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ダンジョン『剣王の墓』④


 三階層も難なく突破し、四階層の道を探索していく一行。

 先頭を行く姫の王の周りには彼女のパーティメンバーは勿論、ブロードさんのパーティメンバーの姿もあり、皆が皆、中ボス攻略の一端を担った姫の王に目一杯の賞賛を与えていた。


「やっちゃうヨー!」


 道中現れた甲冑騎士を前に、得物をメイスに替えた姫の王が単身で対峙し、大男が使いそうなその金属塊を軽々と振り下ろし敵を粉砕していく。


 本来であれば回復役(ヒーラー)は最後まで生き残るべき存在であるから、前線に出て率先して戦闘に参加するのは邪道中の邪道だ。

 しかしながら、皆、中ボス戦の時に魅せられたあの破壊力が脳裏に焼きついているため、歓喜する者はあれど止める者はいなかった。――まるで(まい)を踊るように敵を蹂躙(じゅうりん)していく姫の王の華麗(かれい)な戦闘を、彼らは恍惚(こうこつ)の表情で見守っていた。


 その数メートル後ろを歩くは俺と港さん、ブロードさんとマイさん、そして召喚獣達だ。

 本日何度目かの盛大な溜息を吐きながら、マイさんは腕に抱く部長に顔を(うず)めつつ、くぐもった声で呟いた。


「どれほどの魔力、技能(スキル)補正があれば、あんな範囲も質も高い回復魔法が使えるのよ。その上回復役(ヒーラー)なのにも拘らず、攻撃役(アタッカー)顔負けのパワーって……」


 側から見ても規格外なそのスペックを見て、マイさんはメンタル的にダメージを受けていた。

 姫の王の回復力や火力を直に見たことにより、自分と彼女とを比べてしまっていたらしい。


「トッププレイヤーたる実力ですかね。マイさんはマイさんの仕事をすれば、問題ないと思いますよ」


 同じ回復役(ヒーラー)として部長も何か思うところがあるはずだが、全く気にする素振りを見せない。

 マイさんの腕の中で眠る部長のような鋼鉄の精神(アイアンハート)で、気にせずのんびり行くのが吉だ。


「単純なレベルの差でも、かなり変わってくると思いますからね」


「……そだね」


 フォローできたか少し心配ではあったが――気にしない方向で行くのか、立ち直ったのか、少し考えるような素振りを見せたマイさんはニコリと笑う。


 が――自分で言ってて改めて思ったが、やはりトッププレイヤーとは《レベルの差》という根本的な差がある。

 中ボスとはいえ、仮にも推奨レベル46のフロアボスを回復役(ヒーラー)がパワーで圧倒する。


 PSでは説明しきれない部分もあるだろう。


 どこかでレベルを聞く機会でもあれば、参考にできるんだがなあ――。




 しばらく進んでいくと、大きな扉の両端に円状のプレートが置かれた奇妙な空間が現れた。

 重く閉ざされた扉を挟むようにして、地面に埋まる二枚のプレート。

 上にはうっすらと魔法陣のような模様が描かれており、その円は大人三人程度の大きさしかない。


 先頭が詰まった事により、少しだけ離れていた俺たちと姫の王グループとの距離が縮まっていく。

 緑の鉢巻をしたプレイヤー数名が睨みつけてくるのを、余所見をするようにして流しながら、この部屋について質問を投げる。


「ここは、どんな仕掛けが?」


「ここは《生贄の扉》だヨ。両端に二人ずつプレイヤーが乗る事デ、真ん中の扉が開く仕組みになってるんダ!」


 俺の質問に姫の王が元気良く、手を挙げて答えた。


 生贄の扉か……あまり聞こえの良い物じゃないが、読んで字のごとく、プレートに乗った合計四人は死ぬ――なんて、無粋な仕掛けじゃないだろうな。


 それに関する補足説明は、姫の王から語られる事はなかった。

 彼女を遮るように手を突き出しながら、こちらを睨む、あの魔法使い(ナイト)が代わりに続ける。


「別に、弱い奴を捨てるゴミ箱じゃない。残された合計26人が開いた扉から中へ入り、敵を全部倒し切れば誰も死ぬ事はない。ものの数分で終わる」


 裏を返せば、倒し切れなければその四人は死ぬ――とも聞こえるが……。

 


「で、誰が入るんだ? こんな物騒な仕掛けに」


 明らかに敵意むき出しのまま、プレートの方を顎でしゃくった港さん。

 それに対し、鉢巻をしたプレイヤー達がニタリと笑ってみせる。



「マイヤ様に決まってるだろ」



 誰が言ったか、姫の王への宣戦布告とも取れそうな発言に、鉢巻をしたプレイヤー達はむしろ、肯定するようにして一様に頷いた。


 ――なるほど。


「姫様を救う、的な感じでしょうか?」


「違いないわね」


 隣にいたマイさんに耳打ちすると、同じ事を考えていたのか、マイさんは少し呆れ気味に同意した。

 ブロードさんは訳が分からないといった様子で、頭にハテナマークを浮かべている。


 それに関して、姫の王自身も異論はないらしく、淀みない動きで右のプレートの上へと歩いていく。

 問題は残りの三人になるわけだが……。



「マイヤと一緒のプレートはダイキに決定ダ!」



 ――ここで姫の王が爆弾を投下してきた。


 彼女の発言に一番驚いていたのは、他でもない鉢巻をしたプレイヤーの面々。

 奥の方ではジャンケンをするのが見えていたので、どうやら彼女と一緒に生贄になるのを望んでいたらしい。

 ジャンケンで勝った奴が姫の王と二人きりになり、負けた連中が姫の王を救う騎士になるわけか。


 こいつら――思いの外楽しんでるなあ、ゲームを。少し微笑ましい。


 にしても、なんだって俺なんだよ……。


「あとの二人は貴方と貴女ネ。皆、早くマイヤを助けに来てネ」


 間髪を入れずに、姫の王は港さんとマイさんを指名し、異論は認めないと言わんばかりに話をピシャリと締め切った。

 棒立ちになる俺の腕をとった姫の王は、ダリアもろとも俺をプレートの上まで引っ張っていく。

 他の面々は納得いかないといった様子だったが、姫の王の言葉に逆らうプレイヤーは()らず、ぞろぞろと扉の前へ並んだ。


「召喚獣も含めると三人になっちゃいますが」


「召喚獣は生贄にはカウントされないかラ、問題ないんだヨ」


 息がかかるくらいに身体を密着させた姫の王は俺の耳元に口を近づけ、艶かしい声で呟いた。

 俺の頭を掴むダリアの力が次第に強くなっていくのを感じつつ、俺は反対側のプレートに乗る羽目になったマイさん、港さんペアを見やる。


『部長、シンクロを繋いでおくから何かあったら教えてくれ』


『わかったー』


 都合のいい事に、マイさんの腕の中には部長がいる。彼らの安否確認は部長を介して行う事が出来そうだ。

 ブロードさんが心配そうな面持ちで俺たちを見ているが、両方のプレートに生贄が乗った事によって重厚な扉が音を立てて開き、なだれ込むようにして中へと突入する人の群れに飲まれていってしまった。

 生贄よりは危険が少ないのかもしれないが……信じて待つしかないだろう。



 ――問題はこっちだ。



 ゴウンゴウンと、重々しい機械音と共にゆっくりと降下していくプレート。

 例えるなら、炭鉱に設置された小さなエレベーターだろうか? 降下とは(すなわ)ち地面に沈んでいくのと同義であり、視界360度を囲っているのは、石を幾重にも重ねて造ったような穴。

 姫の王に密着され、ダリアに圧縮された状態が続いている。


「ねエ、ダイキ」


「何故いきなり俺の名前を?」


 さっきも呼んでいたが……。


「だっテ、皆が呼んでたかラ――呼んじゃダメ?」


 そう言いながら、あざとく俺の腕に指を置き、なぞりながら見上げてくる姫の王。

 宝石のような緑の瞳が潤み、心なしか顔が紅潮しているようにも見える。


 目線を外したら思う壺だと、俺は目が合ったそのままの体勢で「じゃあ俺もマイヤさんって呼びますね」と冷静に対応する。

 対する姫の王の瞳に一瞬、動揺とも取れる確かな揺れを見たが――流石は百戦錬磨、プイと視線を外して頬を膨らませる。


「なかなか手強いネ、キミ」


「鈍感系主人公かもしれませんよ?」


「自分で言う事じゃないヨ」


 姫の王は自分のペースに運べないのがもどかしいのか、次の手を考えるように俯いている。――それならばと、次は俺の方から彼女に話を振ることにした。


「港さんとマイさん――いや、逆側のプレートに乗せた二人を選んだ理由は、攻略不能だったから。ですか?」


 俺の質問に対し、面白いくらいに身体をビクつかせた姫の王は、ケロリとした表情を浮かべながら再び俺の顔を見上げた。


「なんのことかナ?」


「港さんは明らかに貴女の事を最初から警戒してますし、同性であるマイさんはどうやっても(なび)かないですもんね。……だから二人をわざと隔離したのかなーと思いまして」


 その後――数秒の沈黙が流れ、辺りには重々しい機械音のみが虚しく響いている。


 生贄を乗せたプレートは今も尚降下を続けている。肩車されているダリアも、特にリアクションもなく大人しくしている様子。


 俯く姫の王を見て、少し弄りすぎたかなと反省しつつ、一度シンクロを繋いだ部長の視界をリンクさせる。


 ――どうやら、向こうも同じ様な風景・同じ様なスピードを保ちつつ降下しているらしい。

 向こうにはキングとケビンの姿もあり、かなり大所帯なプレートとなっているが、味方が多いのは何より心強い。

 視界の隅に映る港さんが、腕を組みながら部長に向かって――いや、この場合はマイさんに向かってだよな。マイさんに向かって何かを話しているのが見える。


『大丈夫か?』


『あ、ごしゅじん。問題ありませーん』


 脳内に緩い少女ボイスが流れ、あまりの緊張感の無さにコケそうになった。

 明らかに普通じゃない状況に置かれているのに、全く動揺する気配がないな。感服するよ。


『二人は何て喋ってるんだ? ――と、俺に秘密にした方がいいような内容だとしたら、別に言わなくていいぞ』


『それはよく分かんないけど、ごしゅじんの心配と、あねきの心配と、ブローなんちゃらの心配をしてるみたいだよー』


 ……うん。部長からの伝言から察するに、俺とブロードさん、――あねきってまさかダリアか? あねきって呼んでるんだ……。


 なんにせよ、別段ハプニングも無いようで一安心だな。


 部長との視界リンクを解除し、視点を戻すと――長い穴も終わりに近付いてきたらしく、足元の方から徐々に徐々に別の空間を匂わせる、緑色の光に包まれていくのが見えた。


「マイヤさん。この先には何があるんですか?」


「……教えなイ」


「いや、いじけないでくださいよ……」


 結構カマかけたような質問だったが、驚く事に図星だったのかもしれない。

 別のプレートに二人を乗せた理由が、俺の言った通りなら、一緒のプレートに俺を乗せた理由は、のらりくらりと立ち回っている俺を一気に落とす作戦――ってのは思い込みかもしれないが……。

 ペアにブロードさんを選ばなかった理由は、彼が本物の鈍感系である事にどこかで気付いたからか? 何となく、彼は難攻不落だと思ったのかもしれないな。



 なんにせよ――計算がちょっと足りなかったな。



 穴の終わりが腹の位置までに迫り、胸、そして目線の高さまで降下が終わる。


 眼下に広がったのは、発光する緑色の(コケ)のような物に囲まれた大きな洞窟だった。

 視線を右に移しても洞窟の表面が続いているだけで港さん達の姿はない。恐らくはこの表面を越えた奥の空間を降下しているのだろう。どうやら合流できない仕様になっているらしい。


 洞窟の奥には鎖で繋がれた巨大な人のような生き物が、完全に俺たちを敵として認識しているらしく、唾を撒き散らしながら獰猛(どうもう)に唸っている。

 巨人の首や腕や身体に巻かれた太い鎖は、蜘蛛の巣のように洞窟内を通っており、それは俺たちが今降りてきている場所の近くにも、例外なく張り巡らせてあった。


「おいおいマジかよ……」


 嫌な予感が脳裏をよぎり、咄嗟(とっさ)に真下へと目を向ける。


 ――と、プレートが丁度終わる位置には鎖が束になって集まっているのが見えた。


 プレートが地面に着くのを待たずして飛び降りた俺は、鎖の上から押し潰すように降下するプレートに向かって剣を突き入れる。


 《生贄》《恐ろしい巨人》《拘束された鎖》


 予想通りなら――



「くそ!」



 プレートが降下する力は人間の力では到底抗うことが出来ないと、腕が悲鳴を上げた瞬間に悟る。

 武器を失う訳にはいかないと剣を引くと、ゆっくりと下降してきたプレートは鎖の上に沈み、案の定、鎖の束を圧力によって捻じ切った。


 じゃらじゃらと鎖が外れていく音と共に、身体を拘束していた忌まわしき物が失われたのを感じた巨人が雄叫びを上げる。

 解放された腕の力で次々に鎖を千切っていき、現れた俺たち(生贄)を八つ裂きにするべく向かってきた。



【囚われし巨人 Lv.42】#BOSS



「マイヤさん。……これ、本当に生贄になるやつですよね?」


 明らかな格上の登場に顔が引きつるのを感じながら、俺は全てを知るであろう彼女に視線を送る。

 プレートの上から静々(しずしず)と降りてきた姫の王は、妖艶な笑みを浮かべてそれに答えた。


「マイヤがいる限リ、全滅はあり得なイ」


「倒せるかわかりませんよ?」


「倒すのが目的じゃなイ。マイヤ達生贄側がすべき行動ハ、逃げるか死なずに耐えるかの二択なんだヨ。すぐに皆がここから解放してくれるかラ」


 絶望的な状況に置かれているとは思えない程、落ち着いた声色で淡々と答える姫の王に、俺も次第に落ち着きを取り戻していく。


 向こう側(・・・・)も心配だが、幸いにも巨人の動きはかなり遅い。

 魔法使い(ナイト)の彼の言う事が本当ならば、何十分も逃げ回る心配もないのかもしれない。


 ともあれ、万が一攻撃なぞ受けようものなら回復役(ヒーラー)の有無も関係なしに戦闘不能になる可能性がある――



 目前に迫った巨人と対峙し、俺たちの肝の冷える鬼ごっこが開幕する。

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