補充人員
片道3日の道中は比較的平和だった。何でも乗合馬車には、モンスター除けの加護が掛かっているらしい。
おかげで周辺にどんなモンスターが生息しているのか不明のまま街に着いてしまった。
そうだ!こんな時は世界のしおりって、何も書いてねえよ・・・。
白地図になってる世界地図に街の名前が追加され、その下に街の詳細が載るページの記載があったが、捲ってみても案の定、『地名:トーカ/カナイの村より東へ3日の場所にある街』という俺の知識まんましか載って無い。
俺の脳みそと同期にしてどうすんだよっ!メモか?こいつは自動メモ帳か?!
しょうがないので、街に近い所から行動円を徐々に拡大しながらモンスターの種類やレベルを確認していくことにする。駆け出しの冒険者なんて、所詮はこんなものだ。心踊る冒険とか、夢のまた夢。死なないようにレベルを地道に上げて行くしかない。
1ヶ月後。
他人の、それもただひたすら地道にモンスターを作業的に倒す描写は、面白みもないだろうから割愛する。
結果だけ言うなら、レベルが20に届き、冒険者としては旅をしながら依頼をこなすことで、生計を成り立たすことができる程度になった(ギルドの冒険者のレベル目安表より)。財布はまだ装備を揃えて無いから若干暖かい。それというのも、初期装備の剣はあんなのでも神がくれた物というべきか、手入れを全くしていないにも係わらず、刃こぼれ知らずの汚れ知らずの経済的な剣だったから。
これって鉱石とか魔力付与とかで追加加工できんのかな?
そうゆうのができるゲームでは、店売りよりも優秀なものになるのが常だからできたらありがたいんだけど・・・。
あ、でもMAXまで鍛えた途端襲って来る恩知らずな刀がいた。こいつも神から渡された物だし、あまり期待も信用もしちゃいけないかもしれない。
まあとにかく、異世界に来てから2ヶ月と一週間、やっとまともに冒険者と名乗れるレベルに来たわけだ。
勇者オプションは全く解放されてないんだけどなっ!
『仲間補充 アトラスノ酒場ニ 来ラレシ』
電報かよっ!
朝起きたらこのひと月の拠点になっている宿屋の部屋の壁に文字が浮かんでいた。いくら神だからって、業務連絡を公共の施設に壁に書くのは如何なものか。
この壁聖別とかされないよな?
「それにしても・・・仲間、ねえ」
正直もうソロでもいいって気がしている。一人でここまでレベルを上げた関係で、一から連携考えるのが面倒くさいし、絶対何かあったら置いて逃げる自信がある。
敵前逃亡は当たり前。例え先手必勝とばかりにこちらから仕掛けていても、勝てんと思ったら全力離脱がキャッチコピーだ。卑怯、腰抜け、何とも言われようと痛くも痒くもない。
さて、どうしたものか。
悩んだ末、結局指定された酒場に向う。
指定されていた酒場は最近良く行く店で、今日も夕飯はそこに行こうと思っていたし、会うだけは会うかとの結論に至ったのだ。話して合わなければその場でさようなら。俺は世界救っとくから、あなたは異世界ライフをお楽しみください、だ。悪い条件ではないだろう。
伝言に時間の指定は無かったが、指定された店は夕方からしか開いていない。まさか店の前で待ち合わせもないだろうと、開店までの時間はいつも通りレベル上げに勤しみ、戦利品を換金してから夕食がてら足を運んだ。
「あ、マレ!何かお客さん来てるにゃよ~」
店に入れば顔見知りになった給仕のトウラが早速声を掛けてくれた。彼女は綺麗な茶虎柄と金色の目が可愛い猫人だ。
カナイの村と違い、トーカの街には多種多様な人種が行き交っている。向こうじゃ獣人と呼ばれる二足歩行のアニマルな人種も多い。
そして、この世界に来て初めて神に感謝したのが、猫人の存在だ。名前から分かる通りの猫の亜人なのだが、猫好きの垂涎の二足歩行の猫様。
自慢じゃないが俺は人間の顔より猫の顔の方が覚えが早い。
「ああ、分かった。後、良かったらこれ」
トウラに返事を返しつつ、手にしていた袋を渡す。
「うにゃっ!木天蓼にゃ!良いのかにゃ!」
「外に出た時に見つけたやつだから、品質は保証できないけどな。それで造るんだろ?木天蓼酒」
レベル上げに行った先で見つけ、こっちでは木自体を酒に付けると話していたのを思い出し、一枝折ってきた。
「ありがとーにゃ~。自生してる木天蓼はめったに手に入らにゃいから嬉しいにゃ」
喜んでもらえて何より。
俺も嬉しそうなトウラを見れて幸せ。今度日向ぼっこに誘おう。
そんな事を心のメモに書き留めながら、案内された席にたどり着く。
「相変わらず、猫には愛想全開やな」
「!!」
あの爺様はサプライズが好きなのか、それとも遠回しに俺の心臓を止めてを亡き者にしたいのか。
「・・・先、輩?」
「おう、補充人員やよろしゅうな」
爺様が用意した仲間は事も有ろうに、大学のサークルで世話になってた先輩だった。
亀谷千寿、大学の一つ上でサークル「猫会」で知り合い、こっちに来る前までは一応先輩とは呼んではいたが、学年差などどこかに放り投げ一友人として意気投合していた相手だ。
まあ、実家が大手猫カフェチェーン店を展開しているという、妬まし過ぎる点を除けば、だが。
そんな彼がなぜ異世界の酒場に居るのか。自分がこの世界に来た経緯を考えると、凄く嫌な予感しかない。
「いや実はな、トラックに轢かれてん」
あんたもかいっ!
何なんだよ、トラックって召喚装置なの!?
「んで、異世界召喚のテンプレなぞって、神様ちゅう爺様から先に行っとる勇者助けたってえ言われて今ここ」
断ってもどうせ即死やろし勇者が誉やって聞いたから、来世行くよかせっかくやし異世界行っとこかって。
「マジ、か・・・」
あっけらかんと答える先輩の、どこまでも聞いたことのある話しが耳に痛い。
先輩、それ詐欺ですよ。異世界召喚詐欺にあってますよー。
被害者勇者に仲間が増えたって、被害者の会にしかならねえな。
思うところは山ほどあるが(主に爺様に対して)補充人員が先輩なら断る理由は無い。飲み物を頼み、席に座る。
「お互い短い人生やったなあ・・・」
「本当、まだ大学生だったのに。って先輩、俺こっち来て2か月なんすけど、向こうで俺の扱いってどうなってました?」
「ん?どうって、なんも。誉とは昨日猫会のミーティングで別れたのが最後やから、こっちと向こうじゃあ時差があるんかもな」
なる程、俺が爺様に拾われた原因の事故にあったのが、ミーティングの帰りだから、こっちの2か月経は正味向こうで1日経っていないというわけだ。
まあ、帰れるわけではないからいらない情報か。それよりも・・・。
「うわーつまり2日連続で部員が事故死って、俺たちのせいで廃部になったらどうしよう」
「あー、それは俺も思た」
来年の新入生獲得は難しいな。ほんとごめんよ、みんな。
などと二人して、暫し現実の世界崩壊よりもサークルの存続を心配していたら、飯まで喰い終わってしまった。
そろそろ本題に入ろう。
「ところで先輩、召喚チートとかどうなってます?」
そう、絶対確認必須なこの項目。勇者の俺が無双できない関係上、仲間に期待するしかない。
「あー・・・実はな?俺一応ジョブ的には賢者様やねん」
言いよどむ先輩。目が泳いでる。
「うん、それで?」
「この世界のありとあらゆる魔法は使えるし、錬金術的なこともできんけど」
「けど?」
先輩の目はさらに泳ぐ。
「・・・レベル足りんで使えへんかった」
「先輩、神狩りに行きましょう」
やっぱりなっ!どうせこんなこったろうと思ったさっ!!
項垂れてしまった先輩に俺は笑顔で告げ、脳内で古今東西神殺しの神話やらゲームやらの知識の引き出しをひっくり返す。
何、地球にはそんな話いっぱいあるから、一つずつ試していけばきっとどれかで仕留められるはず。
「え?その反応って、もしかして誉もかいな」
「ああ、あのクソジジイのせいで名ばかり勇者。現状勇者オプション皆無の冒険者止まりっす」
「・・・大丈夫なん?俺ら」
「死んだら世界の肥やしになって、一時的に崩壊が止まるそうです」
「何それエグっ!!」
ですよねー(棒読み)。
「まあ非常事態の安全装置的なもんらしいですけど」
でも生贄ってことには変わりない。
「来世行った方が良かったかもしれんなあ・・・」
ため息をつく先輩は2か月前の俺だ。
この世は理不尽と不条理と神の碌でもないうっかりでできている。
「思うとこもあるかと思うんですが、なんでそんな中途半端なことになったか聞いていいすっかね」
しかし後悔などは時間の無駄。先輩には悪いがさっさと話しを進めよう。
「誉・・・もう少し浸らせてえな」
「そんなん無駄ですよ、きっとこの先もっといろいろ出てきますから」
何が?理不尽と不条理とうっかりが!特にうっかりが!(大事なことなので2回言う)
「なんや適当そうな爺様やったもんな・・・」
「最近物忘れも激しいらしいっすよ」
そのおかげで世界が崩壊しかけてる。
「できればそれは聞きたなかった」
ついに先輩は頭を抱えてしまった。
結局先輩が再起動できるまで暫しかかり、俺はその間ひたすら杯を開けていた。
つまりはヤケ酒。
頭数は増えたが、現状のチート封印縛りプレイ続行なのだ。飲まねばやってられない。
「すまん、誉。再起動した」
「お帰りなさい、では早速説明頼んます」
「爺様曰くな・・・」
先輩の説明によると、膨大な魔法を含む知識を入れた状態で先輩を召喚するにあたり、こっちでの器(体)にインストールは可能だったがそれを使用するほど空き容量が無い状態だったそうだ。で、その空き容量を作るための拡張業務=レベル上げになるという。
「つまり、俺となんら変わらない・・・」
「いや、誉よりましやで?魔法に関しては自分が何ができるかは分かっとるから」
そうですね。俺は自分にどんな勇者オプション付いてんのかも知りませんね。
「ちなみに現状レベルは?」
「1に決まっとるやん」
ですよねー(棒読み)。
聞くまでもなくわかっていたことだが、やっぱりダメージは大きかった。
やっと冒険者らしいことができるようになったというのに、俺の旅立ちはまだ先のらしい。