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ダンジョン『剣王の墓』⑤

 

 洞窟内の面積はかなり広い。少なくとも、巨人が自由に走り回れる程度の広さがあり、姫の王が言うように《逃げる》だけなら問題は無さそうだ。

 巨人は腕に残った鎖もろとも振り回し、壁を抉りながらこちらへ向かってきている。


 ――擦りでもしたら。


「マイヤさん。貴女が生贄に複数回選ばれていると推測した上で質問します。いつもはどんなルートで逃げていますか?」


 最悪の事を考えて、最良の手を打つのが吉だと考えた俺は、既にマップ開拓まで終わっている程のベテランである姫の王に意見を聞く。


「えーっト、いつもなら巨人の足元を抜けて奥の壁をタッチしテ、同じ要領で戻って来る程度の時間で上がれるようになるヨ」


 この際彼女の意見を全面的に信用するとして――なるほど、距離的に考えてもそこまで長い時間は掛からないわけか。

 姫の王が言うルートを参考に、頭の中でここの地形と巨人の股下に線を引く。

 生贄(俺たち)目掛けて移動する巨人の股下は、縦三メートル、横幅四メートル程度空いており、人二人が駆け抜けるには十分な広さが確保されている。

 恐らく大きな隙ができるのは片足を前に繰り出す瞬間――つまりは初期動作を見極めて滑り込む方法が、相手の意表を突くには有効的だと推測できる。


「では限界までこちらに引き寄せ時間を稼ぎ、相手が片足を動かすと同時に股下を潜り抜けます。巨人の攻撃力がどの程度かわかりますか?」


 望み薄だが――万が一巨人の攻撃力が、筋骨隆々な見掛けに反して低いのなら、多少の安心感が生まれる。

 姫の王は悪戯な笑みを浮かべながら、過去の例を思い出すかのように語る。


「レベル40の耐久特化盾役(タンク)ガ、殴打で一撃死だったかナ」


「それ、ここのレイドボスより強くないですか?」


「うン、だってこの巨人は多分《倒せないタイプ》のボスだもン」


 彼女の声色に――妙なリアルさが感じられた。


 他のゲームでも、よく設定として存在する“倒せないボス”。攻撃力が高すぎたり、防御面が高すぎたり、そもそもLPが減らなかったりと……その類であれば交戦するだけ時間の無駄という事か。


 なんにせよ、港さん達にも知らせなければマズイ。


 俺は再び、部長とのシンクロによって視界をリンクさせる――と、同じ姿形の巨人が迫っている画面が飛び込んできた。

 隣で焦る港さんや召喚獣達、そして視界が激しく上下している事から部長――或いはマイさんが、恐怖からか息を荒くして動揺している事が分かる。


 恐怖しているのが部長なら状況は最悪だ。と、願うようにして部長へとコンタクトをとる。


『部長! 大丈夫か?』


 左画面では、急に黙った俺を不審がる姫の王が顔を覗いてくる様子が映るが、肩車されたダリアが追い払うように振るった杖に目を突かれ悶絶する姿が見える。


『なんかでっかいのりものが来てるよー』


 ――と、数秒遅れて部長からのコンタクトが返ってきた。

 プレートの位置から離れてしまっているのか、俺との直接的な距離が遠くなり、もしかしたらシンクロが届きにくくなっているのかもしれない。

 とりあえずいつも通りの部長の声に安堵した俺は、姫の王の体験談と俺の考えをまとめた内容を伝える。


『でもわたし喋れないよー』


『そうだよな。困ったな……』


 内容を理解した部長は、根本的な問題点を口にした。

 シンクロにより俺と心で会話する事ができる召喚獣は、第三者に聞こえるように声に出して喋る事ができない。

 同時進行で港さんへ通話を試すも、ダンジョン内は圏外扱いで掛からない。メールを送ってみたが、運良く気付くかどうかだな……。


『いいこと思い付いた。わたしが実演してみれば、みんな気付いてくれるかもしれない』


 あの手この手を試していると、部長が提案めいた事を呟いた。

 口がダメなら態度で示す――部長はそう言いたいらしい。


 確かに、サイズは大きいとはいえ彼女は小動物。対する巨人は読んで字のごとく体が大きく、手足は長い。


 シミュレーションをしてみる。


 部長が股下を目掛けて走り出し、巨人がそれに気付いて攻撃を開始。鎖を振り回すのは驚異だが、速度自体はそこまで早くない。

 不安定要素があるとするならば、鎖の範囲がどの程度に及ぶのか。そして、俺は部長の走る姿を見たことがないという事だ。


『――部長、お前走れるのか?』


『こんな時のために体力は温存してあるよー』


 なんとも調子のいい答えだな。


 俺が言ったように、足を繰り出すタイミングに合わせて走り抜ければ、人間が同じ事をするよりも安全度は高いはず。


 ――そうだな、ここは部長に任せようか。


『巨人が限界まで近付く前に、港さんとマイさんに何でもいいから強化(バフ)を掛け、うまく注意を集めた後に行動開始だ。戦う素振りや、それを匂わせる会話が聞こえたらもっと早く決行してもいい』


『まかせてー』


 俺のシンクロの効果を知る港さんなら、唐突な強化(バフ)で気付いてくれるかもしれない。後はうまく部長の行動の意味を理解してくれるかどうかだ……。



「ダイキ! 無視しないでヨ!」



 ――と、ヒステリックな声によって精神世界から強制送還された俺は、片目を涙で潤ませながら不満気な表情を見せる姫の王に目を向ける。


「すみません、何か言いました?」


「意地悪してないよネ? ……まあいいヤ。そろそろ移動しないとだヨ」


 巨人との距離は――ざっと20メートル。いままでの速度から考えて、ここに手が届くようになるのは約40秒程度だろうか。


「そうですね、では巨人の股下……左足に沿って間を抜けます。マイヤさんは俺の前を走ってください」


「そんな心配する事ないのニ。死んでも蘇生してあげるヨ」


 そういう問題じゃないんですよ。と、こちらを見上げる体勢だった姫の王をくるりと半回転させ、背中を軽く叩いて移動開始の合図を出す。

 巨人が左足を繰り出すタイミングで走り出した姫の王、そして俺。

 走り方まであざとい姫の王の左斜め後ろ(・・・・・)を走り、巨人の行動に注意しながら股下に潜り込んだ。


 ――日本最強の回復役(ヒーラー)が側にいるとはいえ、死ぬわけにはいかない。これは蘇生できるできないの問題ではないのだ。

 俺が死ねば、パーティメンバーである港さんも巻き添えで死んでしまう。そしてダリアや部長、キングやケビンも同時に死んでしまう。

 恐怖に震えるマイさんは、いきなり味方全員が死んだら、冷静でいられる筈がない。俺は自分が死ぬのを全力で回避しなければならない。


 巨人は生贄自ら向かってきたのを好機(チャンス)と考え、右手を大きく振り払うように繰り出す――その腕の速度は、やはり遅い。


 すんなり通り抜けることに成功した俺たちは、そのまま速度を落とすことなく、洞窟の一番奥――巨人が最初にいた場所まで移動する。

 獲物を逃した巨人は、何も掴めなかった手をグーパーし、洞窟に響く雄叫びを上げ、憤慨(ふんがい)するようにして方向転換をした。


 ここまでは予定通りか――姫の王も、いつも通りだと言わんばかりに余裕な表情を崩さない。


 とりあえず第一目標を達成した俺は深呼吸した(のち)、シンクロにて部長の視界をリンクさせる。

 と――いつもより低い視点から見上げるようにして映るのは、後ろから追ってきた港さん達の姿。

 部長の行動の意味を理解した彼らも一度目の回避に成功したらしく、安堵の表情を浮かべたマイさんが何かを言いながら部長を抱き締めた。


『お手柄だ、部長』


『ごしゅじん。柔らかいのりものがごしゅじんに、有難うって言ってるよー』


『今回頑張ったのは部長だよ、マイさんは部長にも言ってるんだと思うぞ』


 ともあれ部長が言う“柔らかい”だけで、それがマイさんだと分かったのは、部長が彼女のどこに居たかを考え、女性ならではの部位だと悟ったからである。

 ダリアに聞かれたら、俺も杖を目に刺されるかもしれない。


「ア。プレートが光ってるヨ! 皆の攻略が終わったみたいだネ!」


 羽をパタパタ動かす姫の王が指差す先に、青白く光を放つプレートが見える。

 ――なるほど、上のチームが扉の奥をクリアすれば、再びプレートに乗って戻れる仕組みになっているのか。


『光るプレートに乗れば上で合流できる。最後まで気を抜かずに戻るんだぞ』


『はーい』


 一度動きを理解してしまえば問題はないだろう。最初ほど心配せずに視界のリンクを切った俺は、再びこちらに向かってくる巨人を見据えた。


 ――動き、速度共に変化なし。


「マイヤさん、後は同じ要領であのプレートまで走って乗れば終了ですね?」


「そうだヨ。はァ、ダイキとの二人きりの時間もここまでかア」


「二人一緒に死んだら、もうしばらく二人きりになれますよ」


 軽く無駄口を叩く余裕もできていた。一度通過できた事実は自信に繋がる。

 部長にも言ったように、気を抜かずに落ち着いてこなせば戻ることができる。



 ――巨人が迫り、最後の時間がやってくる。


 ともあれ、むやみに攻撃等に走らない姫の王はプレイヤーとして、ある程度のマナーを有している事がわかる。

 この危機的状況でもニコニコと笑みを絶やさない所は徹底しているが、ふざけてもいい場面、悪い場面はしっかり理解している様子。

 堅実なプレイをすれば、女性ファンも増えるのだろうが……俺の口出しできる領域ではないか。

 

「いくヨ」


 真剣な声色で短く言った姫の王は、目前まで迫った巨人が左足を繰り出すタイミングを見計らい、駆け出した。俺もそれに続き、先程と同じ距離で駆ける。


 タイミングは完璧――俺たちは巨人の股下に差し掛かった。


 が、



「聞いてないぞ……」



 全力で駆ける俺たちに鎖の付いた巨大な手の平が、ゴオオという風を切る音と共に迫る――が、予想外なのはその速度だ。先程の比ではない。


 このペースだと姫の王もろとも潰される。


 初めて見る行動パターンなのか、先行く姫の王はその光景に、まさか! と言わんばかりに目を見開いた(のち)、猟奇的な笑みを浮かべてメイスを具現化させた。



 どうするべきだ――



 正解はなんだ――



 置かれた状況下を理解するように、思考を加速させていく。

 姫の王の一手はどう働く? 巨人の攻撃はどこを通過する?


 

 ――周りの風景が突然、ゆっくりと経過していくような感覚になる。



 姫の王も、巨人も、俺以外の世界が《速度を忘れたかのように》恐ろしくゆっくりしたものへと変わった。


 静かに流れる時の中で、姫の王、そして巨人を見やる。


 斜め前を走る姫の王は、右手に持った極太(ごくぶと)の金属塊で手の平を迎え撃つようにして動かしていく。

 ――が、タイミング的にも、角度的にもこれは悪手だ。相殺できない。受身が取れない分余計なダメージが上乗せされる。


 巨人の手の平は、俺の想像を上回る速度で繰り出された。

 ――間違いなく、走り抜けられるような速度ではない。

 彼女を抱えて跳ぶか? いや、加速が足りない、回避するには至らない。

 隼斬りで加速するか? いや、対象に向かうあの技で回避する事はできない。


 考えたくはなかったが、結果として最も最悪な展開になったのは確かだ。

 俺の今の位置からなら、あと一つ可能性が残されている。


 腹をくくると共に、時間の流れが戻っていく――




「返り討ちニ――!」


 彼女がメイスを振り上げるよりも先に、炎を纏った盾が巨大な手の平に迫る。


 最悪のパターンを想定し、最も攻撃が通過しやすいルートで待ち構えていた俺は、意を決して盾弾き(シールドパリィ)を繰り出したのだ。


 ――最悪の事を考えて、最良の手を打つ――


 俺の行動は、果たして最良だったのか……いや、誰がどう見ても最悪の手であると分かる無謀な盾弾き(シールドパリィ)


 最も死を避けるべき人間が、最も危険な役割を請け負わなければ全員が死ぬ。こんな皮肉があっていいのか。


 姫の王を左斜め前に行かせたのも、相手が最も攻撃を繰り出しやすい手を“右手”にさせるため。

 万が一を考え、攻撃を避けられない状況になった場合、左手で装備した盾で、俺が盾弾き(シールドパリィ)を繰り出せるように初めから想定してあった。

 確率は、パーセントにしてみれば一桁を割るだろうか……レベルの差が大きい上に相手はボス。当然、技術者の心得による光は、今までにない速度で拡大と縮小を繰り返している。



「決まれ!」



 ――自分に言ったのか、はたまた神に言ったのか。そしてそれが神に届いたのか、成功確率数パーセントの壁を越え、巨人の右手が大きく跳ね上がっていく。



 ――しかし、届いた神は死神だったか。



 右手の手首から伸びる鎖が、まるで鞭のように向かってくる。

 盾弾き(シールドパリィ)を繰り出した俺は当然ながら無防備であり、コンマ数秒遅れで繰り出されたメイスが今、虚空に振り上げられたのが見える。

 トッププレイヤー故の反応速度が、今回は悪い方に働いた。色濃く死の色が塗られたその凶器が擦れる金属音と共に迫る。



 死――



 絶望が支配する意識の中で見たのは《赤き竜》。

 獅子よりも気高い咆哮と共に繰り出されたのは真っ赤な衝撃波。

 驚愕の表情を浮かべた姫の王の視線の先は、俺の頭上。

 途方もない威力を孕んだ衝撃波は鎖を弾き飛ばし、プレートへの活路を開拓した。


 ――この好機(チャンス)を無駄にはできない。


 姫の王の手を引き、一直線に駆ける。続く二撃目の攻撃も加速した俺たちには届かない。

 プレートの上に転がり込むように乗った俺たちを、上昇を始めるプレートが運んでいく。


 徐々に小さくなっていく巨人の姿を眺めながら、俺は肺の底から安堵の息を吐き出したのだった。

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