おかえりなさい、ウリエル
恵瑠がエノクによって殺害されメタトロンが召喚された頃。
人類と天羽の争い、そのキーとなる人物もこの戦いにおける思いを昂らせていた。
サン・ジアイ大聖堂の一室で、神官長ミカエルは椅子に座り足を組む。金髪に輝く美貌を醜悪に歪め、ミカエルは片手を前へと伸ばした。
「さあ、時はきた。雌伏の時を経て再び天羽は舞い戻る。その時、貴様ら人類の歴史が終わるのだ」
ミカエルは笑っていた。楽しみで仕方がない。愉快で仕方がないと。
ミカエルは謳う。
歓喜せよ。
歓喜せよ。
すべての天羽よ、歓喜せよ。
時はきた、ついに神の愛に応える時だ。
『天羽長』ミカエルは謳うのだ、戦場に響き渡る角笛を。
開戦の号砲だ。
「今度こそ、二千年前の使命を果たし、名誉を勝ち取ってみせる! 貴様ら残念な人類は地面に這いつくばっているがいい。ふっ、ハッハッハッハッハッハ!」
彼の哄笑が部屋を震わせる。かつて失敗に終わった使命を果たせることに、喜びを感じていた。
メタトロンと神愛の対決。
そして恵瑠の死。
これより、ついに神官長派が動き始める。
人類と天羽の争い。ウリエルという名の堕天羽を巡る戦い。
そこで発生する第四の信仰者というイレギュラー。
神官長ミカエル。
教皇エノク。
無信仰者神愛。
数々の思惑が入り乱れる中、この戦いがどのような様相を呈するのか。
まだ、誰も知らない。
二千年前の使命と名誉。
六十年前の約束。
物語は、これから動き始める。
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暗い。ここはなんと暗いのだろう。物音はなく人の気配もない。地中に埋められたオルゴールのように、ここでは音が生まれることはない。誰も存在しない部屋でどうしてなにかが起ころうか。よってこの部屋はこのまま。沈黙を保ち続ける。
普通なら。
この時、この暗闇の部屋に駆動音が響き渡った。なにかのスイッチが押され、なにかが動き始めたような音。それは静かに動き始めた。
部屋の一点に淡い緑色の光が現れる。それによって周囲の様子が曖昧とだが浮かび上がった。
この部屋にはいくつもの機械が押し込むように入っていた。いくつもの配線にボタンやモニター。その中の一つに巨大なカプセル状の機械があった。人一人は入れる巨大な透明のカプセルは薄い緑色の液体で満ちている。それがライトアップされ辺りを淡く緑色で照らしていた。
その装置の正面。そこに立っていたのは、行政庁長官、ラファエルだった。黒く美しい長髪を垂らし、巨大なカプセルを彼女は見上げる。淡い緑に見惚れるように、彼女はそれを見つめ続けた。
その時、彼女は笑った。
「ふふ」
微笑みとは違う。これはそんな純真なものではない。
怪しい笑みとも違う。これはそれほど邪気ではない。
ではなにか。純粋な願いでありながらも、どこか背徳を覚えさせるその笑みの正体は。正当でありながらも、どこか禁忌に触れる危うさを持つ意味は。
彼女は笑う。待ち続ける。
その意味は――
「おかえりなさい、ウリエル」