恵瑠、うそだろ・・
叫んだあとは落ち着かせて、穏やかに微笑んでいた。
「本当に、生きててよかった」
それは感慨深いつぶやきだった。きっといろいろなことを振り返っていたと思う。辛いこと。苦しいこと。そして、楽しいこと。
それらをひっくるめて、恵瑠はそう言ったんだ。
二千年の人生で、生きていてよかったと。
その時だった。
恵瑠の背後から剣が飛んできて、恵瑠の体を突き刺した。
「え」
「ハッ――」
その光景に固まる。息が止まった。
恵瑠の小さな体が揺れる。胸には剣が突き出していて、服が赤く染まっていた。
「がっ……あ……」
恵瑠の口から声が漏れる。恐る恐る視線を下げて、自身の胸を見つめていた。
「そん、な」
胸から生えた剣を見て、恵瑠の表情が強張っていく。
さっきまであったはずの笑みが消えた。
守ろうとしたはずの笑顔が、消えていた。
恵瑠が俺を見る。その頬には、涙が流れていた。
「神愛君……こんなの、いやだよ……」
そう言って、恵瑠は倒れてしまった。
「恵瑠ぅううう!」
倒れた後、歪んだ空間から一人の男が現れる。
それは、教皇エノクだった。
エノクは恵瑠に刺さった剣を引き抜き、刀身についた血を振り払った。
俺は急いで駆け付ける。階段を上り恵瑠を抱き起す。
「恵瑠、うそだろ……」
恵瑠の目はつぶっている。体を揺するが動かない。
「おい、しっかりしろよ! おい!」
「彼女はかつて殺戮を繰り返した天羽ウリエルだ。だが、これで脅威は永遠に失われた」
エノクが声をかけてくる。でもどうでもよかった。
「恵瑠? 恵瑠?」
「…………」
声をかける。でも、返事が返ってこない。血が、たくさん流れていく。
「なあ、返事してくれよ……恵瑠、恵瑠。返事しろって……」
「…………」
声を掛ける。でも、返事が返ってこない。
「うそだろ、恵瑠……」
「…………」
なんども声をかける。でも、返事が返ってこない。
「なあ、なあ!」
「…………」
なんどもなんども声をかける。でも、返事が返ってこない。
返って、こないんだ。なんども、声をかけているのに。
「恵瑠ぅううう!」
「…………………………………………」
恵瑠は目覚めない。動かない。なんど呼び掛けても、返事をしてくれない。
「うっ、あ」
感情が、溢れてきた。
「うわああああああああああああああああああああああああ!」
恵瑠の体を抱き締めた。涙が溢れて、叫び続けた。
「ああああぁああぁああぁあ!」
小さな体を壊れるほど強く抱きしめた。何も言わない顔を胸に押し付けた。
そこへ、部屋からミルフィアがやってきた。
「主! ……主?」
階段を急いで上ってくる。そこで見る光景に驚いていた。
「恵瑠? まさか、そんな」
「なんで、なんで!」
俺は泣きながら叫んだ。恵瑠を抱き締めながら聞いた。
「恵瑠は、やさしいやつだった! 誰とも仲良くなりたいって、そんな世界にしたいって。信仰も人間も天羽も関係ない。みんなが笑顔でいられる世界にしたいって、そう言っていたのに!」
恵瑠は本当に優しいやつだった。困っている人を助けたい、笑顔にしたいって、それだけを願っていたのに。
「恵瑠がなにをした!? こいつがなにかしたっていうのかよ!」
「かつて人を殺した」
「昔だろ! 今のこいつは、こいつは、そんなこと考えていなかったんだぞ!?」
それなのに、それなのに! 殺す必要がどこにある!?
「……許さない」
「…………」
俺の中に渦巻く悲しみが、怒りに変わっていく。
「許さない」
俺は静かに恵瑠を地面に置いた。そのまま立ち上がり、背後にいるエノクに振り向いた。
「お前だけは、絶対に許さない!」