悪魔な存在
一人の男が台に乗り、天井から垂れ下がった縄の輪に首をかけようとしている。この世に悲観し、これから命を絶とうというのだ。
そこへふと、男は誰かの気配を感じ振り向くと、頭からは途中で折り曲がった触角を生やし、背にはコウモリのような羽、お尻からは尖った尻尾と、全身黒ずくめの悪魔が立っていた。
なるほど、人の死の間際に現れるとはあながち嘘ではないようだ。
男は悪魔に言った。
「ご覧の通り、僕はこれから命を絶とうとしている。どうせ願いを叶えてやるから魂をくれとかなんとか言うのだろ?」
しかし、悪魔の言葉は意外なものだった。
「いいえ、滅相もない。それはあなた方人間が勝手に創作した話で、大体毒にも薬にもならない魂を貰って何の使い道があるというのです」
悪魔の口から鋭い歯が覗き、いやらしくニタニタと笑っている。
「では一体何しに来たのだ?」
「今から死にいくあなたがそれを知ってどうなります。どうせ死ぬのだからどうでもよい事ではありませんか」
悪魔の言っている事はその通りだったが、人生の最後にこのような心残りも嫌だった。
「死ねば分かるのだろうが、僕は今知りたいのだ。教えろ、教えてくれ」
「死んでも分からないかもしれませんよ」
「…そうか。よし、では決めたぞ。僕は死なない。どうだ、僕に死なれないと困るのだろ?」
強気に出る男だったが、しかし、悪魔は依然と平静だった。
「あなたがそう決めたのならそれで良い。私が困る事は何らない。むしろ人の命を救った変わり者の悪魔と人気が出るかもしれませんね」
悪魔は一人、高笑いを上げる。どうにもこうにも訳が分からない男は悪魔に懇願する。
「頼む、教えてください。あなたは何故現れたのですか?」
悪魔は相変わらずいやらしい笑みで言った。
「教えると思いますか? 私は悪魔ですよ」