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天下界の無信仰者(イレギュラー)  作者: 奏 せいや
第1部 慈愛連立編
147/418

栄光へと至る第八の力(エイス・セフィラー・ホド)

 これほどの惨劇を、よりにもよって慈愛連立を作ったイヤス様が命じたというのか? ヤコブは見えない鈍器で殴られたような衝撃を覚えた。だが、すぐに気を切り替える。

「信じられん! それに、ラグエルの手紙では今回の企て、すべてミカエルの独断独行という話だぞ!?」

「そうね、今回はそう。でも、その使命自体は二千年前、イヤス様が私たちに命じたことよ」

 歴史から消された二千年前の惨劇、天羽(てんは)の侵攻。それはシカイ文書にのみ記された歴史の闇。

 そもそもなぜ思わなかった、天羽(てんは)の侵攻はなぜ起きたのかと?


 ヤコブは困惑していた。だが事態は進行していく、ヤコブの混乱を置き去りにして。

「世界は変わるわ、私たちが変える」

 ラファエルは浮上し始めた。足が屋上の床から離れ三メートルほどの高度で浮遊する。

 そして、右手を横に振るった。

「なんと……」

 その光景にヤコブは目を奪われた。


 ラファエルの背から生える、八枚の純白の羽。さらに白のタイトスカート姿だったのが同色のドレスへと変わっていた。全開に開かれた羽は巨大であり、なおかつ美しかった。聖画に描かれた通り、まるで一枚の絵から飛び出してきたかのように鮮烈で美しかった。

「行政庁長官。いえ、こう名乗った方がいいわね」

 ラファエルは告げる。己の正体とともに、人類に対して勧告を。

天羽(てんは)軍四大天羽(てんは)ラファエル。人よ、抵抗を止め降伏なさい」

 彼女の瞳に、はじめて戦意が宿る。


(まずい!)

 なにがまずいのか、それは思った自身ですら解らなかった。しかし直感がそう叫ぶのだ、これはまずいと。

 そんな中、ラファエルは気迫のある声で告げた。

「栄光へと至る第八の(エイス・セフィラー・ホド)

 それは彼女しか使えない、彼女だけの特別な力。その波動が全身から放たれる。

 ラファエルは弓を構えた。矢を創り出し弦にセットしようとする。

「させるか!」


 ヤコブは飛んだ。空間を飛び越えラファエルの正面から剣を振り下ろした。

 それを、ラファエルは弓で振り払った。

「ぬ!?」

 剣が弾かれる。女性、しかも片手だからと侮っていたのか予想外だった。ラファエルは弓で殴りつけてきたのだ。さらには創り出した矢も使い二つの武器で攻撃してくる。

 ヤコブも剣を繰り出す。ラファエルの攻撃を盾で防ぎつつ剣撃を放つ。

 ヤコブとラファエルの剣戟が広がった。高速で繰り出される互いの攻撃に激しい衝突音が鳴り響く。一振りごとに強風が起こり闘志がぶつかり合う。


 ラファエルの弓の攻撃、それを剣で受け止めたヤコブは体勢を崩され後退させられた。

 その隙にラファエルは矢をセットする。すぐさに弦を引き発射した。

 その矢は分散した。一つだった光源は複数の矢となりヤコブを襲ったのだ。

 だが、いくら数が多くても射線から外してしまえば意味がない。ヤコブは空間転移で上空へと退避する。


 ヤコブが消えたことで矢は通過する。しかし、矢は一斉に方向を変えると、ヤコブめがけ上昇し始めた。

「なに!?」

 かわしたと思われた矢が再び襲ってくる。この数捌き切れない。

 ヤコブは盾を展開、前面を覆うバリアを張り矢の軍勢をかき消した。そうしなけばならないほど追いつめられていた。

「今のはなんだ!?」

 明らかに普通の矢の軌道ではない。まるで意思を持つかのように追いかけてきた。いくらかわし続けても「終わりがない」。

「今のが」


 ラファエルが発動した力、それがヤコブを追いかける矢の正体だった。

 栄光へと至る第八の(エイス・セフィラー・ホド)。ラファエルが持つ固有能力。これにより発射された矢は活動停止という「死」という概念を無くし、的に当たるまで活動し続ける不死身の矢になったのだ。終わりのない矢はヤコブを追いかける。回避に意味はない。この矢一つ一つが誘導弾のようにして追いかけてくる。

 しかし、この脅威的な力もホドの余技、本来の力ではなかった。


 ホドの本質、それは生命を司ること、命という概念の操作だ。生きている者ならば即死させ、死んでいる者ならば蘇生させる。念じるだけで命を操ることができる能力こそがホドの本質だ。

 ラファエルが本気を出せば、ヤコブは対峙した瞬間に死んでいたのだ。

 それをしなかったのは、サリエル曰く「お優しい考え」からだった。ラファエルはこの力を殺すことに使いたくない。人を癒すべき力だと思っている。


 それを余技とはいえ使用しているのは、それだけヤコブが強く、彼女の覚悟の表れだ。

 ラファエルの第二打が迫る。いくつもの矢群となりヤコブめがけ空を走る。

 このままではじり貧だ、ヤコブはすぐにラファエルまで飛び攻撃する。

 ラファエルも空間転移によってヤコブをかわした。それを追撃しさきほどのように追走が開始される。

 しかし、以前と違うのはヤコブもまた追いかけられていることだ。いくつもの矢は健在、空間を飛び回るヤコブを追いかけめちゃくちゃな軌道を描いている。


 ラファエルはヤコブの攻撃をかわし防ぎながらも隙を見つけ発射してきた。それにより矢の数が増えていく。いつしか空間が無数の矢に覆い尽くされ、転移先がなくなっていく。

「ぬう!」

 空間が狭い。こんな体験は初めてだった。盾で矢を打ち消そうにもその隙に背後を襲われる。防御では駄目だ、回避しなければならない。


 しかし、その結果不死身の矢は数を増し、この場は千を越える矢で密集していた。そのすべてがヤコブを射殺さんと執拗に追いかけてくるのだ。

 ラファエルが持つ空間転移への回答。それが空間を埋め尽くす飽和攻撃だった。

(一撃!)

 それに賭けるしかない。この状況、最初は有利かと思われたヤコブが劣勢に立たされている。逆転しようとするなら一撃だ、それでラファエルを倒さねば串刺しに遭う。


 矢が密集する中、転移先は限られている。もう数えるほどしかない転移先を慎重、かつ瞬時に見極め転移を繰り返す。

 それは細い勝利への道に向かって、パズルを組み立てるような作業だった。失敗は許されない。勝利へのピースを見誤れば勝算はもろくも崩れ落ちる。

 ヤコブは必死だった。懸命に空間転移を繰り返し、息もつかぬほどの高速転移、自分がどこにいるのかも見失いそう。おまけに矢はどこにでもいる。


 その苦境、しかしヤコブは諦めなかった。細い糸をたぐり寄せるように勝利へと少しずつ近づいていく。

 そして、ついにラファエルの背後を取った! この矢が密集する空間、それはヤコブの動きを縛ってはいたがそれはラファエルも同じだ。数が多すぎたのだ、これではラファエルの転移先も限られる。それを計算し、ようやく彼女の背後へと回り込めた。

「これで仕舞いだ!」


 二人の決着をつける剣撃、渾身の一撃に全身全霊の思いを込めて、ヤコブは刀身を振り下ろす。

 しかし、それは届かなかった。

「ぬう!」

 剣を持つヤコブの右手、それが羽によって防がれた。まるで手のように羽が動き捕まえられたのだ。

 次々に他の羽もヤコブを掴みにかかる。両手両足、首にまで。器用に翼の先を操り、ヤコブを束縛した。身動きが取れない。


 ヤコブはラファエルの後ろ姿を睨んだ。すると彼女はヤコブを見ることなく振り向いた。

「ごめんなさい……」

 直後、ヤコブの背後にいくつもの矢が突き刺さった。

「ぐう!」

 他の矢は消失し、掴んでいた羽もヤコブを放した。ヤコブは屋上に落下しうつ伏せに倒れる。

「お、のれ」


 背中の激痛に表情をしかめながらもヤコブは見上げた。

 ラファエルはゆっくりと降下してくる。八枚のきれいな翼を優雅に伸ばし、地上の少し上で浮かんでいた。

 ラファエルは、物憂げな表情でヤコブを見下ろしていた。

「これは決まっていたことよ、もう止められない。私にも、誰にも。……受け入れてちょうだい」

 そうは言いつつ無理だと思っているのだろう、彼女自身が寂しそうな顔をしている。

「決まってなどいるものか」

「え?」


 だが、ヤコブは敗北してもなお、諦めていなかった。

 この状況で、教皇宮殿は敵に囲まれラファエル以外にも強力な天羽(てんは)は他にもいる。戦況は明らかに劣勢だ。

 それでもヤコブは宙に浮かぶラファエルを睨み上げ、不屈の闘志で言い放った。

「よく聞け御使い。人の意思を、なめるなよ! 我々は二千年前と同じではない、我々には信仰と神化がある。数世紀以上の年寄りが、思い知るがいい!」

 手負いの状態でなお、気迫の籠もった声だった。敗者は勝利を誓い、勝者は諦めたように悲観な表情をしている。これではどちらが勝者なのか解らない。

 そんな時だった。


「これは!?」

「まさか」

 突如、この場を揺れが襲ったのだ。

 ヤコブは視線をラファエルの背後に向ける。ラファエルも振り向いた。

 それは教皇宮殿の前、そこにはこの揺れの正体、登場するだけで大地を揺るがす最大の神託物、

「エノク様!」

「メタトロン!?」

 教皇エノクの神託物、メタトロンが立っていた。


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