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天下界の無信仰者(イレギュラー)  作者: 奏 せいや
第1部 慈愛連立編
143/418

座れよ。話をしようじゃないか、人間

 ペテロは吠えた。ここで負けるわけにはいかない。ここで止めねばすべてが終わってしまう。なんとしてもやつらの目的、天羽(てんは)再臨だけは止めねばならない。

「ペテロ、止めろ」

 だが、ここに新たな声が現れた。それはミカエルの隣であり、静穏ながらも気迫のある声は一人しかいない。

「ガブリエル!? お前もか!」


 水色の髪を優美に垂らし、政府高官であるガブリエルがそこに立っていた。背筋を伸ばしたモデル体型の彼女に白のロングコートが映える。

「お前はまだ理知ある者だと思っていたのだがな」

「弁解はない、好きに思え」

 ペテロからの嫌味にも眉一つ動かさずガブリエルは威厳を保っている。


「剣をしまえ、いかに聖騎士であるお前でも相手が悪すぎるぞ」

 ガブリエルからの忠告にしかしペテロは構えを解かない。たとえ相手が誰であり何人であろうとも、ここを退く気など毛頭ない。騎士の誇りに賭けて、ペテロは命すら捧げる覚悟がある。

 しかし、この状況。相手はミカエルとガブリエル。認めたくはないが、彼女の言う通り相手が悪すぎる。ペテロは追い込まれていた。状況的にも、精神的にも。


 人を救うと言いつつ侵攻をする者たち、これが救済か? ゆえにペテロは聞いた。

「貴様ら、何者だ?」

 二千年の遥か昔から地上に降り立ち神の使命を受けた者たち。人類を支配せんと行動を行なう者たちの正体は――

「国務長官ガブリエル、いや、こう言った方がいいかな」

 その質問に、ガブリエルは気丈に答えた。本来の身分に誇りすら滲ませて。

 明かすのだ、二千年前と同じように。


天羽(てんは)軍四大天羽(てんは)、ガブリエル」

 瞬間、それは起こった。

「これは」

 その光景にペテロは状況も忘れて見入っていた。その、あまりの美しさに。

 ガブリエルの背中から、八枚の翼が広がったのだ。柔らかな羽毛が整然と生え並び、汚れ一つない純白の羽。じゃっかん折り畳まれた翼はガブリエルの前方へと曲がっていた。彼女の両肩や両足が少し隠される。


 その神々しいほどの輝き。見る者を圧倒するほどの芸術的美性は神の手作りだからか。神によって直接作られた生きる美術品。

 天羽(てんは)。神の御使い。神誕生を告げ布教に努めた者たち。地上に残った数少ない生き残り。

 それが、ついに表舞台に現れた。

「あまり人前では見せないのだがね。しかし、これで我らの覚悟も分かっただろう。私たちも退く気はない」


 ガブリエルの声は落ち着いている。しかし声に宿る覚悟は十二分に伝わってきた。

 本気だ。

 これはもはや戦争だ、人類と天羽(てんは)の。

 今でも外から爆発音が聞こえてくる。戦闘の行われていることが伝わってくる。

 ペテロは柄を握る手に力を入れた。目の前の二人が天羽(てんは)である以上強大な者だというのは分かる。


 けれど、それでも最初に抱いた退かぬという決意は、まだ折れていない!

「私は」

 二人の視線がペテロに集まる。それを、ペテロは鋭く睨み返した。

「私の信仰に殉じるのみだ」

 退かない。退いてなるものか。決意と情熱が胸の中で渦を巻いている。今まで慈愛連立の信仰者として励んできたのはなぜだ? 人を守るため、それを素晴らしいと思ったから。そのために己を鍛えてきた。

 人を救いたい。そのために、相手が天羽(てんは)ならそれすら倒す!

「いい気迫だ、好印象だぞ」


 ペテロの姿勢にガブリエルが称賛を贈る。それを無視してペテロは駆け出した。

「エノク様はさきに!」

 ペテロは剣を構えたまま突進した。狙いはミカエル。やつらの頭を直接狙いに行く。

 が、

「落ち着け」

 ガブリエルが発した一言の後、ペテロは見知らぬ場所にいた。

「なに!?」


 一面白い空間。壁はなく、広大な床と天井だけが続いている。ここにはなにもない、まるで空っぽの箱の中。とても無機質な場所だった。

「これは」

「さきほども言ったが、まあ落ち着け。気を張っているのは分かるがそれではロクに話も出来ん」

 ペテロは背後に振り返った。そこには白い椅子に腰かけたガブリエルがいた。背もたれはなく八枚の羽を休ませている。そこに戦意は見られない。まるで仕事合間の休憩時間のように、彼女は自然に座っていた。


 ペテロはこの状況に困惑と確信を抱き始めていると、ガブリエルの前に小さなテーブルとガブリエルとお揃いの椅子が現れた。なにもない空間から突然に。テーブルの上にはコーヒーカップが二つとポットが置いてあった。

「飲み物はコーヒーでよかったか? ラファエルは紅茶なんだが私はこちらの方が好みでね」


 そう言いつつガブリエルはポットから自分のカップにコーヒーを注いでいく。

「どうした、座らないのか。立っているのは自由だがそれだと話しづらいんじゃないか」

 ガブリエルはコーヒーを一口飲んだ。その仕草と態度から本当に戦う気はないようだ。

 だが、ガブリエルの様子とは反対にペテロは確信へと変わった驚愕に危機感を募らせていた。

神徒(レジェンド)か……」


 神徒(レジェンド)。信仰者の最高位。全能者。教皇エノクと同じ力をガブリエルも持っていたのだ。このなにもない空間はガブリエルが創ったものだ、そこに閉じ込められた。さらに椅子とテーブル、カップにポットとはいえ一瞬で創造。間違いない、世界改変、全能だ。

 その事実にペテロは内心どうするべきか困窮(こんきゅう)していた。


 勝てるわけがない。空間すら自由に創造する存在だ、その気になればこの空間ごとペテロを消滅させることなど息をするのと同じくらいの感覚でできるはず。

 ガブリエルは戦わないのではない。戦う必要がないのだ、だからこそのこの余裕。

 勝敗は、すでについていた。

 ペテロは黙って目の前に座るガブリエルを見つめていた。彼我の力量差を痛感しながら。

 そこでガブリエルはコーヒーに落としていた目線を上げて、ペテロを見つめてきた。


「座れよ。話をしようじゃないか、人間」


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