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天下界の無信仰者(イレギュラー)  作者: 奏 せいや
第1部 慈愛連立編
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先生は俺の誇りだぜ?

 俺たちが教皇宮殿を攻めた翌日、独房に入れられてから俺はベッドに横になっていた。天井を見上げ不満を吐き出す。

「くそ」

 なにかしなくちゃならない、こうしてはいられないという思いだけは沸騰し始めたお湯のように溢れてくるんだ。だけどこうして捕まってちゃそれも出来ない。

 なにも出来ない。それ以前にどうしたいのかすら昨日から迷ってる。

 恵瑠を生き返らせていいのかどうか。天秤は右に左に揺れたまま、答えを見つけられずにいる。


「はぁ」

 なんとも言えないため息が出た。

「おや、そこにいるのは宮司さんですか?」

「え?」

 と、どこからか聞き慣れた声がした。俺は上体を起こした。

「隣ですよ隣」


 ちょうどベッドが置かれていた壁を見る。この声は……。

「まさか、ヨハネ先生か?」

「ええ、ご名答です」

 壁越しにのんびりとした声が返ってくる。間違いない、ヨハネ先生だ。正面入り口で俺たちのために時間を稼いでくれた後、先生もここに入れられていたのか。

「なんだよ先生こんなところで! 捕まったのか?」


 まさか会えるとは思えずホッとする。会ったという表現も微妙だが、声が聞けただけで嬉しかった。

「あの、宮司さん? 楽しそうに言うの止めてもらえますか?」

「はっはっはっは! 先公が捕まるとか、はっはっはっは!」

「まったく、宮司さんはいじわるですねぇ……」

「ごめんごめん、悪かったよ」

 つい舞い上がってしまった。謝るがそれでも表情は笑っていた。


「ですがまあ、真面目な話、宮司さんの言う通り教師である私がこうして捕まっています。実際、情けない話ですよね」

「なに言ってんだよ、先生は俺の誇りだぜ?」

 あの時、教皇宮殿に突入できたのはヨハネ先生が協力してくれたからだ。それがなければ入れることすら難しかった。

「ははは……、ありがとうございます」

「本当だって!」


「分かっていますよ。あなたは素直な人ですからね」

 ヨハネ先生の顔は見えないが話をすることができてよかった。

 だけど俺はふと笑みを消し顔を下げてしまった。ヨハネ先生は自分の仲間を裏切り捕まる覚悟までして俺に協力してくれたというのに、俺は…………。

 俺が黙ったことでヨハネ先生も察したようだった。

「宮司さんとこうしてお話ができて嬉しく思っています。ですが、あなたがここにいるということは、栗見さんは……?」


 半分分かっている聞き方だった。声は落ち込んでいて。それでも聞かずにはいられなかったんだろう、恵瑠は先生にとっても大切な生徒だから。

 俺は、答えるのが心苦しかった。

「ごめん。守れなかった」

「…………そうですか」

 小さなつぶやきが聞こえる。再会できた喜びはあったが、なくなってしまった重みに暗く押し潰される。


「なあ、先生」

 それで俺は聞いてみた。

 ずっと悩んでいる。恵瑠の蘇生と世界の危機のこと。先生ならなんて答えるだろう。誰にでも優しくて、誰よりも立派なこの人なら。

「もし、大切な人を亡くしたとしてさ、それを生き返らせるとする。でも、それをしてしまうと多くの人が犠牲になる。そんな条件なら、先生はどうする?」

 どう答えるだろう。分からない。ただ知りたかった。

「そうですね」


 ヨハネ先生は一言置くと、俺の質問に答えてくれた。

「私なら、亡くなった人を生き返らせるということはしません。それは誰かが犠牲になるとか関係なくです」

「え、そうなのか?」

 意外といえば意外な答えだった。どちらかを答えるだろうとは思っていたし、生き返らせないという答えもヨハネ先生らしいと思ってた。それは誰かを犠牲にする救いなんてこの人が望むはずがないからだ。

 でも、犠牲とは関係なしに生き返らせないなんて。

「はい。宮司さん、命とはそも尊いものです。なぜ尊いか、それは失えばもうやり直しができないからですよ」


 壁越しに聞こえる声。でも、俺は先生がいつもみたいに教えてくれる姿が想像できた。

「もし人を生き返らせれば、命の有り方は変わり、同時に命の価値まで変わるでしょう。それも暴落です。死んでもまた生き返られるという安心感は、命の大切さを希薄にさせてしまう。失った命に対して悲しいと思い続けること。それがあるべき形であり、もっとも自然だと思います」

「……そっか」


 失った命に対して悲しいと思い続けること、か。それが正しいことなんだろうな。強く悲しいと思えば二度とこんなことはしてはならないと反省するだろうし。もしやり直せるなら、いつしかそんな感覚は麻痺してしまい反省することもなくなるだろう。人が死んでも悲しいと思わなくなるのはそれはそれで悲しいことだ。


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