の顔が元に戻った。


「フン。当然よ」


 こいつ!


「昨日は強く言い過ぎた、ごめん」

「え?」


 と、加豪はそれだけを口にして横切って行った。早足で廊下を歩いていく背中が遠ざかっていく。その後ろ姿を、俺は信じられない気持ちで見つめていた。


「…………」


 謝った? あいつも? いや、てか謝った? 本当? 俺に謝った奴なんて過去何人いる? すぐに思い出すのはミルフィアと教師のヨハネくらいで、あとはいないんじゃないか? そんな俺にあいつが謝った? 


 奇妙な体験に戸惑う俺は言葉が見つからず、とりあえずは、


「お、おう」


 とだけ、もう姿の見えない背中に言っておいた。

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