ダンジョン『剣王の墓』⑧
剣王の墓――というよりも、戦争で亡くなった戦士達の簡易な墓。そんな印象を受ける、剣の山。
肉厚幅広な大剣の一本一本は、俺の背丈とほぼ同等。それが床だけでなく、壁に天井に突き刺さっているのは圧巻の一言に尽きる。
レイドパーティ全員が足を踏み入れても、ボス部屋は変わらず沈黙を保っており、それを知っているのか、先行する姫の王グループは風景を楽しむ様子もなく淡々と中央の剣まで歩いていく。
「レイドボス戦を始めるヨ。――ざっくりとした作戦だけド、理想形と言われる《ガン盾 Hit and Away》を採用。簡単に説明するト、大振りな強い攻撃が多いかラ、盾役はひたすら防御を固めて盾受ケ。前衛攻撃役はボスが攻撃の反動で動けないタイミングを見計らって欲張らずに一撃離脱。後衛攻撃役は敵視を気にしつつ随時攻撃。回復役は盾役にのみ回復ヲ、やりすぎくらいが丁度いイ。盾越しじゃないト、殆ど一撃で死ぬから注意してネ」
まとめ役である姫の王がこちらに振り返り、確認するように再度作戦を言い渡す。
これは、ボス部屋に入る前にも彼女の口から告げられた内容だが、念には念をと言うべきか、もしかしたら俺のような初見に対しての配慮かもしれない。
姫の王グループは彼女が発言するだけで士気が上がるため、その辺をも考えていたとしたら、やはり計算高い。
それだけに頭の回転は速いと言えるし、作戦を決定したのも彼女だ。港さんやマイさんが危惧していた部分も、もしかしたら。と、思いたくもなる。
「でハ――始めるヨ」
悪戯な笑みを浮かべながら、姫の王は中央の大剣にそっと手を触れる。
突如、縦揺れの大きな地震が起き、共に鳴り響くは、重い何かを引きずるような音。
後ろを振り返ると、開きっぱなしになっていた筈の扉が、見えない力によって閉ざされていくのが確認できた。
次の瞬間――地震を含め全ての現象を起こした“何か”が地面を割って這い出すのが見え、剣の周りに走る大きなヒビから、ぬうっ、と、現れたのは、紛れもなく《人間の手》だった。
その手はガシリと割れた床を掴み、自身の身体を持ち上げる。
まず出てきたのは、風化による変色かは分からないが緑色の石でできた兜――そして、それを被る人の顔。
両手で一気に持ち上げるようにして、大きく跳び、その場に着地したのは筋骨隆々の大男だった。
兜と同色・同素材の鎧を纏い、目の前で戦闘態勢になる俺たちを見下ろすような形で睨み付ける。
無精髭のよく似合う頑固オヤジのような風貌だが、不明点が一つあった。
血の気のある顔色といい、ハリのある肌といい。まるで彼が“生きているようではないか”。
ここは剣王の“墓”であって部屋ではない。
ともあれ、自分の部屋の地面を割って出てくるようなアグレッシブな部屋主も、なかなか可笑しな話ではあるが……少なくとも道中出てきたゾンビ共とは根本的に違っている。
てっきり腐敗しているような“濃厚な死の色”を纏ったボスが現れるのかと思っていただけに、予想外の部分で不意打ちを貰ってしまったな。スクショをよく見ておけばよかったと、軽く冗談めいた事を考えている俺に、横から声が掛かった。
「剣王はこの世界の“英雄”なんダ。英雄となった者ハ、肉体が朽ち果てようともその魂は永久に朽ち果てズ、彼らの存在は永遠であル。――彼は石の町が生んだ英雄でありコロシアムの覇者 《ノクス》だヨ」
目の前に出てきた“予想外”に驚いていたのが顔に出ていたのか、いつの間にか隣に来ていた姫の王が得意げな表情で解説を始める。
さっきまで最前線にいたと思っていたが……恐ろしい移動スピードだ。
「石の町の英雄っていうと……別の町にも英雄がいるような言い方ですね。ていうか、魂の存在なら、なぜ彼は今肉体を持っているんです?」
「他の町、他の種族でも英雄はいるヨ。今回何故その英雄と戦う事になっているのかも含めテ、まア、それはダイキ自身がストーリークエストを進めていけば分かる事だかラ、今は秘密にしておくネ。――英雄は特別な存在だかラ、死を超越してるんだヨ。技能にモ、肉体を霊体に変える《霊化》って物があるけド、あれはその逆の技能って言われてるヨ」
流石はトッププレイヤーと言ったところか、ストーリーに関してもボスに関しても、かなりの知識を有しているようだ。
何とも緊張感なく腕を絡めてくる姫の王に痺れを切らしたのか、横にいたダリアが短杖を両手で槍のように持ち『えい!』と言わんばかりに、姫の王の脇に突きを入れた。
姫の王は攻撃の反動で身体をくの字にし、ダリアの二撃目、三撃目を受け、たまらず撤退していった。追い払ったダリアはどこか達成感に溢れた表情に見える。
ふむ――
とりあえずダリアの頭を撫でておいた。
石の町の英雄か――後日行われるトーナメントの会場は石の町のコロシアムであるから、今回のダンジョンも町と多少関係がある場所なのかもしれないな。
なんにせよ姫の王が言うように、これは他人に聞くより自分でストーリーを進めたほうが楽しそうだ。
『俺様の墓を汚す不届き者共よ、この剣の英雄――ノクスが直々に葬ってくれよう』
剣王ノクスが二本の大剣を引き抜き、両の肩に担いで俺たちに語りかける。
その口調は酷く乱暴だが、英雄という名に相応しいまでのプレッシャーが含まれていた。着込んだ石の鎧や両手に持つふた振りの大剣までもが、一つの“覇気”としてプレイヤー全員にのしかかる。
流石はレイドボス――今までのボス達とは根本的な“存在感”が違う。
【剣王ノクス Lv.45】#RAID BOSS
かくして――決戦の幕は切って落とされた。剣王ノクスの頭上に表示されるLPバーは驚異の五本。今までに会ったことない強敵である。
――これがレイドボス。
ブロードさんをはじめ、最前線にいる盾役達が様々な技での強化を纏い、剣王ノクスに突撃していく。
後方では、姫の王が既に連続して技による支援を始めているのが見え、すかさず頭の上に乗る部長に指示を出す。
『部長。先頭の盾役の人達に防御力上昇の強化。後、無駄かもしれないがボスに弱体化を掛けてみてくれ』
『はーい』
なんとも間の抜けた返事で行動を開始する部長。的確に物理防御上昇の強化魔法を掛けている部分、彼女もしっかり考えて支援している事がわかる。
ともあれ、剣王ノクスへの弱体化はことごとく跳ね返されているようで、効果は出ていない。ボスによくある《状態異常無効化》のような特性を持ってるのかもしれないな。
『弱体化は中止。優先事項として一番は回復役とダリアへのMP供給、次に盾役へのLP回復、最後に味方への強化だ』
剣王ノクスに向かって駆けながら、俺は攻撃役の役目を果たすべく、熱を帯びた赤色の剣を引き抜いた。既にダリアは後衛組の組んだ陣の中で攻撃を開始している。
純粋な盾の受け値の高さが求められるレイドボス戦では、メイン盾役、それを補佐するサブ盾役にはブロードさんのような《耐久極振り型》のガチガチ盾役にしか声が掛からない。
理由は至極明快で《回復の効率化》が主であり、下手をすればその盾役すら溶けるような攻撃を俺が受け損じて死んだ場合、それだけ回復役が蘇生に費やす時間が増えてしまう事になる。
この蘇生には莫大なMP量もそうだが、クールタイムや発動までの時間の関係で、連続して使う事ができない。それだけ蘇生は貴重であり、不安定要素の高い俺には常にその問題が付きまとう事になる。
ともあれ、上記の理由を見据えた俺が、攻撃役に自ら志願したから外野からの声は一切掛からなかった。そのため姫の王は何とも言えない表情で、それを許可したのであった。
器用頼りのイロモノ盾役の俺を、流石の姫の王も起用する暴挙には出なかったというわけだ。
「――『儚い身代わりの盾』」
何処からか上がる姫の王の声と共に、銀色の光が片膝をつく盾役を間一髪で包み込み、ノクスが放つ斬撃波によって、硝子の砕けたような音と共に弾けて消える。
その一瞬の時間でマイさんが回復魔法を飛ばし、その盾役のLPはレットゾーンから六割近くまでグンと回復し体勢を立て直した。
戦闘開始から既に20分が経過し、盾役のスイッチも攻撃役の一撃離脱も、次第に自分達のペースにて統一感のある行動ができるようになっていた。
ただやはり相手はLP量だけでない“強さ”を持ったレイドボス。パターン化されているとはいえ、筋力・耐久・敏捷全てが化け物級だ。
盾で真正面から受け止めるようにした盾役は、もれなく反動で硬直状態となり、続く左手のかち上げ、右手の振り下ろし・斬撃波の餌食となる。
盾で受けられなかっただけで、耐久極振りの盾役がLPを八割削られる様は凶悪の一言に尽きる。剣王であるノクスは筋力の高さ故に、重厚なグレートソードを消耗品のように扱い、その都度、地面や壁、天井の剣を引き抜いて嵐のように剣を振るっている。
それでも未だ死者が出ていないのは――偏に姫の王とマイさんの活躍があってこそだ。
部長は彼女たちのMP供給に精を出しているから間接的に手伝っている形ではあるものの、完璧なタイミングで回復と援護を使い分ける姫の王は、果たして何人力だというのか。
彼女のペースについていこうと必死に杖を振るうマイさんは、濃い内容の緊迫した激戦によって気力・集中力共々削られており、コンマ数秒ではあるが回復魔法が遅れる瞬間も何度か目にした。
勝ち急ぐのは悪手だが……長引くと確実に集中力が削がれていく。
耳を劈くような金属音と共に、盾役の構える盾に二本のグレートソードが吸い込まれるようにして叩き込まれ、剣王に大きな隙が生まれた。
その瞬間を狙って、俺たち攻撃役が一気に攻撃技を使い攻撃を加えていく。
後方からの魔法支援も相まって、連鎖する爆発のような凄まじい音が部屋内に響き渡り、剣王ノクスはその圧倒的物量によってLPを減らしていく。
「……まだ三本も残ってるのかよ」
誰が呟いたか、絶望の色を含んだ声につられるように、剣王のLPバーを確認した。
攻撃の雨が止んだ後に表示された剣王のLPバーの数は未だ三本あり、余力があるのは、何度かの対戦経験が有るであろう鉢巻をしたプレイヤー達と、港さん、姫の王、そして召喚獣達か……。
マイさんはもちろん、最前線にいるブロードさんもかなり辛そうにしているのが見える。盾役と回復役という重要度の高い役職に就く彼等には避けては通れない道でもあるが、それを含めてもレイドボス戦というのは想像以上の物がある。
「『儚い身代わりの盾』」
欲張って過剰な攻撃を与え、回避の遅れた攻撃役を穿つ巨大な鉄の刃。それの間に割って入るように飛んでくる銀色の光が、即死級の技を肩代わりして砕け散った。
その隙に、後衛組から放たれたダメージの無い爆破魔法によって後方へと飛ばされた攻撃役は難を逃れ、未だ死者の数は0を維持している。
姫の王が使っている《儚い身代わりの盾》は、恐らく味方の命を一撃で刈る攻撃に対し、一度だけ肩代わりする盾の魔法。
効果時間がどれほどあるのかは不明だが、皆に掛けずに回避に遅れたプレイヤーにのみ使っている事から、MPの消費が激しい、又は効果時間が短い等のリスクを孕んだ魔法だと予想できる。
それを姫の王は盾役への回復を怠らずに、命の危機に瀕しているプレイヤーへと的確に飛ばしている。戦場の状態を把握し、脳内で常に計算し、無駄なく支援する様は流石の一言に尽きる。
一進一退の攻防に歓喜した剣王ノクスは声高らかに笑いながら、一度大きく距離を取って語り出す。
『――面白い。ならばこの技、受けてみよ』
「移動剣が来る! 地面が振動した部分から剣が突き出してくる! 素早く避けろ!」
盾役の一人が吠えると同時に、剣王ノクスはグレートソードを地面に突き立てた。
前衛後衛関係なく散り散りにその場から回避を始め、攻撃の分散を図る。
一撃目――盾役達がいる集団の下から剣が突き出し、防御態勢をとっていた数名の盾役が天高く吹き飛ばされる。
すかさずマイさんと姫の王が回復魔法を飛ばし、姫の王は落下速度減少の魔法も同時展開した。
二撃目――攻撃は完全にランダム性らしく、真反対の場所にいたダリアが立つ地面が揺れる。
咄嗟にシンクロでリンクする前に、ダリアは既に回避行動に移っており、突き出された剣を螺旋回転する炎の槍で破壊してみせた。
『ナイス判断』
『絵で勉強した ダイキのおかげ』
短いシンクロの中で、ダリアの声色に余裕を確認した。
三撃目――姫の王が立つ地面が揺れ、剣が突き出す。姫の王は左足を軸にヒョイと距離を取り、体を捻りつつ右手にメイスを具現化し、天へと伸びる刃を勢いの乗った金属棒でなぎ払うように破壊する。
音を立てて砕ける大剣は主の度重なる破壊により、既に数を半分にまで減らしていた。
技を使った後、剣王ノクスは反動で動けない。それを見越して、真っ先に走り出していた港さんは、右手と右足に電撃を走らせながら一気に距離を詰め、速度の乗った拳、そして流れるように空中で体を回転させ、遠心力の乗った蹴りを剣王ノクスの脳天に撃ち込んだ。
並ぶ文字はCritical――続く攻撃役達の猛攻により、剣王のLPはじわじわと減少していく。
『部長、皆の回復の方は大丈夫か? 手が回らないようなら俺も干渉で請け負うよ』
『だいじょうぶ。ちっちゃい人がほとんど回復してくれてるよー。それに自分でMPも回復してるみたいだから、分配もいらないみたいだねー』
開始から今まで、いつもの緩い調子を維持し続ける部長。彼女の声色に疲れや、処理が追いつかない等の焦りは感じられない。
部長に回復薬を飲ませながら、彼女の言葉に出た“ちっちゃい人”が誰かを考察する。
部長に回復する手を煩わせない誰か……まあ、十中八九姫の王の事だろう。“柔らかいのりもの”と呼ばれているマイさんではない。
剣王ノクスに赤の閃光剣を繰り出しつつ、姫の王の動きを追う。
考えてみれば、彼女の声は聞こえるが、先ほどの移動剣の際に見たきり、また姿が見えない。
まさか、マイさんが言うように透明化の魔法で機をうかがっているのか?
――流れ行く視界の中に、姫の王の姿を見つける。
攻撃役達が剣王ノクスに集中攻撃をしている間、姫の王は付近の大剣をメイスで破壊して回っていた。それも、回復や支援魔法などを完璧に飛ばしながら、片手間で相手の武器を処理していたのだ。
集中して目で追わなければ、即座に見失ってしまうレベルのその速度に、俺は一つの仮説を立てた。
《彼女の動きを視界に入れながら回復に勤しむ事は可能なのか?》
前衛攻撃役顔負けのパワーに加え、目で追うのがやっとの高い敏捷値。そして正確無比な支援の数々は、彼女がトッププレイヤーであるが故のスペックと言えよう。そしてそのオーバースペックな体を操るのは、彼女の中身のポテンシャルの高さである。
彼女一人を追うだけならまだしも、ただでさえ数も少ない上、もっとも忙しいと言える回復役のマイさんが、メンバー全員の回復をこなしつつ姫の王を追う事は可能なのか?
二階層――あの時は混戦であり、今回のような盾役だけ回復するのではなく、フィールド上のプレイヤー全てに回復を配らなければ成立しない。
現に今、マイさんは姫の王がほぼ全ての人間をフォローしている事で、盾役への回復に専念できているのだ。
つまりは――序盤だけとはいえ、混戦時に全てのプレイヤーを死なせずに、マイさん一人で保たせるのは“不可能”。
大きくダメージを受ける盾役数人の回復よりも、広いフィールド中に散らばるプレイヤー全てを回復支援する方が高度な技術を要する事は、誰の目にも明らかだ。
あの敏捷値があれば、少なくとも俺を置いて巨人から逃げ出す事は容易だったはずだが……或いは……。
『この俺様を呼び覚ました――必ずやこの報いを――いずれ王都に――その時はまた――』
数多の攻撃を体に受け、遂にそのLPを全損させた剣王ノクスは、最後の一本となった大剣を地面に刺し、片膝をついて切れ切れに語る。
何かストーリーに関係する台詞なのは明確だが、その断片的な内容から得られる情報は少なかった。
剣王ノクスの体が青き炎に包まれ、人魂となったそれが、割れた地面にゆっくり吸い込まれていく。
一本だけ残された剣が虚しく佇むその部屋で、討伐完了を告げる音がなり、皆のレベルアップを告げる光が次々に発生した。
異常に強いボスだったのは当然だが――戦い慣れたプレイヤー達と共に攻略すると、ここまでスムーズにいくのか。と、若干拍子抜けな部分もある。
今思えば――途中途中で飛び交う指示や、姫の王が剣を壊して回っていた部分も含めて何か意味のある事だったのかもしれないが、無事攻略できたとなれば考察するのも野暮だと、莫大な報酬を前に素直に喜びを噛み締めたのだった。