ステータス確認
時刻は午前7時10分――俺はジョギングをした後風呂へと入り、ストレッチを済ませて朝食をとっていた。
食べ終わった後のパン屑が乗った皿を流し台に置き、落としたコーヒーをカップに注いで、再び席へ着く。
黒と焦げ茶色の家具で統一された簡素な部屋に、コーヒーの芳醇な香りが広がった。
控えめな音量でニュースを流しながら、置かれたタブレットをスライドさせ、仕事のメールと新聞とを行き来する――が、あらゆる箇所に《F社》の名前が並んでいる事に気付き、思わず感心するような溜め息を吐いていた。
――職場に居てもよく耳にする、この《F社》とは、つまるところ“Frontier Worldの販売元”であり、今も尚株価が上昇し続ける化物企業である。
VR技術が、夢や絵空事ではない所までに成長した現代科学でも、完成から応用に至るまで成し遂げたのはこのF社のみ。独占状態の続く彼らの快進撃は止まることを知らず、つい最近では海外で野球チームとサッカーチームのオーナーになったとかなんとか。
VR技術もさる事ながら、Frontier World内に組み込まれた《AI》と呼ばれる人工知能の技術だけとっても、一世紀ほど先の発明とも言われているほどだ。
実際、NPCや――召喚獣達だって、そもそもはAIを積んだデータの塊であるが、彼等の言動・表情には全く違和感がない。
その場に応じた技を繰り出したり、俺の言葉に反応・受け答えしたり、ダリアのように、嫉妬ともとれる感情まで持ち合わせている個体もいる。
――誰かが言っていたが、現代科学ではF社の開発力に追いつかない。F社の覇権は長く続くだろう、と。
俺も同じ意見だがな。と、心の中で相槌を打ちつつ、画面を操作した。
何はともあれ、このタブレットは、F社についてあれこれ調べるために開いたわけではない。
改めて“Frontier World公式掲示板”へとアクセスし、いくつかのスレッドを見て回る。
――やはり、トーナメントが間近に迫っている事や今日が申請の締め切り日というのもあって、更新時間の若い上の方に、それらの話題が載っていた。
姫の王たちトッププレイヤーについての熱い論争が繰り広げられていたり、トーナメントに参加せず、初めから客席で観賞する予定の人たちのほのぼのとした雰囲気に和んだりと、掲示板を見ているだけでも参考になるし、面白い。
掲示板を一頻り楽しんだ後、俺は早速Frontier Worldへと旅立つ。
今日は一日遊んでいられるわけだが……さて、何して過ごそうか――
俺がログインすると同時に、ベッドの上に三人の召喚獣達が、落下するように現れた。
昨日は戸惑うアルデの手を引きつつ、久々に宿屋でログアウトしていたため、開始場所もここに設定されていた。
被り物の下がどうしても気になる姉達によって、ログアウト寸前までちょっかいをだされていたアルデだが、二日目となると手慣れたようで、飛びかかってくるダリアと部長をベッドの上にはねのけているのが見える。
適応力の高い子だ……。
『ほら、三人とも。今日は長い時間一緒に散歩することになるんだから、はしゃぎ過ぎて体力失くさないようにするんだぞ』
『体力には自信があるぞ』
『がんばる』
『わたしはごしゅじんがあるから平気だよー』
誇らしげに胸を叩くアルデと、ふんぞり返るダリア。そして、最初から散歩する気のない部長と――三人は元気よく答えた。
《シンクロ》と《広域》によって3秒間に1ドットづつ減っていくMPは、一見少ないように見えて意外に多い。気を抜くと戦闘中に、部長から分配が飛んでくる場面もある程だ。
これから更にMPを食う項目が増えてきたら、流石に初期値のままでは足りないかもしれない。
今までは筋力と器用に振り分けていたが、魔力に振ることも頭に置いておかないといけないな――
ベッド上で跳ねる召喚獣達を抱えながら宿屋を後にし、そのまま近くのレストランに入っていく。
ダリアと部長にはダンジョンで頑張ってくれたご褒美として。アルデには歓迎会としての意味もある。彼の好みを知る、良い機会とも思う。
笑顔を見せる従業員に通された俺たちは、四人掛けのテーブル席に着く。左奥からアルデ、俺、右奥から部長、ダリアという並びとなっており、部長の食事は長女であるダリアに完全に任せてある。
もしかしたら、アルデという弟ができた部長も、ダリアみたく成長を遂げる可能性も――いや、彼女はもう既に、お決まりのポーズにて食事を待っていた。
ぶれないな、この子は。たとえ弟にお世話されても、楽チンとしか思わないかもしれない。
「じゃあ好きな物頼んでくれ。アルデは何か食べたい物とかあるか?」
『拙者は――あ、甘いものが食べたい……』
骨をずるりとずらしながら、照れるように俯くアルデ。
一応、彼のスタイルは物理攻撃での超火力という事になっているため、筋力が増幅する肉料理も食べてもらいたい所だが……ダリアに分けてもらって、食べるよう促してみるか。
どうやら部長は注文表の中から選ぶ事すら止めたようで、ダリアのチョイスに全て委ねるかの如く、一定のポーズを保っている。
ダリアはテキパキと料理を決めていき、俺が決めるのを待たずして、巡回する従業員を捕まえた。
――俺への気遣いもしてね。ダリア様。
「お決まりでしょうか?」
従業員は一瞬――召喚獣達を見て顔をほころばせた後、気を取り直したように注文を受けだす。
NPCにもこの子達の可愛さが伝わるとは。俺としても鼻が高い。
「ナットポークの焼肉盛り合わせと、新鮮野菜スティック(中盛り)。それとカツカレーとナナバパフェお願いします」
「ご注文、承りました」
笑顔を見せる従業員が戻っていく姿を見送りながら、召喚獣達との雑談に花を咲かせる。
料理が運ばれ始めると、無表情のまま口が緩んだダリアがヨダレをだらだら垂らし始め、置かれた巨大パフェに『うっわー!』と歓喜の声を上げ、アルデが身を乗り出して感動しているのが見えた。
食べて良いと伝えるや否や、ダリアが真っ先にがっつく――と思いきや、おもむろにスプーンを持ち出し、アルデに見えるように掬って自分の口に運んでみせた。
『甘いもの こうやって食べる』
『やってみる!』
決してダリアは甘いものが得意ではないのだが、弟分のために一肌脱いだのだろうか? 肉料理が冷めるのも御構い無しに、弟にパフェの食べ方をレクチャーしていたのだ。
これには世話役として隣に控えていた俺の出る幕はない。二人の子供達の微笑ましい光景をオカズに、カツカレーを掬って食べた。
無事食事も終わってティータイム。コーヒーを飲む俺の真似をしたアルデは、俺と同じように何も入れないままに飲んだ後、無言で俺の目の前にカップを置いた。
甘い物を食べた後だから、尚更苦く感じたのだろう。今度は砂糖とミルクをたっぷり入れる事を勧めておこう。
余談だが――骨によって顔が覆われているアルデが、どうやって食事をしたかというと……隙間からコソコソとスプーンを出し入れしていた。
コーヒーも骨を上にずらして飲んでいたが、ダリアと部長も、流石に食事を邪魔する気は無かったらしく、素顔を拝むに至っていない。
なぜ頑なに素顔を隠すのかは不明だが、本人が打ち明けたくなるまで、打ち明けたくなる環境を整えて待つまでが俺の仕事だ。気長に待つしかないだろう。
「そういえばアルデ。その腰に差してる刀は誰からもらったんだ?」
何気ない質問だが、ダリアが元々ワンピースを着ていた以上に、この子に付けられた装備品は多い。
俺がまだ解き明かしていない、召喚獣の謎に包まれた部分なのかもしれないが、肉親から貰ったとでもなれば急展開である。
『拙者が生まれ落ちた瞬間――ダイキ殿と出会った日に一緒に生まれた存在のようだ。特に思い入れはないぞ』
そう言い、アルデは何のためらいもなく腰の刀を俺に差し出して見せた。
ヤクの頭蓋骨を、頑なに取りたがらない彼からは想像もできない速度にたじろぎながらも、その刀のステータスを確認してみる。
【尊き刀・黒波】
形こそ美しいが、武器としての性能を持たない鈍刀。謎の金属で造られている。
必要筋力:5
筋力+10
柄の先まで真っ黒の、少し不気味な刀ではあるが、説明文を読んだ限りでは恐ろしい性能等は備わっていないようだ。
店内なので自重気味に、鞘から4センチほど刀身を抜き金属部分を見ると、波紋の一切無いソレがぬらりと顔を出す。
――何とも言えぬ、生物のいない海が永遠に広がっているような底知れぬ不気味さを覚えた俺は、思わず“チン”と鞘へと戻した。
何だ? これは。
……特にリアクションもなくすんなり渡してきた事から、アルデにはコレが何なのかは分かっていないようだが――近々オルさんに見せてみるのがいいかもしれない。
「こっちの剣の方が性能がいいみたいだから、俺のお下がりだけど使ってみるか?」
俺はアイテムボックスの底の方に眠っていた鉄の剣をアルデに手渡す。
初めての錬成の日からインフィニティ・ラビリンスを踏破したその日までお世話になった、思い入れのある武器だ。
“俺のお下がり”という部分に惹かれたのか、アルデは骨の奥から覗く瞳をキラキラと輝かせながら、剣を抱きしめるように受け取った。
『拙者、これがいい!』
剣であるから鞘もあるわけで、腰に刀ではなく、肉厚の剣を差す侍という出で立ちになったものの、気にしてない様子のアルデは嬉しそうに柄を撫でていた。
鉄の剣は筋力+19の耐久+10だから、この黒波という名の刀より遥かに性能が良いのは確かだ。一度振らせてから判断しても良さそうだが、ステータスを覆す何かがあるようには思えない……一瞬感じた“不気味さ”が少々気になるが、今はこれが最善だと言えるだろう。
――向こう側に場所移動したアルデも加わり、未だ野菜スティックをポリポリ食べる部長に二人が交互に食べさせていくのを眺めながら、ダンジョンにて上がったステータスと技能の確認をするべく、プレートを開いた。
名前 ダイキ
Lv 42
種族 人族
職業 存在愛の召喚士
筋力__90 (125)【215】
耐久__51 (258)【309】
敏捷__51 (3)【54】
器用__85 [20](179)【284】
魔力__55【55】
※【 】内が総合計値
※[ ]内が技能強化値
※( )内が装備の強化値
技能
【召喚魔法 Lv.40】【火属性魔法 Lv.4】【採掘術 Lv.9】【片手剣術Ⅱ Lv.11】【片手盾術Ⅱ Lv.2】【鼓舞術Ⅱ Lv.3】【技術者の心得Ⅱ Lv.12】【野生解放Ⅱ Lv.2】【統率者の心得 Lv.26】【シンクロ Lv.17】
控え【調教術 Lv.1】【魔石生成 Lv.4】【錬成術 Lv.5】
特殊技能【炎攻撃付属】
殆どの技能が二段階目となったものの、相変わらず召喚魔法に関しては二段階目の候補が出てこない。
基本的に二段階目が出た段階で進化させているため、派生等にこだわる気はないが、その辺りは港さんに聞きつつやってみようとも思う。
ともあれ、彼も俺と同じ、その場で上げてしまうタイプである事は既に知っているのだが……。
片手盾術・鼓舞術・野生解放が晴れて二段階目へと進化したわけだが、増えた技は戦闘する中で実感して覚える事にした。
既に辞書のごとく並ぶ文字の羅列を覚えるのは――そして頭に叩き込むのは困難を極める。習うより慣れろ。という事だな。
が、その中でも野生解放の効果アップ、つまりはステータスALL+20だったものが30へと変わったのは飛び抜けて大きな収穫だ。この技能だけでも装備一新程度の効果があるのは恐ろしいな……。
名前 ダリア
Lv 40
種族 中級魔族
状態 野生解放
筋力__59[38](6)【103】
耐久__59[38](14)【111】
敏捷__59[38]【97】
器用__59[38]【97】
魔力__158[62](142)【362】
召喚者 ダイキ
親密度 86/200
※【 】内が総合計値
※[ ]内が技能強化値
※( )内が装備の強化値
※小数点第一位を切り上げ
技能
【火属性魔法Ⅱ Lv.13】【闇属性魔法Ⅱ Lv.10】【魔法強化Ⅱ Lv.12】【魔力回復Ⅱ Lv.10】【オーバーマジックⅡ Lv.2】【怒りの炎 Lv.19】【竜属性魔法 Lv.1】【魔力強化 Lv.3】
ダリアには新しく《魔力強化》の技能が追加され、魔力の底上げに伴い火力が上がっている。
オーバーマジックも二段階目へと進化し、魔法威力は更に向上、魔法を通常の1.5倍のMPを消費し、1.15倍の威力にて射出する凶悪な物へと変貌を遂げていた。
不安定要素といえば、現状のレベルに釣り合っていない防具だが、召喚獣の防具を作る唯一の職人であるマーシーさんに無理はさせられない。この辺りは立ち回り等でカバーしていくしかないな。
竜属性魔法は、生贄で運ばれた部屋の時に放った一度きりのため、まだレベルアップはしていない様子だが――格上のボスの攻撃を弾き飛ばすあの威力、実践導入できれば恐ろしい武器となるに違いないが……こちらも無理はさせられないか。
名前 部長
Lv 36
種族 魔鼠族
状態 野生解放
筋力__38[35]【73】
耐久__52[37](20)【109】
敏捷__38[35]【73】
器用__54[38]【92】
魔力__95[63](85)【223】
召喚者 ダイキ
親密度 59/200
※【 】内が総合計値
※[ ]内が技能強化値
※( )内が装備の強化値
※小数点第一位を切り上げ
技能
【回復魔法 Lv.19】【強化魔法 Lv.25】【弱体化魔法 Lv.21】【魔力強化Ⅱ Lv.2】【魔力回復 Lv.21】【アイテム効果上昇 Lv.20】【分配Ⅱ Lv.6】【回復魔法の心得 Lv.15】【支援魔法の心得 Lv.24】【緊急睡眠 Lv.2】
部長は回復役にも拘らず、姫の王とマイさんが活躍した結果、回復魔法はあまり育っていなかった。
代わりと言っては何だが、支援魔法の伸び具合は目覚ましいし、もっとも使われている分配は既に二段階目に突入している。
進化した分配は多少ではあるが、部長から減る量少なく、相手に与える量多くという値になっており、かなり燃費の良い技能になってきていると推測できる。
また魔力回復の技能とアイテム効果上昇の技能も相まって、俺が行わなければならなかった、部長の援護にゆとりができつつあった。
パーティーとしてかなり形になってきているな。ここに物理攻撃役であるアルデを加えれば……よし。この面子だけで、この後どこかのフィールドボスにでも挑戦してみるか。