砂漠の悪魔、再び
試練の洞窟に甲高い金属音が鳴り響く。
相対する骸骨剣士の一太刀と炎を纏う盾が交差し盾弾きが成功。
錆び付いた剣は宙を舞い、間髪を入れずに叩き込まれた大いなる火炎によってその身を消し炭へと変える。
オルさんが強化してくれた品々を装備し、港さんと合流した俺たちは、昨日に引き続き試練の洞窟の二階で対人戦練習を行っていた。
敵の動きも昨日の今日でよくわかる。盾役三人だったり、六人全員が回復役だったりと、色々変則的な組み合わせも試しつつ、俺たちは着々と対人戦に慣れていっていた。
設定レベル36の骸骨達も、ほぼ問題なく捌けるようになってきていた。
加えて、数を重ねるごとに敵の次の行動、その次の行動を先読みし一手を打つ戦い方が板についてきている。装備が大幅に強化されたのと、場数を踏んだ結果であると言えよう。
俺たちの動きが良くなった事により、部長もスムーズなサポートが行えていた。
討伐完了を告げるプレートの出現で一息つく。横では、刃物のついた小手を仕舞いつつ、港さんが感心したように頷きながら腕を組むのが見えた。
「この完成度は驚いたな……対人戦の経験がないプレイヤーが、一日二日でここまで洗練された動きができるとは」
「対人っていっても、相手はモンスターですから。それに何度も戦っていればパターンも把握できますし」
少し過大評価し過ぎじゃないかと思いつつ、やんわりと謙遜する俺に、港さんはとんでもないと言いたげな顔でそれを否定した。
「ここに出てくる骸骨がそこら辺のモンスターと一緒だと思ってるのか? ……だとしたら先に言っておく、ここの骸骨は“対人戦専用の特殊AIを積んだモンスター”だ」
「対人戦専用のですか?」
「公式の情報だから信憑性は高いぞ。――ここの骸骨はあらゆる戦闘パターンを学習する。過去に挑戦したパーティの動きを全て記憶し、反映してくる。レベルの差でゴリ押せば勝てる可能性はあるが、俺がレベルの調整をしてるからそれもできないわけだ」
学習機能がついたAI……誰かが挑戦するたび、パターンを覚えて強くなるって事か?
「そのAIを相手に先読みができるってのは相当なキレ者じゃなきゃ不可能だな。銀騎士みたいな“見てからそれを超える動きを行う”とか、竜の戦士みたいな“わかっていても防げず避けられない動き”は例外だが……この頭のキレは武器になる。戦況を見て臨機応変に対応できるプレイヤーはそう多くないだろ」
もはや大絶賛である。日本人特有の謙遜合戦が始まりそうなので、素直に賞賛を受け取っておこう。
ともあれ、港さんのように相手の戦略を物ともせず、千切っては投げ千切っては投げが、俺としては一番強い気がするなあ……。
「うし、じゃあレベル上げに行くか?」
試練の洞窟に潜って一時間程経った頃だろうか。
骸骨相手に殆ど苦戦することもなくなったのを見計らい、港さんが提案するように言い放つ。
厳密には骸骨相手でもレベル上げにはなっているのだが、港さん的には物足りないらしい。
「対人戦練習はもう大丈夫ですかね?」
「いーや、まだ試してない陣形もあるから、中止というより、一旦保留だな。――それにレベルを上げて技を覚えたら、ここで試し撃ちして慣らす事ができる。そういう意味でも、並行してレベル上げするのが一番だ」
「技の分だけ作戦が増えますからね。ではどちらでレベル上げを?」
俺の疑問に、港さんは一瞬だけ遠い目をした後、ため息まじりに言う。
「砂漠だよ、砂漠。やっぱオアシスで得られる経験値は旨いし……それに、夜なら美味しい場面にありつける可能性がある」
「砂漠……サンド・デビル居ますけど、大丈夫ですか?」
「馬鹿言うな! 俺も今日まででかなりレベルも上がってるし、見つけたら返り討ちにするぞ! ……多分大丈夫だろ」
呟くように言う港さん。
最後の方はボソボソと、あまり聞き取れなかったが、やはりトラウマには変わらないようだ。
――ともあれ、もしサンド・デビルとまともに戦うとなれば《戦乙女》の技量を図る事ができる。
彼女は範囲内の敵を一撃で屠っていたが……果たして今の俺たちで、サンド・デビル相手にどれほどの火力が出せるか――。
《帰還の翼》を使い王都へと戻ってきた俺たちは、一旦クエストの報酬を貰いに王都ギルドへと向かっていた。
港さんが言うに、相当な経験値が期待できるらしい。
確かに、昨日から今日にかけて相当量の骸骨を狩っていたわけで、クエスト状況の方もとんでもない数字になっている。
【蠢くアンデッド】推奨Lv.18
夜の支配者が天に咲く時間、王都の周りに朽ちた戦士が現れます。なるべく多くのアンデッドモンスターを撃破し、王都の治安維持に貢献しましょう。
アンデッドモンスター 討伐数[10/10]
アンデッドモンスター 追加分[494]
経験値[980]
報酬:G[3900]
※追加討伐数によって変動します。
このクエストは24時間経過で再度受ける事ができるため、その前に一度消化しておくのが理想のようだ。
にしても結構倒したんだなあ……。
港さんが受付NPCにクエストの報告をすると、俺たち全員のレベルアップが起こった。
洞窟で既に一つ上がっていた筈なのに、このクエスト報酬によって更に一つレベルが上がっている。
――恐るべし、討伐クエスト。
その後、十数分で再度クエスト受理できるとの事だったので、俺たちは王都ギルド内で時間を潰していた。
円状の木の机を囲って設置された椅子に座るダリアは、魔石を口内で転がしているのか、頬の片側をポッコリ膨らませながら、地面につかない足をふらふらと動かし黄昏ている。
部長はキングという新しい乗り物をゲットしたらしく、俺の足元で丸くなる黒豹の上でふてぶてしく寝息を立てていた。
――相変わらず自由な召喚獣達。ケビンは小さな死神のようなフォルムとなり、ギルド内に存在する酒場スペースで酒を飲む港さんの傍に寄り添っているのが見える。
『何か飲むか?』
『いい』
酒場はジュースも取り扱っており、食べ物もつまみ程度なら頼む事ができるが、素っ気なく俺の気遣いを断るダリア。
……ま、まあいいや、一人でギルドのクエスト掲示板でも見にいこう。
キングと部長の事をダリアに任せ、俺はクエストが貼り出されているギルド内に設置された木製の掲示板に向かう。
そこには数名の冒険者らしきNPCが、どのクエストを受けようか悩んでいるのか、掲示板と睨めっこしているのが見える。
中には年端もいかない少年少女の姿もあり、腰に下げた貧相な短剣が見ている者の不安感を煽る。
この世界に存在する《冒険者》は、危険な仕事までなんでもござれの《何でも屋》。少し設定部分に触れると、俺たちは《異人の冒険者》であり、彼等とは少しだけ境遇も待遇も違う。
冒険者は身寄りのない子供だったり、乱暴者だったり、勉強嫌いだったりする者達が就く場合が多く、世界的にはポピュラーな職ではあるが、内容はかなりダーティーな部分が多いらしい。
普通に考えれば、モンスターの討伐の類を一般人が関与しているのが恐ろしいな。現実に置き換えれば、子供が剣一本で熊やライオンを相手にするのと同義だろう。
実力と運があればお金になるとはいえ、少し考えさせられるものがあるな……。
「い、異人様。どうか助けてください」
――ふと、掲示板を眺める俺の手が何かに包まれる感覚と共に、そちらへ視線を移せば、目の下に涙を溜め俺の顔をジッと見つめている美女の姿がそこにはあった。
彼女の細く、白い手が俺の手を握っているのが見える。
頭の上にネームもLPバーも無い。つまりはNPCという事になるが……。
――何故か先程飲み物を断ったダリアがいつの間にかすぐ近くに寄って来ていたが、俺は気にせず彼女に問いかける。
「どうしました?」
「はい、実は……王都からほど近い《幻惑の森》に生える幻惑草を採ってきてほしいのです。ギルドに頼もうにもお金がなくて……異人様、どうか私を助けてください」
美女が泣き崩れると同時に、クエスト発生を告げる鐘のような音が鳴る。
そして視界の隅に『【名声クエスト:命惑わす危険な香り】が開始されます。承認しますか?』という一文が出現した。
命惑わす危険な香り? いや、このクエスト自体、危険な香りがプンプンするんだけど。
高揚した美女の顔は何処か色っぽく、期待と希望を含む瞳は今もなお潤んでいる。
ふと――視線を移すと、隣りにいるダリアがじっと俺をみつめていた。
シンクロなど使わなくてもわかる。
その瞳には拒絶の色が多分に含まれているように思えた。
『【承認しません】が選択されました。クエストは破棄されます』
ダリアが否定的だったのもさることながら……きな臭いので却下。
クエストが破棄されると、美女は何事もなかったかのように立ち上がり、踵を返してギルドから消えていった。
隣りにいるダリアが、どこかやりとげた顔をしている。
――綺麗な花には棘がある、と。これで痛い目みたら面白くないからね。
ダリアが恐ろしいオーラを放っていた事に気がついたから破棄したわけじゃないぞ。
ともあれ――バイキングの時といい、名声クエストばかり蹴っているが、この“名声”がちょっと気になるな……もしも、進行上不可欠なパラメーターだとすれば、下がるほど不利になるとも考えられる。
俺はその場でメニュー画面から《ガイド》を開くと、その中にあった“名声について”の項目を開き、目を通していく。
「“名声”とはその人の善い行い、悪い行いに応じて増減する数値を意味し、クエストやボス討伐等でも変動する。名声クエストをこなすと上がりやすく、失敗すると大きく下がる……か」
ガイドをよく読まなかった所為で、ここに来て新しい事実を発見とは――我ながら情けない。
ガイドの内容から察するに“いい人度”を数値化したものであり、マーシーさんから聞いた“P.P事件”等の迷惑行為をした場合、下がると考えられる。
名声を上げるには、名声クエストを受け、成功させるのが一番である風に聞こえるが、もし失敗すれば減少する事も匂わせている。
つまりは、受けずに拒否した程度では下がらない……そんな認知で問題ないだろう。
ともあれ、名声ってどこで確認できるんだ?
メニュー画面からステータス、クエスト確認等の項目をスライドさせていくと、“実績”という項目が存在する事に気が付いた。
開くと、過去に受けたクエストの種類や回数、倒したボスの種類や数等々が並んだその中に、《名声値[70]》とあり、細かな詳細も載っていた。
「ボス討伐で+10、ストーリークエスト+10、通常クエスト+5……なるほど、積もり積もって70って事か」
ずらりと並んだ実績を指を折るようにして数えながら、名声値が何でどれほど上がるのかを把握する。
名声クエストを成功させれば、これら以上の名声が手に入る可能性も、減少する可能性もある……という事だな。名声が何に有益なのかは不明だが、数値が大きくて損はないだろう。
そんなこんなで、俺が思考している間に、港さんが受付NPCより再び【蠢くアンデッド】を受注。俺たちは無事に王都ギルドを後にしたのだった。
砂の町は、昼夜関係なく賑わう他の町とは違い、夜はひっそりと静まり返っているのが何処か不気味だ。
町の至る所で松明が燃え、町ゆくNPCも度々見かけるものの、先日のスリの件もある、多少警戒しつつ進んでいく。
町よりもモンスターが蔓延る砂漠の方が気を張らなくて済むのは何故だろう。
何処までも続く砂漠の茶色と、夜の闇を表す黒が視界の全てを支配している。
唯一の癒しといえば空に輝く二つの月か……。黄色の光を放つ、見慣れた月の隣に浮かぶ赤色の月が怪しく光る。
「――遂にこの時が来たか」
サンド・デビルとも戦うつもりだと意気込んでいた港さんは、暗闇に包まれる砂の海に目を向けながら、絞り出すように呟いた。
目的としては随時掲示板を確認しつつオアシスの探索と、エンカウントしたサンド・デビルとの戦闘。
今回は二手に分かれず全員で砂漠を進んでいく。
――港さんの言う“美味しい場面”とは何を指しているのか気になったものの、追い追い分かるだろうと、ここは戦闘に備えて気持ちを切り替えた。
しばらく歩いていると、間欠泉の如く噴き出す砂の中から見上げる程の長い巨体が現れた。
ゴツゴツとしたミミズのような、けれども穴のような口にはびっしりと牙が並び、どこにあるかも分からない目で確認したのか、俺たちの方へと口を向けた。
【サンド・デビル Lv.35】
やはり改めて確認してもレベルが高い。港さんこそ40を超えたものの、どれだけやれるか……いや、この程度に勝てないようでは上位は目指せない。
再び砂の中に潜ったサンド・デビル。
前にも見た攻撃パターンだ、次の攻撃は――
「『地斬剣』」
試練の洞窟でのレベルアップ時に覚えた新たな技を使い、跳躍の後に剣を地面に突き刺した。
根元までブスリと刺さる剣から出た斬撃は、ひび割れた大地のようなエフェクトを生み、地中から飛び出さんとするサンド・デビルをあぶり出すようにして攻撃を加える。
火属性攻撃も加わった地斬剣によって大きくLPの削られたサンド・デビルは、堪らず地上へと飛び出した。
完全に照準を狂わされた奴の上には誰もいない。
空中にいるサンド・デビルに、ダリアが放つ隕石に似た火炎が容赦なく奴の体を焼き尽くす。
ダリアの最強魔法である大いなる火炎によってLPの半分まで減らしたサンド・デビル。
地上にバウンドするのを合図に青のオーラを纏う港さんと、電撃を纏うキングが技をぶつけ、トドメと言わんばかりにケビンが放った黒の竜巻によって、サンド・デビルは光の塵となり消し飛んだのだった。