ふん。今回だけ目を瞑ってやる
「神官長派のやつら、いいように踊らされおって! 少しは不審に思わんのか!?」
「愚痴は後だ、こちらも動くぞ。みなも配置につき防衛線を張れ!」
「はい!」
ペテロの指示に起き上がっていた隊長たちが返事する。それからの行動は早く一斉に部屋から出て行く。
「俺たちも行くぞ」
「おうよ!」
ペテロに続きヤコブも頷いて部屋を出ていった。
「ぐああ!」
部屋から出るなり巨大な揺れが宮殿を襲った。ヤコブが大声を出しながら壁に手を当てる。
「なんだ今のは!?」
「おい」
ペテロは近くにいる騎士に呼びかける。
「お前たちはフロア三十八に行きそこで収容されているヨハネに通達を。減刑を条件に戦闘に加わるように伝えてくれ」
「いいのかペテロ?」
ヤコブがペテロを胡乱な目で見る。
「やつは裏切り者だぞ、そのせいで侵入を許したんだろうが。やつのあれさえなければイレギュラーの侵入なぞこの俺が」
神愛に侵入を許した時を思い出しヤコブの眉間にしわが寄っている。
「なにを言っている、あいつは確かに裏切った。しかしそれはあいつの信念からの行動だ、悪人に落ちたわけではない。お前の弟だろ? 信じてやれ」
「……ふん! 今回だけ目を瞑ってやる」
ヤコブは不承不承といった具合で顔を背けた。
「頼むぞ」
「了解しました」
それで伝令を頼まれた騎士たちは役目を果たすべく走っていった。
直後、再び巨大な揺れが襲う。廊下の隅にある置物が床に落ちシャンデリアが揺れた。
「ああ! それでなんださっきからこの揺れは!?」
「これは天羽の攻撃か?」
巨大な地震のような揺れ。しかし超高層建築物である教皇宮殿を揺らすとなればかなりの威力だ。となれば相当な信仰者か天羽しか考えられない。高官の目撃情報があるためおそらく天羽だろう。
「クソ! どうして天羽たちが襲ってくるんだ!?」
忌々しくヤコブが叫ぶ。今となっては教皇派と神官長派は敵対関係だが、こうも表立って行動はしてこなかった。それがなぜ神官長派は教皇宮殿の直接攻撃に踏み切ったのか?
疑問はペテロも同じだった。どういうことかと考える。
「あの無我無心の女、天和という少女の言っていることが仮に当たっていたとしよう。そうした場合、やつらの脅威はなんだ? なにが障害となる?」
ペテロの質問にヤコブは顎に手を当てた後視線をやや上に向ける。それで振り向いてきた。
「まずはウリエルの蘇生だな。それが達成できなければ天羽再臨は不可能だ」
「なら蘇生の障害とは?」
「蘇生する前にあの娘を奪われるとか?」
「それならその場所に陣取り防衛を固めればいいはず。わざわざ強行する必要性はなんだ? 連中、なにを焦っている?」
ペテロもヤコブ同様考えている。思考を巡らし事態を整理していく。
恵瑠、もといウリエルがヘブンズ・ゲートに必要であり、それがやつら神官長派の手に渡ったのは間違いないだろう。ならばあとは蘇生してそのままヘブンズ・ゲートを開ければいいだけだ。こんなことに人員を割く必要性はない。要らぬ戦闘だ。
なにを企んでいる? ペテロは無言の中必死に考えていた。
その時、隣にいるヤコブがふとつぶやいた。
「言われてみれば。俺たちはまだ『その居場所すらつかめておらん』というのに」
「……! そうかッ」
それで閃いた。敵の狙いが分かったことにペテロの表情がハッとなる。
「分かったか?」
ペテロが察したことでヤコブが質問する。一見無意味に思えるこの襲撃、その真意を聞いた。
それに、答えるペテロは表情を引き締めた。
「居場所を知られては駄目だ。もし居場所を知られてしまえば、その場所だけ『書き換えられる』」
「そうか!」
聞いてヤコブも納得した。合点のいく意見に大声を出し、同時にこうしてはおれんと表情を引き締める。
「やつらの狙いは、エノク様だ」
ペテロは天井を見上げた。この階よりも上にある教皇の自室、そこにいるエノクの安否を心配する。
教皇エノクは信仰者の位で最高位である神徒だ。全能であるレジェンドであれば、居場所さえ分かってしまえばそこを『なにもない空間に書き換えられる』。そこにある蘇生に必要な道具から『蘇生対象』まで跡形もなく消し去るだろう。
そうなれば今度こそミカエルの計画はとん挫する。
世界改変は三柱の神による粛清対象になる場合があるためしないのが無難だが、この状況だ、躊躇っている場合ではない。加えて言えば、上位の天羽はみな支配耐性を持っているので全能でも書き換えることは出来ないが、死んでいては支配耐性も働かない。書き換えるなら死んでいる今しかない。
「ヤコブ、お前はヨハネのところまで飛んでくれ。その後お前たち二人が天羽の相手を。俺はエノク様のもとへ行く」
「了解だ。……ペテロ!」
「ん?」
「気を付けろよ」
「ふっ、お前もな」
去り際の挨拶を終えヤコブは消えていった。小さく笑っていたペテロだが彼を見送った後真剣な顔になる。