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天下界の無信仰者(イレギュラー)  作者: 奏 せいや
第1部 慈愛連立編
149/418

死の視線(イービル・アイ)

 サリエルはサングラスに手をかけた。昼も夜もかかさず掛けているそれを。

 サリエルは、サングラスを外した。

「死の視線(イービル・アイ)

 サリエルが持つ赤い瞳。それが、ヨハネを「視た」。

 瞬間、ヨハネに異常が現れる。

「ぐああ!」


 頭を直撃する衝撃。体が震え上がり歯がカチカチと壊れたように震動している。

「あ、ぐう!」

 ヨハネは片手で頭を抱えた。膝が折れそうになる。

 怖いのだ、とてつもなく怖い。思考が凍る。恐怖でもう体が動かない。息をするのも躊躇ってしまう。体を乗っ取られたようだ、金縛りのように動けない。それほどまで怖いのだ。

 怖い。

 怖い。

 怖い。

 ヨハネは発狂しそうだった。


「おお、おお、よく耐える。十分だぜお前」

 それを冷たい微笑で見つめるのはサリエルだった。サングラスをポケットに仕舞いヨハネが苦悶する様子を健闘だと誉めている。

「プリーストなら一瞬で戦意喪失なんだがな、スパーダクラスなら耐えれるか」

 ヨハネが陥っている恐慌状態。恐怖によって思考と身動きを縛る邪視の呪縛。

 だが、これもサリエルの力の一端でしかなかった。


 死の視線(イービル・アイ)。サリエルが常時発動しているそれは直接人を見ることが出来ないという本人への呪いでもあっただろう。それは天羽(てんは)堕天羽(てんは)にならぬよう監視する天羽(てんは)であるサリエルだからこそ、自分自身が堕天羽(てんは)にならぬように。人を直接見ることが出来ないという呪いは人間との接触を減らせる。結果サリエルが堕天羽(てんは)になるリスクは減らせるからだ。そのためサリエルにはこの首輪、呪いとも言うべき能力が備わった。

 しかし、だからこそこの邪視は強力だ。


 見ただけで相手を洗脳、体力減退、精神攻撃できる邪眼。その力はスパーダでも恐怖を受ける。

 さらにこの邪視には段階があり二十秒見れば相手の体力、生気を奪い自分のものとする。

 四十秒見れば相手の運気を下げる。

 そして、六十秒見れば相手は「死ぬ」のだ。

 死の視線(イービル・アイ)。それは死へのカウントダウン。サリエルはただ見ているだけ、それで相手は勝手に死ぬのだから。

 ヨハネは恐怖の縛りの中にいた。悲鳴すら出ない、舌は壊死してしまったかのように感覚がない。

 だけど、ヨハネの心はまだ死んでいなかった。


 怖い。正真正銘怖い。子供が深夜の森の中怪物に会ったかのように怖い。思考は断線しうまく働かない。

 それほどの強大な恐怖の中、か細い意志が体を動かした。

「ん?」

 サリエルの目つきが変わる。この男、まだ終わっていない? そういう目つき。

「神託、物」


 ヨハネは口にした。恐怖に屈することなく、大切な人を守りたいという思いが押し勝ったのだ。

「カマエル!」

 ヨハネの背後にカマエルが現れる。鋭い視線でサリエルを見下ろし、大剣を突きつけた。

「おー、第二世代の天羽(てんは)か」

 ヨハネは続いて叫ぶ。恐怖を振り払い、この戦いへ掛ける思いを形にする。

「苦境を律する第五の(フィフス・セフィラー・ケブラー)!」


 ヨハネの全身から赤いオーラが吹き出した。苦痛と引き替えに力を得る忍耐のケブラー。

 恐怖はまったくなくなったわけではない。だがかなり軽減されていた。これなら戦える。全身の痛みと目眩がひどくても、心が砕けるまでなら戦える。

「勝負はこれからですよ」

 ヨハネはサリエルを睨んだ。全身を赤いオーラと闘志で漲らせ、一歩を踏み出す。

 それで、コンクリートの床を踏み抜き破片が飛び散った。

「みたいだな」


 それを涼しい顔で見ながらサリエルはつぶやく。獲物は健在、手負いとはいえ勝負はまだ付いていない。

「じゃあいっちょ勝負といこうか人間」

 サリエルは腰から二丁の拳銃を取り出した。クルクルと回し、二つの銃口をヨハネに突きつける。

天羽(てんは)軍七大天羽(てんは)サリエル。足掻いてみせろ、てめえの力で」

 サリエルが武器を抜いたことでヨハネも拳銃を手に取った。両手の銃をサリエルと同じように向ける。

 発射は、二人同時だった。


 互いにトリガーを引き絞る。ヨハネとサリエル、二つの銃弾が相手に向かって突き進む。そのたびに互いの銃弾同士が接近する。

 それらは、ぶつかった。まったく同じ射線上だったため、二つの銃弾は弾けどちらに当たることなく別々の方向へと飛んでいった。

 ヨハネとサリエルは連射した。互いに二つの拳銃、相手を倒さんと撃ちまくる。連続するマズルフラッシュ、終わらない銃声。


 それらすべての銃弾は、空中で相手の銃弾と衝突していた。

 全弾命中。両者の間では火花が爆ぜ銃弾が散っていく。あり得ない曲芸、凄すぎる。皮肉だが息はピッタリだ。

 そこでカマエルが大剣をサリエルに振り下ろした。それをサリエルは二メートルほど空間転移でかわしカマエルに銃口を向ける。

「邪魔すんな!」


 鬱陶しいと八つ当たりのような銃弾をカマエルに浴びせる。その間ヨハネからくる銃弾を空間転移で左右に移動しながらかわす。

 ヨハネは表情をしかめた。いくら撃っても当たらない。サリエルは短い距離ながらも空間転移を行い照準を外してくる。これではねらいが定まらない。

「ぐう!」

 さらには体から力が抜けていく感覚がする。


(これは? 邪視の影響? 見られ続けると段階的に能力が解放していきますか)

 長期戦は駄目だ、それでは相手が有利になるばかり。

 ヨハネは走りながらサリエルを銃撃で牽制。広場中央にあるオベリスクの陰に隠れた。

「はあ、はあ」

 邪視によって苛まれていた苦痛に荒い息が出る。だが同時に実感していた。サリエルの視界から外れる。それによって邪視の恐怖や脱力感が消えていたことを。

「やはり」


 ヨハネはそれで確信を得る。

 サリエルは邪視を発動するためにわざわざサングラスを外した。そうする必要があったからだ。

 死の視線(イービル・アイ)は強力な能力だが直接見なければならない。よって物に隠れたり視界の外にいれば影響を受けない。

 これをうまく活用し戦っていくしかない。

「なにをしてる?」


 再び襲われる恐怖感、その後聞こえる声に振り返るよりも早く体を反った。

 サリエルはヨハネの横で銃を突きつけており、発砲してきたのだ。見られたことで邪視の影響、また止まっていたカウントダウンが再開する。

 ヨハネはサリエルに一つの銃口を向け撃った。この至近距離、まず外さない。

 だが、ヨハネが撃つ度にサリエルは小刻みに空間転移を行い全弾回避していた。


 そこへ再びカマエルの大剣が振るわれる。横薙される大剣の間合いにサリエルは大きく距離を取る。

 だがサリエルの視線はヨハネを捉えている。すでに三十秒、半分は経過していた。

 そこでカマエルはヨハネの前に立つと、翼を大きく広げたのだ。

「カマエル……」

 神託物の意図にヨハネは意外そうな声を出した後感謝し、サリエルは忌々しく舌打ちした。


 これではヨハネが見えない。天羽(てんは)の翼に隠れ視認できなかった。

 だが、その分苦痛を受けるのはカマエル自身だ。サリエルの邪視の矢面に立ったことにより呪いはカマエルをも浸食している。カマエルの端正な顔の眉間にしわが寄っている。

 サリエルの邪視に対する戦い方は分かった。だがそれまでだ、空間転移もあってはどうしようもならない。


 防戦一方だった、打つ手がない。

「どうした、これでお仕舞いか?」

 サリエルの挑発が聞こえるが答えるだけの余裕もない。オラクル相手に勝とうと思えば相手と接触する必要がある。だが相手は拳銃と邪視による遠距離スタイルだ、ヤコブの時とは違う。

 その時サリエルがカマエルの目の前に現れた。カマエルは即座に大剣で攻撃する。

 それを、サリエルは片手で受け止めた。

「!?」


 銃をしまった手で大剣を掴む。体を支える足は衝撃で地面を砕くがサリエルはびくともしていない。

「どけ」

 サリエルは大剣を引っ張りカマエルを引き寄せると、彼女の横腹に蹴りを入れ吹き飛ばした。カマエルは地面を転がり勢いに引きずられていた。

 サリエルの邪視は二十秒以上で相手の体力や精神力を吸収する。そのためカマエルはパワーダウンし、サリエルはその分パワーアップしていたのだ。カマエルの強大な力を得てサリエルは普段以上の力を発揮していた。


 これで遮るものはなくなった。サリエルはヨハネを見つめ、ヨハネもサリエルを見つめた。

 さきほどよりも激しい精神の乱れが襲ってきた。ヨハネは片膝を折りサリエルを見上げる。

「終わりだな、人間」

 視認された時間、合計で四十秒を越えていた。

 苦しい。ヨハネは立たされる苦境に表情を歪めていた。

 体力、精神ももうギリギリだ、限界はすぐそこ。なのに突破口が見つからない。

(これで、終わりなのか……?)


 苛まれる恐怖と苦痛、目の前の強敵に戦意が萎んでいく。勝とうと考えても、勝てないという結論が返ってくる。

 人を守ること。助けること。それを尊くすばらしいものだと思ってきた。そのために頑張ってきた。

 だが、過ちも少なくなかった。

 人を助けるためと表して、どれだけの命を摘み取ってきたのか。かつての大戦で経験した多くの犠牲、そこにあった救われるべきだった人々。

 ヨハネは、敵を救わなかった。救うべき敵を救わなかった。

 なんという悲劇だろう。力ない者、弱い者。それこそ救われるべきなのに。

 なのに、ヨハネは摘み取ったのだ。己の信仰に準じて。


 それを悔いている。彼らの分まで自分は償い救わねばならないと思っている。

 そして今、教師となった自分には大勢の大切な人がいる。こんな自分を慕い、笑顔を向けてくれる多くの生徒たちが。

 守るべき存在がここにいる。

 諦めるのか?

 見捨てるのか?

 力及びませんでしたと。

 勝てませんでしたと。

 まだ終わっていないのに、諦めるのか?


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