集団戦闘
予想外の出費で意気消沈するケンヤを他所に、俺たちは東ナット洞窟へと向かっていた。
「そうそう。娯楽としてだけじゃなく、食事には長時間のステータス強化効果があるんですよ!」
胸の前で手を合わせながら、ライラさんは料理によって変わる強化の種類について語り出す。
「例えば野菜料理なら器用、肉料理なら筋力、デザートなら魔力などなど。値段が張る物は美味しさもそうですが、強化の恩恵は大きくなります!」
なるほど、確かに娯楽にしては出費が痛い。一定時間のステータス強化があるなら、狩場に行く前に寄っておきたくなるな。
視界の右上に小さく料理のマークがあるのは、彼女の言う強化だろう。
「ダリアちゃんはお肉料理を沢山食べていたので、筋力値に大きな強化が掛かってると思いますよ」
雨天さんは定位置にいるダリアに視線を移しながら、クスクスと笑みをこぼした。
「確かに、髪を引っ張る力がいつにも増して強いような……」
けどダリアの本業は魔法だからなあ。次はデザートも食べさせてやるか……戦闘で使わないステータスを伸ばしても勿体無いし。
あまり美味しそうなメニューは浮かばないが、肉を使ったデザートでもあれば効率よく強化を受けられそうだ。
「あぁ、言い忘れてたんだけどよー」
なんとか復活したケンヤは、おぼつかない足取りで俺たちの横に並ぶ。
「掲示板。祭り状態になってるぞ」
「どこの? ……って召喚士か」
「そうだ。初期段階で召喚獣と仲良くなれる方法があるなら、召喚士志望のプレイヤーには思わぬ朗報だろう。現に、成功したプレイヤーもちらほら出てるみたいで祭り状態だ」
そうかそうか。召喚士の増加は俺にとっても嬉しい知らせだ。今回は俺が発信源だったものの、人数が増えれば情報も増えてくるだろうからな。
「あの愛情論を理解できる猛者がいるなんて……」
「俺も思ったけどな。本気で召喚士やりたい人からしたら、召喚獣にかける情熱や愛情を理解するのも難しくないんだろ」
その通り。
そしてその情熱と愛情を越えた先に真の召喚獣としての道が開かれるのだよ。
「町でも召喚獣を連れて歩くプレイヤーも多々お見受けしましたが、動物タイプの召喚獣が多いように思いました」
「モフモフ羨ましい!」
「結果として、一見幼女のような召喚獣を連れて歩くダイキは召喚士としても相当目立ってるんだけどな」
「それは面倒くさいな」
ソロプレイ希望の俺にとって目立つメリットは少ない。召喚士のPRにもなるからと、肩車を良しとしていたんだが。
「降ろすのは至難の技だ」
「可哀想ですよ!」
頭を足に腕にがっちりホールドされたこの状態では肉ででも釣らない限り、動いてはくれないだろう。
両手でダリアを剥がそうとする俺に、ライラさんが抗議の声を上げる。
「まあまあ、ダイキとダリア嬢のお陰で召喚士の総数が増えてるのも事実だし、残る戦闘でのデメリットが解消できれば、もう地雷とは言われないだろうな」
東ナット洞窟での戦闘が開始された。
俺が採掘する間、ダリアが三人と一緒に敵を殲滅していくことになっており、その間にケンヤ達はダリアの戦闘能力を見極めるとのことだった。
別れてからだいぶレベルを上げた様子のケンヤは相変わらずの安定感で、敵の注意をこぼさずに捌く。しっかりと固定された敵の群れに、ライラさんと雨天さんの技が炸裂した。
ダリアは独自の判断で火属性魔法と闇属性魔法を駆使し、敵を屠っていくが、敵の減るスピードが尋常じゃない。流石パーティ戦闘だな。
技術者の心得により、鉱石をより見つけやすく、採りやすくなった俺は採掘を続ける。
このペースなら、召喚した時よりも多くの鉱石が掘り出せそうだ。
楽しくピッケルを振るう俺に、動揺した様子でケンヤがダリアの評価を口にした。
「前言撤回。想像以上だな、こりゃ」
曰く、威力や精度、MPの量が並みの魔法職を軽く凌駕している。
主である俺からあまり離れようとしないので固定砲台と化しているものの、雨天さんは勿論、敵の群れの中で大盾を構えるケンヤや、攻撃のため動き回るライラさんに全く被弾しないのも評価が高いとのこと。
ともあれ、パーティを組んでいれば被弾してもダメージは通らないらしいが、攻撃と攻撃が当たれば消滅してしまうケースもあるため精度も重要視される。
「回復を織り交ぜてるとはいえ、岩属性のモンスター相手に、弱点無視で青魔法使いより高いダメージを出すなんて……」
主なモンスターはナットバットという蝙蝠とナットロックという岩でできた小人みたいなモンスターで、ナットロックの弱点属性は水だという。
食事中に聞いていた通り、雨天さんの魔法はナットロックに良く効いているように見えるが、火属性や闇属性でゴリ押すダリア程の火力が出せないらしい。
「前衛タイプの召喚獣は少なからずダメージは受けるし、蓄積すればやられてしまう。その点、後衛タイプの召喚獣なら盾役さえいればやられる心配はなく、再召喚に必要な魔石も消費せずに済む……か」
「以前の評価なら召喚士はパーティ枠を余計に食う寄生職だって言われてたけど、プレイヤーと同等以上貢献できれば文句言う人なんていないと思う!」
「何より愛くるしいですもん。はぁ〜」
各々がダリアを分析、評価する。六人でフルパーティとなるFrontier Worldにおいて、一人で複数枠を食う召喚士の立ち位置は低い。
「まあ、俺自身は寄生そのものになってるんだけどな」
「採掘し終わったらしっかり働いていただきますよ!」
雨天さんはサボりを許してくれないらしい。
十分な魔鉱石を手に入れ、俺もレベル上げに加わる。採掘スキルもそうだが、俺自身のレベルも二つ上がっていた。
ボーナスポイントを器用と筋力に振り、ケンヤのいる前線で剣を抜く。
「え、なんで前衛になってるの?」
「え、だって剣で戦いたいじゃん」
肩をすくめるケンヤを尻目に、俺は敵と対峙する。
相手は大型のナットロックだ。
振り下ろされる拳に技術者の心得が反応、タイミングを読み、盾弾きで弾く。
懐に入りながら下段に構え、剣の技、青の閃剣を叩き込む。
弾きにより隙ができた敵に素早く攻撃を加えると、確定でCriticalが発生する。これにより、ライラさんのような純粋な戦士職ではない俺でも、高いダメージを出すことができるようになる。
食事による筋力アップを肌で感じながら、近くで動くもう一つの気配を察知する。
横から現れたもう一体のナットロックが、剣の跳ね上がった俺の右半身に正拳突きを放つ。
今度は青の閃剣の効果が切れたのを確認しつつ、振り下ろす動作で剣弾きを発動、拳が横流しに弾かれた所に盾の技、盾突進を繰り出す。
盾突進はその名の通り、盾による突進。これにより微量のダメージを与えつつ、相手の体勢を崩す。
弾きによって崩れた体勢を更に崩され、ナットロックはたまらず倒れ込んだ。
流れを絶やさぬように上段に構えた状態で剣の技、黄の閃剣に繋ぎ、黄色い光を放つ剣をナットロック目掛けて振り下ろす。
後方から青と赤の魔法が敵を追撃し、2体の敵が爆散した。
「と、まあこんな風に、工夫次第で形にはなるんだよ」
「いやいや。さらっとやってのけたけど、普通じゃないからね」
「こんな早い段階で技繋ぎなんてテク、できる人いたんだ……」
「便利ですよ。後でライラさんにも教えてあげますね」
「……」
赤、青、黄の三色剣は状況に応じて使い分けることができるし、なにより弾きを織り交ぜることで攻防一体の戦いができる。
剣弾きの成功率が更に上がれば、二本の剣での戦闘も夢じゃないかもしれない。
その後、ライラさんが何故か落ち込んでいたものの、危なげなく戦闘を繰り返した俺たちは、死者を出さずに冒険の町へ戻った。
時刻は午後9時50分。
ライラさんは大学、ケンヤと雨天さんは仕事に備えて寝るとの事で、パーティは解散となる。
「じゃあまた明日ですね。ばいばい、ダリアちゃん」
「それでは私も失礼します。またね、ダリアちゃん」
相変わらず無表情のダリアの手を取り無理やりに振らせると、二人共満足したようにログアウトした。
「俺も落ちるけど、まだ寝ないのか?」
「俺は明日まで休みだからな。もう少しダリアと遊んでるよ」
「ふーん。あ、そういえばコレ」
約束を覚えていたのか、革の防具一式を渡してきたケンヤはダリアをひと撫でし、ログアウトした。
「……もう少し付き合ってくれな」
俺にはまだ魔鉱石をインゴットにする作業が残っているのだ。
ダリアが定位置によじ登るのを確認し、南ナット平原の小川へと向かった。