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黒白のパラドックス  作者: 館 伊呂波
西剣のロード編
8/105

08月夜の屋上

 何百メートルあるのだろうとそびえ立つ塔は、例え魔法で風や気温が保たれていても、景色を見るだけで寒さを感じてしまう。それは恐怖か、疑似体験か。


 だが、それさえ抜きにすれば剣の練習をするには十分な広さと平坦さがあり、階段のある場所と障壁を張るための四つのさらに上に伸びる柱を除けば、何もないに等しいこの場所は悪くない貸し切りのフィールドとなっている。


 ただ一つ気になることがあるとすれば屋上のど真ん中に円陣らしきものがある程度だが、起動はしていないようなのでこの際無視をする。


 屋上には二人のすらりとした剣士が向かい合うようにして立っており、剣を腰にぶら下げたままお互い息を整えている。剣においての真剣勝負、それはねじれた心で出来るものではない。


 フェリカも女でありながら、作法とともに学ばせられてきたのは剣術だった。生まれた頃より戦の好きな父のせいで普段王女の学ぶことのないことをやらされていた。

 だがそれはフェリカが今回兵を挙げるのに役に立ったので無駄なことではなかったと実感しており、実際やっていなければ反乱を起こすことも出来なかっただろうと、剣に関しては感謝をしているところである。結果はどうあれ。


 彼女はブラックの数少ない部下だという。正直その人数には驚いたが、実力の供えないものは必要ないという合理的な考えによるものだという。賢者の塔は実力主義だとは聞いていたが、あまりの徹底さに耳を疑うほどであった。


「うん、風の音が聞こえるね」


 エミナは目をつむって気持ちよさそうに息を吸った。

 もちろん風など吹いてはいないが、これはあくまで体制が整ったことの合図だ。そのことくらい剣を学んだフェリカにも通じることであった。


「私ももう大丈夫だ」


 フェリカも同じように目をつむる。気持ちよいとまでは感じられなさそうだが、張り詰めた空気が押し

寄せているのは分かる。


(なんだろう、この空気は、何というか今まで戦ってきた相手と違う)


 押し寄せる波はフェリカにとってとても強い衝撃波となって伝わった。


 エミナは何もしていない。ただ息をしているだけだ。だが、その笑顔とは裏にとても強い力を感じたの

は言うまでも無いのだ。


「フェリカちゃん、いつでもおいで。私があなたの風を感じてあげる」


 エミナは剣にすら手を触れていない。だが、受け止めるのは余裕だと言葉で示してみせる。

 フェリカは自分の力を示すことに意義を感じた。それは剣に対する力とともに解き放たれることとなった。


 風は切り出した。全力で向かった足取りは一気に間合いを詰め、エミナの真近くまで迫った。


 フェリカが使うのは王家に献上された国の中でも最高の鍛冶士が作り上げた、とてもきれいな両刃の剣である。そこらの町中で売られているのとは格段に切れ味が違い、体にひとたび当たれば軽く切り裂いてしまう一品である。


 だが、剣すら抜かないエミナにフェリカは動揺し、振りかざすのをためらい、そのすきにエミナは軽い動きで剣をよけてしまった。しかも目をつむったままである。

 見事に初撃を外したフェリカの剣はだらりと地面には先を向けた。


「ダメだよ、ためらっちゃ。私を本気で切りにかからなきゃ、私泣いちゃうよ?」


 エミナは再び間合いをとると、もう一度来いと手招きをした。


 こうなればフェリカも容赦はしない。彼女を斬ることに怯えを感じるのだが、彼女は本気で、つまり戦場の時と同じように来いと言っているのだ。それを生ぬるい剣で向かえばそれこそ彼女に対する侮辱になるのだろう。


 足を構え、剣を両手で持ち突撃する体制に入る。


 そして再び剣は風を切った。


 まっすぐに弾丸のように突き出された剣は数秒もたたないうちにエミナのいた場所にあった。


 エミナはギリギリのところで躱していた。余裕がないからではなく、恣意的にだ。やったことは至って単純で、体をひねることなく少しずらしただけである。それは剣を出すフェリカにも分かることだった。


「良い剣撃ね。でもとてもまっすぐだわ。まるであなたの心を現したかのよう。とても素直で重い一撃だった」


 エミナはここで目を開けた。不意を突いた視線はフェリカのものと真っ直ぐ重なり合う。


「では行きましょうか。剣の舞を」


 屋上に来るまでのあの明るい笑顔はなくなっていた。彼女もまた真剣に取り合ったのだ。剣と剣でぶつかり合うために。


 だが、エミナは腰にぶら下がる剣を捨て、新たな剣を顕現させた。それは木刀だった。それはフェリカにとって腰を抜かすほどの驚きだった。


 フェリカの剣は木刀などと当たればいとも簡単に真っ二つにし、相手を切り裂いてしまう。その切れ味を知ってか知らずかエミナは木刀を取り出したのだ。


「私は剣で容赦はしない、だから今鉄の剣を使えばあなたを殺してしまう可能性がある。だから私はこれで戦わせてもらうわ。そして存分にあなたの剣捌きを見せて」


 フェリカは木刀で相手させることに侮辱された気持ちになり、気が高まるがそれを必死に収めた。そして大きく息を吸って呼吸を整えると、エミナに斬りかかっていった。

 エミナはよけることはしなかった。だが、剣と剣がぶつかった瞬間、フェリカの剣は木刀を滑るように動いていき、そして弾き飛ばされた。


「うぐっ!」


 エミナの木刀はフェリカの剣を飛ばした後目にもとまらぬ早さで、フェリカの腹に打撃を決めた。その衝撃は体にダイレクトに伝わり、数歩下がった後でフェリカに尻をつかせた。


(彼女、相当強い!)


 フェリカはすでにエミナが木刀装備なのを承認していた。あまりに剣士としての実力の差が激しすぎるのだ。年は向こうが少し上ではあるが、それでも自分が同じ年齢になったときに同じくらい強くなれるとは到底思えないほどに。


 エミナの剣捌きは一切の無駄がなかった。体の動かし方から剣の受け止めと反撃、そして力のいれ加減に振り下ろした後の剣の位置、そこに隙は一切見当たらない。


 この若さで聖賢者の部下(ブラックも若いが)、しかも四人しかいないうちに入るのはたった一撃受けただけであるがよく分かった気がした。


「もう一度来なさい、その程度じゃないでしょ」


 フェリカは木刀を拾い直して、エミナに向かい合う。


 これは自分を鍛えるチャンスだ。フェリカにはそう頭に思考が入り、やる気を振るいただした。先ほど

までの暗い気持ちはいつの間にか消え去っていた。


 金属通しがぶつかり合う音はしない。しかし、金属が床にぶつかりはねる音は幾度も響いた。

 フェリカはあの手この手で自分が今まで覚えてきた全ての技を剣に込めた。だがそのどれもエミナの剣をはねるどころか、体勢すら崩すことが出来ない。


 エミナの剣は魔法で強化しているのかと最初は疑っていたが、フェリカは途中で本当にただの木刀であると気がつく。それは何度も剣を重ねるうちに木刀がすり減っていたからである。


 それはエミナの特殊な技術によるものだ。説明をすれば、エミナはフェリカの剣を受ける際、直接剣通しをぶつかり合わせたりはしない。そんなことをすれば木刀が真っ二つにされるのはわかりきっていることだからだ。


 ではどうしているのかと言えば、エミナは迫る剣に対し剣の刃を水平に掲げたのだ。そうすることで剣は木刀の上を滑るように移動し、真っ二つにすることもない。その角度は多少ずれただけで木刀を壊しかねず、はじき返すことも出来ない。それが少しずつすり減っただけというのは、見事に全ての剣を水平に躱したと言うことになるのだ。


 その技術は恐ろしいものである。


「もう一度!」


 キインッ!


 剣は何度目か分からないほど屋上の床にたたきつけられる。それでもさすが王家の剣である、刃こぼれも傷も一つも見当たらない。


「まだです!」


 キインッ!


「はぁはぁ、負けません!」


 キインッ!


「はぁはぁ、ま、まだ…」


 そして数時間に及ぶ戦いの末、フェリカは疲れからがくりと膝を落とし、荒い息を吐いた。汗で濡れた髪はせっかくの艶を台無しにし、剣の柄も夜目で分かるほど艶がかかっている。


「ここまでだね、今日は」


 エミナは木刀をしまうと、だらしなく倒れるフェリカに歩み寄った。あまりの疲れに声も出ないのか、荒い息を吐き続けている。


「いやー、すごかったね。なんか見てる方も楽しかったよ」


 そんな中元気な声が飛んできたのは階段の方からだった。そこには緑のポニーテールの少女が立っており、両手に水を持っている。


「ありがとうルル。でもこれは遊びじゃないよ」


 エミナはまだまだ余裕があるのか息も切らさず、おまけに輝かしいばかりの笑顔を出している。そしてルルから水を受け取ると一気に飲み干した。


 フェリカもルルに支えられるようにして水を受け取ると、こちらもまた音を立てることを気にせず一気に飲み干した。


「分かってるって。ふあ~あ、なんか終わったら眠くなってきちゃったな」


 ルルは大きくあくびをすると背を伸ばしながら片手で目をゴシゴシし、二人からコップを受け取る。


「いつも半日寝てる人が何言ってるのよ。今日もゲームのしすぎで昼過ぎに起きたじゃない」


 そうだっけーとでも言うようにルルは首を横にひねった。


 ルルはこの通りかなり自堕落な生活を送っている。昼以降に起きてはゲームをしたりなにか暇つぶししたり、そして夜を過ぎればまた寝る。


「でもルルが気を利かせて水を持ってくるなんてびっくりしたなー。私びっくりしすぎて脳しんとう起こしそうだよ」


「んー、クロツグが持って行けとか言ったから持ってきただけだし。特に気を利かせるなんて面倒なことはしてないよ」


 だと思った、とエミナは言いつつ首を縦に振った。フェリカを見れば少し体調が回復したのか起き上がり、二人の会話を不思議そうに見つめていた。


 特にゲームをしているところしか見ていないルルについてじっと見つめているので、エミナはルルについて軽く説明をする。


「彼女はルルで、ここの同居者。まあ見たまんまの子なんだけど、なんて言うのかな、とにかく不思議な人よ」


「んー?私はわけあってクロツグに保護されているから、ペットと言っても過言じゃないけどね、何か困ることがあれば私に言うと良いよ。夜は起きてるし…」


「ありがとうございます」


「そうやってすぐにお礼をする」


 ルルはお礼が気に入らないのか不満げにぼーっとこちらを見つめた。

 フェリカは慌ててやり直しをしようと軽くお辞儀をする。だが、すでにルルの視線は別の方向を向いており、届くことはなかった。

 なんだか誰からも無視されているようで心に来るものがあった。


「あの、エミナさん」


 フェリカは不意に思いついたようにエミナを呼びかける。


「ん?何?」


「あの、また私と修行をしてくれませんか。エミナさんの剣はすごくて、私じゃ全然相手にならないかも知れません。けれど、私は強くなりたいんです」


 エミナが反応してくれたことに一種の喜びを感じるが、表には出さないようにする。


 そしてこの提案を持ち出したのは決して寂しいからではなく、今国のために何も出来ないのなら、せめて自分が強くなろうという思いだった。


 思いつきではあるが、ブラックもいっていたようにここは賢者の塔であり、学びたいものが集まる場所だ。せっかくいるのだから何か習得してもいいのではないかと考えた結果で、とても真剣である。


「いいよ、時間のあるときまたやろっか」


 反応はとても軽いものだった。フェリカは回答に拍子抜けしてしまうが、それが個性なのだろうと了解し、お礼を述べるのだった。


 そして明日はエミナが町を案内することを約束し、剣の稽古はその次の日の朝から毎日行うことになっ

た。


 ちなみにエミナは共に住んでおらず、もっと下の階に住んでいる。だが、やることがなければ基本的にここに来るようになっているので八割方ここに同居しているのと変わらない。


 そのついでかエミナは自分の部屋に泊めてくれるという。一人で研究室みたいなところに住んでいるの

で(みたいなのは研究をしていないため)問題は無いという。


 どちみち部下全員がけがを治すのは少しだけ時間がかかるだろうし(フェリカは知らないがこのときすでに全員回復しきっていた)、王に対抗する新たな手立てを考えなければならない。身の安全の保証という言葉を信じ、フェリカは使える手は全て使う気になっていた。


(必ず成し遂げる。民よ、待っていてくれ)


 月明かりは明るく屋上を照らしていた。



フェリカ

「エミナさん強いですね。これには憧れてしまいます」


エミナ

「いやー、照れちゃうなあ。でも私も剣で語り合える後輩が出来て嬉しいよ。ふふ、ふふふふ」


ルル

「……キモい」


エミナ

「ルルちゃんダイレクト!そこ、そういうこと言っちゃいけない!」


ルル

「ふあ~あ。眠い。リンゴ食べて寝よ」


エミナ

「ちょっ、話を聞いて!というか屋上で寝たら風邪を引くよ。ルルってばー、なー、重いー!」


フェリカ

(エミナさん、面倒見がいい人なんだな……)

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