気づいた希望
独白は細く弱々しい。気持ちが沈んで、なかなか上がらない。
「一人には慣れてたと思ったが、未だに引きつっているんだな」
自分で言うのもあれだが、俺にしては珍しい弱音だ。久しぶりに見た夢にずいぶんと傷心したらしい。
「主がどんな家庭で育ったのかは承知しています。主の親ではありますが私も憤りを感じています」
普段は穏やかで微笑んでいる彼女が珍しくその表情に険を露わにしている。彼女も怒ってくれている。彼女だけは俺の苦しみを理解してくれる。
「ですが大丈夫です」
けれど次の瞬間には優しい笑みに変わり俺を見返してくれた。
「私は、たとえ何があろうと主のお傍にいます。これからもずっとです」
優しい言葉。ミルフィアはいつも俺のことを思ってくれる。
「その……退学の件ですが、この先どうなるかは分かりません。ですが私も最善を尽くします。それに、結果がどうであれ主は一人ではありません。私がいますから」
「ミルフィア……ありがとな」
ほんと、その言葉と優しさに泣きたくなるよ、マジでさ。
ミルフィアには本当に感謝している。それで朝の出来事を思い出した。
「そうだ。ミルフィア、今日助けてくれたお礼にさ、なにかして欲しいこととか、欲しいものってないか?」
すべてが敵のあの場所で。お前だけは俺を助けに来てくれたんだよな。そこで思ったんだ。
じゃあ、代わりに俺がお前になにをしてやれるだろう、って。
せめてお返しがしたい、彼女が喜ぶことをしたい。
「いえ、していただかなくて大丈夫です。私は、あなたの奴隷ですから」
なのに、この少女はそれすら受け取ってくれない。そうかと「はは」と笑うも正直寂しい。
彼女はこんなにも優しいのに。
俺には、なにも出来ないのか? こいつに俺が出来ることってなんだ? 考えるけどなかなか浮かばない。
(あ)
そこで今度は保健室のことを思い出す。
黄金律。本当にこれで友達ができるなら。無信仰者っていう、俺でもなにか出来るなら。
俺は、彼女と友達になりたい。
だけど、黄金律ってどうすればいいんだ?
ヨハネが言っていたこと。自分がされて嬉しいことは相手にもしてあげ、自分がされて嫌なことは相手にもしない。
俺がされて嬉しいこと、か。それで改めて考えてみる。うーん。
「そうだ!」
そこで、またまた思い出した。
「ミルフィア、俺たちが出会った日って覚えてるか?」
「はい」
突然の質問にミルフィアが少々驚きながら答える。そうだ、思い出した。
俺たちが出会った日。それは、ミルフィアの誕生日でもあった。
ミルフィアはいろいろと謎の多いやつだ。それは誕生日も。彼女曰く俺たちが出会った日に生まれたらしい。意味はよく分からないがそういうことで俺たちが出会った日がミルフィアの誕生日ということになっている。
ミルフィアの誕生日。その日は覚えてる。四月の七日だ。
「えっと、今日って何日だ?」
すでに十二時は過ぎてる。となると今日の日付は……。
俺はカレンダーを探すが、さきにミルフィアが教えてくれた。
「今日は四月の四日です、主」
ということは三日後か。
自分がされて嬉しいことを相手にもしてあげる。なら、ミルフィアの誕生日を祝ってあげるっていうのはどうだろうか。日頃の感謝を込めてさ、それなら彼女だって嫌な気はしないだろうし。
それで、次こそはミルフィアと友達になれるかもしれない。
どうして気づかなかったんだろう、こんな簡単なことなのに。
気づきはやる気になって道を指し示す。
いつしか俺は、気持ちが前へと向いていた。
「ミルフィア、俺、やりたいこと見つけたわ。それがなにかは言えないけど、頑張るからさ」
突然の宣言にミルフィアは少し呆気に取られた顔をするもすぐに笑ってくれた。
「はい。応援しています、主」
「おう」
塞がっていた世界が広がった気がした。ミルフィアの誕生日会、それを思うと二段ベッドと机しかない狭い部屋が不思議と輝いて見えた。
「よし」
「?」
ミルフィアが不思議そうに見てくるが、そんな彼女に俺は微笑んだ。
この変わった女の子に、これまでの感謝をぶつけるんだ。




