勇者は村を追いだされた
結局、勇者オプションの設定が変わらなかったせいもあり、俺は一月経った今も、最初に拠点にした村(カナイという名前らしい)に居た。
やってる事も相変わらずで、兎や猪型のモンスターや、動く植物モンスター相手を生態系を壊さんばかりに狩りまくる。因みにこのモンスター、倫理破綻の影響でいくら狩っても絶滅とかは無いらしい。本当にどこまでもゲームの様な世界だ。
ゲームといえば、旅の必需品の不思議ポーチもなかなかの仕様になっている。物を取り出す時はポーチに触れると中身の一覧が視界に浮かぶ。これから出したい物を選んで、ポーチに手を入れれば出てくる。しかも、薬草とか入ってるのが確実な物は、それを強く思い浮かべて手を入れたら画面選択不要の便利さ。これは戦闘中に大いに助かった。
そんなある日。
「ねぇマレ、いい加減街の方へ移動してみたら?」
いつも通り獲物の買い取りを依頼している最中のことだ。リリが世間話ついでに提案してきた。
「移動かー・・・」
「ぶっちゃけもうこの辺じゃあ経験値も入らないでしょう?」
「確かに一匹ではもう雀の涙だけど、そうなったら数こなせばいいし?」
一匹で1経験値でも、100匹狩れば100経験値だ。生態系に異常をきたさないなら全く問題無いな。
だからもう少し滞在すると答えた俺に、リリは遠まわしに言っても無駄と判断したように、盛大にため息をつきいた後一気にまくしたてた。
「数ってねぇ、そりゃあこんだけ狩れば経験値もそれなりに入るでしょうよ!でもね、もううちみたいな辺境ギルドだと買い取り品の本部輸送が間に合わなくて、倉庫からあふれそうなのっ!」
あらま。そういやどこで保管してんのかまったく気にしていなかった。
いくらゲーム的な素養の強い世界でも、何でもかんでも不思議空間に収納というわけにもいかないらしい。現に不思議ポーチにも収納限界がある。連日100匹ずつ増えたらパンクもするか。
「それは・・・すまん。さくさく狩れるからついやりすぎた」
リリの言うことももっともであり、迷惑をかけたようなので素直に謝っておく。
謝罪の言葉に少し落ち着きを取り戻したらしいリリは、再びため息をこぼしカウンターに頬杖をついた。
「・・・それに、そんなにさくさく狩れるレベルなのに、なんでこんなとこにいつまでもいるのかも不思議よ」
「え?だって怖いじゃん」
「・・・」
確かにレベルは上がったがまだ二桁に届いたばかり、金銭的余裕はできたができればもう少し上げておきたい気もする。希望レベルは20。
なのにリリはこいつ何言ってんのって目で見てくる。
「マレ君?この辺りの推奨レベルっていくつか知ってる?」
「8~10?」
「3もあれば十分じゃーっ!!」
正直に自分の感覚で答えたら、ちゃぶ台返ししそうな勢いで怒られた。解せぬ。
「だって3だと、とりあえず4~5撃しないと大猪死なないんだぞ?」
それってすっごく怖い。怒り狂った猪相手にそんなに向かい合っていたくない。
確実な一撃必殺、どこにあたっても余波で仕留められるレベルが無いと不安だ。
「十分でしょうが!?なんでそんなに臆病なの!?」
リリが信じられないと叫ぶ。
俺にとってはリリの常識が信じられない。現代社会で平和ボケしてる日本にとって、野生動物はマジ恐怖。しかも猪とか、向こうでも車やはては電車に喧嘩売る奴らだぞ?そんなの下手に手負いにしたら危険すぎるだろう。
リリはその辺の危機感が薄いようだったから、いかにその考えが危険かを説明したが、「マレ、今日街へ行く馬車がそろそろ出るから行ってらっしゃい。気を付けて!」と、乗り合い馬車のチケット(もちろん餞別ではない。代金は買い取り代金から差し引かれた)を笑顔(目は笑ってない)で有無を言わさず押し付けられた。
ちなみにこの馬車を逃すと、本日宿は満室、酒場兼食堂は貸切だから泊る所も食べる所も無いらしい。この一か月、宿は俺以外泊ってる人見たことないし、酒場兼食堂も村の人の利用だけで結婚式とかそういった慶事でもないと貸切りにはならないと前にリリ本人が話していたのだが・・・。
きっとそこを指摘しても無駄だろう。リリ様の理不尽なお怒りは静まりそうにないので、俺はうず高く積まれた大猪とリリに見送られしぶしぶ次の街へ移動するための馬車に乗るため、乗り合い所へ向かったのだった。
マレの姿が扉の向こうに消えた後、リリは何回目になるか分からないため息をついた。
「兎もどきならまだしも、連日大猪100匹とか・・・」
今もうず高く室内に積まれているそれは、どれも一撃で仕留められており、毛皮も傷が少ない為高値が付くことが予測される。
「これだけできて何が怖いんだかねホント、あの坊ちゃんは」
ひと月前にふらりと現れた青年は冒険者制度もギルドも知らなかった。
この村は一番近い街からも馬車で最低3日はかかる場所にある。なのに、マレはまるで気まぐれに散歩に出たような小奇麗な格好で徒歩で村にやって来て、それだ。
ちぐはぐすぎる印象がぬぐえず、初めは警戒もした。今でも、慎重すぎる姿勢や世間ずれしているところが違和感となっているが、悪い人間ではないのは分かった。
「まあ、そのうち聞く機会もあるかな?」
なんかそのうちひょっこり戻ってきそうな予感もある。聞きたいことはその時聞けばいい、きっと今は教えてくれないだろうが、その時なら話してくれそうな気がしたのだ。