ダンジョン『剣王の墓』⑦
《剣王の墓 F5》――時刻は午後9時10分。
集合からダンジョン到着までの時間で約8時だったから、ダンジョンに突入して既に1時間近く経過している計算となっている。
予定では踏破まで2時間を見ていたので、ハプニングもありはしたが、進行ペースは至極順調と言えた。
五階層に出てくる敵にも別段変化はないようで、今まで通り、姫の王を守るように配置されたプレイヤー達のみで湧いた個体を片っ端から排除して進んでいる。
道中、暇だと言わんばかりに、姫の王が後続組の俺たちの元へやって来ると、主に港さんとマイさんの表情が険しくなるのが見て取れる。
そして前方で戦闘を繰り広げる姫の王グループの面々も、こちらへ負の感情が篭った視線を向け、その憂さを敵で晴らしているような状況だ。その中にいる、ブロードさんのパーティメンバーも、いつからか姫の王の傘下に加わったように頭に鉢巻を巻いていた。
「ブロードさん。他の皆さんとはパーティ歴長いんですか?」
たまらず、横を歩くブロードさんに彼らとの関係を聞いてしまった。
いくら姫の王の容姿が優れ、強く、コミニュケーション能力に長けていたとしても、今まで共に旅してきたメンバーが、出会って一日のプレイヤーの元へ下るのか? という疑問から成る質問である。
それに対しブロードさんは困ったように額を掻き、見兼ねたマイさんが呆れるようにして代弁した。
「彼らは元々、野良のプレイヤーの集まりで、私たちが姫の王とダンジョンに潜ると決まった時にパーティ加入したメンバーなの。王都ギルドやダンジョンまでの道中こそ、初めて会った人にも横暴な姫に憤っていたけど、そもそもの目的は姫に近付く事だったから、妥当なのよ」
やれやれと言わんばかりに肩を竦めてみせるマイさんに、ブロードさんは苦笑しつつ、それに付け加える。
「俺とマイも元々の目的は彼等と同じで《トッププレイヤーと共にダンジョンに潜る》事だったんだけど、マイ……まあ、俺もなんだけど、彼女と反りは合わなかったかな。トーナメントに向けて、近くで最強プレイヤーの立ち回りを勉強できればって参加したんだけどね」
なるほど、そもそも一緒に行動していたメンバーではないわけか。てっきりケンヤやライラさんみたく、初期からの固定メンバーとばかり……。
――と、俺たちがコソコソと話しているのが気になったのか……それとも自分の話をしていると察したのか。姫の王がスキップしながら、再び俺たちの元へとやって来る。
ともあれ、姫の王自身も港さん、マイさんには毛嫌いされているのを自覚しているようで、無闇に絡む真似をしないのは唯一の救いか……。
それでも、まだ脈アリと判断されたブロードさん、そして俺には、いつもの調子で話し掛けてくる。
「下の階層で戦った《囚われし巨人》についてのお話、聞きたイ? 聞きたいよネ?」
俺とブロードさんの間に入り、無邪気な少女のように手を結んだ姫の王は、両手をブラブラと振りながら楽しそうに語る。
ブロードさんの対応は、大人が子供にするようなもので、手を繋ぐ事に関しては何とも思っていないようだ。
ただ、後ろを歩くマイさんがイライラしているのが伝わってくる。腕に抱いた部長に顔を埋め、恨めしそうにこちらを見ているのが見える。
その横を歩く港さんは、さも興味無さそうにパネルを表示し、何かを調べるように手を動かしていた。
――大人の対応ってやつか。確かにそれが一番穏便に済ませられるな。
ともあれ、俺としては無闇にダリアの話題に触れてこない姫の王の配慮が有難い。それならばと、彼女の話に乗ってみることにする。
「剣王の墓を荒らそうとして捕まり、幽閉された賊みたいな存在ですかね?」
「ぶブー。それだと巨人に生贄を与えないと進めないシステムの説明がつかないヨ!」
試しに持論を用いて答えてみると、姫の王は得意げな顔で俺を見上げた。
ダリアは未だ、大人しい。
そんなこんなで、他愛のない雑談を交わしつつ進んでいく俺たち。
姫の王があっちへフラフラ、こっちへフラフラとひっきりなしに動いては、孤立気味のメンバーに話し掛け盛り上げて回っているため、先頭の士気も落ちないまま順調なペースを保っている。
「――なあダイキ」
先程まで何かを調べるようにパネルを操作していた港さんが、姫の王がいない事を確認した後、口を開いた。
その横を歩くマイさんも、言葉は発さないものの聞き耳を立てているように見える。
「なんですか?」
「二階層の混戦は覚えてるよな? でっかい騎士が中ボスとして出てきたドーム状の部屋の事だ」
その言葉に俺は、間を置かずして頷いた。
二階層といえど記憶に新しい、姫の王がトッププレイヤーたる片鱗を見せた場所だ。
俺の反応を見た港さんは「そうか」と呟きながら、更に続ける。
「――まず言っておくが、俺は姫の王がどうも好きになれない。なんつーか、仲良くなれない。……だから偏見の目で見てしまっている可能性もあるから、今から言う事を、一応自分の中で整理して考えてみてほしい」
もう一度俺が頷くと、港さんはパネルを開きつつ、そこに書いてあった内容を参考にするようにして話を続けていく。
「まず混戦の時――要はボスを数人の盾役が抑え、他の雑魚どもを俺たちで潰してた時だが……マイヤがどこで何をしていたか、お前、見てたか?」
港さんの真剣な口調に気圧されつつも、その時の事を思い返す。
俺は港さんやキング、それにブロードさんのパーティメンバー数人と雑魚の群れと対峙していた。後衛組であるマイさんやダリア、ケビン達は入り口前で固まって支援や援護射撃にて戦闘に参加していた筈。
彼らのグループは道中での戦闘を見ても、姫の王以外の回復役はいない。
つまりこのレイドには、マイさんと、俺の頭の上にいた部長、そして姫の王の計三人しか回復役が居ないという事になる。
港さんの言葉とは関係ない終着点にたどり着いたが、30人編成に対して回復役三人は、かなりキツイんじゃないのか?
――回復役最強プレイヤーの姫の王が何人力かの力を発揮すれば、その限りではないのかもしれないが。
ともあれ、俺は一応盾役兼攻撃役として戦い、忙しなく部長の視界をリンクさせつつ動いてたため、後衛組の動きは全く目にしていない。
「いえ、姫の王どころか、後衛組のざっくりとした座標しか頭にありませんでした」
「だろうな。実は俺も戦闘に夢中で見てなかったんだが、マイが言うには姫の王が聖属性魔法《聖なる大回復》を使うその時まで、どこにもその姿が無かったらしい」
「これは本当よ。回復役の仕事は状況把握も含まれてるし、味方の姿も追っていかなければならないの。だから誰が死んでしまっているとか、誰か居ないとかは逐一気にしてるわ」
なるほど。回復役の動きはそこまで詳しくはないが、回復魔法のダブり防止のため、同じ役職同士のコンタクトは必須だろう。
部長は俺の専属として居たから、マイさんと姫の王のコンタクトはほぼ必然的に行わなければ成り立たない。少なくとも、姫の王が独善的に回復作業に勤しんでいたとしても、マイさんはその姿を・その働きを嫌でも目にする筈である。
「つまり、マイさんの見た限りでは、序盤に姫の王の姿は無かった。と?」
「そうね」
少し疑うような雰囲気も混ぜつつ聞いてみるも、彼女は迷う素振りもなく答えた。
仮に姿をくらます魔法・若しくは技能があったとする――部長の装備に使われたカラーリングの事もあるし、無いとは言い難い――そしてあの場で戦闘開始と共に、それを使ったとしよう。
それで彼女が得る利益とはなにか?
「俺が考えるに、もし仮にそうだとして、姫の王が得る利益は……さしずめ《注目》でしょうか?」
「俺もそこにたどり着いた。実際、魅せられたブロード達のメンバーはコロッと落ちちまったわけだからな」
俺の言葉に、港さんは同意するように頷く。
――姿をくらまし回復をマイさんに任せ、機をうかがう。盾役に指示を出していたのだとすれば、中ボスの大技に合わせてわざとミスをさせ、皆にダメージを負わせる事もできる。
皆が弱った所に満を持して強力な聖属性の回復魔法を発動――聖属性だからか、ゾンビが一気に消滅したのもコレに秘密があるのかもしれないが――そして技の反動で動けないボスに、自らメイスで攻撃した事によって圧倒的な回復力とパワーを同時に見せつける事が可能となる。
そんな所だろうか。
確かに盾役にミスをさせるのも、彼女のパーティメンバーである場合は不可能ではないし、何度も来ているダンジョンなら技のタイミング・範囲・ダメージ・反動等を把握するのも難しくないだろう。
まあ、あくまでも推測になるが……。
「ちょっと出来過ぎな気もしますけどね。そこまで大掛かりにやるだけの価値が、あのプレイにあったとは思えないのですが」
「ともあれ、実際どうだ? 俺たちはなびかなかったが、他のメンバーは引き抜かれ、最初から今まで最後尾の小判鮫状態だ。生贄も、毎回なびかなかった奴を投入してるんだろ」
最後の方を吐き捨てるような口調で締め括った港さんは、生贄にされた事を思い出しているのか、かなり不機嫌そうに腕を組んだ。
マイさんも怯えるほど怖い思いをしていただけに、姫の王を擁護する発言は控えておいたほうが良さそうだな。
長いようで短い内容の話だったが、確かにかなり偏った意見だな。
ともあれ、生贄にされ、経験値を半分ロスト以上の恐怖を味わった二人には、今更姫の王を好きになる事が考えられないのだろう。
色々ギスギスしたレイドだが……果たしてレイドボスを無事討伐できるのだろうか。
長い探索を終え、遂に最上層部である《剣王の墓 F6》に足を踏み入れた俺たちは、巨大な門の前に到着した。
巨大な門は既に大きく開いており、奥に広がる広大なステージの全貌を外から覗く事ができる造りとなっていた。
開けた門の先には石造りの床が一面に広がり、二階層のようにドーム状のような造りとなっている。
――そして、真っ先に目に付くのは部屋の至る所に突き刺さっている剣、剣、剣だ。
細かい剣のジャンルで言うならば文句無しに《大剣》に属する武器だろう。柄の長さ的に巨人族が使う武器ではない事がわかるし、何より掲示板に載っていたボスが使う武器と全く同じだった。
不揃いに刺さる数多の剣に圧倒されながら、俺たちは部屋の前で、レイドボスに挑むための最終調整を行っていく。
基本的に装備等の変更は必要ないため、マイさんから渡された部長を頭に乗せ、下に降りたダリアと対面する。
一度部長とシンクロを切りダリアとシンクロを繋ぎ、確認を兼ねて話し掛けた。
『大丈夫か? 引きずってないか?』
大丈夫か? とはつまり、巨人から逃げ切った後の変化について。
引きずってないか? とは、戦闘に支障をきたさないかの確認だ。
『――あとで 話す 大丈夫』
コクリ。と、意を決したように小さく頷くダリアの頭を撫で、準備完了とばかりにボス部屋の方へと向き直る。
――決戦の時だな。