ついでに死んでくれや
「はあ!」
神愛が上階へと向かってからも一階フロアでは戦闘が行われていた。襲いかかる騎士の集団を相手にミルフィアは果敢に攻撃を加えていく。幾条もの光が戦場を飛び交い敵を倒していった。ミルフィアや加豪の攻撃に吹き飛ばされ剣やら盾やら騎士やらが飛んでいく。それを首をひょいと動かし体をスッと動かして天和は躱していた。
「いけえ! 敵を捕らえろ!」「聖騎士隊の意地を見せてやれ!」
だが敵は次々と現れる。どれだけ押し返そうとも新たな援軍とともに士気を盛り返し攻め立ててくる。敵も必死だ。最大の脅威である堕天羽ウリエル復活の阻止。この国と世界を守らんと相手も懸命に戦っていた。
敵は退かない。なんとしても阻止するつもりだ。それにこの数、ミルフィアに不安が過る。
(主が心配だ)
ここで敵を引き付けてはいるものの全員ではない。他の騎士たちが神愛を襲っているはず。
「ミルフィア、このままじゃ押し切られるわ」
加豪からも焦りの声が聞こえてくる。さすがにこのままでは分が悪いと判断したのだろう。
「ミルフィア、二手に分かれましょう。ミルフィアは神愛を追って」
「ですが、それでは加豪は?」
加豪からの提案はミルフィアにとってうれしいものだったが、自分まで上階を目指せばここにいる騎士全員を実質加豪一人で相手をすることになる。
「私は天和と一緒に逃げるわ。この数じゃ神愛にもけっこうな敵がいるはずだし。私たちまで一緒だとかえって迷惑でしょ?」
そんなミルフィアの心配を察したのか加豪がフッと小さく笑った。
「神愛のことは、ミルフィアに任せる」
そう言うと襲ってきた敵を雷切心典光で打ち払った。雷鳴さながらの轟音が響き渡る。ミルフィアに背を向けそのまま戦いを続けていった。
「ありがとうございます、加豪」
その背中に小さくお礼を言ってミルフィアは正面を見る。そこに立ち塞がる敵に向かい渾身の一撃を撃ち放つ。敵の包囲網が崩れ、その合間を縫うようにしてミルフィアは階段へ進んで行った。
二階へと向かっていったミルフィアを見送り加豪は天和へと振り向いた。どうも被害の少ない場所で佇んでいる。
「そういうことだから行くわよ天和! ていうか、あんた今までなにしてたのよ?」
「立ってた」
「知ってるわ!」
この状況でも天和は相変わらずである。加豪は頭を抱えたくなる衝動をこらえ天和を見つめた。
「走るわよ、ついてこれる?」
「問題ない」
「そういえば今までちゃんとついてきてたわね」
意外にも天和は足が速い。加豪たちの全力疾走にも引き離されることはなかった。
「それじゃ行くわよ」
加豪は雷切心典光の電量を溜めていく。充填する電流にバチバチと激しい音が響く。そして加豪は雷切心典光を振り下ろした。
その一撃は敵ではなく階段。高圧電流の放電を受け階段は崩壊していった。さらに二度の攻撃を放ち敵を穿つ。加豪と天和は倒れた騎士たちの隙を突き踏み越えていった。一階の廊下を走る。
「追え! 逃がすな!」
残りの敵が追いかけてくる。大勢の騎士たちが廊下を埋め尽くしながら加豪たちを追いかけてくる。
加豪たちは廊下を走っていたが別の階段が見えてきた。このまま一階だけを走っていればまたも囲まれてしまう。
「仕方がない、私たちも上にいくわよ」
階段を上っていく。別の階で下りるとまた別の階段で上がるなどして追手を払う。相手は数は多いが甲冑姿だからか早くはなく、加豪は階段を壊すなどして妨害し、なんとか追手から逃げ切ることができた。
加豪と天和は白い廊下を歩いていた。辺りは静かなもので、置物や天井に装飾を施された優雅な廊下だ。
「逃げられたのはいいとして、ここはどこなのかしら」
そっと窓際に近づき外を見てみればそこそこの高さだ。十階くらいまでは上ってきたらしい。
「とりあえずどこか部屋に隠れましょう。疲れたわ」
「そうね、あくまで陽動が目的だし。休んでからまた暴れましょうか」
「もう。とか言って私がやるんだから」
ブツブツ言いながら加豪はとりあえず目についた部屋へと入ろうとする。
「待って」
だが、天和が呼び止めた。
「どうせならここに入りましょう」
天和が見上げる部屋。そこには第一聖騎士隊執務室と書かれていた。
「第一聖騎士隊っていうと、聖騎士ペトロの部屋ね」
「入りましょう」
天和はドアノブを回し入っていった。天和の後に加豪も入室する。
本棚が並び、木製の机が置かれた落ち着いた部屋だった。置物や装飾などはほとんどなく、本人の性格からか質素な部屋だ。この机が普段ペトロが使っている部屋だろう。
「ここが」
聖騎士の執務室という珍しさに加豪はついつい部屋を見渡してしまう。そんな加豪とは対照的に天和は迷いのない足取りで机に近づくと乗っていた資料やらに目を通し始めた。最初の文面だけを読み取っては次々と別の資料へと移っていく。
そんな中天和の手が止まった。一つの紙を無表情ながらもじっと読み進めていく。
「ねえこれ、読んでみて」
「ん? 手紙?」
読み終わったのか天和が紙を手渡してきた。加豪は受け取る。正四角形に近い手紙と用紙が渡される。用紙を読む前に加豪は手紙の裏面を確認してみた。
「差出人は、ラグエル……。ちょっと待って、ラグエルって最初の事件で暗殺された人でしょ?」
サン・ジアイ大聖堂で暗殺されたという監視委員会委員長ラグエルが生前に送ったと思われる手紙。一連の出来事の最初の事件、その人物がペトロに宛てた手紙とはなんなのか。
加豪は緊張を覚えながら手紙を読み進めていった。
「え?」
その途中、目に飛び込んできた内容に加豪の表情が変わった。そこに書かれていた衝撃の事実に、驚きのあまり声が出た。
「そんな! これがホントなら本当の敵は教皇派じゃない、神か――」
「おっと、そこまでにしてもらおうか」
その時、男の声がかけられた。
「誰!?」
扉を開けた音も、それこそ誰かが近づいてきた気配もなかった。
扉の前、そこには一人の男が立っていた。赤い髪に白の制服。ぎらついた目を隠すサングラスに獰猛そうな笑みを浮かべ、男は音もなく現れていた。
そして、その男が誰だか知っていた。
「司法庁長官、サリエル?」
「ずいぶんと騒がしいなと思って様子を見に来てみれば、とんだ見つけ物だ。まさかラグエルの野郎、こんなもん届けてたとはな」
「空間転移、あなたもオラクル?」
加豪の動揺をよそに男は薄い笑いを浮かべながら近づいてくる。
その表情、笑っているのは口だけだ。目は殺意に濡れじっと二人を見つめている。
その凄み、ただ者ではない。言動からは想像できないほどこの男のオーラはすさまじい。
「その手紙渡してもらおうかお嬢ちゃん」
男は立ち止まると、腰から拳銃を取り出し加豪へと向けてきた。
「そして、ついでに死んでくれや」
加豪と天和に、極大の殺意が突きつけられた。




