アイテムルーレット
【邪悪なる力『剣』を封印しました】
目の前に表示された報酬の山を記すパネルと共に、脳内にアナウンスが流れた。
何故、英雄と謳われた剣王が“邪悪なる力”とされているのかは、姫の王の言うようにストーリーを進行していかなければ分からない部分なのかもしれない。
少なくとも《俺たちが何故剣王の墓にやって来たのか》《そして英雄を倒す事で何が起きるのか》この二つの部分が、かなり気になる。どう考えてもこれが起きるクエストがあり、次に繋がるクエストもある。
――ストーリーを進めてく上で、いつか再びこのダンジョンに潜る時が来るかもしれないな。となれば、剣王との戦いは勿論、生贄の部屋にいた巨人にもリベンジしたい所だ。
「アイテムルーレットチャーーンス!」
各々がパネルを操作し、ステータスを振ったり新しい技を確認したりするその中で、残された最後の剣の横に立つ姫の王が元気よく腕を上げた。
周りにいた鉢巻のプレイヤー達は場を盛り上げようと立ち上がり、宴会の開会式さながらの活気が生まれる。
俺の隣まで、てくてく歩いてきたダリアに『お疲れさん』と声を掛けながら、ダリアを抱きかかえてブロードさん達が集まる場所まで足を進めた。
「お疲れ様でした。誰一人死なずに討伐とは、流石に出来過ぎですね」
居るのは鎧を革製の物へと変え、両足を投げ出すように座るブロードさんと、パネルを出して腕を組む港さん。
マイさんはヘトヘトだと言わんばかりにその場にへたり込んでおり、俺の頭の上から“柔らかい”に飛び込む部長を抱きとめ、癒されるとつぶやきながら顔を埋めた。
「本来ならば盾役五人、支援役含めた回復役五人が必須だと言われるダンジョンを、盾役四人、回復役三人で挑んだからな。本来なら壊滅してもおかしくない」
半ば呆れたように答える港さんに、ブロードさんも苦笑で同意してみせた。
予定より早く討伐できたのは、その分攻撃役が増えたからに他ならないが……やはり回復役は少な過ぎたのか。
「その点は――マイヤのPSによって補われてたとなれば、不満はあれど文句は言えないな」
同時に港さんは、姫の王の実力だけはしっかり評価しているようで、遠回しに生贄の件を水に流すような意味を含んでいるように感じた。
マイさんもその部分は同意見なようで、部長に顔を埋めながらも、小さく二回頷いた。
――どちらかが不満を声にして上げれば、必ず衝突が起こる。一歩引いた彼らも、それを理解していたのかもしれない。
やや暗い雰囲気に包まれそうなのを察し、俺は話題を大きく変えて姫の王へと視線を移す。
「ともあれ、姫の王が言う《アイテムルーレットチャンス》ってのは一体……」
「あれ? ダイキ知らないの? フィールドボスやレイドボスのドロップアイテムを平等に決める方法なんだけど」
俺の言葉に、ブロードさんはマジで? みたいな表情でそれに答える。
――俺がフィールドボスを倒した時は大体ソロか身内とだったから、正直知らなかった。レイドボスも今回が初である。
「ルーレットっていうのは、ある生産者がいち早く考案して作成した――まあ、謙虚な日本人らしいやり方なの。これは海外サーバーでは無い風習らしいから、日本特有のシステムになりつつあるわ」
どうやら俺以外の人は知っているらしく、マイさんが続けるようにして補足を加えた。
俺は足元に寄ってきたキングを撫でながら、暴れるダリアを抑えながら、それに耳を傾ける。
「1から100までの数字が表示されるルーレットを回して、より大きい人がそのアイテムを入手できる。公平なシステムだから100が二人居たりするダブりも当然あって、その時はもう一度回して決めるのよ」
「なるほど、画期的ですね。これなら恨みっこなしな結果になりそうです」
「そうは言えないんだけどね……」
マイさんは一度姫の王達の方へ視線を向け、部長の頭の上に顎を乗せながら、胡散臭そうに続ける。
「あんな風に、姫プレイをするレイドに入ると、ほぼほぼルーレットに勝てないわね。と言っても、私達はアイテムよりも大きな物を得ることができたから、その部分は初めから期待してないけど」
なるほど。
召喚獣まで取得権利があるとは思えないので除くとして、俺、港さん、マイさん、ブロードさん。
そしてそれ以外は姫の王の集団という構図であるため、相当な強運を発揮しなければ手に入れることはできないという仕組みか。
――これでは、姫プレイをするプレイヤーも多いんじゃないか? というか、それらとレイドを組むプレイヤーが少ないのかもしれないが。
「ではでハ! 目の前に出てくるルーレットのボタンを押しテ、止めてみてネ!」
俺たちの存在は御構い無しに進んでいくアイテムルーレットが、姫の王の合図で開始される。
いつの間にか、部屋の真ん中には長机のような物が置かれ、その上には二つのアイテムが並んでいるのが見えた。
片方は何か得体の知れない球体で、もう片方は剣王が消耗品の如く壊して使っていた大剣のように見える。
まずハ、魂の塊だヨ! と、無邪気に仕切る姫の王が何かを操作し、皆の目の前に小さなルーレットが出現した。
やはりと言うか、召喚獣達の前にはルーレットが出現しておらず、召喚士有利とはいかないようだ。
グルグル回るルーレットの横にある赤のボタンを指で押し、結果を見る。
《006》
「いや、少な過ぎるだろ……」
もはや姫プレイ有利とかそんなレベルではない数字に落胆する俺の横で、ボタンを押した状態でガックリと項垂れる港さんが見えた。――どうやら彼もダメだったらしい。
「俺は78だったよ」
「私は27」
マイさんも俺たち同様に肩を落として首を振っているが、ブロードさんの数字はそこまで悪くないように思える。少なくとも俺たち――港さんもドングリだろうし――よりも可能性はある。
「結果ハ――《95》を出したシュウ君でス! 皆さん盛大な拍手ヲ!」
どうやら上には上が居たらしい。
どうせ全部お前の物になるんだろ。と、呆れたように悪態を吐く港さんを尻目に、二階層の辺りで突っかかってきたあの魔法職の男性が、姫の王の手から丸い玉を渡され嬉しそうに顔を赤らめているのが見える。
彼は姫の王にそのまま貢いでしまうのだろうか? いや、あの雰囲気は貢ぐだろうな。
彼が俺に放った言葉を思い出し肩を竦め、彼が戻っていくのを見送った。
「ね?」
「絶望的みたいですね」
なかなか良い数字を出したブロードさんは「期待はしてなかったけど」と、苦笑してみせた。この調子だと、続く大剣も巡り巡って姫の王の手に渡るのだろう。
何故かボス討伐時以上の盛り上がりを見せるアイテムルーレットは続き、姫の王の合図でルーレットが再び出現した。
「ん? ダリア、やりたいのか?」
その様子を、俺に抱かれた状態で物欲しげに見ていたダリアがこくりと頷き、ボタンのある場所を指差して教えてやる。
勝利の女神とは大袈裟だが、俺の女神であるダリアと部長に押してもらったほうが良いかもしれないな。
ダリアの細手がルーレットのボタンまで伸び、指先がそれに触れる。
《100》
「女神様」
俺は思わずダリアを抱きしめていた。
俺のただならぬ様子に、港さんは状況を察して目を逸らし、マイさんは微笑ましそうに見つめ、ブロードさんは目を見開いて驚いている。
ともあれ、そんな事を気にする俺ではないので、再度数字を確認した後、姫の王へと視線を移した。
「結果ハ――なんト! 《100》を出したダイキでス! すごいすごイ!」
姫の王が今日一の盛り上がりを見せるも、姫の王を取り囲むプレイヤー達は一切盛り上がっていなかった。
頭数がいても、圧倒的な数字を出した俺に並ぶプレイヤーは居なかったようで、皆が皆、恨めしげな視線を俺に向けてくる。
俺はその間を悠々と歩きながら、姫の王の前にたどり着く。
姫の王は心底嬉しそうな顔でトレード画面を開き、机の上にあった大剣を俺へと渡してきた。
「ども」
「強運だネ! 100なんて久々に見たヨ!」
「俺には勝利の女神が居ますからね」
腕の中に抱かれたダリアが得意げな顔になり(見えないが、そんな気がした)、姫の王は引き攣ったような顔を貼り付けた。
「キミには驚かされてばかりだヨ。召喚獣ちゃんを含めて、ネ」
ニコリと笑みを浮かべた姫の王は、置いてあった机をアイテムボックス内に仕舞うと「それじゃア、脱出ー!」と言いながら、出口の方へと駆け出す。
後に続く鉢巻集団の何人かに舌打ちをされつつも、特に何もトラブル無くアイテムルーレットは終わったのだった。
向こうから歩いてくる港さん達と合流しつつ、俺たちも出口へと向かう。
「それにしても100を出すとはなあ。流石はダリアちゃんだな」
「鉢巻の人たち、相当悔しかったでしょうね」
感心したように語る港さんと、悪戯な笑みを浮かべ上機嫌なマイさん。
ブロードさんは武器の性能が気になっていたらしく、俺は皆に分かるように詳細を読み上げる。
【剣王の大剣】#MVP報酬
英雄ノクスが愛用したとされる大剣。肉厚幅広のグレートソードと呼ばれる物であり、数多の敵を叩き切ったとされる伝説がある。筋力強化の特殊技能が備わっている。
必要筋力:100
特殊技能『筋力強化(中)』
筋力+150(110+40)
耐久+15
分類:両手剣
能力値だけで見ても相当高い事が分かる。俺の剣と比べてみても、上昇する筋力の値は二倍近く差が出ていた。
ともあれ、試しに装備してみようにも筋力の値が足りない上に、片手剣技能では扱う事ができないらしい。
折角の武器だが、俺のパーティにこれを扱う事のできるメンバーは居ない。
「なにその性能……竜の戦士が持つ《鋸砕き》の性能は筋力+140って話を聞いた事があるけど、ちょっと強過ぎるんじゃない?」
「ボスモンスターが所持する装備等は希少ドロップ扱いになってるから、かなり落ちる確率が低い筈だよ。大当たりだね」
性能を知ったマイさんは、トッププレイヤーの噂を用いて、その性能を比較し驚愕している。
ともあれ、ブロードさんが言う内容が本当なら、俺の持つ灼熱の盾も希少ドロップという事になるな。トルダにはハズレを渡してしまったかもしれない。
「まあ、たとえ自分が使えなくとも用途はあるだろ」
「売るとかですか?」
「売るとか譲るって方法もあるにはあるが、ダリアちゃんのレベルを見るに、新しい召喚獣に期待する手もあるぜ?」
ニヤリと笑みを浮かべる港さんの言葉に、思わず「えっ?」と、間抜けな声が出てしまった。
ダリアは道中の経験値も含め、現在のレベルがジャスト40となっており、同時に召喚術技能のレベルも40になっていた。
開いてみると、確かにそこには新しい召喚獣を召喚できる内容が書いてあり、俺は嬉しさのあまり、思わずガッツポーズを取ったのだった。
「じゃあ港さんも!」
「おう! 俺もダイキに抜かれそうな勢いだったから、タイミングは同程度だ。今回のでやっと三体目の召喚獣が呼べるようになった。次狙うは回復役だなあ。部長ちゃんの働きっぷりを見てると、居るだけでかなり重宝する役職だって分かるからな」
マイさんやブロードさんを置いていく形で、召喚士トークに花咲かせる俺たち。マイさん達も俺たちの仲間が増えるのは嬉しいようで、テンションを合わせて話に加わってくる。
「次はどんな子を呼ぶの? 鳥型の召喚獣も見た事あるけどかっこいいわよね! でもやっぱり獣型! この癒しを超える逸材は現れるのかしら」
マイさんは部長を強く抱きしめるように顔を擦り付け、新たな召喚獣を妄想しているのか、自分の世界に入っていってしまった。
ブロードさんは召喚獣のタイプを選べる事に驚いた様子で、その部分の質問を口にした。
「召喚獣って型とか役職とかも決められるんだね。港は、何型の回復役を呼ぶつもりなんだ?」
「ケビンもそうだが、次も人型にしようかと思ってるぜ。鳥人族の美人から回復サポートしてもらえたら、旅も更に楽しくなりそうだ」
ブロードさんの問いに、港さんはポロっと性癖らしき言葉も加えて、調子よく答えていた。
あの硬い性格の港さんが、これほどまで心を踊らせるとは――やはり召喚士にとって新しい召喚獣への妄想は、皆が同じように捗ってしまうようだ。
「ダイキは?」
マイさんと同じように、港さんが自分の世界に旅立って行ったのを見送りながら、ブロードさんは興味ありげに云う。
俺は港さんみたく、性癖めいた発言をしないよう気を付けつつ、予てより考えていた召喚獣の像をブロードさんに語りだす。
「俺は――」