02十五年前の終結
「おい、魔力防壁を展開しろ!突破されるぞ!」
「ハッ、無理だ、展開したところで防げねえ」
「もう少しだ諦めるな!少しでも聖賢者様のために時間を稼ぐんだ。僕は思う、もうそれしか俺たちが生き残る方法はどちらにせよないとね!」
「そうよ、ここで退けばおそらく私たち人間は全滅することになるわ」
「おっかねえこと言うなよ」
戦場は混沌としていた。
どれだけ戦っても迫り来る軍勢は、滞りなくこの世界の人々を攻め立て、討ち滅ぼさんとする。
集められた軍勢は総勢百万人ほど。そのうち半数がとっくにこの大地に腐臭をさらしており、また生き残っているもののうちその四分の一ほどが怪我を負って動けなくなっている。
集められる前に死んだもの達を含めれば、すでにこの果てしない戦いで数百万という生ぬるい数字にはならないだろう。
もちろんそれには戦うことの出来ない一般人も含まれてはいるが、だとしても歴史上にもほぼ無いであろうほどの死者の数をたたき出している。
なぜそこまでの死者が出たのか。その一つにすでにこの戦争が数十年も続いていることが挙げられるだろう。
だが、もっともな理由としては世界を守るべき側の人間がこれまで積極的に動かなかったことにある。
聖賢者
それは世界の秩序と安定を守るために遙かなる昔から存在する魔法使いの家系。
そしてどんなひどいものであろうと、戦争を単身で終らすことの出来る可能性すら持つ、人類最強と言っても過言ではない実力を宿す人間。
もしそんな人間が仕事を放棄してのんびりしていたら皆はどう思うだろうか。
答えは簡単だ。
立つべき場所にいるべき人間が立つべき場所にいないことで、混乱を引き起こし、いかなるところでも反発が起きる。
故に人々は苦戦を強いられ続けているのだ。
人が苦しむ大きな原因はそこにあるが、戦争が長引くのにはもちろん他にも理由がある。
攻めてくる軍勢の真の目的が一切分からないのだ。
通常、戦争とは誰かが指導者となり、その指導者の目的、意向、信念、物欲、狂心、願望など何かしらを得るために行われる。
そのため、戦うに辺り何かしらの理由が存在するのだ。
だが、数十年経っても戦っているだけでは分からず、あえなく敵を束縛して拷問にかけても、分からない、知らない、黙秘の三点張りで聞き出すことは叶わなかった。
故に交渉も出来ず、解決の糸口すら見えることもなかった。
つまるところ過去最悪の泥沼戦争と言っていいだろう。
人々は手探り状態で戦い続けるしかなく、次に繋げるためにしか戦うことが出来ない。そんな戦争であった。
ただ、一つだけ分かることがあるとすれば、それは敵の軍勢が、この世界の住民ではない神の軍勢であると言うことだけであった。
◇
「いや~大変なことになってるね~」
「何故あなたがこんなところにいるんですか」
「そりゃ、サキカさんに~、守るよう頼まれたからだよ~。当時の学年首席卒業、兼ね次代賢者候補。ノエルさんの実力は申し分ないからね~」
「それ、自分で言いますか」
若いメイドはぶつくさと文句を垂れ流しながら紅茶を入れる。異常なまでの早さで煎れられた紅茶は本当にうまいのかと思うが、何故か店で味わうよりとても上品で洗練された味がする。
熟練の味と言えば分かりやすいだろうか。
そんな戦争が外では起こってないかのような雰囲気を出している二人の目線の先には、魔法の練習のしすぎで疲れて眠っている子供が一人。
神の軍勢との戦いの最中であるにもかかわらず、今から丁度一年ほど前に条件付きで神の下から取り戻した子供である。無論、今戦っている神の軍勢とは無関係な神からではあるが。
なので、その子に魔法使いの戦闘員として優秀な人材を守護者として置いておく必要は無いのであるが、おそらく優秀な人材だからこそ残しておきたかったのかもしれない。
「それにしても、やっぱり無愛想でかわいいね~」
ノエルと名乗る女性は、寝ているときでさえ変わることのない表情をするその子を捉え続けながらカップを口づける。
「かわいいのは異論ありませんが、無愛想なのはどうしようもありません。なにせ神から取り戻すときに取り戻せなかったのですから」
「おお、うまいこという。ちょっとちびっちゃったかも」
「下品な発言は控えてください」
メイドは紅茶がまるでまずくなったかのように顔を渋らせる。
「いいじゃん、いいじゃん、どうせ彼寝てるんだし~」
「そういう問題ではありません。全く、変なことを吹き込まないでくださいよ。真っ先に疑われるのは私なのですから」
事実、この世界において彼はこのメイドが一人で育てていると言ってもいい。少し家系的に特殊であるため、取り戻したとき偉い人全員で育てようとはなっていたが、あいにく今は戦争中だ。偉い人たちに出来るわけがなく、こうして雇われメイドに託されているのである。
「ん~、どうしよっかな~。お酒くれたら考えてあげても良いよ」
「では考えなくて結構です。ここにはお酒類一切常備しておりませんから」
「あちゃ~。それは大問題だよ、生死に関わる問題だよ」
「それはあなただけでしょう。にしても、その年であんなにお酒を飲むなんてゆくゆく将来が心配になりますよ」
メイドは隙の無い皮肉で切り返し続け、攻め込まれるだけの状態をついでで脱却した。
この二人は見た目的にも年齢が近いことがあり、話はスムーズに進んでいく。その話の原動力となるのは、戦争による不安か、はたまた安心か。話している最中には関係の無いことだが、それを決めるには手が足りない。
「まあまあ、でも私はお酒がないと生きていけないのは事実で……」
ぷるぷると、ノエルの腰につけてある通信機が震える。
本人が気がつくくらいの微弱さであるが、この限られた空間の中で限られた人しか喋らないここでは、十分なほど大きく音を伝えた。
メイドもその意思をくみ取ったのか、静まってノエルの話に耳を寄せる。
本来なら魔法で現れる空中の画面越しに話し合えるのだが、どうにもそこまでの暇はないらしい。純粋な声だけの会話である。
「サキカさんね。どうしたの?」
どうやら相手は今戦場のまっただ中にいる、ノエルにとって上司とも言える存在からであった。
『ノエル、よく聞いて、先ほど神の一味が現れて攻撃を仕掛けてきたわ』
その言葉に二人は目を見開いた。
なぜなら神の軍勢ではなく、この戦争を行っている神が直接やってきたのだ。この数十年の戦いでそんなことは何度かあったが、前回現れたのは十年前のこと、言うなれば直接神を倒すチャンスが十年越しにやってきたのである。
「ほんと!それで、どうするの?勝てそう?」
ノエルは興奮したまなざしで会話を続ける。
『負けたわ』
だが、返されたのは聞きたくないようなとても悲しい宣言だった。
「えっ……」
輝き始めた目は一転、黒く染まる。
『実力のあるもの達で戦おうとしたのだけれどね、一撃でねじ伏せられちゃったわ。おまけに賢者も壊滅、十人死んだわ。運良く射撃上から放れて生き残れたのはほんの数人、無残な結果ね』
賢者は魔法使いの最高峰の頂天に位置するもの達。聖賢者らを合わせて計十七人しかいない貴重な存在だ。
それが神のたった一撃で半数以上が死亡。絶望的だった。
「サキカさん……」
『私は無事よ。けど、北と東の国の国王、各国の英傑及び勇将はほとんど討ちとられてしまったわ。士気はいつになく最低ね』
百万人近くの軍団。それらはもちろん魔法使いだけではない。この大陸にあるほとんどの国がこの世界を守るために参戦し、組んだことで成り立った数字である。
それは進行状態で戦争していた国すらも、内政赤字で立ちゆかなくなっていた国さえも、永久中立を掲げていた国だって、それらを全て一時的に放棄して連合軍としてやってきたのだ。
そんな軍団は同じを目的を持ったことで強いものとなるが、一つ外れるとすぐにそこからバラバラと崩れ去る弱い一面も持つ。
それが起きたのが今であった。
「賢者の塔に撤退する?」
『いえ、あのクソ賢者が止めようとやっと動いているから私たちは時間稼ぎをしなきゃいけないわ。ノエル、そこで申し訳ないのだけれど』
「私も戦えば良いのね。ほかに自主避難している戦える兵を連れて」
サキカの言葉を遮ってノエルは決断を下す。
『無理強いはしないで。でも、お願い。もう戦力が付き欠けて最終防衛第三ラインまで抜けられているの、早くしないといくら賢者の塔とは言ってももたない可能性があるわ』
最終防衛ラインはこの地域からならどこからでも見える、ひたすら高くてでっかい塔。その地域全般である。
つまり、神の軍団はもう目の前に迫っていると言うことであり、突破されればこの世界の人間の最終的な敗北となる。
ここまでしないと動かない聖賢者は本当にゴミのような人間であるが、文句を垂れ流している暇はないし、言える立場でもない。
「了解。ノエルさん全力で暴れ回るよ~」
おもむろに隣にかけてあった、足を除く胴体を丸々隠せそうなほどでかい赤いとんがり帽子を頭に被ると、最後にメイドを見つめる。
「んじゃ、その子頼むよ~」
「言われなくてもそのつもりです。どうぞ首くらいは生き残って帰ってきてください」
「それ死んでるって」
そんな物騒な話題をお出かけ気分で交わし合うと、彼女は笑顔で飛び出していった。
残されたのはメイドと子供。もちろん子供はそんな自体をつゆ知らず、数々の魔導書の上で静かな寝息を立てている。
「できれば早く戦争が終ってほしいものですが、終らないのならそれもまた天命なのでしょうね」
ただ、と付け加える。
「この賢者の塔はいくら相手が神であろうとも破られることはありません。それは不変であり、絶対です。存在があり続けるなら」
その意味不審な言葉は四歳の子供にとって、例え起きて聞いていたとしても分からなかったであろう。
◇
戦場を離れ、森の中。
普通に入れば迷って出てこれなくなると噂と事実が入り交じる、暗くも明るいはっきりしたもののないところである。
しかし、道を知るものなら、精霊ですら声を閉ざしてしまうこの森の声を聞くことが出来るなら、自然とかのものは辿り着くことが出来る。
その隠された神殿に。
「ちっ、なんで我が輩がやらねばならんのだ」
「聖賢者とはそういう仕事じゃろう」
初老の男は、聖賢者と共に走り続けていた。
「聖賢者は研究も大事な仕事だ、そう思わぬか、ホークよ」
「残念ながら。賢者はともかく、聖賢者となれば戦う責任はありましょうぞ。放棄していたあなたの方に否があると思いますが」
いい年したおじさん達に全力疾走は堪えるものがある。しかし、魔法の制限がかけられるこの森では身体強化魔法も援護魔法、回復魔法すら使えない。
しかし、そのおかげでこの森は守られ続けてきたし、何か手を打たなくとも神の軍勢から攻められることもなかった。
「ほら、着きましたぞ」
まだ周りに木々しか無いのに、ホークはそんなことを筒抜かす。
しかもこの先に何かあるなどという予兆すら見当たらない。
見渡す限り木、木、木である。
だが、聖賢者が抗議することはなく、むしろやっとかという感じで、大きく息を吐き出していた。
体に鞭を打ち、走り続けておよそ十時間。変わらぬ景色に気持ち悪さを覚えながらも、その終点はあっさりだった。
突如、光が現れたと思えば一瞬のうちに二人を飲み込む。
そして気がついたときには目の前に神殿が建っているのであった。
左右対称で、白い外壁、二階建てに見える神殿は、一階分が通常の家よりも高く荘厳である。
そのくりぬいたような土地にそそりだつそれは、光を直接受けて木漏れ日と共に輝きを出し、とても神秘的且つ壮大な印象を持たせる。
「はあ、ここに来るのは何度目かねえ」
とても面倒くさそうに、聖賢者はそのまま正面にある入り口に向かう。彼にとってはこんな綺麗な神殿などどうでも良いのである。
行動原理はさっさとやってさっさと終わらせる、であろう。
「そう、言いなさんな。普通の人は辿り着くことさえ出来ぬのだ」
「別に我が輩もやりたくてこの職に就いているわけではない」
「知っておる。聖賢者でないとやりたいことが出来ないから、仕方なくなっているであろう?」
「よく分かっているではないか」
ふっ、と笑いをこぼす。
この男にも理解者は数人いるが、そのうちホークは最もこの男のことを知る人物と言っていいだろう。
「そうでなければ裏は務まらんよ」
これまたホークも仲の良い少年のように笑い返すのだった。
二人は重い扉を引くことで開け、何度目か覚えていない中の装飾を見回す。
外からだと一、二階に別れているように見えるが、それは両サイドに立つ箱形の建物だけであり、この真ん中にあるドーム型の建物は、吹き抜けになっている。
特殊な素材で作られたステンドグラスは天井を飾っており、真上に一人の男性、その周囲を四人の女性が囲っている。どれもカラフルに作られており、今にも動き出しそうなほど躍動感が出ている。
はっきり言ってとても芸術的である。
まるで人ならざるものを見ているような気分にさせるそれらは、この部屋ならどこにいても必ず誰かの目がこちらを向くように作られており、また見る角度によって変わる光の反射を利用して、それらは色鮮やかに色を変えていく。
「相変わらずここは何度見ても飽きねえな」
「すでに見飽きた、の言い間違えであろう?」
壁には両サイドの建物に続く通路がある他、シンプルな画と何語で書かれているか見当も付かない文字が並んだ壁画が描かれている。
だが、代々訪れてきた聖賢者達によって、それらは一部のみ読めるほどには解読されるようにはなっている。
南西側 解放セシ力、閉ザサレタ世界ヲ解キ放ツモノナリ
北西側 束縛セシ力、不純ナル世界ヲ正サントスルモノナリ
南東側 生産セシ力、有限ナル世界ヲ有象化スルモノナリ
北東側 消費セシ力、彷徨イ迷ウ世界ヲ食イ尽クスモノナリ
数千年にわたって受け継がれてきて、翻訳できたのがたったこれだけとはなんとも馬鹿馬鹿しいが、滅多に来るわけでもなく、聖賢者同士が伝言ゲームで紐解いてきたようなものであるため、こうなっている。つまりはこれに関して研究をしようとしたものがいなかったというわけである。
まあこんな森の奥で必ず毎回入れるとも限らず、不便な中でなんかの収益にもなりそうもないこれらを研究するのは無理がある。おまけに分かったとして普通の人が入れない場所のことをどうすれば良いかなんてたかだかしれているのだ。
ちなみに床にも同じ文字でびっしりと書かれているが、数千年かけてこれだけなので、当然のことごとく、一文字すらも解読されていない。
そんなわけで二人は部屋を無視し、とっとと奥の部屋の方へ向かう。
その先は聖賢者なら何の部屋か必ず知っている。故に用がなければ絶対に入らない部屋であり、他の者には例え私語であろうとも存在を絶対に隠す部屋だ。
そこに今手をかけ、聖賢者はゆっくりと開いた。
「おお、これがあの……」
「秩序の台座、だな」
部屋には段差上になった台座が一つ。計五段になっており、段ごとに形の違う何かを置くための物体が供えられてある。
「一応聞いておくが、武器は揃っているのか?」
「揃っていなくても使える。神を軍勢ごと消し飛ばす程度にはな」
「それで、いくつある?」
「九書は全部、逆に五印はゼロ。七剣は二つに、三杖は二本。そして証は両極。つまり二十六分の十五だ」
聖賢者はそう言いながら、ひときわ大きな魔導書をまず最下段に囲うように一つずつ置いていった。
「悪くはなさそうか。せめて一つくらいは五印もあった方がよりよかっただろうにな」
下から二番目の段に二本の剣をそれぞれ差し込む。
「五印だけは誰かがもっているのを見つけるしかない。正直世界中の人々から運良く見つけるより、無くなった財宝を探す方が容易いな」
一つの段差を飛ばして、上から二番目の台座に二つの杖を置く。
「ふむ、一理ありますな。さて、準備はよろしいかな」
最上段に何かを置くスペースはない。あるのは人が二人分立てる程度のスペースのみである。
ホークはそんな台座に刺さった武器をうまく避けながら、聖賢者の横に立つ。
「ったく、何が嬉しくてこんなおじさんと狭い舞台に立たなければならんのだ」
「それはお互い様じゃろうが!」
華麗なる突っ込みも終ったところで、二人の顔は一瞬にして変わった。
ふざけたような顔ではなく、殺気だてた様な真剣な顔だ。
そして左腕に刻まれる証にそれぞれ触れると、同時に唱えるのであった。
「「原始に生まれしその人に、祈れよ我らが使命を。その書をもって世界を覆し、その剣をもって世界を切り刻み、その印をもって世界を鎮め、その杖をもって我らを証明し。この世にはこびる因縁を、この世に佇む暴虐を、この世に這い寄る悪意を。秩序を乱すものに鉄槌を、安定を壊すものに終焉を、彷徨う混沌と不安定に今一度静める力を解き放たん!!」」
◇
数十年に及ぶ戦いはあっけなく終末を迎えた。
???
「ふん、何故俺が出てこなければならぬ」
ホーク
「どうせ俺らは三章まで出てこねえよ、今のうちに出ておけば良いさ」
???
「ずいぶんと先だな。というか一章と二章は何なんだ?」
ホーク
「作者曰く、本編に入る前の下準備。らしい」
作者
「だって、メインヒロインがあまり活躍しないんだもん!それに紹介することが多すぎて混乱するのもあれだと思って……」
???
「つまりお前は馬鹿と言うことか」
作者
「ダイレクトすぎい!ということで、ここから本当の物語スタートです!」