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天下界の無信仰者(イレギュラー)  作者: 奏 せいや
第1部 慈愛連立編
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ありがとよ弟、あとで同じことしてやる


「ふん!」

 ペテロと別れてからヤコブは空間転移によって三十八階の扉の前に立っていた。教皇派と神官長派の戦い、もっというなれば人類と天羽(てんは)による戦いにヨハネを参加させるためだ。

「まったく、こんなことになるとはな」

 こうならぬよう頑張ってはきたはずだが、ふたを開けて見ればこの有様だ。愚痴も零れる。それでもヤコブは気を引き締め扉を開けようとする。

 瞬間、扉の方がさきに動いた。

「兄さん」

「すでに話は聞いているようだな」


 そこにいたのは騎士数人とヨハネの姿だった。手錠も外されており、銃も返還されているのを見るに事態は把握しているようだ。

「やれるのか?」

 ヤコブは鋭い声で聞いた。だが、顔を背けて話し出した。

「裏切り者。お前をそう呼べばそれで済む話だ。この俺もひどくやられたことだしな。だが」

 自分の考えが間違っているとは思わない。しかし少しの躊躇いもないというのは嘘になる。ヤコブはそれを言った。

「お前の苦しみを軽視していた俺の過ちでもあるのかもしれん」

「兄さん……」


 ヤコブの告白をヨハネは受け止めていた。信念と言えば聞こえはいいが、自分のわがままで裏切ったこと。派手に戦い傷つけたこと。ヨハネにだって後ろめたい気持ちがまったくないわけはではない。

「だがな」

 そこでヤコブはヨハネを見た。まっすぐ、訴え掛けるような目で。

「今回はさきほどまでとはわけが違う。誰かを守るために誰かを傷つけること、それを避けようとするお前の気持ちは分からんでもない。だがな! この状況はどうだ? ここでなにもせぬままじっとしていろ、お前は後悔するはずだぞ」


 戦争はすでに始まっている。あとは失うだけだ。立ち止まるということは失うことと同義だった。

天羽(てんは)たちによる侵攻がすでに行われている。それはお前の守りたかったものを壊していくぞ、ヨハネ」

 ヨハネが裏切った理由。それは両者の守るものが違ったからだ。ヤコブたちは世界のために。ヨハネは大切な生徒を守るために。そのためにヨハネは身内を裏切ってまで戦った。

 それほどヨハネにとって、教え子というのは大切な存在だった。

「本当に守りたいものを守るために、今こそ戦う時だ」

 守るために戦う、それによって生まれる犠牲。それをヨハネは経験した。戦うことに虚しさを味わった。


 だけど、

「兄さん」

 ヨハネは真剣な目で見てくるヤコブを見つめ返した。声はしっかりしている。覚悟を感じられる声だ。

「戦う覚悟なら、もう出来ていますよ」

 ヨハネの瞳はまっすぐとしていた。表情も真剣だ。

「この戦いは放置してはいずれ世界中に波及します。我々だけでなく、多くの人が犠牲になるでしょう。その中には私の大切な人たちもいます」


 ヨハネはすでに決意していた。この戦いに参加することを。迷いのない瞳でヨハネはヤコブに言った。そこにかつて苦悩していた面影は欠片もない。

 世界のために戦うか。大切な人を守るために戦うか。もう二者択一の責苦に迷うことはない。

 世界のために、大切な人を守るために戦うのだから。

「ふん、行くか?」

「ええ」


 そして、二人は歩き出した。共に、同じ方向を向いたのだ。

 聖騎士と、かつて聖騎士だった彼らが。一度は道を違えても二人は横に並んだ。

 そこには大切な人々を守りたいという共通の目的があったから。

「ぬお!」

「これは」


 その二人に行く手を阻むかのように建物が揺れる。振動に足を取られ姿勢を構えた。

「この揺れは?」

「知らん!」

 ヨハネの質問にヤコブは怒り心頭で答える。さきほどから何度も襲ってくるこの揺れに我慢がならない。

「まったく、このままでは崩れるぞ!」

「この衝撃のもとを断たないとなりませんね」

 ヤコブの言う通りこのままでは宮殿そのものが崩壊しかねない。早いところ解決せねば多くの者が生き埋めだ。


「ここからではなにも分からん。まずは外の様子を見るぞ! お前たちはもういいから所定の配置に戻れ。いくぞヨハネ!」

「まったく、相変わらずうるさい人ですね」

「お前は気が抜け過ぎだ!」

 ヤコブは他の騎士を戻し二人して走り出した。互いに小言を言い合う兄弟のやり取りをしながら階を下りていく。そのままガラスの広いテラスへと出た。本来ならば町が一望できる憩いの場だが雰囲気は物々しい。突然の襲撃に大勢の職員たちが悲鳴を上げながら走っている。

「それで誰の攻撃だ、この俺が相手になってくれるッ」


 怒りをあらわにヤコブがガラスから外を見回すと、遠い場所からピンク色の光源が見えた。

「ん!?」

「あれは?」

 ヨハネもそれに気づき二人して注目する。

 かなり遠いが建物の屋上だろうか。そこに誰かいる。

「あの人は」

 その人物が誰か気づきヨハネは目を見開いた。

 宮殿を襲撃している人物。


 それは、ラファエルだった。高層建築の屋上から吹く風に黒髪とタイトスカートの端を揺らめかせ、その手には弓矢が構えられていた。ラファエルは物憂げな表情で立っており、ピンク色の光を手の平に出すとそれを矢に変形させ弓にかける。光は炎のように揺れ動いている。弓にセットされながら力を増しているのかその揺らめきが大きくなっていく。

「…………」


 ラファエルの表情は依然として寂しそうだった。乗り気には見えない。

 しかし、彼女は巨大な力となった光矢を、宮殿に向け発射した!

「させるか!」

 ヤコブは空間転移で外へと出た。同時に盾を展開、薄いベールがバリアとなって襲撃してきた光弾を打ち消した。


 それは飛来する中で巨大化していき、直撃するころには直径で三メートル以上の光矢になっていた。これでは砲撃だ。ヤコブの持つ盾は物理耐性、異能耐性ともに3という群を抜いて優秀なものであり、それでなければこの攻撃は消せなかっただろう。

 ヤコブは落下する中再び空間転移を念じヨハネのいるテラスへと戻る。

「お見事です。ですが厄介ですね」

「まったくだ」


 戻るなりヨハネに言われヤコブも同意する。

「遠距離からちまちまと! ヨハネ、俺たちであいつを止めにいくぞ」

「そうするのがよさそうですね」

 このまま放ってはおけない。ラファエルも天羽(てんは)のはずだ、あの光矢による強さがそれを物語っている。確実に倒すためにもヨハネと一緒に空間転移すべきだ。


 ヤコブはラファエルの居場所をイメージし、そこに自分とヨハネを飛ばすよう頭に描く。

「おっと、そうはさせねえよ」

「!?」

 瞬間、ヤコブのこめかみを狙って銃撃が行なわれた。

「あぶない!」

 さきに気付いたヨハネがヤコブを突き飛ばす。それによりヤコブは床に倒れ通過していった銃弾が壁に当たった。あと少しでも遅ければ殺されていた。


 ヨハネに突き飛ばされたヤコブが忌々しいという顔で起き上がる。

「ありがとよ弟、あとで同じことしてやる」

「いえ、お礼は結構ですよ」

 ヤコブの棘のある言葉にヨハネは笑顔で答える。

 それで二人は銃弾が来た方向を見る。

 そこにいたのはラファエルと同じ政府長官にて天羽(てんは)の地上残り組。

「あいつに言いたいことがあるなら俺が聞くぜ、もっとも、生きてればな」

 赤い髪に半透明のサングラス。司法庁長官、サリエルだった。


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