トーナメント一日目③
試合開始と共に視界右下へと出現したのは、相手のLPを表す六本のバー。
俺たちのLPバーが緑色なのに対し、彼らのLPバーは赤色で表示されている。
フィールドは特に変化がなく、壁を盾にして魔法を避けられるようになっていた。
会場の歓声に飲み込まれるのかと思いきや、外部からの音声が遮断されているらしく、自分が歩く度に、擦れる金属の音が明瞭に聞こえてくる。
「馬鹿! 一人で突っ込むな!」
と――相手の双剣士のプレイヤーが、チームの制止を振り切りながらこちらへ駆けてくるのが見える。
狙いはどうやら俺らしく――その高い敏捷を発揮し、みるみるうちに距離を詰めてきた。
迎え撃つように、盾を構えたまま双剣士を見据えると、双剣士は腰に差した二本の剣を引き抜き……無慈悲に打ち上げられる。
「――っえ?」
わけがわからない。
そんな声色で呟く双剣士。
召喚士である港さんを倒せばキング、ケビンが同時に戦闘不能となるが、俺を倒せばチームは全滅になる。
それを知ってか知らずか、チームの弱点たる俺に特攻してきた結果、港さんの拳によって顎下を撃ち抜かれ、宙を舞ったのだ。
向こうチームが何か叫んでいるが、チャンスは見逃せない。俺が盾投擲の構えに入ると同時に、ダリアが杖を上から下へと素早く振るう。
――突如、天空から、凝縮した太陽の光が降り注いだかのような極太の線がフィールドに突き刺さり、右下にあった相手のLPバーが一本、一瞬にして消え去った。
部長が分配によってダリアのMPを即座に全回復させる。
高火力魔法《炎獣の痛み》。圧倒的な熱量に焼かれた双剣士は、味方の回復魔法に介入する余地なしの速さでLPを全損させたのだった。
フィールドをA・B・C・Dと四分割して、相手のスタート位置がA、こちらのスタート位置がDとするならば、双剣士が焼かれた場所はCの位置である。
俺たちは迅速に拠点をDからCへと移し、双剣士の待機死体の近くで、相手の回復魔法を牽制した。
――今のは“ラッキー”だろう。
――陣形を整える事なく単身で突撃するなど、団体戦ではいい的だ。
そのまま姿勢を低く保ちながら、キングと共に駆ける港さんは、相手の陣形を確認し、再び俺たちの前まで戻ってきた。
「ありゃ完全に“守り”の態勢だな――左右の壁の間に盾役が控えつつ、後ろには後衛職が遠距離攻撃の機会を伺っている。こいつは例外として、そこそこ練習を積んでると見た」
思わぬ陣形に、港さんは地団駄を踏んだ。
こうなってしまうと、物理主体の港さん・キングのペアは、下手に動くと双剣士のように的になってしまう。壁という遮蔽物があるため、盾役の後ろは良く見えない。
「なら陣形はこのまま、作戦Bに変更しましょう」
俺の提案に、港さん含め召喚獣達も頷いてみせた。
俺は鼓舞術から《降魔の布陣》と、耐久を下げて魔力を上げる《諸刃の布陣》を発動し、ダリアとケビンに強化を掛けつつ《野生解放》を使う。
ダリアとケビンが赤色のオーラに包まれたと同時に部長の強化が掛かり、二人の魔力が極限まで強化された。
試しに部長にMP回復薬を与えると、回復薬の効果通り、MPが50%回復したのが確認できた。
十秒間クールタイムが設けられるものの、市販のアイテムよりかなり性能がいいと言える。
壁の横からちょこんと顔を出しながら、相手に照準を合わせて魔法を練るダリア。
体の周りには複雑な文字が並び、属性を表している赤色の文字が地面を滑るように移動し、相手の足元で魔法陣を形成した。
港さんとケビンがフィールドの左側を、壁を伝うようにして移動を始めるも、相手のパーティは完成した魔法に気を取られている。
「お、おい! 魔法封じはどうなってんだ!」
「そんなの指示貰ってないわ!」
「昨日決めたじゃねぇか! 逃げられ――」
狼狽えるパーティを飲み込んだのは――獅子の顎だった。
炎獣を模した魔法は、地上に固まっていたプレイヤー達を喰らうように口を開き、五人全員を焼き尽くす。
一気に削れた全員のLPは、火傷の状態異常も加わってDotダメージが追加されていく。盾役のLPが三割程削れ、後衛職の三名は七割近くLPを失っている。
素早く回復魔法らしき技を発動させる一人の魔法使いに、港さんとキングが照準を合わせたのを確認。間髪を入れずに完成したケビンの闇属性魔法が、再び相手パーティを飲み込んだ。
黒と紫が入り乱れる巨大な竜巻が、陣形を崩されたままの相手パーティに襲い掛かる。
警戒を強めていたのか、盾役が味方全体に“赤色の亀の甲羅”のような技を使うも、その威力を殺すには至っていない。
尚も減る相手パーティの内、数名のLPが回復するも魔法によるダメージは計り知れない。後衛職二人が地に伏した。
『じゃま沼 げこ』
戦えるプレイヤーは盾役二人に回復役らしき後衛職一人。悪戯っぽい声色で呟きながら、ダリアがちょちょいと杖を振るうと、盾役二人の足がフィールドに沈んだ。
「えっ!?」
「お、おい!」
連続魔法から解き放たれた矢先に、今度は阻害魔法によって足を取られた盾役達。
ともあれ、そろそろチェックメイトだな。
ダリアの《炎獣の牙》を合図に駆け出していた港さんとキングが、相手の陣地に潜り込む。
瞬く間に三名の仲間を失い、動きを阻害される盾役に動揺する回復役は、迫る“二匹の猛獣”に初めてそこで気が付いた。
「……ひっ!」
――それは一撃……いや、正確には二撃か。
残像が残るほどの速度を乗せ、電撃を纏った拳で撃ち抜く港さんと、三本線のエフェクトが残る強力な一撃を浴びせるキング。
盾役不在の回復役にこれが耐え切れるはずもなく、明らかな必要以上のダメージでもって、フィールド右端まで吹き飛ばされた。
これはある種“死体撃ち”行為に引っかかるのではないかと、咄嗟に審判の方へと視線を送るも、審判は特にリアクションを取っていない。
流石に考えすぎか――
「降参。で、いいんじゃねえか?」
残された盾役二人を促すように、頭を掻く港さんが云う。
隣にいるキングは未だ臨戦態勢を解こうとはせず、目の前の敵二人に牙を剥いて威嚇しているのが見えた。
試合の続行が可能かどうか、と言われれば可能なのかもしれないが、全員無傷の俺たちに盾役二人で挑むのは無謀である。
ともあれ、隙を見せるような甘さは命取りだ。距離はあるが、俺が盾役二人に剣を向けると、隣にいたダリアも真似するように杖を構え、ケビンが手に黒の球体を発生させた。
これが決め手となったかどうかは不明だが、残された盾役二人は戦闘の意思を見せることなく、その場で降伏を宣言したのだった。
『勝負あり!』
高台から試合を見下ろしていた審判が試合を終了させると、周りから割れんばかりの声援がフィールドに轟いた。試合中だけ、音声が遮断されるようだ。
足元に横たわっていた双剣士も、地に伏していた後衛職達も、光と共に消え去った。
膝をつく盾役二人も彼らと同様に光に包まれ、フィールド上には俺たちだけとなる。
やりましたね。
心の中で呟きながら親指を立てると、向こう側にいる港さんが笑顔を見せながらガッツポーズを取ってみせた。
初戦は順調に突破できたな。ともあれ、今回はダリアとケビンが殆ど試合を決めてしまったのだが。
「三人ともお疲れ様」
俺は頭の上にいる部長と、横にいるダリア、ケビンへと笑顔を見せる。
特に消耗はしてないとはいえ、初戦を勝ち抜いたのだ。作戦通りに動いてくれたのも練習の成果と言えよう。
『アルデ かったよ』
ダリアは何処にあるかもわからないカメラを探すように、明後日の方向へVサインを向けている。
ケビンは『お疲れ様』と、返すように大きく頷いていた。
『お疲れー。おやすみー』
『うん?』
今日も一日終わったぞ。と、言わんばかりの部長だが、スケジュール的には団体戦だけで三時間近く予定されている。
トーナメントは、まだまだ始まったばかりだ。
そんなこんなで選手控え室へと戻ってきた俺たち。寂しかったのか、転移が終わった瞬間にアルデが俺に抱きついてきた。
『おかえり!』
『ただいま。少しはレイと話せたか?』
俺の言葉にアルデは『なんとか』と、曖昧な返事を返してきた。
レイは、帰ってきた港さん達の元へ近付こうか迷ってるような印象を受ける。もっとも、港さんが近付くと視線を逸らし、また部屋の隅へと行ってしまったが。
どうやら、アルデと少し話してはいるようだな――ともあれ、やはり打ち解けるのには少々時間が掛かるか。
『第二試合からのスケジュールはトーナメントにて記載されております。選手の皆様は開始時刻をしっかり把握した上、遅れぬようお願いいたします』
アナウンスと共に、備え付けの液晶モニターに映るトーナメント表に変化が現れる。
俺たちと戦った一組が黒く塗られ、俺たち二組が次の試合に駒を進めており、次の相手である三組とぶつかる形になっていた。
三組に負けた四組も黒く塗られている事から、順当に考えて三組が勝利したものと考えられる。
俺たちと三組の試合は今から十分後で、どうやらその間に、別のブロックでも試合が進行しているらしい。ケンヤ達や銀灰さん達は勝ち進んでいるのだろうか。
「俺は控え室でこのまま待つが、ダイキはどうする?」
そっぽを向くレイに、困ったような表情を見せる港さんが云う。
ともあれ時間もそんなに無いし、俺もこのまま控え室で待つことにしよう。
俺が「待機してます」と答えると、港さんは小さく頷く。そして魔石を取り出し、レイに見せるように動かすも――レイは全く動かない。
飛びついたキングに魔石を奪われるという、見ていられない状態である。
静かに傍観していたケビンが、何かを訴えるようにこちらに視線を送ってきた。
『アルデ。レイとは何を話したんだ?』
『秘密だ!』
アルデは、内緒話を聞くとは何事か! と、言いたげな声色で慌てながら、レイに視線を移す。
――ともかく、一応向こうのチームの問題だから俺までもが踏み入っていい領域でもないか。アルデを話し相手として、心を開いてくれるのを待つしかないだろう。
膝の上に仰向けになる部長の腹をワシャワシャと撫でながら、先ほど届いたメールを確認する――差出人はトルダで、件名には『試合観てるよー!』と書かれていた。
参加はしないと言っていたが……なんだ、観戦はしてくれているみたいだな。
一人ぼっちで試合観戦するトルダの姿を想像しながら、本文を開く。
「一回戦突破おめでとう。ケンヤ達も無事に勝ち進んだみたいだよ。ダイキのチームは強いんだね……か」
本文には俺たちの試合と、ケンヤ達の試合らしき動画が貼られていた。
俺たちの試合は、次の試合の参考までに観ておくか。ケンヤ達の試合は後でじっくり観るとしよう。
「んじゃあダイキ。次の対戦相手の動画でも観るか!」
長椅子にどっかり座り、液晶モニターの前で腕を組む港さん。レイは少し遠くから、港さんの後ろ姿を眺めているようだ。
体の向きを変え、液晶の方へと座り直すと、俺の隣にダリアがぴったりとくっ付いて座った。撫でられる部長は、動画を見る気がないらしく、くすぐったそうに足を動かしている。
――と、アルデがおずおずとレイの元へと歩いていくのが見え、心の中で応援しつつ、港さんが流した試合動画に目を通すのだった。