嫌われ者
玄関を開ける。来客用のスリッパは人数分あったのでみんなにはそれに履き替えてもらい、俺は居間へと続く扉を開ける。
ダイニングキッチンの前にはテーブルと椅子があり、ベランダ側にはソファと近くに本棚が置いてある。静かな空間で、キッチンでは親父がお茶を淹れていた。
「お邪魔します」
「お邪魔します」
俺のあとに続いて加豪と天和も居間へと入り他人の家を見渡していた。
「ああ、いらっしゃい。君たちが神愛君のお連れさんだね。今お茶を出すから適当に座って。ミルフィアちゃんも」
親父からの勧めに加豪と天和、ミルフィアがテーブルの椅子に座る。
「俺はいい」
「いらないのかい?」
「ああ」
俺はなんだか距離を取りたくて、離れたベランダ側にあるソファに座った。
親父はテーブルに三人分のティーセットを並べ紅茶の入ったカップを置いていった。
「はじめまして。神愛君の父の宮司義純です。息子がお世話になっているみたいで。ありがとうね」
にっこりとした笑顔で加豪と天和を迎え入れる。
「いえ。私は加豪切柄です。本日はありがとうございます、一日お世話になります」
「薬師天和」
「ミルフィアちゃんはお久しぶりだね」
「はい」
親父は自分の分の紅茶もテーブルに置き椅子へと座った。紅茶を一口飲むとカップを受け皿へと乗せる。
そうすると親父は表情を切り替え、恐る恐る加豪と天和に聞いてきた。
「その、一つ聞いていいかな?」
聞いてはいけないことを聞くような、前置きとして言われた言葉はそう伝えていた。
「君たちはその、神愛君のお友達でいいのかな?」
それは、無信仰者の友達なのかという問いだった。
天下界唯一の無信仰者として生まれた俺は初めから世界の嫌われ者だった。神を信仰しない不届き者というのはこの時代失礼や常識知らずなんて話じゃない。背徳、裏切り者に等しい。例えるなら生まれた時から人殺しだった感じかな。殺人者なんて誰が好きになる? そんな奴世の中からいない方がいいってみんな思う。
もしくは、豚を食べてはいけないという宗教があるとして、その中で常に豚を食ってるみたいな。嫌われて当然。それこそ襲われてもおかしくない。
イレギュラーっていうのは、そういうものなんだ。
それだから、親父も慎重に質問している。君たちは殺人者の友達なのかって。
でも、
「はい」
「ええ」
加豪と天和は、そうだと即答してくれた。
「ほんとうに!?」
二人の答えに親父は大声で驚いていた。体が前のめりになる。親父は顔をホッとさせると浮いた腰を椅子に落ち着けた。
「そうか、そうだったのか……。いやぁ、そうじゃないかと思っていたが。はぁー、そうか。よかった」
心底安心したという感じで、傍から見ればぐったりとしていた。しかしすぐに顔を上げ二人を見つめる。
「ありがとうね。君たちが友人でいてくれて、僕もうれしいよ」
親父のお礼に加豪が小さく顔を横に振る。
「私たちが自分で選んでしていることですから」
自然な表情で言われた言葉に親父も納得したように「そうか」と頷いた。
「この家には私と妻の二人で住んでいてね。ただ、妻は体調が悪くて。もしかして、見てたかな?」
「はい」
「そっか」
玄関前でのやり取りを見られていたことを知り親父の笑顔に陰が入る。
「妻は、慈愛連立の信仰者でね。ちなみに僕は琢磨追求で。君も琢磨追求かな」
加豪は頷く。腕章というのはこういう時一目で分かるから便利だ。
「君は強そうだけど、僕は見た通りだめだめでね。不甲斐ない信仰者だ。でも、彼女は違う」
自虐に苦笑いしていた親父だが、母さんの話に変わって笑うのを止めた。
「彼女は素晴らしい信仰者だったんだ。誰にでも手を差し伸べて、皆が幸せな世界になればいいと。だから彼女は神理に感謝していてね、信仰は違えど信仰者になれば病気や怪我で苦しむことは少ない。だから神理を広めてくれた神に感謝して生きなければならないと、それが彼女の口癖だったよ」
懐かしむような言い方だった。親父の顔もどこか安らかに見える。
だけど、それもすぐに終わってしまった。
「ただ、その……君たちも知っての通りそういうことでね。彼女は疲れているんだ。そっとしておいてくれないかな」
親父からの頼みに二人は静かに返事をした。
「分かりました」
「ん」
「ありがと」
親父は紅茶を飲み干すと席を立った。
「ゆっくりしていってね。僕は妻の様子を見てくるから」
自分の食器を流しに置くと、親父はそのまま居間から出て行った。
「いい父親じゃない。琢磨としてはちょっと優し過ぎるかもしれないけど」
加豪が紅茶に口を付ける。親父の淹れた紅茶が気に入ったのか小さく笑っていた。
「ケッ、別にそんなんじゃねえよ」
他人から見るとどう映るか知らないが、あんなの臆病なだけでやさしいわけじゃないさ。
「でも、喜んでたじゃない」
なんだが、加豪は笑顔のまま横目で俺を見てきた。加豪の顔を俺も横目で見つめる。
「あんたに友達がいることを知って、あんなに安心してさ。なんだか私まで安心しちゃったわ」
「なんでだよ」
俺は顔を天井に向ける。
「だって、それだけあんたのことを心配してくれてたんでしょう? いいことじゃない」
「…………ふん」
俺は視線を加豪とは反対側に向けた。
「母親の人はきれいだったわね」
「関係ねえよ」
天和の言葉をやる気のない声で否定する。
「ミルフィアは顔見知りだったみたいね」
「はい。私は幼い頃からよくお邪魔していたので」
テーブルから椅子を引く音がする。見ればミルフィアが立ち上がり俺に近づいてきた。
「主、気分はどうですか?」
「なんだよ突然」
「いえ、ただ」
ミルフィアはそのまま俺の隣に座った。以前は跪くこともあった彼女だが止めろと言ってからすることはなくなっていた。
ミルフィアは俺を見つめてくる。
「私は、主の小さい頃を知っています。どれだけ苦しんでいたのかも」
俺とミルフィアが初めて出会ったのは何歳の頃だったか。俺がまだ子供で庭で泣いている時、目の前に現れたのは今でも覚えてる。それからそばにいてくれたミルフィアは俺の苦しみを誰よりも知っている。
だけど、ミルフィアが言いたいのはそういうことではなさそうだった。
「でも、今は昔とは違います」
「なにが言いたいんだよ」
俺はぶっきらぼうに言う。
「主には友人がいます。この気に家族との溝が縮まればいいなと」
「ないない、そんなこと。それに縮めてどうするんだよ。あるわけないだろそんなこと」
俺は手を振ってミルフィアの期待を否定する。
だって、ある訳がない。そんなこと。
俺が親父と母親と仲良くなるだって?
期待するだけ無駄だ、そんなこと。
俺は軽い調子で言ったつもりだったのだがミルフィアとしては思うところがあるようで答えなかった。口端を持ち上げてはいるものの目は寂しそうだった。
なんだかな。そんなつもりじゃなかったんだけれどミルフィアは俺のことを心配しているようだ。
「そうだ」
それで話題を変えようとして俺はまだ聞いていないことを思い出した。
「ミルフィア、加豪たちと別れる前にオラクルとか言ってただろ? あれはなんだったんだ」
「あれですね」
思い出したようにミルフィアは顔を上げ俺を見つめてくれた。
「ではこの機会に信仰者の位階について説明します」
「クラス?」




