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天下界の無信仰者(イレギュラー)  作者: 奏 せいや
第1部 慈愛連立編
136/418

ふん、嘘じゃねえな


 もう、昔のようには戻れない。

 無邪気に笑い、笑顔で夢を語り、共に笑い合うことは。

 もう、後戻りは出来ない。

 ゴルゴダ共和国の内戦、多くの犠牲。

 たとえこの身が引き裂かれ、心が砕けることになろうとも。

 この身は元より、天羽(てんは)なのだから。


 深い深い地面の底。そこに一つの部屋がある。誰も知らず、地図にも載っていない秘密の部屋。そこには道筋も扉も存在しない。ここに入れるのは場所を知っている者と、空間転移が出来るオラクルだけだ。

 薄暗い部屋には用途不明の機材からいくつもの配線が床と天井に這ってある。そして中央には薄い緑色の液体が入ったカプセル。

 そこに、恵瑠はいた。


 服装は白のワンピース水着のような服に着替えさせており、恵瑠はカプセルの中で立った状態で眠っているように浸っていた。

 そのカプセルを見上げるのは黒髪の女性、ラファエルだった。ライトアップされたカプセルの液体が周囲を淡い緑色に照らす。ラファエルは物言わぬ遺体となった恵瑠を見上げ続けている。

 するとラファエルの背後から人が近づいてきた。暗闇から人影が現れ緑色に照らされる。


 それはサリエルだった。教皇宮殿で恵瑠を回収した後この部屋へと来ていた。彼ら神官長派の高官たち、もしくは天羽(てんは)と呼べばいいか。サン・ジアイ大聖堂の地下深くに隠されたこの部屋へと。

「どうした、手が止まってるぜ?」

 サリエルはラファエルの背中に声を掛ける。そのまま彼女の隣へと立った。ラファエルは振り返ることなく見上げ続ける。


「ケッ、どうしてこんなに時間がかかるんだよ。お前なら一瞬じゃねえのか」

「これは単純な蘇生とは違うの。デリケートなのよ、あなたには分からないでしょうけどね」

「どうでもいいんだよ。さっさとしろや、それがお前の取り柄だろうが」

「はいはい」

 苛立ちを露わに話しかけてくるサリエルにラファエルはやれやれと顔を横に振った。かつての仲間が死んで目の前にいる。そのことに隣の男はなにも思うところがないのか。ラファエルはため息を吐きそうになる。

「ねえサリエル」


 そこで今度はラファエルが聞いた。自分たちの前で永遠の眠りについている彼女を見つめ、サリエルへと問いを投げかける。

「彼女が目覚めたら、あなたはどうするつもりなの?」

 彼女の復活。それはウリエルの復権だ。

 帰ってくるのだ、自分たちのもとを去った四大天羽(てんは)の一人が。

 天羽(てんは)でさえも、二千年の歴史で半ば伝説と化した存在。誰よりも激烈で、実直で、神への使命と名誉に燃えていた天羽(てんは)


 殺戮の審判者、ウリエルが帰ってくる。そして、二千年の時を経て天羽(てんは)は使命を果たす。人類を救うため、人類への侵攻を。

 ラファエルからの落ち着きながらも真剣な問いに、しかしサリエルは軽佻(けいちょう)だった。

「あ~?」

 つまらないことを聞くなと言わんばかりに、不愉快そうな声を出しラファエルを見つめてくる。

「ハッ、決まってるだろ」


 その後正面を向いた。そこには当然のこと恵瑠を入れたカプセルがある。そこで眠りに付く恵瑠を見上げサリエルはやる気に燃えた声で言った。

「二千年だ。二千年だぜ? 自分で自分を褒めたくなるぜ、それだけ待ったんだ。だが、ようやく叶う。挑むことができる。あの時の決着を」

 サングラスの奥でサリエルの瞳が恵瑠を睨みつけているのが分かる。荒々しい戦意を隠そうともせず粗暴な態度で見上げていた。


「いやね。だと思ったけど、よくそれを私に言えるわね」

 呆れたラファエルは目を伏せる。

「うるせんだよラファエル。てめえのデカイだけの胸、一つむしり取られてえか?」

「まったく。その性格も相変わらずよね」

「今更だな」

「ええ、もう慣れたわ」


 実際そこまで気にしていないのだろう。ラファエルは恵瑠を見上げると両手を動かした。両手には白い魔法陣が手の平サイズに浮かび、それをコントローラーとして他にも空間に浮かんだ文字や図形を組み合わせていく。

「さきに行っててちょうだい。調整してから私もすぐに向かうわ」

 ラファエルは作業を再開する。隣のサリエルには目もくれず己の作業を進めていた。

 そんなラファエルにサリエルが近づいていく。


 瞬間、サリエルは即座に銃を抜きラファエルのこめかみに銃口を突き付けてきた。

「……なんのつもりかしら?」

 完全に脱力した状態からの早抜き。銃を抜く気配などまるでなかった、意識的な不意打ちだ。

 ごく自然に銃を突きつけてくるサリエルだったが、しかし様子はもう変わっていた。態度こそ変わっていないがこれが冗談でないことは漂う気配から分かる。

 下手すれば殺すぞと、言外に伝えていた。


 ラファエルは恵瑠を見上げたまま、手を止めてサリエルに聞く。

「それはこっちの台詞だ」

 サリエルは軽薄な笑みを浮かべラファエルを見つめている。サングラス越しに冷たい視線が突き刺さる。

「ラファエル。てめえ、俺が間抜けかなんかだと勘違いしてねえか?」

 ラファエルは黙り、サリエルは続ける。

「俺とお前たちじゃ二千年の付き合いだぜ? 無駄無駄、隠せねえよ。お前、こいつの蘇生、わざと失敗するつもりだろ?」

「…………」


 ラファエルはなにも言わなかった。表情も変わらない。

 だが、頭の中ではバレていたかと悔しさが過った。

「さきに行っててじゃねえ。俺は運び屋じゃねえんだ、監視役で来てんだよ。俺の天羽(てんは)としての役目知ってんだろ?」

 あくまで軽佻に、悪ふざけにしか見えない態度だがサリエルは本気だ。見た目はこれでも思考は冷静で冴えている。それを二千年の付き合いでラファエルも知っていた。

「…………どの口が言うの?」


 だからこそ、ラファエルは許せなかった。

 声が震え出す。胸から湧き出る感情が我慢してきた気持ちを突き動かす。

「私も、正直に言うとラグエルと同じ気持ちだった。彼は自分の役目を、あなたと同じ、天羽(てんは)を監視する天羽(てんは)として当然の責務を果たそうとしただけだった。なのに!」

 こめかみに銃を突きつけられているのを無視してラファエルは振り向いた。そこで自分を見つめるサリエルに向かって、涙で濡れた瞳で睨みつけた。


「あなたは『ラグエルを殺害した!』 どうしてサリエル? なぜそこまでしてこんなことをしようとするの?」

 サリエルは天羽(てんは)でありながら天羽(てんは)を監視する役目を持っていた。天羽(てんは)といっても完全な存在ではない。二千年前に堕天羽(てんは)が発生したように天羽(てんは)も時には堕落してしまう。神への従事を拒んでしまう。それを防ぐために勝手な行いをしないか監視するのがサリエルの役目だ。


 だがそれはラグエルも同じ。彼も天羽(てんは)を監視する天羽(てんは)として、今回の騒動、神官長ミカエルの独断独行による計画を止めようとしていた。彼が判断を誤った点があるとすれば、それはすぐに三柱の神イヤスに報告せずに中止を訴えたことだ。猶予を与えたこと。その隙に、ラグエルは背後から近づいたサリエルに射殺されたのだ。

「そういえば、あいつも似たようなこと言ってたな」


 仲間殺しをしておき、しかしサリエルに悪びれた様子はなかった。自分を睨みつけてくるラファエルに銃口を固定したまま、その時のことを話し出す。

「同じ信仰で、同じ仲間で。これが我らのやることか? だったか。俺はこう言ってやったよ」

 サリエルは顔を近づけた。悔しそうに睨むラファエルへ言い放つ。

「欲しいからに決まってるだろ」

 言われ、ラファエルの目は、意思は沈んだ。どうすることも出来ない。サリエルの意思を変えることは不可能。そのために仲間であったラグエルは消され、天羽(てんは)長ミカエルの指示である以上従わざるを得ない。


「やりな。お前の役目だろ?」

 サリエルは顔を離した。銃口は変わらずラファエルに向いている。

「……そうね。これは私の役目、私にしか出来ないわ。その銃を下ろして。私を殺せばすべて終わりよ」

 ラファエルは意気を落としながらもサリエルに反抗した。蘇生が出来るのは天羽(てんは)の中でも生命を司るラファエルだけだ。ヘブンズ・ゲートを開くために恵瑠が必要なのだから、必然的にラファエルも失うわけにはいかない。それにラファエルもまたヘブンズ・ゲートの鍵である四大天羽(てんは)の一人だった。


「おいおい、ラファエル。銃を下ろせだと? 本気か?」

 だがサリエルは気に留めていなかった。脅しになっていない。それどころか脅迫してきた。

 サリエルは銃を持つ手とは反対の手で、サングラスを少しだけ持ち上げたのだ。

「お前、俺と『にらめっこ』したいのか?」

 言われた瞬間、ラファエルはすぐに顔を背けた。視界からサリエルを追い出す。見るな、見てはならない。そんな危機感に急かされて、ラファエルは逃げるように顔を背けていた。


「お前の敗因はな、ラファエル。仲間は殺せないなんていうお優しいその考えだ」

 サリエルはサングラスから手を離す。小馬鹿にしたような話し方でラファエルに言い、再度指示を出す。

「詰みだな。進めな、無事に終わらせればご褒美にチーズケーキおごってやるよ」

「…………」

 ラファエルは顔を恵瑠へと向けた。そして銃口を向けられる中、白い魔法陣を両手に浮かべ作業を始めた。


 それから黙々と作業が続いていく。空間に浮かんだ別々の魔法陣が重なり合い、浮かぶ文字を組み込んでいく。

 そうして作業していたラファエルの手が止まった。両手に浮かんでいた魔法陣も消え、ラファエルは両手をゆっくりと下ろした。

「これで完了。蘇生プログラムは実行中。あとは時間の問題で、私でも解除は不可能よ」

 ラファエルに達成感はない。落ち込んだ様子でサリエルに作業終了の旨を告げていた。

「ふん、嘘じゃねえな」


 サリエルは銃口を外すとクルクルと回してからガンホルダーに差し込んだ。

 ラファエルが落ち込んでいる中サリエルは上機嫌で恵瑠を見上げる。待ちに待った時が近づいている。その実感にサリエルは口端を吊り上げた。

「いいねえ~、ようやくお前に会えるんだ」

 サングラスに隠れた瞳が、ぎらりと光った。

「楽しみだぜ、ウリエル」


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