トーナメント一日目⑤
選手控え室に戻った俺たちは、港さんが神妙な面持ちでモニターを眺めている事に気が付いた。
――その雰囲気はどこか重々しい。
「戻りました」
「おう。おかえり」
レイとのコミニケーションが上手くいかなかった……というわけでもなさそうで、アルデもレイも、特別変わった雰囲気はない。
傍で眠るキングを撫でながら、港さんは設置された液晶に目を向けるよう、しゃくってみせた。
「次の対戦相手だが……ちょっと面倒な事になったな」
「面倒な事、ですか?」
とりあえず俺たちが液晶が見える場所まで移動し腰をかけると、ててて、とやってきたアルデが俺の横を陣取った。
すかさず収穫について聞いてみると、アルデは少し嬉しそうな声色でそれに答える。
『レイの様子はどうだった?』
『拙者が出る幕も無いかもしれないぞ』
港さんの気持ちが伝わり始めたのか、それともアルデが何か手助けをしたのか――彼女の言うように、レイの距離が心なしか近いようにも見えた。
彼女達の様子に少しだけ安堵しつつ、俺は港さんの言葉に耳を傾ける。
「――相手はなんでもない、一般的な構成のパーティだ」
港さんが指差す先に映るのは、第二試合と表示された団体戦の様子。激しい攻防が繰り広げられているその中で、俺はどこかで見たある物に視線を奪われた。
「……緑の鉢巻」
戦況的に優勢なチームのメンバーは皆、額に緑色の鉢巻をしているのが見える。
戦闘に関しては、彼らの方が明らかに上手であり、試合は彼らのチームが主導権を握り、進んでいっているように思えた。
「こいつらはマイヤ――姫の王のギルドメンバーだな」
港さんはため息まじりにそう云った。その声色には『強いチームに当たって運が悪い』という感情よりは、なにか別の意味合いが多分に含まれているように感じる。
姫の王という名前を聞いて、部長が嫌そうに鼻を鳴らした。
「マイヤさんのギルドメンバーですか。マイヤさん本人と当たるよりは勝機がありそうですが……確かにちょっと」
「きな臭い連中だからな。その上、あいつらはダイキの事を目の敵にしている節もある」
さらっと、とんでもない事を言ってのけた港さん。初耳だった俺は、動揺した様子を隠さぬままに、慌てて聞き返す。
「え? 俺、目の敵にされてるんですか?」
「されている。というよりは、されていた。と、過去形にするべきか……ともかく、剣王の墓の件について気になった俺は、マイヤの事を頻繁に話題にする掲示板を覗いてみたんだよ」
――港さん曰く、姫の王が俺に過剰に接触してきた事やアイテムルーレットで装備を取ってしまった事が、ファンの間では“面白くなかった”らしく、俺の情報から誹謗中傷まで色々書き込まれていたという。
隣に座るダリアが、苛立つ気持ちを隠す事もなく顔に出している。
確かにダンジョン中には何度か話し掛けられたし、ダリアも居たが生贄の際には絵面的に二人きりだ。
アイテムルーレットはダリアの強運によってもぎ取ったが――あれは正当なルールに則って行われたものだし、誹謗される言われはないのだが……。
「連中が今日まで引きずっているかどうかは不明だが――あれだけマイヤを崇拝している奴らだ、妬みや恨み等の感情を強く残しているかもしれない」
「崇拝している。が、=負の感情が強い人種。には繋がらないと思いますよ。警戒するに越した事はありませんが、気張りすぎかもしれません」
そうか。と、どこか納得いかなげな声色で呟いた港さんは、再び液晶へと視線を戻す。
港さんにはああ言ったものの……港さんの予想はあながち間違いではないと、理解している自分もいた。
姫の王自身もそうだったが、ダンジョン内での自己中心的な発言の数々、振る舞いも、マナー違反に思える場面はあった。ともあれ、注意するのも正義だが、あれだけ人数の差があれば誰でも尻込みしてしまう。
触らぬ神になんとやらで、特別なアクションはとっていなかったのだが……今回は直接的な試合。それは避けられない。
気を取り直すように、俺は港さんに彼らの立ち回りを研究した結果を聞いてみた。
「それはそうと、彼らの戦闘パターンや使用技能等々はどうなっていましたか?」
「おう、そうだな。まずは――――」
次の試合……何事もなく終わればいいのだが。
フィールドに着いた俺たちに、じっとりとした視線が突き刺さる。
ダリアもそれを感じたのか、繋いだ手にギュッと力を入れた。
相手の構成は、それぞれ刀、剣、槍を装備した前衛攻撃役三人と、黒っぽい服と、紺色のローブに身を包んだ後衛攻撃役二人――そして赤色のローブを着た回復役が一人。
その全員が、額に緑色の鉢巻を巻いている。
俺たちがフィールドに上がると、攻撃役のうちの一人が一歩前に踏み出し、余裕な笑みを浮かべながら俺に視線を向けた。
紺色の豪華なローブを纏ったその男性プレイヤーは、口角を上げながら口を開く。
「やあ、ダイキ君。この間はどうも」
――開始早々、挑発でもされるのかと思いきや……どうやらこの前のダンジョンで一緒になったプレイヤーの一人らしい。
確か彼は……
「はい。色々と勉強になりました――」
「君に言っておかなければならない事があるんだけど」
挨拶を返す俺の言葉を遮るように、男性プレイヤーが語り出す。
「君に盗られたままの武器……俺たちが勝ったら返してくれないか? あれはドロップアイテムの中でもかなりレアな部類でね、マイヤ様も昔欲しがってたんだよ」
男性の言う武器とは――アルデの持つ大剣の事だろう。港さんが言っていた通り、アイテムルーレットの件を未だに引きずっている様子。
一言でも言っておこうと思い、一歩踏み出す俺の前に、港さんが待ったをかけた。
「悪いがあれは正当なルールでダイキが獲得した品だ。どんな理由があるにせよ、渡す義理も必要もない。――加えて、今の発言は試合直前に相手を精神的に追い詰める暴言とも取れる。これはちょっとマナー違反なんじゃないのか?」
冷静を装う港さんが審判の方に視線を送ると、男性プレイヤーは動揺した様子でパーティの中に戻っていった。
予想はしていたけど、のっけから突っかかってきたなあ。と、呆れる俺に、前に立つ港さんが呟くように告げる。
「いいか……作戦通りに動いてくれ」
「はい。ともあれ、本当にそんな事になるんでしょうか?」
「今のを見て確信した。間違いない」
短く打ち合わせを済ませた俺たちは、形の変わるフィールドに視線を戻した。
俺の半身ほどある岩がフィールド上にいくつも出現し始めた。初戦の時とは違い、障害物的な存在となっているものの、これらも盾として応用できる事がわかる。
作戦通り、部長をケビンに渡し、ダリアと手を離す。
『試合開始!』
そして――審判の声を合図に、フィールド上を一気に駆ける。
同時に駆け出す四つの影を視界隅に捉えながら、自身に鼓舞術による全体強化を掛けた。
(『――今回、ダイキには囮となってもらう』)
選手控え室で告げられた作戦に、初めは耳を疑った俺だが……なるほど。港さんの目論見通り、奴さんは俺狙いって訳だな。
試合前に港さんが言っていた“姫の王ファンに恨まれている説”も、先ほどのピリピリとしたやり取りで立証されている。
元々、狙われる対象は回復役である部長か、盾役の俺。普段通り俺の頭に部長が乗っているとなれば、ここを狙わない手はないだろう。
しかし今回、頭の上に部長を乗せたケビンではなく、大多数のプレイヤーが俺を狙って向かってきているのが分かる。
相手は、なんとしても俺を自らの手で潰してやりたいようだ。
相手に魔法職がいる事から、パーティで固まるのは得策ではない事がわかる。
初戦のダリアやケビンがやったように、強力な範囲系魔法を放たれては一網打尽である。魔法職が相手の場合、一定の距離を保って身を固めるのがベストと言えるだろう。
「『氷帝の涙』!」
「『大噴火』!」
俺めがけて降り注ぐ氷柱の雨を最小限盾でガードしつつ、前に大きく転がる事で地中からの噴火を回避する。
俺が死ねばパーティ諸共ゲームオーバーとなるが、俺が囮になる事で発生するメリットは多い。
相手は逃げ回る俺への苛立ちが募るし、それによって周りが見えなくなる。そして、俺以外のメンバーが殆どフリーになり、敵を内部から食い破る事ができる。
それに、統率者の心得の効果、それを俺が所持している事。両方知る人間は少ないだろうし、俺を過保護にしすぎても怪しまれる可能性がある。
何事も程々に、だ。
そういえば先ほどの大噴火、ダリアが炎獣シリーズよりも前に習得した魔法の一つだったな――威力は高いが範囲が狭く、今のような対象が動いている状態では当てる事は難しい。
火属性魔法を使った相手の魔法職は、自身の魔法の効果を把握しきれていない……若しくは、もっとも威力があった魔法が大噴火だったのか?
ともなれば、技能レベルはダリアよりも低いという結論が出る。
なぜなら、大噴火よりも、炎獣シリーズの方が威力も範囲も上をいくからだ。試合開始直後にMPが枯れているという状況も、ほぼ無いと言えるだろう。
追いついた刀使いの大振り横薙ぎの技を姿勢を低くし、近づくように避けつつ、地面を擦るように剣を滑らせながら下から上へ、抉るように放つ技――《昇斬剣》を浴びせ、空中へと打ち上げる。
すかさず《シンクロ》と《干渉》を使い、視界半分をダリアの視点へと変更、遠くで宙に打ち上げられた刀使いに向かい、回避不可能な魔法を叩き込んだ。
宙を舞う刀使いを中心とし、発生した魔法陣に迷わず飛び込むと、流石に追っ手は付いてこなかった。
突如――フィールドに突き刺さった光線を身体に浴びた刀使いは、みるみるうちにLPバーが削られていき、その場に落下する。
視界下に微かに映ったのは、炎獣の痛みとは別の魔法陣。
視線を移す時間すら惜しいと、突撃してきた槍使いに隼斬りによる超移動でカウンターを与えつつ、後で発生した大噴火を間一髪で回避した。
干渉をダリアから部長へと変更し、減っていたSP・MPを分配によって回復させる。
「ダイキ! 回復役と剣使いは倒した! 後は魔法職二人と槍使い一人だ!」
聞こえてくる港さんの報告に心の中でガッツポーズを取りながら、隼斬りによる不意打ちから立ち直った槍使いと相対した。
「んだよ、雑魚ばっかで使えねえな」
「六対三では薬を使う時間を稼ぐのは難しいですし、それに回復役は既に倒れています……勝負あったんじゃないですか?」
吐き捨てるようにぼやく槍使いに、それとなしに降参する事を提案した直後――――
視界隅に映ったのは、倒れるダリアと、杖を振り切った格好で止まる、紺色ローブの姿。
「勝てないとなれば、最後の足掻きで、お前と同じ事をするまでだ」
魔法を使うわけでもなく、紺色ローブは杖を乱暴に叩きつけ、倒れたダリアに追い打ちをかける。
杖だけでなく、蹴りや、踏みつけまでも。それは明らかに、戦闘における武術などではなく、ただの暴力に他ならない。
敵からの攻撃をあまり受けた事がなかったダリアは、うまく立てず、うずくまっている。
『七組。快楽目的での無闇な攻撃は、ハラスメント行為に当たります。よって反則を言い渡します。二度、反則になると失格になりますので、注意するように』
審判AIが悪質だと判断したのか、紺色ローブの男とダリアの間に薄い膜のような物が発生、ダリアへの殴打が妨げられる。
「おいおい、俺は対戦相手に“攻撃”していただけだろ? なんでそれがハラスメント行為に当たるんだよ?」
審判に対し不満を爆発させる紺色ローブ。対する審判は冷静な口調をそのままに、その理由を述べていく。
『私たち審判は参加者の思考を読み取り、その意図を汲み取ってジャッジしております。危険な意図を持つ攻撃はハラスメント行為に該当し、反則扱いです。やろうとしてそうなった。のと、結果としてそうなってしまった。のでは、別々に区別されます。トーナメントは喧嘩の場所でも殺しの場所でもなく、スポーツの場所ですよ』
正にAIだからこそできる正当な審判という事か……紺色ローブも、流石の審判には逆らえず、舌打ちと共に半歩後ずさる。
――ともあれ。俺をいたぶるのが不可能だと判断し、対象をダリアに変えるだと?
LP自体は殆ど減っていないとか、紺色ローブが審判によって“反則”を告げられたとか、そんな事は関係無い。
せせら笑う槍使いプレイヤー。
俺は腹の底から湧き立つその感情を必死で抑えながら、技を発動させる。
弾き飛ばされる槍使いを無視しながら紺色ローブへと歩み寄り、汚れのついた服を払うダリアへと視線を移した。
「トーナメントだから……ある程度は黙認するつもりだったが――――うちの子達は、お前の玩具じゃない」
思えばこの試合、そもそも相手は勝つ気で戦っていたのだろうか?
もっとも狙われやすいであろう回復役をフィールドの奥に待機させ、港さん達を誘って戦力の分散を図り、ケビン達と俺をそれぞれ足止めさせ、俺の見える場所でダリアに悪質な攻撃を加える。
そもそもの狙いがコレだと言うのなら、こいつらは救いようのないクズの集まりという事になる。
(「お前と同じ事をするまでだ」)
自分達の崇拝する姫の王と、目の前で二人きりの空間に消えられ、心が引き裂かれたとでも言うのか?
ルーレットで武器を取られ、姫の王の前で恥をかかされたからか?
「……どうでもいい……くだらない私怨だな。言っておくが、お前らの蛮行のせいで姫の王の評判は確実に落ちているぞ」
「マイヤ様は、俺たちがいればそれでいい。周りの評判なんか必要ない」
ダリアをいたぶるのが目的だったのか、紺色ローブの男はヘラヘラと笑っているだけ。
「一生やってろ。他人を巻き込むな」
俺は男の意識を刈るように、渾身の技を放ったのだった。