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ダンジョン『試練の洞窟』④

 

 時刻は午後9時12分。


 最後の骸骨が崩れ落ちると同時に、目の前に半透明のプレートが現れる。


 実に30戦以上をこなした俺たちは、(たま)らずその場に座り込んだ。

 VRであるから体の疲労とはまた違う、妙なだるさが体を襲う。

 港さん(いわ)く、脳の使いすぎによるものらしく、酷い場合は警告の後に強制ログアウトになるほどらしい。


 小学の頃、夏休みの宿題を最終日までやらずに遊び通したあの夜も、こんな風に体が鉛になったかのような感覚に(おちい)ったっけな。と、プチ走馬灯みたいなものが頭を駆け巡っていた。


「初日は十戦程度で切り上げるつもりだったが……タフだな。いや、負けん気が強いのか? なんにせよ、お疲れさん」


 流石に余裕がある港さんが、主に俺と部長に向けて声を掛けてきた。

 俺たちは負担こそ多かったものの、ダリアを含む攻撃役(アタッカー)勢の働きも素晴らしいものだ。

 彼らの火力なくして俺たちの仕事はないわけだから。


 このダンジョンだけで俺たちのレベルは二ずつ上がり、俺が35、ダリアが32、部長が28となった。港さんは39、キングが37、ケビンが32と、こちらも順調に上がってきているようだ。

 トーナメントで最前線組と当たれば、最低でもレベル40付近のプレイヤーとなる。

 そう考えると少しレベル不足な気もするが……


 腹を天井に向けて全力でだらける部長は、ダリアにMP回復薬 Lv.4を飲ませてもらいながら『いきかえるー』と呟いている。

 ダリアにはご褒美として魔石を一つ食べさせておいた。


 ともあれ、本番とは勝手が違うんだろうけど、やはり対人戦は普段の戦闘よりも頭を使うな。


 (アーツ)一つとっても、敵の次の動きからそのまた次の動きを読んで、後手に回らないための一手を打たなければならない。純粋な時間稼ぎは敵に体勢を立て直す時間を与えてしまうし、フリーの敵がいればやりたい放題になってしまう。

 俺は部長を乗せている以上、倒されるわけにはいかない。もっとも、俺が倒された場合、全滅になるため俺のリタイアすら許されない。


 部長を他の人に乗せるにしろ、その人が自由に動ける範囲が狭まるし、彼女に一人で動き回る機動力がない。

 結果として俺に乗る以外の戦い方が無いわけで、そうなると敵の狙いが俺に集中してしまう。


「やはり弾き(パリィ)による攻撃無効化の成功率の向上。及び、干渉による二画面戦闘での練度向上……ここがキモになるよな」


 30戦の間に何度か危うい場面があった。初戦の剣弾き(ソードパリィ)失敗からの連続攻撃などいい例だ。一度のミスにつけ込まれたら瞬く間に負けが決まる。

 トーナメントで何勝かすれば、俺の役割と部長の役割を把握するプレイヤーが出てくるだろう。そうなれば間違いなく狙われることになる。


 あらゆる状況に対応できる適応力と、反射能力。動体視力的な、動きを見る力も鍛えなければならないだろう。

 更には、敵の動きの先を読む、将棋の棋士(きし)のような騎士(きし)を目指さなければならない。


「何を笑ってるんだ?」


「いや、なかなかうまい言い回しを考えつきまして」


「よく分からんが……やめといたほうがいいぞ」


 港さんは、さも胡散臭そうに、何も聞かぬままシッシッと手を払うように動かした。




 その後――俺たちは地下三階に進むことなく、冒険の町の方へと戻ってきていた。

 ダンジョンといえばレイドパーティ、そしてレイドボスだが、このダンジョンに限っては旨味も少なく、挑戦するプレイヤーはそう多くない。レイドパーティを初めて組んだ時に練習がてら攻略する、お試しのような部分が大きいようだ。


 帰り道は港さんが《帰還の翼》という、この場所から最も近い、行ったことのある町に転移する便利アイテムを使って楽して帰還した。

 町から目的地へは使えないが、目的地から町に帰る際は重宝するらしい。港さんが言うには、ダンジョンを攻略する頃に良く使うアイテムだから持っておいて損はないとの事。


 後で雑貨屋にて探してみよう。


 ダンジョンから一気に王都へと帰った俺たちは、そのまま冒険の町にポータルで移動した。


「じゃあまた明日だな」


「はい。また明日」


 終了する時間が午後夜9時30から10時30頃までという、俺と似たような生活サイクルの港さんに苦笑しつつ、彼のログアウトを見送る。

 俺もそろそろ落ちたい所だが、一度オルさんの所に寄ってからにしようと考えていたため、もうしばらくプレイする事にしていた。


 フレンド欄からオルさんがログインしているかの確認をとりながら、今から行く(むね)を送る。


 とりあえずのんびり露店でも見て歩きながら向かおうか。





「突然だが、明日から店を持つ事になった」


 開口一番、オルさんは満足げな顔を浮かべながら俺の肩にポンと、手を乗せてきた。


 自分の店を建ててその中で販売や製作をするのか……それもロマンがあっていいな。是非ともお邪魔したい所だ。


「お祝いしましょうよ。完成は明日の何時頃ですか?」


「ありがとよ。一応予定では午前9時30分に建物が完成する手筈になっているから、ウインドウにアイテムを並べたり、調整したりする関係で10時30分くらいに店が完成するな」


 いやあ長かった。と、過去の苦労を思い出すかのように目を瞑り、腕を組むオルさん。

 露店を開いてるプレイヤーの殆どが、自分の店を持つ事を第一目標としているらしい。

 紅葉さんやマーシーさんも、ゆくゆくは自分の店を持つのだろうか。どの町に構えるのか楽しみだな。


「そんなわけで、結構バタバタしててよ。今日は徹夜だな」


「無理は禁物ですよ」


「なーに、自分の好きでやってる事だからな。店を持つ事ができるのも、ダイキ含めたお客様あってのものだからよ。お客様の依頼を(ないがし)ろにはできない」


 オルさんの声色に不平不満(ふへいふまん)は感じられない。相当な商売脳だと思う反面、ロマンを追う姿が自分と被った。目的は違えど持つ物は同じか。


「と、そうだ。今日は確か――」


「ええ、新しく仲間になった部長の武器を見繕ってもらいたくて。それと可能なら強化等もやってもらいたかったのですが……忙しいですよね」


 俺の言葉に、オルさんはキョトンとした表情を浮かべると、何かを察したように手をヒラヒラさせ、それを否定する。


「いーや、徹夜しなければ追いつかないってわけじゃなくて、お世話になったこの通りに最後まで座っていたいと思ってただけなんだよ。だから問題ないぜ」


 本音か建前か、俺には分からなかったが、思い切って全部頼んでおこう。トーナメント前にはレベル調整や装備の更新は必須だと思うし、素材もある程度集まっている。


 俺はオルさんにトレードを送り、装備を全て並べる。ダリアの杖もそこに追加し、キングリザードの素材とハイリザード達の素材をありったけ並べていく。


 レベル30以上のモンスターから出た素材だし、今の俺の装備の強化に使えるかもしれない。火偽竜(サラマンダー)の素材ともなんとなく相性が良さそうだし。


「これで部長の武器の作成と、俺とダリアの装備の強化、頼めますか?」


「ほー、キングリザードの素材か。属性も同じだし大丈夫だろ。なら部長ちゃんの武器の型を見てもらおうか」


 型というのは、種類の事だろう。戦士で言う所の剣や斧や槍。いわば作成するにあたってのベースとなる形状。


 トレードを完了させたオルさんが再度、俺にトレード画面を送ってくる。そこには数種類の武器群、爪や刃付きの腕輪などが並んでいた。

 俺はその中から、複雑な模様の入った爪を選択する。


「基本能力は魔力と器用に振ってもらいたいのと、カラーリングで透明にしてもらいたいです」


「お、部長ちゃんは裸族派の召喚獣なのか。OK、了解だ」


 ついでに手持ちにあった素材を買い取ってもらいつつ、それらを費用として当ててもらう事にした。

 ともあれ、殆どが補強に使うそうなのであまり期待できる金額にはならなそうだが。


「明日来れるのは夜か?」


「そうですね。最速で19時です」


 仕事がいつも通りに終われば、その時間には家に帰ることができる。

 俺の返答にオルさんは満足げに頷くと、ニヤリと笑みを浮かべて続ける。


「なら王都の商業区13番通りにある《心命(しんめい)》という木製の建物が俺の店だ。そこへ取りに来てくれ」


「心命ですか」


「おう。《心》を込めて《命》を吹き込む。俺の装備作りにおけるモットーだ。明日は一日ログインできるはずだから、来る前に一言連絡してくれ」


「わかりました。よろしくお願いします」


 アイテムボックスから取り出した予備の装備に身を包みながら、手を振るオルさんと別れた。

 どんな店になっているのか見るのが楽しみだな。雑貨屋で酒とか買っていくか。


 道中見つけた雑貨屋で何本か酒を購入し、明日のお祝いの品として包んでもらう。ついでに発見した帰還の翼もいくつか購入しておいた。

 ――そういえばケンヤ達のギルド設立のお祝いもまだだったな。次会った時にでも何か持って行ってあげようか。


『すまないな、二人とも。明日一番に食べ物屋に連れて行ってあげるからな』


『わかった』


『はーい』


 時間も遅いため功労者の二人にご馳走することができなかったので、明日一番に食事処に連れて行く約束をしておく。


 今日は久しぶりに宿屋でログアウトしてみようか、明日も召喚獣達には頑張ってもらわなければならないしな。質の良い睡眠を取ってもらおう。


 ミニマップで鶏のマークを探し、見つけた宿屋に入る。

 思えば部長と宿屋に泊まるのは初めてだな。


「二人とも、今日はお疲れ様。また明日もよろしくな」


 ダリアと部長の頭を撫でながら、俺はログアウトボタンを押した。

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