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天下界の無信仰者(イレギュラー)  作者: 奏 せいや
第1部 慈愛連立編
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ばかな

 ヤコブは目を開ける。そこは屋上よりもやや上空、ラファエルの射線上であり、今まさにピンク色の砲撃が放たれたところだった!

「はああ!」

 ヤコブの代名詞ともいえるホタテ型のシールドを展開し宮殿を襲う光矢を消滅させる。その後空間転移で屋上上空にまで移動した。甲冑を着込んだ体がズシンと床に着地する。起き上がり正面を向けば、そこには弓を下ろしヤコブを見つめるラファエルがいた。


 ヤコブはラファエルと対峙する。柵のない屋上、大きな建物ということもありここは広い。両者の距離は五メートルほど離れている。

 ヤコブは盾を閉じると同時に剣を引き抜いた。自分の背後にはいくつもの砲撃を受け煙りを 上げている教皇宮殿がある。それを守るためにもここで負けるわけにはいかない。戦意を漲らせ、目の先にいるラファエルを睨む。


 だが、襲撃者であるラファエルには戦意どころか活気というものすらなかった。意気消沈、もしくは葬列の参加者か、その顔は教皇宮殿を揺らすほどの大砲撃を繰り出す射手とはとても思えない姿勢だった。

 不自然だ、襲撃者にしてはあまりにも戦意がない。

「どういうことだラファエル、なぜお前たちはこんなことをする?」

「……言ったところで、どうしようもないことだわ」

 怒り混じりのヤコブの質問にラファエルの声は沈んでいる。

「そうだったな。ならば問答無用!」


 ラファエルの戦意のなさは同時に好機だ。ここで話し合いをしたところで止めぬと言うのなら戦って止めるしかない!

 ヤコブは守るため退く気はなく、ラファエルも止めるつもりはない。

 よって、二人の激突は必然だった。

「いくぞ!」

 叫ぶと同時、ヤコブは空間転移を行った。屋上からヤコブの体が消える。


 しかし、空間転移を行ったのはラファエルも同じだった。ヤコブはさきほどまでラファエルがいた場所に現れ剣を振るうがラファエルの姿はない。

 やはりというべきか、空間転移が行える以上ラファエルも超越者(オラクル)ということになる。信仰者では壮絶な訓練や修行を通しても至れるのは一握りだというのに。

 ヤコブは消えたラファエルの姿を探す。それで上空を見上げた。


 いた。ラファエルは屋上よりもさらに上空、そこから弓を構え、薄桃色の矢を弦にかけ引き絞っていた。

 彼女の弓、それは意趣を凝らした美しいものだった。彫りはきれいな模様を描き、武器というよりも装飾品のように彼女を飾っている。

 ラファエルは光矢をヤコブに向け発射した。猛速度で空を切る光弾が迫りくる。


 だが、今度はヤコブが空間転移でかわす番だった。ヤコブはその場から消え光矢は地面に着弾、床を爆発させた。

 ヤコブが現れたのはちょうどラファエルの正面。ヤコブは剣を、ラファエルは弓を構え、落下する間際の一瞬に両者は睨み合う。

 超越者(オラクル)同士の戦いが始まった。

 それは、常人の戦いを超越していた。

「ふん!」


 ヤコブが剣を一閃する。それをラファエルは空間転移でかわし、ヤコブも空間転移で追いかける。

 連続する空間転移。二人の姿が現れては消えていく。互いに空間を超越している以上、間合いというのはないに等しい。戦闘において最も重要な間合いがないのだ。

 剣であれ弓であれ銃であれ、自分の有効範囲に入らねばならぬのはどの武器も同じ。そして相手の範囲に入らなければ安全が確保される。いわば戦闘とは間合いの取り合いだ、そこを見誤れば拳銃でもナイフに負ける。


 では、その間合いがないとしたら? 次に重要なものはなにになる?

 それは攻撃に移るまでの動作、その素早さだ。

 そもそもなぜ弓は剣より優れ、銃は弓より優れているのか。それは相手の間合いを上回っているからだ。では、剣の間合いに弓や銃がいればどうだろう。弓では矢を構えなければならない。銃をではねらいを定めて撃たねばならない。


 それに比べ、剣はシングルアクション。ただ振ればいい。

「くっ!」

 よってこの勝負、ヤコブが圧倒していた。

 ラファエルの表情が歪む。それもそのはず、矢をセットする時間すらない。空間転移で間合いを広げても、ヤコブの空間転移によってすぐに間合いを詰められ攻撃されるのだ。ラファエルは逃げ、ヤコブが追撃する。その繰り返しだった。

「はあ!」


 その不利な中で、なんとかラファエルは矢をセットした。弦を引き、次に空間転移。一瞬でもいい、間合いを確保して矢を発射する。遠すぎても近すぎてもいけない距離。

 ラファエルは三メートルほどの距離に転移して、ようやく得た攻撃を撃ち放った。

 だが、

「無駄だ!」

 ヤコブは盾でラファエルの光矢を無効化した。千載一遇の機会で放ったラファエルの攻撃だったが痛手を与えることなく不発に終わってしまった。


 攻守ともにヤコブが勝っている。空間転移を用いた斬撃に無敵の盾。勝負はいつしか追走劇の様相(ようそう)を呈し始め、ヤコブは執拗にラファエルを追いかけた。

 そして、ついにヤコブの剣撃がラファエルを捉える!

「もらった!」

 空間転移でも間に合わない。ラファエルは弓を両手で握りヤコブの上段斬りを受け止めた。その衝撃により落下、屋上に体を叩きつけた。

「くっ!」


 ラファエルの体が小さく跳ねる。うつ伏せに倒れ、苦痛に小さくうめき声が漏れていた。

 直後、上空からヤコブも着地する。ちょうど最初に対峙した時と同じ位置に二人はいた。

 ヤコブは油断のない目でラファエルを見つめていた。戦いはヤコブの圧勝、有利は揺るぎない。それでも慢心することなく敵を見据える。

「解せんな、なんだそのザマは。こちとら自分たちの城を守らんといきり勇んで駆けつけたというのに、その相手がロクに戦う気がないとは。臆したか貴様」


 ラファエルには初めから戦意がない。実際に武器を交えてみても彼女からは気迫というのが感じられなかった。

 ラファエルは両手を立て起き上がる。長い髪が垂れ床に着いている。

「そうね、その通りだわ」

 ラファエルは立ち上がった。ヤコブからの辛辣な言葉にもラファエルは言い返してこない。目を伏せ長い黒髪は風に吹かれ泳いでいる。彼女の美しい手に握られた弓も下を向いたままだ。

 ラファエルは暗い、沈んだ声で話し出した。


「あなたたちには申し訳ないと思っているわ。間違ったことなんてしていないのだから」

「言い訳か」

「ただ、正しくもない」

 ラファエルが顔を上げる。その目は暗いながらも、しかし、秘めた決意を感じさせる瞳に変わっていた。

 美しい。風が吹くたび揺れる絹のような黒い髪も、整った鼻筋に大きな瞳も。


「正しくないだと? ではお前たちの言う正しさとはなんだ? 見てみろ、あの惨劇を。あれがお前等の正しさか? それが正しいとなにによって保証されている!?」

 ヤコブは叫んだ。今もラファエルたち天羽(てんは)によって教皇宮殿では多くの者が戦っている。傷つき苦しんでいるのだ。その痛みが正しいなどよくもほざいたなと、ヤコブは怒りをぶつけたのだ。

 だが、その主張にラファエルは答えた。


 それは、慈愛連立の信仰者にとって絶対的存在。

 人よりも、天羽(てんは)よりも偉大な者。

 正しさをなにが保証しているかだと? 知りたければ教えてやろう。

 これこそが、貴様ら人間の欲する真実だと――

「イヤス様よ」

「なに?」


 三柱の神が一柱、神理、慈愛連立を創り出した張本人。

 慈愛連立の信仰者すべてが崇める、神そのものだった。

「ばかな……」

 ラファエルの答えにヤコブは呆然となる。


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