表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒白のパラドックス  作者: 館 伊呂波
西剣のロード編
9/105

09消えた賢者

 数日が経つ。


 カーテンの隙間から光が線となって足を忍ばせる。


 これといって特徴のあるものがなく、置いてあるものも大きなもので机とベッドだけであろうか、後は多少本が整理させている程度のほとんどものがないといってこの部屋は無駄に広く、無駄に豪華なブラックの寝室である。

 一応奥に続く扉があり、そこに生活感のあふれる小道具がびっしり詰まっているのだが、ブラックが部屋にこもることが少ないので自然とたまりにたまった結果である。


 なにせブラック達の住む塔の最上階の家とも言うべき部屋は、大体何でも揃っているのだ。リテイルから取り寄せた電子家電を始め、四階には図書室もあり、仕事部屋や物置、実験室までこの豪邸に揃っているのだ。そのため動こうと思わなければこの中で食糧補給をしながら生きていけるほどである。


 だがそんな甘えた生活は送らない。


 やるべきことと仕事の使命を持つブラックには朝のもう少しだけという誰もが感じる誘惑に分けることはなく、起き上がろうとする。


 だが、ブラックはその意思に反し、起き上がれなかった。


 というのも、顔を横に向けると寝巻き姿の百合華が腕と足にからみ付いていたのである。その絡みつき具合はとても頑丈で、びくとも動きはしない。


 体を曲げようにも体半分が固定されては動きようもなく、また腕はとても柔らかい感触に挟まれており、血液の循環がうまく行き渡っていないように感じる。それは普通の男性にとっては至福の感触であろうが、当の本人は邪魔にしか感じていない。


 スースーと優しげな寝息を立てて、顔をブラックの体にうずめる姿はなんとも華奢で誰もが見惚れてしまうだろう。まるで天使のごとくきれいな顔は朝目覚めてすぐに見るのには少々刺激がきつすぎる光景でもある。


 だがこの男にはどうでも良いことだ。


「おい、邪魔だ、起きろ」


 一声かけると、ブラックはあいている方の手を伸ばしその天使の顔を鷲づかみにして引き剥がしにかかる。


 首が突如後ろに曲がり始めるという体の変化にさすがに目を覚まさずにはいられなかったのか、百合華は意識を夢から戻すが、顔を鷲づかみにされているため良い目覚めとはならなかった。


「んぐぐぐぐぐう」


 だがそれでも百合華は手足の絡みつきをすぐには放そうとはしなかった。良い目覚めとはならなくても今この瞬間、百合華にとって至福の時間であるからだ。


 ブラックは無言で天井を見つめながら空いている手にひたすら力を込めていく。だが彼女もその分顔に力を入れ押し返してくる。それは何とも見苦しい朝の戦いであった。


「そろそろどけよ」


「んぐうううぅぅぅ」


 そしてその数十秒の戦いの末、制したのはブラックだった。さすがに手と顔では力の入れ具合にも限界があり、耐えられなくなった百合華はしがみつく腕を緩める羽目になった。


 それはブラックにとって脱出のチャンスであり、見逃すこともなく横向きになっていた百合華の体をうつ伏せまでに押し倒した。


 足まで抜け出すことは出来なかったが、そこまで来れば腕を抜け出すには十分なほどである。胸と腕の

間からその感触を感じながらブラックは両腕を自由にすることに成功する。


「うぅ、ひどいです。せっかくクロツグ様の匂いと感触を味わっていたのに」


「ひどいも何もあるか、毎回俺のベッドに入り込んで来やがって、しかもどうやったんだよ、鍵は昨日交

換したはずだぞ」


 ブラックは怒ると言うよりあきれたような口調で話す。それもそのはずだ。百合華が毎回侵入しないよう部屋の鍵を閉め定期的に鍵穴を交換したり、ドアのところに障害物を置いたりしているのだ。


 だがその苦労はむなしくありとあらゆる手段で百合華は障害を突破してくる。時には沙綾の部屋にある合鍵を盗っては開いたり、障害物がある場合はドアごと取り外したり、たまに天井から窓を割って入ってきたりと、巧妙な手口や大胆な手口を使って入ってくる。


 そのためか部屋の防犯にブラックのお金は一番かかっている(ただし突破される)と言っても過言ではない。ブラックとて一人で安心して眠りたいがためにあれこれ手を打つのだが未だに有効策は見つかっていない。


 ならば魔法を使えば良いのではと思うが、鍵穴かドアを壊されれば同じことであり、全体にかければそれはそれで解除が面倒だったりするので、使わない。


「私にかかればそんなもの朝飯前、言い換え就寝前です」


 足を絡みつけたまま百合華は笑顔で答える。それはそれで目を奪われる笑顔であるが、ブラックにとっては悪魔の笑みでしかない。


「はぁ、とりあえず起きろ」


 ブラックは足を取られ半乗り状態になっている状況を打開するため、百合華にかかる布団を投げ捨て、手を差し出した。

 先ほどの攻防で乱れた服は百合華の色っぽさを存分に引き出し、これでもかと言うほどブラックを誘惑するが、相変わらずの真顔である。


「仕方ありませんね」


 百合華はブラックに抱きついて寝れただけで満足しているらしく、差し出された手をおとなしく受け取った。引き上げられると共に足も解除され、ブラックは晴れて自由の身になるが、また百合華に負けた感は強い。


「この姿お前の妹たちに見せたらなんと言うだろうな」


「ふふ、あの子達もクロツグ様のことが好きですから、ただたんに羨ましがるだけだと思いますよ」


 百合華のこのような完全に砕けた態度は普段他の人に見せることは一切無い。またこの寝巻き姿もブラックの前でしか見せず、他の人には普段着る和服しか印象はない。


 完璧におとなしく、おしとやかで、控えめな百合華は二人きりの時はほとんど発動することはない。そのことについてはブラックも重々気づいてはいるが、他の人に話す気にもならず、特にどうでも良いこと

であった。


 ブラックは身長並にある大杖を取り出すと、床を一回叩いた。するとブラックは寝巻き姿ではなくなりいつもの全身黒の格好に早変わりする。ついでに百合華の着替えも同じように叩くだけで済ませ、髪も軽く手で触れただけで寝癖を直し整えた。


 だが、百合華の髪は魔法では直さず、本人の希望より鏡台の前で櫛でといている。

 このようなこと本当はないはずなのだが、毎朝百合華がここにいては髪をとくのでブラックは自然と鏡台を置いたり整えるのを手伝ったりしている。ある意味百合華が部屋に来ることを承認しているようなものだが、そのような事実にブラックは気付いたりしていなかったりする。


 現在ブラックと百合華はとても不思議な関係にある。それは昔からなのだが、大きくなった今ではさらにという感じだ。


 二人はナイツの関係ではなかったものの、沙綾を含めて一緒に暮らしていた。本来は学校に通わないものは寮に住むことは出来ないが、そこはブラックの特別さが打ち破り、ブラックのペアだけ別棟暮らしになっていたので事情もあり、前聖賢者により認められた。


 卒業してブラックのナイツが旅に出た後、ブラックは突如聖賢者として職に就くことになり、学校には通っていなかったものの仕事の人手不足を補うためとして百合華はブラックと共に働くことになった。


 だが、そこには主従関係ではなくただの契約で結ばれるものなので、ブラックの下に百合華はおらず、百合華の上下にも誰もいない。


 ただ、長年一緒に住んできただけありお互いの信頼度はとても高く、お互いの内部事情もよく知っていることから、外見的にはブラックの新たなナイツとして見られていてもおかしくない。


 一つ訂正する関係があるとするならば、ブラックからしてみれば百合華は恋人ではないと言うことである。とても仲がよく、百合華のアプローチは積極的であるため他の人からは完全に恋人関係だと間違われているが、内心ははた迷惑である(百合華にとっては嬉しい後押しである)。


 ただその印象をもたらせているのはブラックが原因の一つでもあったりする。ブラックは性格上、魔法で遊ばれようが、言葉で罵られようが、体を無理矢理引っ張られようが誰に対してもほぼ無反応なのである。内情をいってしまえば興味が無いと、些細なことには反応しないという二つの言葉でまとまるが、それこそがブラックのイメージを簡単に変えてしまう弱点でもある。


 つまりは他人からどう思われようがその人の中で思っている思いである、と言う理論であり、百合華のアピールを無視した結果受け入れたように見えてしまうという残念な現実である。


 ◇


「おはようございます、クロツグ様。それに百合華さん」


 リビングに降りればいつもの通り沙綾が朝ご飯を用意しており、二人に対して挨拶をかけてくる。食事に困ってエミナが来ない限り食卓を囲むのはこの三人であり、朝ここに集まるのもこの三人である。


 ジークは呼びかければ出てくるだろうが、気配は感じず、毎朝の鍛錬にでも出かけているのだろう。そしてルルはどうせまだ寝ている。


「おはよう、沙綾」


「おはようございます」


 二人は並んで椅子に腰掛ける。その直後には目の前に紅茶が置かれており、仕事の早さに感心しつつも一口飲み込む。


 このオルティウス地方も独特な食文化があるのだが、テーブルに置かれた食事は米と味噌汁というこの世界のではない朝ご飯である。それはたまたまであるが、三人とも別の形で日本という国に過ごしていたことがあるからである。それも幼いときであるからその文化が根付いているのは仕方の無いことである。


 もちろん毎回この食事ではなく、栄養バランスも考えて一品か二品、ここの名産物を使った料理も出ており、この国の主食であるカリックという餅みたいに伸びるパンみたいなものもよく出る。


 あくまで日本の料理は懐かしさを忘れないためだけの再現に過ぎない。


「今日もエミナさん来ていないんですね、今週はずいぶん来る回数少ない気がします」


 味噌汁を一口飲んで手でその温かさを感じながら百合華は話しかける。


「確かに今週は少ないな」


 エミナは週に四回ほど朝ご飯を食べに来て、週に六回ほど昼食と晩ご飯をねだりに来る。それを渡すかどうかは作った本人である沙綾次第なのでブラックは口を挟まないが、すでに習慣化しているので気にもなっていないようである。


 だが、百合華が食事を作る場合は百パーセントの確率で食べに来る。その答えは簡単で、味が格別にうまいからだ。沙綾もレストランの食事並に料理が上手であるが、百合華は天賦の才と思えるほどさらにおいしいのだ。それは味に疎いブラックでさえも違いが分かるほどである。


 だが今週は一回も来ていなかった。飽きた可能性もあるのかと思ったが、それは思い込みであり、沙綾が答えを知っていた。


「エミナさんは今フェリカさんと毎朝食事をとっているらしいですよ。そのついでに剣の稽古もしているらしく、今日は朝からやるとかも聞いています」


「そうだったのか。面倒見が良いな、あいつは」


「あの王女さんとですか、よほど心配なのですね」


「そのようですね、よければクロツグ様も見に行って差し上げてはいかがですか?」


 エミナに褒め言葉かいまいち分からない言葉を投げつける。この場にはいないが、ポジティブ思考の彼女ならえへへ、と笑いながらニヤけついていただろう。


 そんな和やかな雰囲気の中、ブラックは魔力が走るのを感じた。


 その正体は腰の横あたりにつけている小さな懐中時計らしきものである。これは魔力を流すことで登録した相手と会話または念話が出来る通信機である。


 魔法使いなら誰でも持っている必需品の一つで、微量な魔力と引き換えに遠くでもビデオ通話みたいなことが可能であり、手に持たなくても使えるため戦いで指示を送るときなどとても重宝する。


 ちなみに登録しなければ使えないというアナログな方式をとっているのは、通話を管理するためと誰とでもつながって犯罪などに使われないようにするためである。


 そしてブラックにつながった相手はサキカであった。


「クロツグ、今すぐ来て!大変なの、ドワールさんが、とにかく早く!」


 空中に現れた透明な画面からはその美貌を簡単に崩すほどのとても青ざめた顔が現れた。そしてそれはチグハグ焦りながら喋られ、何があったのか聞き返す前に切れてしまう。


 どうやら三賢者であるドワールに何かあったようだ。場所は言わなかったが、背景を見れば一目瞭然であり、この塔の一階の大広間に急遽ブラックは沙綾を残し、向かうこととなった。


 ◇


 この塔内では混乱や事故を防ぐために転移魔法や飛行魔法を禁止しており、使えないようになっているが、賢者の指輪という賢者のみが持つことを許される塔内でも転移魔法が使える道具がある。


 だがこれは手をつないでいようが一人用なので一緒に移動などということは出来ない。ではどうすれば二人以上が早く降りることが出来るか。


 それは同じ二通りの方法がある。一つは屋上に行き飛び降りること、そしてもう一つは百二十四階まで設置されているエレベーターの隙間を飛び降りていくことだ。


 そしてブラックと百合華がとっているのは後者の方である。そんなことは可能なのか、危険ではないのかと声が聞こえそうだが、至って問題は無い。


 昔、賢者の指輪がなくエレベーターもなかった時代、賢者達が緊急時に一番下まで降りる手っ取り早い方法がこれだったのだ。その名残で円形に囲まれているエレベーターの中は空洞になっており、一階にはご丁寧にも扉が付いている。


 また大体の賢者は空を飛べるので着地の面では心配無用であるし、使えなくとも百合華のように身体強化を行って降りれば良いだけだ。


 転移魔法なら十秒、普通にエレベーターで降りれば早くて七分ほどだが、階段を除き三十秒ほどで二人は降りてきた。


 二人とも何もなかったかのように音も立てず軽やかに下にたどり着く。浮遊するブラックはともかくとても百二十四階から飛び降りたとは思えないほど鮮やかに着地した百合華は見事としか言い様がない。


 塔の裏側(北側)方面にある一つのドアを開け、言葉を掛け合うこともなく二人は急ぎ足でその場所へ向かう。


 現在時刻は七時、塔といえど早朝はほとんど人はいない。いつもの騒がしさはなく、慌ただしい足音しか聞こえるものはない。


 サキカは正門側(南側)にある噴水の前にいた。そこにはすでに何人か集まっており、倒れている人物を取り囲んでいた。


「クロツグ!」


 ブラックが声をかける前にサキカはやってきた人物を呼びかける。先ほどの青ざめた顔はよりはっきりと見え、目の下は赤くはらせ始めている。


「サキカさん、何があった?」


 ブラックは眠るように横たわる老師に片方の膝をつけしゃがみ込むと、心臓の部分に手を当てた。

 鼓動が波打っている感触はない。それは死を意味していた。


「私もよく分かって無くて、その、ドワールさんが倒れていると連絡が来たから、来たらすでにこの状態だったの」


 言葉こそはっきりしているが、意識はもうろうとしているらしく、両足を折り曲げてブラックの背中にすり付くように頭をつける。


 ブラックは丁寧に魔力で反応を確かめる。どうやら体の魔力も循環しておらず、拡散しすでに動かないものとなっている。


「あ、あ、あの、ブラック様、その、私が検視をしたところ、えと、すでに、死後四時間は経っていると見られ、それで、」


「死因は衰弱死、か」


 ブラックは治癒者の言葉を遮り、魔力の状態と体の状態から答えを導く。


 一階に病室があることもあり、連絡を受けた彼女らが速効で来たが時すでに遅く、賢者最高齢のドワールは亡くなっていた。


 検視をした彼女はカンナと言い、ブラックの一つ上であり、現在に生きる最高の治癒士と称される人物である。二人はサキカを介してよく知れた仲であり、ブラックが回復役が欲しい仕事の時などによく連れて行ったりする。

 ただ彼女自身病弱であり、調子の良いときの方が少ないのが玉に瑕である。


「外部及び内部に損傷は見られないが、わずかに毒の匂いがする。それにこのローブのほころび、天魔法による切り裂きによるものだな」


「そ、そうです、ね。その、後頭部と、背中には打撲が見られましたので、最後は飛ばされて倒れたと思われます。あと、多少大杖の先端の方にも魔力がたまっていましたので魔法を打とうとして打てなかった、えと、つまり抵抗した後があると判断でき、それで、えっと、その、」


「他殺の線が強いわけだな」


 カンナはこくりと頷いた。


 恐るべき事件が起きたとブラックは心の中で思った。


「百合華、ドワールさんの遺体を冷やしてやれ。それと警察がいるようだが、このことについては口外禁止にし、これに関わること一切禁ずる。さすがに時期と場所が悪すぎる、今このことを民衆が知れば混乱どころの騒ぎでは済まない」


 ブラックの命令は速やかに警察を撤退させ、百合華の氷の力によってドワールさんの遺体の腐敗が進むのを遅らせる。


 本来なら警察機関に丸投げするところだが、今回はそうならなかった。亡くなった条件が最悪すぎるのだ。


 まず、このことが広まれば二日後に控えた総合魔法祭に大きな支障が出ることは間違いなく、さらに他殺であると確定すれば、大パニック間違いなしである。そして死んだこの場所はもうすぐすれば人通りが多くなり場所なだけあり捜査がし辛くなってしまうのだ。


 ドワールは賢者の中で最高齢であるが故に、賢者や魔法使い達だけでなく、一般人からも一番広く名が知られ、支持が厚い。またブラックが聖賢者に就任するまでの数年もの間先頭に立ち政策を進めてきたので、影響力も強く、ひとえにただの殺人事件では済ませられないのだ。


「よし、移動させる。サキカさん、頼む」


 ブラックは未だ泣き崩れるサキカにお願いをする。時間的にまずいので早めに遺体安置室に運んでおこうという算段だ。また、現場を見るに当たり今の状態のサキカはものすごい邪魔というのもある。


「……分かったわ」


 袖で涙を拭うと、サキカは小杖を取り出し軽く振った。すると、ふわっと遺体は浮き上がりそのままの状態でサキカと共に動き始める。カンナとは別のもう一人場にいた治癒士が同じように魔法を使いサキカを手伝う。


 まもなくすすり泣く声は聞こえなくなった。


「クロツグ様、一体これは誰が」


 百合華は床をじっと見つめるブラックに声をかける。


「すでに魔法を使った痕跡は消えている、もしくは痕跡はここではなかったか。どちらにせよこれだけで

は誰が犯人だとは特定も出来ない。ただ、分かることは二つある。いくら不意を突いたとてあの老師がそう簡単にやられることはない、従って殺害した犯人は相当な腕利きだ」


 なにせ一般的な魔法使いの中で最高位とされる職に就く人なのだ。必ずしも賢者以外にそのくらいの腕を持つ魔法使いがいないわけでもないが、ほとんど抵抗もなくドワールを殺せるはずがない。


「そしてこの殺害方法は政治的メッセージであると言うことだ」


「政治的メッセージ、ですか?」


「ああ、見つかる時間や時、場所、緻密に計算されたような殺し方だ。おまけに死体までその場に残して

いたというのならこれほどまでに言うことはないだろう」


「あっ、」


 そう、オルティウスの塔の一階大広間という一番目立つ場所で、見つかりやすい場所に置き、且つ人がほとんどいない間に置くことで、こうしてブラックなどの少ない人数のみに情報を与える。そして総合魔法祭の二日前という条件を考えればこのような結論に至るのはごく普通である。


「で、でも、その、ドワール様を殺害して、何を伝えたかったのでしょうか?」


「少なくともお前には関係の無いことだ」


 ブラックは問いをバッサリ切り捨てると正面入り口の方に向かって歩き出した。


「カンナ、お前は遺体の方調べてくれ、何か分かれば俺の方に連絡を。百合華、お前は沙綾に連絡しながら付いてこい」


 はい。とオロオロしたような声とおとなしい声が同時に聞こえ、それぞれは言われたとおりのことを行う。


 どうやら丁度一番早くから出勤するものが出てきたようだった。


 正面入り口を出たあたりで百合華は沙綾に連絡をし終えたようだった。沙綾は物わかりが良いのでむやみな詮索とかしないためにスムーズに話が進んだのであろう。全くよく出来たメイドである。


「それでクロツグ様、どちらに向かっているのですか?」


 百合華は不思議に思ったようだった。なにせドワールの遺体ところでもなく、ドワールの部屋に向かうわけではないのだから。明らかにそれらとは別方向の外である。


 空は雲がほとんど無い快晴と言って良い澄んだ青空である。最上階と違って石造りの高い防壁が眼前に広がっているので町の様子は見えないが、きっともうすぐしたら賑わい始めるだろう。塔の道以外に敷き詰められた芝生は風に吹かれて気持ちよさそうになびいている。


「エミナのところだ。沙綾によればそこにフェリカもいるらしいしな」


 百合華はきょとんと首をかしげる。


「それはどういった目的で?」


「もしかしたらだが、ドワールさんの殺害はあの王女に関係するのではと思ってな」


 ブラックはあえて道を外れ、無残にも芝生を踏みつける。


「政治的メッセージと言っても、この現状で何かを訴えるとするなら三つしか無い。まず、言わずもがなもうすぐ始まる総合魔法祭に対して、次にほとんど知られていないがつい最近戦を起こしたばかりの西の国の王女が亡命していることに対して、そして現段階で決められた政策について」


 ドワールを殺すことで大きく影響を与えられるのは主にこの三つであろう。ドワールでなく他の賢者でもよかったなら、もっと殺しやすい相手が数人ほどいるので、このことについては考えないことにする。


「それを踏まえてだが、まず総合魔法祭に対するメッセージでないというのは分かるな?」


「はい、それならば大人数に見られる時間で準備会場などを破壊した方が効果的ですものね」


 ブラックは前を見ながら頷く。


「だとしたら後者の二択になるが、政策について抗議するならもう少し別の方法があるだろうし、おまけにこちらが何の政策に不満があるのか分からない上にやり方としては不足が多すぎる」


「結果的に調べるにしても王女の方ということなのですね」


 再び頷く。話が終わったからか、正門が近づいたからか二人は自然と敷かれた道に戻り無言で歩みを進める。

 その足取りは速く、走っていなくても遅刻しそうになり走っている一般人と同じくらいの速度である。


 塔の中はまだまだだったが、外はすでにいろんな人であふれ始めている。そこには朝早くから仕事に向かう人並びに魔法を練習しようと空き地に向かう魔法使い達、店の仕入れのためにたくさんの荷物を荷車に乗せて運ぶもの達など、その目的は様々だ。


 ちなみに外でも空を飛んで移動をしているものがいないのは法令によってこの地域全体で禁止している

からである。ぶつかったら危険だからなどではなく、いつでもすぐに戦時体制に入れるようにである。無論授業や許可を取った移動は別であるが、ハードフなどのいくつかの隊は空中戦を基本としているためはっきり言ってしまえば、突然オルティウス地域で戦火が起きた場合邪魔になるのだ。


 ただしそれは障壁内に限っているのでオルティウス地域外や障壁の外を自由に飛ぶのは問題ない。打ち落とされても自己責任であるが。


 魔法の国と言いつつ法が厳しいのはこの世界で戦火が絶えないからである。それでも他国に比べたら比較的寛容であるが、他の国で何かしら争いが起きていればもしもの時を考えるのが最高機関のセオリーである。


 こうして空を飛ばず歩いてきた二人はついにエミナ達を見つけた。だが、それは目を疑うような光景であった。


 エミナは本気で戦っていたのである。しかも相手はフェリカではなく宙に浮く人間と。そのすさまじさはブラックでさえ息をのむほどだった。


ドワール

「わしがここに出てくる前に天に召されてしまったのう」


作者

「申し訳ない。温かく天から見守っていてください」


ドワール

「ほほ、気にするでない。どうせもう長くはない寿命なのでの」


作者

「ますます申し訳ない。今すぐ復活の儀式を」


ドワール

「それをやったら話が変わるのではないか?やめときなさい」


作者

「大丈夫です。どうせ俺は魔法使えませんから。キリッ!」


ドワール

「……」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ