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黒白のパラドックス  作者: 館 伊呂波
西剣のロード編
5/105

05会議までの一時

 ブラックは翌日、老人の部屋に入り込んでいた。


 本が綺麗に整理整頓されていてとても気持ちの良い部屋だが、本棚が多すぎて生活スペースがあまりなくなっている。


「本、多くなりましたか?」


「ほほ、この年になると図書館に向かうのも大儀での。本を買って届けてもらうようにしてもらっておるのじゃ。無論、この都市までため続けたのも一因ではあるがの」


 笑うたびに目にしわをたぐり寄せ、長い髭をなでている。

 全身一つの大きなローブで包んでおり、引きずるようにして歩く姿はそれ相応の年を伺わせる。


 三賢者であるドワールはこの部屋にある唯一の机にブラックを案内すると、相当年季の入ったコップと飲み物を用意しようとする。


「俺がやります」


 さすがに老人に煎れさせるほどブラックも薄情ではない。その身長差を生かして上にある戸棚からパックを取り出すとお湯と共に注ぎ出す。


「すまんのう」


「いい加減新たな部下一人でも雇ったらどうですか?」


 現在老師には部下がいない。いたと言うべきか、幼なじみでずっと過ごしてきたものが老師にはいたのだが、年を取って数年前に他界してしまったのだ。それ以来ドワールは一人で為すべきことを一人で行っている。


「ほほ、後数年も持つかも分からない老人に長期契約を結べるような奴はおらんよ。それにワシとて体が動かなくなったら引退するつもりじゃ」


「お戯れを」


「冗談ではないがのう」


 かすれるような声でケタケタとドワールは笑う。


 ブラックは机の周囲に積み重ねられた資料を浮かせてどかしていくと、ものが一時的になくなった机をさっと魔法で綺麗にする。


 そこに相対するようにしてブラックとドワールは腰を落とし、茶をすする。


 ブラックとて聖賢者としての仕事がたくさん残っているためこのゆっくりした調子を続けるつもりはないが、かといって老人に急かしは禁物だ。


「早めにお話を聞かせてもらいましょうか」


 これは無駄口、つまり世間話はできるだけは少なくいこうという意味である。


「ほほ、それは明日のためかの?」


「ええ、百合華に仕事を一任するわけにもいきませんので」


 一番偉い立場であるはずのブラックがここまで敬意を示すのは珍しいことである。事実関係としてはブラックの方が権力としては上に当たるが、それでもこの老師には頭を上げることが中々出来ない。

 これはブラックのみに当てはまらず、魔法使いならほとんどが同じことをするだろう。それほど魔法使いにとって偉大な人物なのである。


「おぬしもやはり大切にしているようで何よりじゃな」


「百合華はもう……腐れ縁みたいなものですので」


「まだ、理解は出来ぬか。まあいつかは良い関係になるじゃろう」


「その関係はともかく、好きの部類ではありますよ」


「おぬしが言うと説得力が無いのう」


 老人と無感情人間の恋愛トーク。全く盛り上がらない。

 別にしたいとも思っていないのだが、どうもこの老人相手だとブラックでさえ余計なことに首を突っ込まれても回避できなくなる。


「まあ好きか嫌いかの二択しかありませんからね。嫌いでなければ好きであるし、好きでなければ嫌いで

ある。理屈としては合っているはずなのですが、誰も理解はしてくれませんね」


 ドワールは案外真面目に話を聞いている。こういうお茶目なところもあるのがどうしてもその凄さを感じてしまう一部なのだろう。


「感情は理屈では通らぬよ。早く戻るとええの」


「……」


 老人は話をバッサリ切り落とすと茶をゆっくり口に注ぐ。

 ブラックもそれに見習うかのように必要でも無い水分を含むと、喉の奥に押し通す。


「それで、わざわざこのタイミングで俺を呼んだ理由は何ですか?」


 せっかちよのう、とドワールは重い腰を持ち上げる。

 おそらく何かを取るつもりなのだろうが、ブラックにはそのものが分からない。お手伝いしようにも出来ないので、立ち上がりはしなかった。


「シートト・フィリー」


 まあ魔法があればこの程度なんでもないのだが。

 ドワールが使ったのは呼応系の呼出魔法。呼び出したいものをイメージして唱えることで、近くにあれば近くまで飛ばす捜し物に便利な魔法だ。

 老師が手に取ったのは数冊のボロボロの日記だった。

 それをブラックに送るようにして渡すと、ついでに自分用の新たな茶を入れ始める。


「日記ですか?」


「それ以外何に見えるかの?ワシの恋愛手記だとでも思ったかの」


「いえ、さすがにそれは」


 表紙を確認する。確かに文字が薄くなっているが、文字のあった痕跡からして日記であることが分かる。


「中を開けて一から読んでおくれ。なに、卑しいことは一切書いておらんでの」


 全く。ドワールさんは俺を一体何だと思っているのだろうか。恋心を理解したくても出来ない人間なのだぞ。


「時間がかかりそうですね」


 ブラックは渋々ながらも中を開いた。

 性格がでているのか、綺麗な字で線から一切はみ出すことなく文章が連なっていた。

あまり人の日記を見て良い気持ちにはならないが、とりあえずパラパラと抜き出して読みつつめくっていった。


 そこには日常の出来事が事細かく書き並べてあった。孫が生まれたことやオルティウスで行われる大きなイベントでの出来事、失敗した体験談なども書いてあったりする。いわゆる普通の日記だ。


「これがどうかしたんですか?」


 この老師において見せつけるだけというのはあり得ないだろう。お互いに忙しいことは分かっているし、それを邪魔するような子供じみた考えを持つものでもない。

 何か裏の意図があると考えるのが普通だろう。


「どうもせんよ。ただ、」


「ただ?」


 不意に言葉に詰まったことに見かけ倒しで首をかしげてみせる。

 ドワールは座り直して真剣なまなざしでこちらを見つめると、どこか悲しげな声でひっそりと喋った。


「何かあればそれをしっかり読むと良い」


「それだけですか?」


 ブラックは思ったよりも下手な回答に大事なことを隠してしまったのではと疑う。でももしそうならばこの日記を渡すことはしないだろう。


「この話においてはの」


 どうやらこれで終わりではなかったらしい。


「こっから話したいことじゃが、なに、すぐに終わる。もう少しの辛抱じゃ」


 別に耐え凌いでいるわけではないが。


「このタイミングと言うことはやはり西国王女ですか?」


「やはり分かっておったではないか。あおるような真似しやがって」


 推測は当たったようだ。


「それで?」


「ブラックよ、思わんかね。タイミングがよすぎると」


「タイミングですか?確かに王女が反乱を起こしてこの塔に亡命するとしてはタイミングはいい気はしますが、何か関係が」


 とても意味深な言葉だ。


「そうじゃな、会議が近いのはたまたまじゃろうが、総合魔法祭のほうじゃ」

 ブラックは食い入るように話に入り込むのであった。


 ◇


 一方の早朝セラピアとレイトはせせかましく資料を手にして、まだ人気のほとんど無い塔の外を歩いていた。


「はあ、なんで僕まで行かなくちゃ行けないんですかね」


「ナイツなんだから当たり前でしょ」


 こういうセラピアの強引さには数え切れないほど回されてきたので、諦めも付いてきていたが、やはり嫌であることには変わらない。


 高級高学を卒業して研究生になった二人は新たな魔法の開発に精力を注いでいた。もっとも、研究をやっているのはレイトの方なのだが。


 そしてその魔法研究の一環として新たな魔法の実験を行うために、こうして誰もいない時間帯に広い場所へと向かっているのだった。


「だからといってこんなに朝早くはないでしょう」


「仕方ないじゃない。出力オーバーだから研究室でも実験できないし、かといってすぐにやりたいけど地

下は予約取れなかったし、そして夜にやると近所迷惑だとか言って前にも怒られたじゃない」


「あれはセラピアが馬鹿みたいに魔力を放出しすぎたからでしょう?もう少しコントロールをきかせればあんな大爆発は起きません」


「なに、あたしが悪いって言うの?」


「あなたの責任です。僕は研究結果も取れなかったんですから」


 セラピアはさすがに言い返せなくなったようで、物理的な上から目線でべー、と舌を出すと大股で進み始めた。


 身長に低いレイトは歩きではそれに追いつけず、資料を抱きかかえながら走るようにして彼女の後を追った。


「ん、レイト、あれ……」


 セラピアが急に止まったためレイトは追い越した。


 指さす先には少女が一人。赤いマントをたなびかせながら、剣を縦に何度も振り続けていた。見た感じ魔剣ではなく、真剣のようだ。

 朝早くから体を鍛えるものは少なくはないが、剣を振る練習をしているのは珍しい。なぜならほとんどの魔剣の使い手は、剣術よりも魔法を行使しながらの扱い方を優先するからだ。そのような練習をしているのを彼女たちは今までエミナしか知らない。


 だが、青い髪はエミナではない。おまけにそれにしては全くキレがなく、とても力強く大雑把な動きをしているように思える。


「昨日見た王女ですかね」


「話しかけてみましょう?」


「実験はどうするんですか」


「そんなの少しくらい遅れてもいいじゃない」


 レイトはため息をつくと、すでに走り出しているセラピアの後を追った。


「おーい、フェリ…うわっと!」


 黒い影が突如現れ、セラピアはバックステップで躱す。走りながらバックステップをするとは恐れ入る反射神経をしていることだ。


 現れたのはレイト並みに小さい少年だった。闇夜に紛れやすい黒に統一し、動きやすさを重視した盗賊っぽい格好である。


「なんだ、ジーク君か」


「一応年上ですよ」


 両手に暗器を持ち、戦闘できる態勢に入っている。

 ジークはブラックのたった四人しかいない部下の一人で、暗殺者及び諜報員として常に動いている。いつも姿を隠し、食事をともにすることはほとんど無いので、実質的にブラックが部屋で男子一人という構造は変わらないのだが。


 残りを紹介しておくと、三人のうち、一人はエミナでもう一人は沙綾である。エミナはブラックの手足となり様々なところに出かけては任務を果たし、沙綾はこのオルティウス地域から出ることはないが、ブ

ラックのいないときの代理や普通にメイドとして働いている。もう一人は別のところで仕事中だ。

 これらに百合華が含まれないのは書記として代理的に働いているだけで、扱いはルルとともに同居者が一番近いところであるからである。


「見たところ王女の護衛といった感じですかね」


 遅れてきたレイトが間に入るように言葉を掛ける。

 ジークは頷くと、敵意がないと判断したのかくるくると暗器を回して懐にしまう。その手の器用さは何か大道芸でも軽くこなせそうなものだ。


「おい、どうかしたのか?」


 事態を察知したフェリカが自らやってきた。


 ジークはフェリカがやってくると、自然と周囲に溶け込むようにして消え、見えなくなってしまった。隠れる場所もないので魔法でも使っているのだろう。

 まるで風のようにいなくなる奴である。まあ仕事上その方が当たり前なのだろうが。


「あなたたちは昨日の」


「私はセラピア、こいつはレイトよ」


「フェリカだ。その、すまないが」


「身分は隠して欲しいですね。分かっています」


 レイトが後を続けると、胸をなで下ろすように彼女は頷く。


「それでこんなところで何をしているんです?」


 見れば素振りだというのは分かる。しかし、そうであるにしろ動き方としては並の兵士よりも全然なっていないように思える。普通に考えるならば体調が悪いのか、もとより才能が無いのか、それとも始めたばかりかのどれかだろう。


「日課で剣を振っているのだ。これだけは一日でも怠けると腕が落ちていくからな」


「それにしては下手くそね。あの程度あたしでも出来そうよ」


「セラピア、ものの言い方を少しくらいは考えてください。あまりにも直球すぎます」


 そういうレイトも遠回しにセラピアを支持していることになるが、本人達は至って気がついていない。


「うう、やっぱり考え事をしていたせいでしょうか」


「考え事?」


 フェリカは話して良いものだろうかと思っていたが、自分の事情をある程度知っているもの達であり、

同じくらいの年であることから話すことに天秤を傾けた。


「ああ、実は明日ブラック殿が賢者会議で私の待遇について話し合ってくれるらしいのだが、どうにも話をまとめるのが苦手でな。足りない頭でどうやったら協力を得られるか考えていたのだ」


「なるほど」


 セラピアは頭をひねらせていたが、レイトはそれだけで大体の事情を把握したようだった。


「もしかしてもう一度自国に行きたいけど、戦う兵力が無く、どうやったら協力を仰いでもらえるかとかですかね」


 完璧な回答にフェリカは目を丸くするが、隠しても意味が無いので首を縦に振る。


「おそらく無理でしょうね」


「なぜだ?」


 レイトの厳しい意見に足下がたじろぐ。


「クロツグ、いえ、ブラック様は立場上反対するしかないですし、他の賢者も進んで他の国の人物を助けたいと思う人はあまりいませんからね」


 なるほど、だからブラックは昨日の夜決定を下すことを止めて、賢者会議に持ち込むことにしたのだろう。聖賢者の立場で無理なら、別の手段で決定を下すことには問題が無いとでもいうのだろう。


 後はフェリカ自身が他の賢者を味方につけられるかどうかにかかる、なんとも公平なやり方だ。

 だが、やはり壁となるのはどう話せば味方になってくれるかだ。これを解決しない限り例えブラックが味方だったとしても結果は変わらないのが目に見えている。


「どうすればいいだろうか?」


「僕も賢者全員を詳しく知るわけではないので何ともいうことは出来ませんが……」


「ふーん、相当お困りのようね」


 レイトが話している途中、前に出るようにいろいろと巨大なセラピアが言葉を遮っていかにも頼りなさいアピールをする。


「セラピア、今僕が話して」


「そんなチョロいこと簡単に解決してあげるわ。このレイトがね!」


「はっ?えっ?」


 ぽかーんするのはセラピア以外。まるで上の空のように彼女を見上げている。


「こいつ、勉強することに関しては学年一位だったのよ。そんな奴が困っていることくらい解決できない

わけ無いでしょう?」


「待ってください、セラピア。どういうつもりですか?」


 レイトは必死に食らいつく。これ以上また訳の分からないことに首を突っ込まれたら面倒だとでもいわ

んばかりだ。


「だって困っている人を助けないわけにはいかないじゃない」


「暴論です。少しくらい状況を考えて……」


「ってことで、研究室戻るわよ。ほら、フェリカちゃんも来なさい。考えていることぶちまけちゃえばこいつがなんとかしてくれるわ」


 と、二人の腕を強引に引っ張り出す。その力は侮れず、それぞれの手で抵抗されてもお構いなしにズルズルと容易く引っ張っていく。


「ちょっ、研究はどうするんですか!?」


「別の日だって良いでしょ。逃げないんだから」


「あの、まだ話すと決めたわけじゃ」


「いいから悩んでいるときは人に助けを求めるの。さっ、行くわよ」


 二人の叫びも虚しく、あっけないうちにセラピアは来た道を引き返すのであった。




セラピア

「全く、やっと私たちの出番が回ってきたじゃない」


レイト

「仕方ありません、僕たちがメインではありませんので。それよりこの場合、自己紹介をした方が良いんじゃないでしょうか?」


セラピア

「でも本文で紹介なんてしてるし」


レイト

「それでもするっていうのが礼儀というものです。ですからつべこべ言わずにさっさとやりますよ」


フェリカ

「おい、もう尺がないぞ。それと、手伝ってくれるなら早めに頼む」


セラピア

「嘘っ!待って、まだ何も話せていないじゃない!あっ、作者待ちなさい!待ちなさいったらーーー!」


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