軍神アレスと最初のお仕事
どうもぐらみすです。
今回から融希のお仕事が始まります。
追記:今回の話の中に、「朱殷色」という色が出てきますが、これは、時間の経った血のような暗い朱色の事です。
「ふー……。」
と、ベットの上で長く息を吐く。
あの後、アテナに宮殿内をひと通り案内してもらった俺は、与えられた部屋に入るやいなやベットに倒れ込んだ。
どうやら俺は、相当疲れているらしい。まあそれも当然だろう。一日にこうも色々なことに起きられては、疲れるに決まっている。
「……このまま少し寝るか。」
窓の外では陽が沈み始め、既に辺りををオレンジ色の光が包んでいる。
俺は目を閉じ、身体の力が抜けていくのを感じながら眠りについた。
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コンコン、という控えめなサウンドが、俺を眠りから覚めさせる。
外を見ると、空は濃紺に染まっていて、月明かりが部屋に淡い陰影を映し出していた。
どのくらい寝てたのだろう、と考えていると、再びコンコンという音が響く。
「……融希、起きていますか……?」
そして甘く澄んだ声。
どうやらアテナがドアをノックしているようだ。
俺は素早くベットから降り、扉の前まで歩いていく。そしてドアを開けると、そこにはやはりさっきと変わらない姿のアテナがいた。
「ごめんごめん、今起きたとこ。」
「いえいえ、ゆっくり休めたようで何よりです。」
と、アテナが微笑む。
天使のようなその微笑に思わず見とれてしまいそうになるが、どうにか堪え、話の続きを促す。
「で、何か用でもあるの?」
「用もなにも、夕食の時間ですよ。」
「あぁ……なるほど。」
そういえば朝から何も食べていないんだった。という事を思い出した瞬間、強い空腹が俺を襲う。
「で、飯って何処で食うの?」
「さっき食堂にも案内したではありませんか……」
「あれ、そうだっけ。」
必死に記憶を引っ張り出そうとする俺に、いつの間にか歩き出していたアテナが「早くしないと先に行っちゃいますよー!」と声をかける。
「ああっ!置いてくなって!」
どこかで聞いたやり取りだな……と思いつつも、俺はアテナの後を追った。
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数分後、俺とアテナは途轍もなく広い食堂にいた。
長さが20mはあるかという巨大なテーブルが3列も並んでいるその光景は、なかなかに圧倒される。が、俺はこの景色に見覚えがある。
「……確かにここ案内されたわ。」
やっと思い出す事に成功してから辺りを見回すと、既に多くの神が食事をしていた。
とりあえず近くの席に腰を下ろし、料理が出てくるのを待つ。
すると、アテナが俺の隣に座り、「コール!」と唱えた。
え、なにそれ。と、俺が口にしようとしたその時、アテナの目の前の卓上に音もなく様々な料理が出現する。
な……なんだよそれ!!
衝撃を受けて固まる俺に、アテナが早速サラダをついばみながら問いかける。
「どうしたのですか? 融希も早く"呼ぶ"のです。あ、もしかしてお腹が空いていないとか……?」
いや、違うんだ。お腹は空いてる、めっちゃ空いてる。でも……。
「……どうやってんだよ、それ。」
この世界での自分の無知さにうんざりしながら、俺はそう呟く事しか出来なかった。
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「ふー。食った食った……。」
と、お腹をさすりながら言う俺。
その横で、少し遅れてアテナが食べ終わり、「ごちそうさまでした。」と手を合わせながら言った。
あの後アテナから"呼び"方を教えてもらった俺は、無事に食料にありつく事が出来た。
……曰く、自分の食べたい料理や食べ物を思い浮かべ、「コール」と唱えるだけでそれらが出現するらしい。まったく……便利な世界だ……。
などと俺が考えていると、いきなりガタン!と、音を立ててアテナが立ち上がる。
「おい、いきなりどうした?」
と、俺も立ち上がりながら問うが、彼女はそれには答えず、代わりにじっと横を睨んでいる。
アテナの視線の先を見ると、朱殷色の鎧を纏った剛毅な顔立ちの騎士がこちらに向かって歩いて来るではないか。
なんだかヤバそうな雰囲気を感じて、俺は数歩後ずさる。
朱殷色の騎士は、アテナの目の前まで来ると、まるで見下すかのように(まあ身長的に見下す形になるのは仕方ない事なのだが)野太い低音でこう言った。
「アテナよ、この度は人間風情の補佐役に任命されたと聞いたが?」
「……だとしたら何なのです。」
「フン! 知恵の女神も落ちぶれたものだな、と思ったというだけの話だ。」
こいつ……神世界ではトップクラスの地位のアテナになんて口をきいているんだ。まあ俺も人の事は言えないんだが……。
「……口を慎みなさい、アレス。それにあなたには関係の無い話です。」
アレスだって!?
アレスと言えば「城壁の破壊者」という二つ名があるほど残忍で粗野な戦いの神だ。
アテナとアレスは仲が悪かったというのは知っていたが、まさかここまでとは……。
そんな事を考えている内に、両者の圧力に耐えかねたかのように、アテナとアレスの間でバチバチとスパークが弾け始める。
「なんだなんだ?」
「またあの二人かよ。」
「お、一戦始まるか?」
と、周囲の神たちも続々と集まってくる。
互いのボルテージも極限まで高まり、今にも戦いの火蓋が切られそうだ。
が、それを止めるのが俺の与えられた仕事であり、今俺が天界にいる理由の全てだ。だが……
「おい! アテナ! やめろって!」
と、言ってもこちらの言葉が耳に入っていないのか、全くやめる気配がない。
……こうなったら、少々手荒いがもうこれしかない。
俺は、アテナの襟首を片手でグッと掴み、そのままずるずると引きずっていく。
鎧を着ているとはいえ、アテナは相当軽かった。
「きゃぁっ! やめるのです融希! 放してくださいっ!」
と、悲鳴を上げながらアテナが手足をじたばたさせるが、無視して引きずり続ける。
そして、呆気にとられるアレスと神々の群衆を取り残し、俺らは食堂を後にした。
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「どうしてあんな事をしたのですか!」
結局俺の部屋の前まで引きずられる事になったアテナが、廊下にぺたんと女の子座りをしながら上目遣いでこちらを睨んでくる。
「お前が俺の言葉を聞かないからだろ! あの時素直に引き下がっていればこんな事にはならなかったんだぞ!」
「で……でも!」
「でもじゃない! 第一、揉め事を解決しなきゃいけない俺のサポート役であるお前が揉め事を起こしてどうする!」
「それは……あのっ、その……そう! 融希が明日からしっかり役目を果たす事が出来るかどうか試したのです!」
「はいはい、知恵の女神ならもっとマシな嘘つこうな。」
「うぅー……」
俯くアテナを見て、少し言い過ぎたかなと思いながら恐る恐る口を開く。
「ま、まあこの世界の事とか全然分からない俺を助けてくれてるのは感謝してるけどさ……。」
「ふふん…… やっと私の大切さに気づきましたか…… ほら、もっと褒めてくれても良いのですよ!」
と、少しフォローしただけで顔を綻ばせ調子に乗り始める。
この女神、実にちょろい。
その後、俺とアテナは明日の事について少しだけ話し、おやすみなさいと別れを告げた。
どうやら明日はアテナが部屋まで迎えに来てくれるらしいので、俺はゆっくり寝ていて良いそうだ。
スタスタと歩いていくアテナの後ろ姿を見てかなりの不安を覚えるが、まあ流石にそれは心配しすぎだろう。
俺は、アテナがしっかり起きられますように、と願いながら自室のドアを開けた。
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