一週間後の真実
大猪を一撃で撃破できるようになった後もHPに余裕があった為、結局拠点の村の戻ったのは夜が明けてからになった。
この辺りでは大猪が一番手ごわいから、下手をしない限りもう即死の恐怖におびえる必要はない(多分)。本当に最初の3日間は生きた心地がしなかった。
あの衝撃の召喚地点から、後割と近くに村を発見し現在もそこを拠点にレベル上げに勤しんでいる。
何せ勇者といえども名ばかりで、実力もステータスも伴わない一般人より少しましな程度なのだ。
初期装備も、さすがに武器は樫とか檜とかの棒ではなく鉄製の剣だったが、服装は本当にただの服(旅用ではあるらしい。村人の普段着より耐久性はありそうだった)とブーツと外套、某狩猟ゲームの狩り人御用達のポーチ的なポーチ(見かけによらず結構入る。
この世界では一般的な旅行用品)とアイテム少々(薬草5つが入ってた。食べれば回復はするが、見た目も味も雑草以外の何物でもない)、後は財布に200G(単位はG一種類)。所持金があったのはありがたかったが、村の宿屋で1泊50G(朝夕食事つき)なのではっきり言って雀の涙。
だから早々にモンスターを倒して金銭を稼がなくてはならなかったのだが(モンスターを倒すとその肉やらなんやらは買い取りしてもらえると村についてすぐの情報収集で知った)、ここで最初の問題に返ってくる羽目になる。そう、俺のレベルはあくまで1。
初日はなるべく風下から弱そうなモンスター(兎っぽい草食べてるやつ)を何とか倒すことに専念して終わった。
そこで判明したのが、勇者補正とチートは皆無でもこの世界の一般人よりは少しましな運動神経と体力が備わっているらしいということ。とはいえそれ自体は珍しいわけではなく、この世界に一定数そういった体質の人は居るそうだ。
そしてその人たちは、えして騎士や冒険者、傭兵とか呼ばれる職業の人に多いらしい。むしろ、一般人より少し基礎体力とかあるからそういった仕事についてる感じ。
おかげで平和のぬるま湯にどっぷり浸かっていた俺でも、最弱とはいえ兎もどきのモンスターを倒せた(解体はできなかったのでひたすら丸ごと持ち帰った)。
「あ、お帰りなさい。結局一晩中外にいたの?」
村に戻ると一直線に、村唯一の宿屋兼酒場兼ギルド(そうこの世界には冒険者ギルドが存在する)に向かう。寝るにしても換金するにしてもこの施設に行くしかない。
仕留めたモンスターは冒険者登録している者から、持ち運びできるサイズなら丸ごと、大きなものとかだと換金率の高い部位だけとかでギルドが窓口になって買い取ってくれる。
しかもいつお亡くなりになるか分からない職業のせいか、結構簡単な登録で冒険者になれると聞き即日登録した。こんな世界でも身分証明書はきっと大事。
名前は真名とかの概念が有ると怖いので『マレ』だ。
「やっとこの周辺では死なない程度になったから、遅れを取り戻そうと思って」
ポーチから兎もどきを20羽近くと二つに分かれた大猪を引っ張り出し(明らかに入り口と物のサイズが合ってないのに、なぜか入るし出せる不思議)。買い取り窓口に並べながら答えると、このなんでも施設の総合受付嬢のリリが苦笑いする。
「遅れって、普通たった一週間で大猪を一撃で倒せるようにはならないって」
「そうか?」
「まあ、マレみたいなやり方したら、もしかしたら・・・なのかもしれないけどさ」
総合受付嬢というだけあり、リリには宿の宿泊からこうしたギルド関係のこと、モンスターのことなどそれこ一から十まで教えてもらった相手だ。困ったらここに行こうみたいになってる。
何せあの爺様は、この世界のことを何一つ教えずに去って行ったからな。
チュートリアル勝手にスキップさすなよ・・・。
「世間知らずのボンボンがまさかこんなに育つとはね~」
リリはこういった言動から多分年上だと思う。でも確かめるのはなんだか地雷な気がするから、本当のところは分からない。
別に、情報くれるなら機械でも良いし。検索エンジンとかでも可。むしろそういったツールが欲しい。
「おかげさまで、何とかなってます」
「その余裕が死を招くってね、気をつけなよ。はい、これ買い取り金額500G」
兎もどきが一羽10G、大猪は1頭300G。両方とも食用なので買い取り額はそれ程高くない。
「ありがと。で、今日からとりあえず3日間宿泊希望なんだけど」
「了解。ご飯はいつも通り昼無でいい?」
リリの確認に頷き、出された宿帳に記入する。
「この後はどうするの?部屋は空いてるから今から使ってもいいけど」
「助かる。もう眠気が限界」
レベルが上がったとはいえ、外で寝るのは自殺行為。その為帰らないと決めた時点で必然的に徹夜も決まる。
「じゃあこれ鍵ね」
「サンキュー」
鍵を受け取った俺は早々に部屋に引きあげたのだった。
部屋に入ると着替えもそこそこにベッドに倒れこむ。
本当に何がレベル上げを楽しめだ、いきなり異世界に放り出されてそんな余裕があるってどんな強者だよ。こちとら軟弱な平成日本男児だぞ。勇者させるならそれなりの・・・。
ん?なんか引っかかった。何だ?
「ああっ!そもそも勇者の仕事内容聞いて無い!?」
チュートリアルどころじゃない。
なんで世界が滅びるのかも、勇者(生贄説あり)の役割も何にも聞いて無い。
「ジジイ!!見てるなら応答しろ!おーいっ!」
まさかの事実に、虚空に向かって声をかける。今回は返答があった。
『なんじゃ、朝っぱらから。ご近所迷惑じゃぞ』
いや世界が滅ぶことに比べたら、多少の騒音ぐらい問題ないだろう!
「そんなことより、俺の役割!勇者の仕事内容の説明!」
『・・・おおっ!すっかり忘れとった』
やっぱりか!!
最初の時も思ったけど、この神大丈夫か。こんなのが世界司ってるから滅びかけてる気がしてしょうがない。
『いやー、悪い悪い。まあ一週間もったし話しても大丈夫かの』
「・・・」
大丈夫って、何が?一週間もったって、何?
嫌な予感しかない。きっとろくでもない理由だ。
『世界が滅びるのを止めるには、①勇者の魂が世界の肥やしになる、②勇者が不具合起こした世界の論理を訂正する、の二択じゃ』
「は?」
今なんつった?特に①。
『神的にも、①はなあ・・・。死ぬ予定の魂連れて来とるといっても倫理観的にも対外的にも体裁悪いし、結局不具合はそのままじゃから応急処置的なもんにしかならんのじゃ。ま、不慮の事故で敢え無くって時の救済措置じゃな』
のんきに答えてくれちゃってるが、それ生贄エンドじゃんっ!
知らん間に乗り越えてたようだが、釈然としないし、納得もしない。断じてしない!
「おい、ジジイ」
『なんじゃ?』
「そんならなんで、勇者オプションを最初から全開にしないんだよ!下手したら初日数時間でバッドエンドじゃねーか!!」
虚空に向かって吠える。
さっきの言い方だと、勇者が死んだ場合多分世界が滅びるまでの猶予ができるのだろう。つ・ま・り、その稼いだ時間で新たな勇者を呼ぶシステム。
使い捨ての勇者って、ピ〇ミンもビックリなブラック仕様。
これまでのゆるしょっぱい空気が一変、シリアスモードだ。
『いや・・・まあ、その・・・なぁ。理由聞いても怒らん?』
「事と次第によっては神殺しの異名を取りに行く」
実際は無理だと思うが、この怒り伝える為にわざと過激な返事をする。
『勇者が善良な老人を脅しよるう』
「ジジイのか弱いアピール、マジうざい」
『うっ、やっぱり娘の方がいたわりとかそういった成分の持ち合わせが多かったんかのう。こんな冷たい部下嫌じゃあ・・・』
うざい。うざ過ぎる。
オ〇クル細胞埋め込んだ生体武器とか欲しい。この爺様の場合「ウザガミ」だけど、多分倒せる気がする。ゴットをイートする特殊部隊にマジ志願。
「せ・つ・め・い!」
『・・・実はの?』
「実は?」
『最近、本当に物忘れが激しくなっとてなあ、①のことをすっかりぽんと・・・』
は?
『実は論理がおかしくなったのも、定期更新をうっかり忘れてそのまま気が付いたら、次の更新時期でのう。さすがに百年単位でほっといたらの、まあこの様じゃ』
「・・・俺、来世行っていい?」
うん、もう現世に未練ないわ。ゴートゥー来世。明るい未来が待ってるぜ!
『え?いや、だめじゃろ。てか何そのかわいそうなものを見る目、怒られるより儂大ダメージ!?』
俺の生ぬるい笑顔に爺様は慌てだすが、もう本当にいろんな意味で終わってる世界に召喚されてしまったようだ。
その後さんざん話し合いもとい、交渉し脅迫し相手の痛いところを突きまくったが結局勇者オプションの設定はいじれず、初期設定どおり地道にレベルを上げて解放するしかなかった。
まあ、今後は俺が不慮の事故とかでお亡くなりにならなければいいことだ。一瞬輪廻の輪に戻りたくなったこともあったことも確かだが、むざむざ世界の肥やしになる気はない。
新アイテム『世界のしおり』も手に入れたしな。
これは、この世界の大雑把な地図や簡単な年表とかと一緒に、一般常識的なものも載っているの優れもの。地図や各国の年表などは俺が行ったり、見聞きしたら自動で追記されるという不思議アイテム。世界に一つしかない神特性の逸品だ。
「なのに、ちっともありがたみが湧かないこの仕様。わら半紙にホッチキス留めって、学校の修学旅行のしおりかよ」
そしてやはり知識も情報も結局自分の足で稼ぐしかないのもこの世界の仕様らしい。
爺様曰く、世界を巡って破たんした論理の訂正し正して行くのが勇者のお仕事とのこと。論理が破綻した個所には破綻した論理が具現化した『魔物』という存在が巣くっていて、要はそれを力でねじ伏せ無理やりでもこちらの言うことを聞かせる簡単なお仕事だ。
話し合いでなく暴力に訴えるってどうなんだとも思わなく無いが、もとが論理という概念で生物ではないから話が通じ無いものと言われたから、深く考えるはやめた。
「・・・とりあえず、寝るか」
まずは睡眠。頭の痛い問題が山積みだが、それはもうここへ来た当初からだ。
そう思って眠りについた俺が悪夢にうなされる羽目になるのは言うまでもない。