新たな召喚獣
時刻は午後10時2分――ダンジョンに設けられた転移ポータルから外へと出た俺たちを、満天の星が出迎えた。
時間の流れが現実世界とリンクしているため、当然この世界でも現在は夜。辺りを包む濃厚な闇が、輝く星々をより際立たせる。
一際大きな赤の月はどこか不気味ではあるが、幻想的な光景に変わりはない。手を伸ばせば届きそうな美しさに、思わず足を止めていた。
「あの土色の星からずぅーーっと下まで繋いだ部分ガ、さっき戦った剣王ノクスの星座だヨ」
「うわぁ!」
誰かが俺の腕を掴み、体を寄せてくる。予想外の事態に変な声が出た。
「なんだヨ、人をオバケみたいに見ないでヨ」
「マイヤさん。帰ったのかと思いましたよ」
明らかに不満を含んだ声色で呟く姫の王は、声色そのままに続けて呟いた。
「ダンジョン攻略を手伝ってくれたメンバーに挨拶もせず帰るなんテ、そんな非常識な女の子に見えル?」
姫の王は種族によるものなのか、闇の中でも淡く発光し、その存在を主張している。
光源は頭の上に浮く輪っかのような物からだろうか? なんにせよ、オバケと見間違うのも無理はない気もする。
俺は微笑しつつ「見えませんよ」と答えると、姫の王は納得したようなしてないような、曖昧な表情を浮かべた。
星座という物も存在するとはな――地球上だけで言っても、国が違えば当たり前のように歴史も、そして伝わる神話も違う。
ギリシャ神話、ケルト神話、エジプト神話、北欧神話、日本神話等々、その数は両手の指では収まらない程に多い。
ともすれば、ここ、Frontier Worldにも神話が存在し、それに因んだ星座が空に描かれているという設定も、ごく自然な事かもしれない。
姫の王が言うように、過去の英雄達が星座になっているとするならば、もしかしたら空に輝く星々にも、ストーリーに関わる何かが存在するのかもしれないな。
そんな事を考えていると、隣にいた姫の王は、後からやってきた港さん達に歩み寄り、少しの迷いもなく頭を下げる。
「今日はありがとネ。とても楽しかったヨ」
港さん達も、まさか姫の王から今日のお礼を言われるとは思ってもいなかったようで、三人とも、どもり気味にそれに返答しているのが見えた。
――常識を持った大人達の会話が、そこにはあった。
トーナメントでまた会おうネ。最後にそう言い残した姫の王は、スキップしながら鉢巻軍団の元へと戻っていく。
鉢巻軍団は俺の方をひと睨みした後、姫と共に夜の闇へと溶けるように消えていった。
――なんで俺だけ目の敵にされてるんだろ。
しかしながら、ルーレットや生贄、名前の呼び捨て等々、要因を挙げだしたらキリがないが、直接何かされたわけでもない。ここは一つ、俺も常識的な大人の対応で乗り切るとしよう。
「あ一、なんだ。とりあえず王都に戻るか?」
完全に調子を狂わされた港さんが、どうにも不満気な声色で提案する。それに対し、マイさんとブロードさんが賛成し、俺も続くように頷いた。
港さんとブロードさんが帰還の翼を使い、王都への転送が始まる――
王都に着いた俺たちは、引き続き軽い雑談を交えて歩く。
時間も時間なので、三人とも今日はログアウトするとの事だった。
例のごとく、マイさんの腕の中には部長が気持ちよさそうに寝息を立てているのが見える。
彼女の腕の中にいる部長は、いつ見ても寝ているな。余程寝心地の良い場所なのだろう。
「ダイキは寝なくて大丈夫なのか? もう結構いい時間だぞ?」
「俺は明日、休みなんですよ。結構リアルの仕事が変則的ですから、皆さんと休みを合わせるのは難しいんですけどね」
俺の言葉にブロードさんは、なるほど。と呟いた後、簡単に挨拶を済ませてログアウトしていった。
ブロードさんやマイさんとはフレンド登録も済ませてあるため、新しい召喚獣を見せに後日会う事も可能だ。その点は二人も察しているようなので、今日無理に長居する事もないと判断したようだった。
マイさんから部長を受け取り、彼女も続くようにログアウトしていく。
「なら明日は結構早い時間からログインしてるわけだな?」
「そうなりますね。新しい召喚獣とも、早い所仲良くなっておきたいですし」
違いない。と、港さんは同じ召喚士として俺の意見に賛成しつつ、ログアウトしていった。
俺の腕の中で尚も眠る部長から、足元のダリアに視線を移す。
部長へのリンゴのご褒美は明日に持ち越しになりそうだが、ダリアには少し聞いておきたい事がある。ダリアもそれを悟っているのか、一瞬身じろぎした後、俺の背中をよじ登っていく。
『ダリア――魔族のお前が竜属性魔法を使える理由を聞かせてくれないか?』
トッププレイヤーたる姫の王が食いつくように質問してきた内容である。彼女の口ぶりからしても、ダリアを除いて例外は現状、ないらしい。
あの場を切り抜けるために出した《異種族とのハーフ説》が、なんとなく核心に近い部分であると予想するが、ダリアから直接聞かない事には推測の域を出ない。
俺は『無理に答えなくてもいいぞ』と、逃げ道を作ってやるも、ダリアは意を決したように語り出す。
『ダリアは 魔族と竜族の子』
ダリアの生い立ちに触れた、初めての瞬間だった。
ダリアはそれ以上語らなかったが、そこから推測できる事柄は相当多いと言える。
異種族とのハーフは両親の両方の特性を持って産まれるという説。
強い魔力を持つのは魔族の特徴だと考えたら、竜属性魔法を操る事ができるのは竜族の特徴だ。これは単純な話しだろう。
それよりも、俺がなにより動揺した部分は――召喚獣には召喚士ではなく、血で繋がった《親》が存在しているという説。
ただの《設定》ならわかるが、もし仮にダリアや部長は両親の元で暮らしていて、俺たち召喚士が勝手に呼び出してしまったとするならば――それは拉致や誘拐と何ら変わりない。
『――お父さんとお母さんは、何処かにいるのか?』
恐る恐る、という声色で、俺はダリアに質問を投げる。
もし彼女がそれを肯定したら、本気で悩む事となるのは分かっていた。
両親を探すために動くか? それとも帰還を使って彼女達を文字通り《帰らせる》か?
心臓の鼓動が早くなるのを感じながら待つ俺に、ダリアから言葉が返ってくる。
『ダリアたちは 魔力が固まってできたそんざい 体をくれたのはダイキ ダイキがダリアの親』
まるで――俺を気遣うような、安心させるような声色で、俺の頭に置いた手をギュッと結びながら云った。
シンクロは心と心で通じる技能。故にダリアが今感じている《不安》や《期待》も、俺の中に伝わってきていた。
自分の生い立ちについて、何かまだ秘密があるのかもしれないが、根掘り葉掘り聞くのは無粋だろう。彼女が打ち明けてくれた事を受け止めてあげるのが、俺がすべき事だ。
『俺はダリアも、部長も、自分の子のように想っているよ』
帰還やログアウト時に、彼女達は何処へ帰っていくのか。なぜ自分が魔族と竜族の子だと、ダリア自身が認識しているのか。
――明かされていない部分は多いが、彼女が言わないならそれでいい。時間をかけて知っていけばいい。
俺の返事に安心したのか、ダリアは結んでいた手をゆっくりと開いたのだった。
場所は変わって、ここは冒険の町の南に位置する――南ナット平原に立つ、木の根元。
ダリアや部長と出会った思い出の場所であるため、俺はここで新しい仲間を召喚する事に決めていた。
平日の夜遅くにも、平原で戦うプレイヤーは多いが、恐らく夕方に比べれば少ない方なのだろう。俺たちの周囲に、プレイヤーの姿はない。
『いいかお前たち。今から新しい家族を召喚するが、くれぐれも仲良くするんだぞ』
『はーい』
『まかせて』
道中に起きた部長を交えて二人に呼びかけつつ、数個の魔石を手の上で転がした。
――もっとも、彼女達に限ってそのような心配はしていないのだが、まあ形として……だな。
『部長、いま口に含んだ物をだせ』
『やだー。これわたしのだよー』
『ダリア、お前そんなリスみたいな顔じゃなかったよな?』
『ダリアはいつも こんな顔』
召喚用の魔石を娘達が強奪するというハプニングもあり、残る魔石は12個と、既に底をつきそうだ。
明日にでも魔石を作っておかないとだな――トーナメントの時に無くなったとなれば彼女達の蘇生ができないため、お話にならない。
俺はダリアと部長を木に寄りかからせるように座らせ、三歩程下がり、頭の中で構想を練った。
――呼び出すとしたら、シンクロでの視覚共有に役立ちそうな鳥型の召喚獣や、ケビンのような浮遊したタイプの召喚獣も良い。
弱体化や動きを縛るなどの魔法を主とした阻害役も捨てがたいが……先ほど手に入れた武器の事もあるし、物理攻撃役も優先度が高いな。
部長の分配でSPが余る部分も無視できないし、物理攻撃役なら傾向としてSP依存の技が多い。魔法攻撃役のダリアと二枚看板で攻めてもらうのも有りだ。
何型を呼ぶか、という事になるが……物理攻撃役ともなれば――武器を使うにあたり、攻撃手段は多い方がいい。人型特有の自由度の高い二本の手は、刺突武器や打撃武器、斬撃武器はもちろん、盾を持ったりと多種多様な武器に対応できる。
ともすれば、これはもう決まりだな。
「『来たれ我が僕、召喚』!」
手の中で転がしていた魔石が光を放ち、いつか見たスロットが目の前に現れた。
木の根元で座る召喚獣達は、口の中で魔石を転がしながらその光景を眺めている。
【人型:小人族】
【種属値:4】
【タイプ:物理攻撃役】
魔石がスロットに吸い込まれ、星の光をも吸い込むような濃い“黒色”が降りてくる。
心臓の鼓動のように脈打つそれは、俺の足元にポトリと落ち、淡く光る魔法陣を形成した。ダリアや部長の時と似た、複雑で解読不能な文字が並ぶ。
魔法陣が収縮していくと、同調するかのように光が強く濃くなり、小さな人の形を成していく。
そしてシルエットでしかなかったそれは、徐々に身体を具現化させていった。
侍が着るような黒色の袴をきちんと纏い、腰には不恰好に長い刀を差している。
身長はダリアとほぼ同程度だろうか? 1メートル弱と、これまた小さいのは、種族にも出ていた《小人族》の特徴故か……ともかく、見た目だけの年齢が判断できない要因の一つとなっていた。
極め付けは、頭に被った不気味な骨だ。人骨ではなく動物の骨――魔除けとして家に飾られる“ヤク”という牛のような生物の頭蓋骨に酷似しているが……それも相まって、その《小さな侍》は異様な雰囲気に包まれていた。
小さな侍は二三度、辺りを行ったり来たりした後、目の前にいる俺をゆっくりと見上げる。
俺は彼――または彼女に対しシンクロを使い、コンタクトを試みた。
『はじめまして。俺が君を呼んだ、召喚士のダイキだ。よろしくな』
ダリアの言葉からしても、この子は俺によって身体を与えられた、人格を持った魔力の一つであり、俺を親と認識している筈だ。
小さな侍は、ヤクの骨の奥に覗く瞳をクリクリ動かし、それに答える。
『拙者には名前がないぞ』
『俺が付けてやる。今日から家族だ』
『家族?』
『そう。後ろの二人も家族だ』
『家族……』
小さな侍は、俺の顔とダリア達とを何度か往復すると、家族という言葉を噛みしめるように、二度呟いた。
声は少年とも、少女とも取れる中性的なものだったが、それとなく《嬉しい》という感情だけは、はっきりと伝わってきたのだった。
『やめろ! これに触るな!』
『ちょっとだけー』
『かんねん』
不思議なもので、ダリア達ともすぐに打ち解けた新しい召喚獣――《アルデ》は、被るヤクの頭蓋骨を両手で押さえ、二人に追いかけられている。
未だ性別は不明なので、身なりから“彼”と判断するが――彼の名前は、夜空に煌々と輝く星々と、彼のトレードマークとして存在感を放つ“牛の頭”から連想し、付けるに至った。
牡牛座を形取る星々の中で一際その存在感を放つのは、最も明るい恒星とされる“アルデバラン”。それの頭三つを取り、アルデという名に決定したのであった。
何か意味のある言葉にもなったはずだが……そこまでの知識は持ち合わせていない。
この世界、果たして恒星の名前まで細かく設定されているのだろうか。
なんにせよ――彼を仲間にしたことによって、俺には嬉しい二つの収穫があった。
一つは、親密度が一定量上昇したボーナスにより、シンクロの効果範囲拡大の《広域》が追加された事。
これにより、いつも以上のペースでMPが消費されるものの、召喚獣全員との会話が可能となった。
つまりは普通の通話からグループ通話になったと考えれば簡単だ。結果として、三人が追いかけっこをして騒ぐ声も、俺の元にしっかり届いている。
そしてもう一つが、アルデのステータスである。
名前 アルデ
Lv 1
種族 小人族
状態 野生解放
筋力__67[59]【126】
耐久__10[31]【41】
敏捷__18[33]【51】
器用__15[32]【47】
魔力__10[31]【41】
召喚者 ダイキ
親密度 20/200
※【 】内が総合計値
※[ ]内が技能強化値
※( )内が装備の強化値
※小数点第一位を切り上げ
技能
【武器術 Lv.1】【筋力強化 Lv.1】【反応速度強化 Lv.1】【魔法武器付属 Lv.1】【急所見切りの心得 Lv.1】【重撃 Lv.1】【殺意 Lv.1】【強靭 Lv.1】【闘気 Lv.1】【魔装 Lv.1】
あの小さな体からは想像できない程のパワー。そして強力な技能の数々だ。
武器術は、全ての形状の武器を扱える技能であり、類似する片手武器術・両手武器術よりも制約の少ない万能技能と言える。
レベル1の現状では素の筋力値が足りず、扱う事ができないが――都合のいい事に、剣王の大剣の装備も長い目で見れば圏内だ。
俺の背丈ほどある大剣をどう扱うのか気になるところではあるが、期待値は非常に高い。
筋力強化は文字通り、筋力のステータスを強化。反応速度強化は数字には反映されないものの、文字通りの意味を持つとある。
急所見切りの心得はCritical発生率の上昇であり、結果として攻撃力の増加が期待できる。
重撃は攻撃に“重み”を乗せることで、意図的にノックバックを発生させる事ができるとあった。
殺意は相手全体の弱体化が図れる技能だが、現状では効果は低い。
次の強靭は相手の阻害系技に抵抗を持つ補助技能とある。
闘気は筋力・耐久・敏捷のどれかを選択して強化する、俺の鼓舞術に近い性能を持つSP消費型の強化技であり、鼓舞術が全体技なのに対し、こちらは自身への強化な為、効果はそれだけ高くなっているようだ。
――そして極め付けは《魔法武器付属》と《魔装》の二つだ。
魔法武器付属は第三者からの魔法を武器で受け《その魔法の威力を上乗せした攻撃が一度だけ可能となるカウンター技能》とあり、これはパーティメンバーからの魔法も例外ではないらしい。
魔力特化のダリアからの魔法を武器に纏わせた、筋力特化のアルデの攻撃力がどれほどになるか――想像に難くないだろう。
魔装は第三者からの魔法を体で受け《その魔法の特性を効果時間内まで、攻撃に反映させる事ができる》。
例えばアルデが火属性を魔装した場合、植物系モンスターや虫系モンスター等に大きなダメージを与える事ができる――これが先の魔法武器付属の効果とは別に使う事ができるなら、一度の攻撃に二つの属性を織り交ぜる事ができる。
思いもよらぬエース級のポテンシャルだ。レベルが追いつけば、本当にダリアとアルデの二枚看板で高火力が出る可能性があるぞ。
元気に走り回る三人を眺めながら、俺は明日の予定と今後の見通しについて、考察するのだった。