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トーナメント前夜

 

 会社の屋上から見える、殺風景なコンクリートジャングルを眺めるたび、ここが仮想(VR)でなく現実(リアル)なんだと再認識させられる。

 一日中プレイしていた日の翌日は、その、言いようの無い気怠さが顕著に現れる気がしてならない。仮想(ゲーム)現実(こっち)が釣られてしまう、という事案が発生した身としては、文字通り現実逃避したくもなる。



 ――缶コーヒーを一口。



 ――空を仰いで息を吐く。



「いやあ、大樹も出世したよな。あの(・・)成田部長でも、流石にタメ口を訊けるのは、上を除いてお前くらいだ」


「いちいち蒸し返すなって。俺は今、全力で忘れようとしてるんだから」


「いつかやると思ってたけど……ぷっ!」


 手すりに体を預けるように寄りかかる。憂鬱な雰囲気を纏った俺の両隣に、悪戯な笑みを浮かべて近付く、謙也(けんや)椿(つばき)

 謙也はさも感心したように、椿は良い玩具を見つけたと言わんばかりに、ニタニタと馬鹿にした笑みを崩さない。


 ――嗚呼、しばらくはこのネタで弄られるんだろうなと、つい数時間前の自分を恨みながらも、弁解するように言葉を並べていく。


「昨日は真ん中の子(部長)が、トーナメントに向けた戦闘中に寝てたり、ワガママ言ったり大変だったんだよ。だから成田部長の小言にも咄嗟に……」


「まあ――怒られるわな」


 成田部長の怒声は謙也の居る隣の部署にも響いていたらしく、「また、相良(さがら)がやらかした」と、色々尾ヒレのついた噂が広まっている。らしい。

 “仏の成田部長をキレさせるのは、社内でも俺くらいだ”という謎の噂も無事に定着しつつあるな――不可抗力とはいえ、馬鹿な事をやらかしてしまったものだ。


「明るくなってきたって、社内で良い噂も流れてたのにね」


「明るくって……自覚無いんだけど」


 苦笑しつつ、ストローに口を付ける椿。

 抜け殻のような男だと言われていただけに、理不尽な噂が流れるよりはマシだが。


「“明るくなってきた”って、要するにずっと暗かったって事か? そりゃショックでかいな」


 心外だ。と、言わんばかりに言葉を返すと、謙也と椿はカラカラと笑ってみせた後、仕事に戻るかと扉の方へと歩き出した。

 ――今日に限っては、こいつらこそ煮え切らない態度じゃないか。と、少々疑問に思いつつも、残りのコーヒーを一気に飲み干し、彼らの後に続いた。



*****



 ――帰宅後、ログインした俺は、コンマ数秒遅れるようにして現れた三人姉妹に視線を移し、挨拶を交わす。

 『おそい』と、不満を口にするダリアに、『ごしゅじん、お腹すいた』と、不満を口にする部長、そして『鎧だけでは寂しい』と、不満を口にするアルデ。


 会えて嬉しいとか、可愛い台詞は言えないのか! と、ツッコミたくなる衝動を抑えつつ、三人の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。


 相変わらず表情はそのままに、されるがままのダリアと、鼻をひくつかせて堪能する部長。そして被り物を必死に押さえるアルデと、これは三者三様の反応を見せている。

 アルデのコンプレックスをうまい具合に解消してやれれば、不気味な骨を外してやれるんだがなあ。と考えながら、いつも通りダリアとアルデと手を繋ぎ、部長を頭に乗せた。


 そのまま、目的もなく散歩しつつ、今日のスケジュールを軽く頭の中で整理していく。


 ともあれ、トーナメント前夜にやれる事なんてたかが知れているのだが……。


 魔石を口の中で転がしながら歩くダリアと、俺の頭の上でダレる部長に声を掛ける。


『団体戦の動き。《作戦A・B・C》は覚えたか?』


 試練の洞窟で港さんと念入りに特訓した、相手に合わせて陣形を変える三つのパターン。

 ともあれ、部長は自分の足で移動しないので、陣形の方は俺が作戦を理解していれば問題ないが、ダリアには多少動いてもらう必要がある。


 てくてくと歩くダリアは、視線をそのままに、魔石の入った頬を膨らませながら答え、部長がのんびりとした口調で続く。


『なんとなく』


『完璧だよー』


 ――真逆の答えなのに、どちらも等しく心配なのはなぜだろうか。


 ダリアには最低限の動きと、敵の殲滅。部長には場合によって回復する人を変えたり、強化(バフ)弱体化(デバフ)を使ったりする動きが求められている。


 が、技能(スキル)等でも複雑な動きが要求されるのは(かなめ)の部長と俺であるから、一番忙しいのは召喚獣達と視界を共有し、《干渉》を使いつつ盾役(タンク)をこなさなければならない俺なのだが……俺の方も、何とかなりそうなクオリティには仕上がっている。


『混合戦は短期決戦に限るから、敵の要となるプレイヤーをいち早く見極めて先制攻撃を仕掛ける。大丈夫だよな? アルデ』


『任せてくれ!』


 アルデとの連携は特に心配していない。

 アルデが突撃し、俺が彼女の武器を変えつつ干渉を使うのみ。というシンプルな作戦であるが、ゆえにアルデは攻撃にのみ集中できる。

 魔法が飛んでこようが、武器に纏わせて利用できるし、片方を俺が押さえている間、もう片方をアルデが押し切る事ができれば、勝利は堅いといえよう。


 ――挨拶らしくない挨拶を交わした俺たちは、港さんと合流する前に、オルさんと紅葉さんの所に向かう。

 現在の所持金でどこまで強化できるか不明だが、とりあえずアルデの武器とアクセサリーは必要だ。筋力強化などがあれば尚良しだ。





「――あら。またまた可愛い子を召喚したのね」


「紅葉さんも……賑やかな事になってますね」


 冒険の町に並ぶ露店の内の一つに、紅葉さんの店はある。

 彼女もサービス開始直後から既に露店を開いていた人だから、どこかに自分の店を構える程度の資金は集まってそうに思えるが。


 紅葉さんは赤色の髪を振りまきながら、俺と手を繋いでいたアルデに駆け寄ってくる。

 人見知りを発動させるアルデは、咄嗟に俺の後ろに隠れるも、紅葉さんは気にする風でもなくカラカラと笑って見せた。


 鴉のクロっちには新しく子分ができたようで、店の前で自分の体より一回り大きい“鷹”に、何か指導? するように羽を動かしていた。新入りの召喚獣であろう鷹は、クロっちの指導を真剣な眼差しで見つめ、その後、二羽はフィールドへと飛び去っていった。


「新しい召喚獣も鳥型なんですね。あれは(タカ)ですか?」


「そうよー。鴉が鷹の先輩として色々レクチャーしてるのは面白いわよね。クロっちみたく、《ソラちん》も宝石を拾ってくるし、指導の成果は出てるみたいね」


 飛び去った二羽が小さくなっていくのを見送りつつ、紅葉さんは笑いながら言う。

 クロっちが物拾いを伝授しているらしいな、ダリアがそうな様に、召喚獣達の間でも先輩後輩的な立ち位置は理解しているのかもしれないな。


 その後――雑談を交わしつつ、召喚獣達のアクセサリーをいくつか購入した。

 それぞれ効果としては微々たる物ではあるが、無いよりあった方がいい。

 召喚獣達の防具が完成したら、紅葉さんにもアクセサリーをオーダーメイドで作ってもらおう。それまでに、しっかり金を稼いでおかなければな。




 ――装備屋“心命”に着くと、何人かのプレイヤーが武器に防具にと装備し、試し切りや着心地などを確かめながら、買い物を楽しんでいる姿が見えた。

 店内にはうるさくない程度に、金属にハンマーを打ち付ける“カーン! カーン!”という音が、どこからともなく聞こえてくる。少しズレた例えになるが、パン屋の中でパンを作る作業風景が見え、購入欲を唆られる現象に近いか……。

 

 受付に居るのは、予てから看板娘にとオルさんが熱望していた獣人族の女性が、笑顔を見せながら此方に会釈している。

 店員としてNPCを雇うまで、稼ぎに余裕があるのか――経営の方は、極めて順調のようだな。


「こんばんは。俺は召喚士のダイキです。オルさんに一言挨拶をと思いましたが、忙しそうなので武器を買ったら帰りますね。もし彼に聞かれたら、それをお伝え願えますか?」


 今日はアルデ用の武器を購入するだけなので、店内で買えば事足りてしまう。作業を止めるほどの事ではないだろう。

 律儀なオルさんだから、わざわざ顔を出してきてくれる可能性もあったので、伝言という形で挨拶とさせてもらった。

 比較的空いているであろう時間を聞き、来てみたのだが、繁盛しているんだなあ。


「かしこまりました。伝えておきますニャ」


 店員は満面の笑みで、いわゆる“猫のポーズ”をとりながら、それに答えた。


「それは――獣人族の挨拶とかですか?」


「いえ、ご主人様に教わった仕種と、語尾。ですニャ」


 新人なのか、どことなくぎこちなさは残っているものの、嫌な顔一つしないのはプロ故か……しかし、オルさんの趣味全開に改造されて、不憫な気がしないでもない。


『にゃー』


『すぐ真似したがるなあ……』


 横でダリアが店員の真似をしてみるも、クオリティは絶望的に低い。

 ――ともあれ、オルさんには、きっと褒められるだろう。



 店内に備え付けられた液晶パネルの前まで移動し、装備のジャンルから武器を選択する。

 現在持っているのが鉄の剣、尊き刀・黒波、剣王の大剣、蔦の斧。

 威力を考えると剣王の大剣一本で行くのがベストだとは思うが――念を入れて打撃系武器はあった方がいいな。

 アイテムボックスに眠る脳筋棍棒はまだまだ装備できないので、ハンマーないしメイスの購入を検討している。


『アルデ。ハンマーとメイスならどっちがいい?』


 オーソドックスな鉄のハンマーと鉄のメイス、両方の画面を開き、画面を見るべく背伸びをしていたアルデを抱き上げた。

 予想外だったのか、変な声を出すアルデには特に反応せず、画面が見えるように体の向きを変える。


『……拙者は――ハンマーがいい』


 身じろぎしながら指差す先は、鉄の棒の先に長方形の鉄塊が付いた武器“ハンマー”。

 振りやすさに優れたメイスより使い勝手は劣るものの、威力面で見れば武器の中でもトップクラスだ。

 使いこなせるかはアルデ次第となるが――この子のセンスなら問題ないだろう。


 俺はその中から“黒塊の大槌”という筋力+100、敏捷−20の一際癖のあるハンマーを選択し、購入した。

 性質上、鎧を着たプレイヤーには、剣よりも打撃系武器の方が有効だと考えられる。買っておいて損はないだろう。

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