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黒白のパラドックス  作者: 館 伊呂波
解放の聖戦《プロテスタント》編・前編
105/105

103改心の一撃

 袖が空を舞い、空を切る。

 銀色の髪の毛がふわりと風の無い中で浮き上がる。

 溜まっていた涙が飛び散り、光を受けて反射する。


 それは拳で殴るよりも力の入った一撃だった。

 その衝撃が体に走ったからか、それとも彼女の行動に驚いたからか、自分の視界はずれて一瞬ぼやけた。

 打たれた部分に熱がすぐに籠もり、そこから身体を熱くしていった。


「いい加減にするのはあなたです!何が理由ですか、何が利益ですか、確かに生きるのにはそれも必要です。けど、それよりも大切なものがあるはずでしょう!今一度よく見てくださいよ、皆さんの顔を!クロツグ様にはそれがどう映って見えるんです、欲望を満たすために集まった豚ですか?希望を満たすために来た強欲な思考の持ち主達ですか?」


 右に向いた顔をブラックは恐る恐る目から戻していく。

 そこには自分の知る顔だけがあった。


「この中に誰かあなたを利用しようとしているような顔を持っている人がいますか?いるんだったらそんな奴、私が動けないように凍らせてあげます。でも、それでも皆さんともに掲げているのは、あなたを待っている顔ではないのですか?タンゲリンに全力で向かって負けて、恥ずかしい思いをしながらもあなたの元へと駆けつけてきた人たちです。それでも彼らはまだ希望を持ち歩いているのではないですか?」


 一人一人目を合わせれば、笑顔を振りまくもの、自分を心配そうに見つめるもの、険しい表情で見つめるもの、いろいろといる。

 しかしその誰もが、決して自分をさげすむような目で見るのではなく、好戦的な強い意志をその心の内に秘めていた。


 それも俺と戦うためではない、自分と戦うためだ。

 共に歩いて一緒に前を向こう、そんな手を伸ばすような空気が、魔法すらも使わずに伝わってくる。


「クロツグ様は彼らを見て何も思わないのですか?例えどん底に落ちてもこうしてあなたの前まで来て手を差し伸べているのです。本来ならこれはあなたがやるべきことでした。けれどこの際もう求めはしません。私たちがあなたに手を伸ばします。そして絶対に掴んで離しません」


「なんで、そんなこと……」


 俺に何の手を差し伸べているんだ。俺は構わないというのに。


「クロツグ様は聖賢者に戻りたいだなどと思ってもないでしょう。私だって別にクロツグ様と過ごせるのなら聖賢者でなくても構いません。しかし、彼らだって賢者に戻りたいと言うよりは賢者の塔に戻りたいと思っているのではないですか?あなたもタンゲリンは嫌いでも、賢者の塔は好きなのではないですか?」


 確かに師匠は嫌いだ。

 魔法を教えてくれたことは感謝する。けれども意地悪でうざったいし、発言もひどければ心をなぶるようなことばかりしてくる。自分の家族を平気で殺すような真似をしてくるし、他人を人だとも思っていない奴だ。おまけに欲望も強ければ自我も強い、なのに力も強ければ地位も高い。


 これほどまでに嫌う要素が揃った人物も珍しいものであろう。ブラックとて、とてもじゃないが尊敬できる人物には値しない。


 でも賢者の塔は好きだ。裁判所と同じように自分の人生の半分を過ごしてきたところであり、裁判所みたいに全てが規則で固められているわけでもない。やろうと思えば聖賢者だって自由に過ごすことが出来る。

 研究も出来るし、魔法だって自由に扱える。町での買い物もすぐに出来るし、欲しいものは何だって揃っている。そこには神の住む天界でさえ追いつけない技術もあれば、人だから成し得られる技術もある。あそこを嫌いになれだなんて、例えマアト様から命令されたとしても出来るわけがない。


「裏賢者ホーク様は言いました、逃げるなと。クロツグ様は自身が逃げていることにお気づきですか?」


「俺が、逃げている?」


「分からないのであれば私が答えます。クロツグ様は、逃げています。それもタンゲリンからではなく、あなたのやるべき道からも」


 やるべき道、それは聖賢者のことを示しているのか、結局はそれをやらなければならないんじゃないのか。


「少し勘違いしているかもしれませんね。私が言うのは、あなたがやるべき道というのは聖賢者ではなく彼らを前へと進めることです。それはあなた以外に誰にも出来ません、なぜならあなたが唯一勝てるという希望を示してくれるからです」


 勝てる。相手は間違いなくタンゲリンを示している。


 あんなにも無残に負けた自分を見てさえも、百合華は勝てると言った。

 どうしてそこまで彼女は俺を信頼するのか、なぜ百合華は自分に人を導くという役目を与えて前へ進んで欲しいのか。


 赤く腫れていたはずの目元はすでになくなっており、強い目だけが自分の瞳を覗いている。


「裏賢者ホーク様は言いました、前を向けと。私には見えます。今のクロツグ様は前どころか横すらも向いていません。後ろは少しだけ無為いているかもしれません、しかしそれもまた目をそらしているではないですか」


 ブラックはそう言われて急に前が見えなくなった。

 いや最初から見ていたわけではない、最初から見ていなかったのだ。


「前を向くというのは正面から立ち向かうと言うことです。それは戦いだけではありません。他の人の思いに立ち向かうことだって、自分の道を生きるためだってそれに含まれるのです」


 誰も見ていない。それは何にも立ち向かっていないことと同じ。

 前を見るからこそ見える景色があるというのに、前を見ないからこそ見えない景色があるのであり、前は存在している。


 後はそれを見るか否か。ブラックは後者の方だった。


 ひたすらに自分の思いだけを投げつけてきて、横を振り向こうとさえしなかった。ライラックだってユリースだってやるべきことを決めて前を向いていたのに、自分は自分の我を通すような真似しかしなかった。例えそれがやりたいこととして前を向かせるものとなっていたとしても、到底前を向いているとは言えない。


「それでも、俺は……」


 前を向きたくない。やったことがないからだ。

 今まで神やら賢者やら使命やらの言いなりになって、自分から前を向くなんてことはしなかった。言ってしまえば今まで前を向いているように思えたのは、前を向かせるための条件がそこに存在していたからに過ぎない。


「向いてしまったらもう後には戻れないとでも思っているのですか?」


 続かない言葉に百合華がパズルをするように当てはめていく。


「そうかもしれない。前を向いたらもう、後ろを見ることは出来ない」


「そうですね、そんなことがあるかもしれません。でもクロツグ様、それはたった一人で居るときだけです」


「えっ?」


 らしくないような呆けたような声が出る。


「あなたが前を見ているというのならば、その後ろは私が見てあげます、横が足りないというのならば別の人が、それでも向きが足りないというのならば更に別の人が。クロツグ様、今あなたの目の前にいるのは私だけですか?」


 先ほど閉じてしまった目が開いたような気がした。

 そこには人がいる。しかも自分を見つめている人が。

 そこにさげすむような顔はなければ、皆真っ直ぐと前だけを見つめている。


 でもその眼差しは、自分のための目だった。共に向かおうという、ブラックという存在だけを見つめて周囲に目を向けているものであった。


 百合華だけじゃない。それはこの瞬間、ぐっと引きつけられる力があった。


「お気づきになられましたか?」


「目の前に人がいることがな」


 言葉としては不十分だろう。だが、百合華は少しだけにこやかになる。


「もう一つ裏賢者様は言っておられましたね。人とは執念に捕らわれて地の底を這ってでも生きるものなり、神とはその強欲さと引き換えにその強き力を持って民を治めるものなり、そして鬼とはその狂気を持ってその力の限りを尽くすものなり」


「よく覚えているな」


 さすがにここまでの言葉をあの一瞬で覚えきれる自信はブラックにも無い。

 彼女の記憶力は相当なものである。


「あなたのことを知る人ならば絶対に分かる言葉です。だって、その三つを全て持っているのってクロツグ様とセリス姉様しかおりませんから」


 確かに、人と神の両方を兼ね備えている存在は、パースやロクスなど半神として身近にもいる。だがそこに鬼が加わるとなれば二人しかいなかった。そしてホークはその部分を的確に突いてきていた。


「裏賢者様はきっとあなたに外の世界を見て欲しかったのです。例えそれがクロツグ様の嫌なことや結果に繋がるとしても、それこそがあなた自身のためになると思って。だからこそ裏賢者様はあなたの枷となることを嫌い、自ら死を選ぶような結末を選んだのかもしれません」


 衝撃的で、胃の中を押しつぶされそうな言葉だった。裏賢者は決してブラック達を守るために死んだのではない。ブラックの枷となることだけを嫌がって死んだ。いかにも生きることにプライドを持った人の行動だ。


 彼は改めてホークを敬った。


 生きることへの執着とプライドを持った、裏賢者ホーク。あのときの彼はあの牢屋の中でどれだけ綺麗に死ねるかを考えていたに違いない。死を飾る花は、今まで生きてきた価値をどれだけ咲かせてきたかを示せるのだから。


「なあ、教えてくれ。俺は何のためにここにいるんだ」


 ブラックは聞いた。


 自分は何者であるかを。

 自分はいるだけで何の意味を持っているのかを。

 自分という存在は百合華達にとってどういうものなのかを。

 百合華と両目をしっかり合わせて向かい合う。


「クロツグ様がここにいるのは、私のためでも誰かのためでもありません」


 彼女は息を吸った。そして吐くように言葉が連なる。


「クロツグ様はあなた自身のためにいるのです」


 とても心を揺さぶるような優しい声だった。

 その目に映るのはいつか見た光景。


「クロツグ様は誰かのために生きてこられたのですか?もしそうであるならばそれはエルティナですか、マアトですか、セリス姉様ですか?」


 上げられたの名の中にこれだと言える人物はいなかった。

 それらは自分にとって上の存在であり、従うべきあ相手であるに過ぎない。彼女たちのために生きているかと言われれば真っ赤な嘘だ。


「違いますよね、私はそうだとは絶対に思いません。つまりクロツグ様はまだ誰かのために生きているわけではないのです。いうなれば決められた範囲内での使命でしか生きてこなかったのです。そんな人が何のために生きているだなんて分かりきったものじゃありません、クロツグ様は自身のためにしか生きられないのです」


 ブラックは目覚めたように思い出した。

 これまで自分が助けたいと思って助けた人物などいなかった。助ければ自分の得になるから、その理由だけが人を救う決意を表してきた。これを誰かのためにやっているだなんて絶対におかしいだろう。


 自分はすでに自分のためにしか生きていないのだ。


「クロツグ様、深く考えすぎなのではないですか?」


 一つ一つの百合華の言葉が身体に染み渡っていく。

 どうしてここまで彼女の言葉が自分に刺さっていくのかが分からない。そこに理由を求めるのもおかしいのかもしれないが、ブラックはとても知りたい気分であった。


「俺は深く考えすぎ……なのか?」


「だってあなたは理由がなければ動けませんから。そしてその理由を見つけようといつも必死にもがいているのです」


「理由……か」


 ストンと求めていた理由が当てはまったような気がした。

 理由を求めていたら、理由こそが理由だった。不可思議な現象である。

 そして彼女は言った。


「クロツグ様、もし理由が必要であるのでしたら、私のために動いてくれませんか?」


「お前のため?」


 なしにもあらず、それは告白だったに違いない。


「はい。私には妹が二人います。あなたと私を慕うかわいい妹が。けれど桜美も紅葉もまだ賢者の塔にいるのです。しかもタンゲリンの元で過ごさなければならない……っ、私は、私はっ、とても……とても心配なのです……っ」


 百合華の心の中で思っていた本音、急に溢れてきた本音。

 瞬く間に百合華は目から涙が溢れていた。


「親を亡くして……兄を亡くして……それで私までいなくなってしまったら、あの子は……あの子達は……どうなってしまうんですか……っ……しかもクロツグ様はあの子達にとって……兄ほどに家族としているのですよ!」


 十年前、見たような光景と同じだった。

 百合華と初めて出会ったときも、彼女は泣いていた気がする。

 自分と始めて会ったというのに、彼女たちの父親を殺した犯人であるというのに、それでも百合華は泣きついてきていた。母親が死んで泣きついてきていた。すごく、ものすごく。枯れた涙を更に搾り取るように、長く、とても長く。


 それは桜美と紅葉が百合華を心配しているだけでなく、百合華が桜美と紅葉を心配しているからでもあるだろう。どのみち、この三姉妹はもう誰かが欠けたら立ち直れなくなってしまうのだろう。


「クロツグ様だって……マアト様がいなくて……辛いのではないですか……他にも……考えていることだってあるのではないですか……」


 止めようとして止められない。その言葉は正しい。


「もう……あなただって……死なせたくない人物だっているのではないですか……例えそれがどんな形であれ……あなたの人生に関わっているのですから……」


 頑張って言葉を紡いでいたが、百合華はもう限界だった。

 より強くブラックの服にしがみつくと、その力だけで破いてしまいそうなくらい思い切り引っ張った。

 そして思いの華を咲かせるように彼女は泣き叫んだ。


「うあああ、ああああ、ああああああああああ!」


 こんだけ見られているというのに、人目を気にする百合華がブラックにすがりつくほど泣いていた。


 それなのに自分は成長していなかった。


 こんな時どうすれば良いのか彼には全く分からなかったのである。

 果たして抱きついて泣くだけの彼女をひっそりと受け止めることしか出来ないのか、自分はそれだけしか出来ない人間なのか、悩んだ。


「……もういい」


 そう思ったとき自分の口から勝手に言葉が出てくる。


「もういい、もういいよ、百合華」


 背中に両手を回し、しっかりと抱きとめる。

 何時しかと変わらない光景、いや変えられなかった光景。

 でもその心だけは前とは違う。空っぽの中身で覗いているんじゃない。


「俺には理由が出来た。だから、行こう、賢者の塔へ」


 告白した。自分にもやれることはあるのだと。


「俺らの守るべきものを守るために倒しに向かう。理由なんてそれっぽっちだ」


 百合華はブラックの胸の中で何度も頷いた。

 自分に戻ってきた心臓の音をしっかりと耳に届けながら。


「すまない、俺はようやく気がついた。タンゲリンを倒して、それで賢者の塔に戻って、天界でマアト様を探して、そうすれば誰も傷つきはしないんだと」


 傷つくのを避けてきた、逃げ道だけは確保してきた、世界なんてどうでもよかった。


 そんな彼が前をようやく見た。その目でしっかりと。


 百合華がいる、ルルがいる、ジークがいる、セリスがいる、セラピアがいる、ケインがいる、サクヤがいる、ハードフがいる、レイトがいる、カンナがいる、レイレンがいる、パースがいる、スミレがいる、ナーヴァがいる、エルルーンがいる、エリックがいる、フェリカがいる、レベールがいる、他にも自分を待ってくれている人がいる。

 ここだけじゃない、きっと賢者の塔にだって、自分の部屋にだって。

 そんな彼らを見過ごして誰が逃げることなど出来ようか。

 おまけに賢者の塔から天界にだって向かえる。


 聖賢者の称号は欲しいわけではない、けれども自分のため、他の人たちのためならば聖賢者の称号は自分にとって必要である。それを持っているだけで自分の悩めることは全て解決できるのだ。

 誰に何を言われたっていい、自分の道を突き進めないものに自分の望むものを手に入れることは出来ないのだから。


 秩序だ、安定だ、使命だ、糞食らえだ。


 聖賢者でもない自分にそんなこと今更気にする必要なんて無い。

 そんなものは聖賢者に戻ってから考えればいい、裁判所に戻れてから考えれば良い。

 世界は小さい。小さいからこそ逃げることなんて出来やしない。


 誰かが誰かの思いを繋いでいく、そんなことが当たり前のように起きる。

 そんな世界で一人どこか遠い場所へ行ってしまうのも、ブラックは人としての価値を失うことなのだと思い知った。


「クロツグ様……戻ったら、もう戻れませんよ……」


「今更何を言う。決めたことだ」


「あなたが求める自由も得られないかもしれませんよ……」


「身体の自由はいつでも手に入れられる。けど精神の自由はいつでもとは限らない。おれはそれを手にしに行く」


「厳しい戦いになるかもしれません、誰か死ぬかもしれませんよ」


「もう、その覚悟は皆しているのだろう?」


「…………」


 百合華は顔を上げた。

 それはブラックからしか見えない角度だったか、やんわかに赤く、泣いた跡がくっきりと残っていた。


 そして胸の隙間からは見覚えしかないネックレスがあることに気がついた。

 これまでずっと付けていたのだろう、首元には赤くなっている部分もある。それがこうして垣間見えると言うことは、敢えて見せているのかもしれない。

 その憶測は正しかった。


「クロツグ様、このネックレス私のために買ってくれましたよね」


「そうだな。プレゼントなんて初めてだったからこれでいいのか未だに分からんが」


 何故あのとき、ああいう考えに至ったのかは自分でも分からない。

 百合華を慰めようとしたのかもしれないし、今まで一緒にいてくれたことに対する感謝の心を表わしたかったのかもしれない。


 それでも一つだけ言えることはある。


 きっと自分にとって百合華は大切な存在となっていて、桜美も紅葉も自分の生きとし生ける道に必ず付いてくる存在となっていることだ。

 こんなこと、最初に渡すべき相手ならもっと他にいたとは思う。


 一番長く共に時を過ごした沙綾もいれば、本当の姉のように接してきたセリスもいる、自分の上の存在としてマアト様がいれば、学生時代をずっと過ごしてきたユキノもいる、微妙かもしれないがエルティナもいるし、姐さんの他に裁判所の元メンバーだって自分のお世話になってきた人物だ。


 それなのに、わざわざ自分は百合華にその最初を与えた。

 それがどういうことかと言えば、ブラックにとって現在最も価値のある存在であると言うことだ。信頼できる人物としても、自分に与する人物としても。


「私、もの凄く嬉しかったんです。クロツグ様がこんなものをくれるだなんて思いもしませんでしたし、大切にされているのだと気付いて、今までクロツグ様の足枷となっていないかという不安さえ消し飛びました。そして何より、クロツグ様がこうして誰かのためにこうした行動を起こしてくることが」


 ブラックの目は完全に開いた状態となった。

 自分が誰かのために何かを行なった。やっていないと思っていたことが自分でも気付かないうちに行なっていたのだ。


 それは自然と自分を愚かだと責める他無かった。

 やったことが無いわけじゃない、すでに行なっていたことだったのだと。

 それならば話は簡単だ。すでに覚えていたことならそこを復習するだけ。

 後はなぞるような真似をすれさえすれば良い。


「なあ、百合華」


「何ですか、クロツグ様?」


 百合華は少しだけ離れてしっかりとブラックを見つめた。


「お前はまだ、俺のそばにいてくれるか?」


 その言葉に百合華はクスリと笑顔をこぼす。


「もちろん、ずっとおりますよ。あなたの導く道のままに。でも、たまにこうして手でも足でも引っ張りますけどね」


 ずるい笑顔だった。自分の中で先ほどまで芽生えていた心配を打ち消したり、消えかけていた信頼を一気に取り戻すような、そんな笑顔だった。


 それでも詐欺師の笑みではない。

 心から自分に尽くしてくれている人の顔だ。


 ブラックはそれに全てを拾われたような気がした。

 ならばどうするか、そこに正解があるわけではないが、この心を伝えなければ何も意味は無い。俺はそう思う。

 だから百合華が下がった分の距離を、一歩前に進んで。


「全員聞いてくれ」


 整理の付いてきた自分の頭の中を、心の中をぶちまけるように。


「俺は一度タンゲリンに負けて逃げた男だ。けれど、それでもお前達はこうしてここに集まってくれている」


 周囲は聞く。今か今かと待ち構えながら。

 百合華も自分の一番近くにいて、その取った手から力を分け与えてくれている。


「期待されたもんじゃないかもしれないが、俺はお前達の期待に応えなければならない。なぜならそれが、全ての最善を尽くす道だからだ」


 それでもブラックにだって出来ないことはある。


「俺は本気で戦うことは性質上出来ない。あいつを再び相手にしてもお前達を昂ぶらせるほどの力量は持ってない」


 エルティナに掛けられた枷。自分を一番縛っているもの。

 しかし、そんなものはただの枷にしか過ぎないものだ。


「けれども俺は全力で戦うことを誓う。この身においても、だから……!」


 息を吸った。

 決しておいしいとは言えない空気。血にまみれて、泥にまみれて、汗にまみれて、それでも生きていることを実感させられる空気。

 だが、今のブラックにはその空気で良い。

 これからもっとまずい空気を吸いに行くのだ。

 そして息を吐くと共に覚悟を放った。


「俺は聖賢者に戻る!自分のために、そしてお前達のために」


 静かにそよ風は肌をなでる。

 その風は追い風か、向かい風か。判断するには少し弱い。

 だが、弱いのならばその風は自分たち次第でいかようにも変えられる。

 そうしてブラックの周囲からは、空気を振るわすような大歓声が上がったのだった。


 さあ!反撃の時だ!


 自分のためにも、待っててくれたもののためにも、亡くなった賢者達のためにも。

 そして裏賢者ホークの真実を探るためにも。


 あやつらを守れるのはお前だけだ。最後に聞いたその言葉は、ブラックと友好的な関係を持つ人を刺していたのではない。ブラックをどこかで待ってくれている人のことを指していたのだ。


 百合華が嬉しそうに抱き寄る。

 その体は強く、温かい。

 しかしその目に涙はもうなかった。



作者

「久々に長く書いた気がする。しかし先に残念なお知らせを」


作者

「三月、訳あり用事でいなくなる故、更新がおそらく出来ないかもしれません。どうして神は自分にやる気と時間を与えないのだろうか、不思議です」


作者

「ともあれ、長い目で見守っていただければ幸いかと。こいつどんどん更新遅くなってんなとか言わないでくだされ、ダイレクトヒットします」


ブラック

「つまりそれまでの間、俺たちは作戦を考えてればいいんだな?」


作者

「急に現れますね、まあそういうことです。ブラック達がこれからどう挽回していくのか、お楽しみにと言うことです」


ブラック

「ふむ、そう言われると余計プレッシャーがかかるな。まあ皆も慌てることなく事を進めるといい」


作者

「ではでは、また長き後に」

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