マシンガン・トカゲ・トーキング
絶滅危機にある生物を見つけたらばM31銀河系内どこへでも、どころか系外も含めてどこまでも出かけて鹵獲し乗船させてしまうのが、うちの船長の困ったところだ……ここまで言えばわかるだろ? 船長のビョーキに近い蒐集癖の、今回の犠牲者が、あんた、ホモサピエンスのメスというわけさ。そうそうオスはもう残っていなかったんだ。残念だったなあ。いや残念でもないか? 少なくともあんたは絶滅しなかったんだ。喜ぶところだ。
うん? 生き残りの話? いない、いない。嘘はついてないよ。しばらくは安全空域からモニタリングしてたのさ。まあすごい勢いで減っていったよなぁ。感染経路は……身体的な飛沫感染のあと、ネットワーク感染でジ・エンドだったか。惑星半径に迫るハリケーンが出たのも良くなかったな。バグった皮下ナノマシンがまき散らされて、あっという間に電子スープ行き。運が良ければ旧式物理サーバにブロック単位で圧縮管理、電脳世界にお引越しと相成るわけだが、さすがにそれはもう生命体とは言えねえなぁ。だからこそ今回の回収対象になったわけだが。あんた、よく助かったなあ。いちおう型を取ったときに検査もしたんだが、一次接触なしネットワーク汚染なしのきれいなカラダだったよ。そういえば寿命はどのくらい消化してたっけ? ああ、そうだ、半分の半分だったね。あんたは、生命活動継続時間に限りがあるというのに、その四分の一を、シェルターに隠れて、誰とも触れ合わずに生きてきたってわけだ……ククク。もったいないことするねえ。いや、いや、皮肉じゃないよ。おかげさまでこうして箱舟の乗船資格を得たわけだからな。
そう箱舟だ。
船長はのべつまくなし適当にレッドリストを集めているわけじゃあないんだ。宇宙の膨張が逆流してもこの船だけは沈まないように、あれこれ手を尽くしているって話だ。実際、船の外壁は(聞き取れない)合金で固めてる。そして、船の中は、ここだけで完結したエコスフィアになっているんだ。あんたはまだこの船の中を見て回ってないからわからないだろうが、第九層にいる(聞き取れない)と(聞き取れない)の奴らは見ものだぜ。互いが互いの体内でしか精製できない栄養分を喰いあって補ってるんだ。共食いも理性的にやりゃあできるって証明さ。そういえば、繁殖力が強かったり、交雑に優れていたりするやつも集めてるな。共生関係になれそうな組だって探してるらしい。……つまりホントに箱舟を作る気なんだ。おかしな奴だよなあ。あの船長。なんだっけか、(聞き取れない)って種族はみんなああなのかね?
さっきからどうした?
声がよく聞こえない?
翻訳装置がはたらいてないのか。ふうん、固有名詞の変換がどうにも……ちょっと貸してみな。なんだ、悪いようにはしねえよ。設定が脳波にあっていないんだ、たぶん。ほら動くなよ。神経は繊細なんだから……痛かったら叫んでくれ……これは聞こえるか? おれの名前、(聞き取れない)……。(聞き取れない)……(聞き取れない)……ぅわっ、汚えなぁ、いきなり。なんだこれ? おい(聞き取れない)! ちょっときてくれ、新入りがいきなり体液を……わかってる、怒鳴るなよ! こんな簡単に分泌するとは思ってなかったんだって……ああ、気を付ける。ちゃんと面倒見るし。バカ、かじったりしないって……。おぉ、タオルありがとな。助かるぜ。また何かあったら頼む。しかし驚いたな。こんな簡単に体液って出ちまうものなのか?
さあ拭き取れた。悪かったな。
で、調子はどうだい?
聞こえるようになったか? 聞こえたら復唱してくれ。(聞き取れない)、おれの名前だ。
ん?
まだ聞こえないのか? もしかして聴覚器官の問題か? 改造か……あんまりいじりまわすと保護した意味がなくなるんだよなあ……まあおれの名前はいいや。固有名詞以外は通じるみたいだしな。そうそう、さっき通りがかったイカツイ奴はM83星雲出身の(聞き取れない)。この船に乗って長い、古株だから、わからなかったり困ったことがあれば聞いてみるといい。たとえば、あんたと繁殖可能な種族がいるのか、とかな。……ってまた汚えもん出しやがって! そんなに簡単に分泌するなよ、どうなってんだオマエの種族は。だいたい、鱗も体毛もぜんぜんなくて、なんで平気なんだ。最初はストレスで円形脱毛が進行しちまったのかと思ったぞ。なに? オマエのほうこそどうなっているかって? ははは、おれは見てのとおりさ。氷惑星の出身だからな、そんなしょっちゅう漏らしてたら凍結しちまう。ほら触ってみな。鱗も関節も硬いだろ。冬の間は、これで硬い岩盤に穴掘って寝てるのさ。夏になったとき、どこに泥の間欠泉が吹いて、どの大陸が沈むのか、計算する夢を見ながら……。
帰りたいと思わないかって?
帰るって、故郷の氷惑星にかい? 全部、泥に沈んじまってるよ。特大の潮汐でなにもかもぶっとんだ。今更戻ったって、なんにもないよ。
てことは、じゃあ、あんたは、帰りたいのか?
帰って……戻ってどうするんだ? あの惑星にもう生身の肉体をもっているホモサピエンスは誰もいないぞ。一人も、誰一人も。あんたたちはパンデミックに患って、電脳世界に種族ごとシフトしたんだ。さびしんぼうのあんたが一人戻ったところで、肉のクビキを逃れられるかな? グズグズに溶けた死骸を抱きしめてバグったウイルスのおこぼれを拾えるのかな? できないだろうなあ。あんたは自分の種族が嫌いなんだ。じゃなけりゃ定命の限られた時間の半分の半分を、誰とも触れ合わずに過ごそうなんて思うものかい。すぐ体液をこぼすくらいに脆いやつなのに、おれのギザギザの鱗には平気で触れるんだ。勇気はある。顔も、まあたぶん、いい形をしてる。それだけなら、とっくにつがいを作ってバンバン卵を産んで、地下に埋めまくってるだろうよ。よほどの潔癖症で、他人が怖くて憎くでもなけりゃあな……ってオイオイ、なんでまた、今度は笑いながら体液を出してるんだよ……。なに、自分たちは卵を産まないって? そして地面にも埋めない。
……ああ、そう。
もういいから、とにかく、体液ふけ。
まったく見てらんないよ。