ダリアと食事とログアウト
目立っていた。途方もなく目立っていた。
人の目を惹く奇抜なデザインのプレイヤーも多く存在する冒険の町。召喚を終わらせ、ポータルの前に転移した俺たちは、その誰よりも好奇の目に晒された。
「じゃあ俺たちはレベル上げに戻るけど……大丈夫か?」
「お、おう。初めから召喚獣を呼び出すまでと思ってたからな」
ケンヤの視線は俺の頭の上に向けられている。ライラさんも同様だが、こちらは何処か物欲しげだ。
「しかし、喋らないなぁ。……んで、なんでこんなにもう懐いてんの?」
「俺の魔力を込めて作った魔石で生まれたんだ、当たり前だろ」
「納得できねー。βテスト時の俺の苦悩がこんな些細な事で……」
俺に肩車されながら召喚獣は未だ沈黙を続けている。ケンヤ曰く、召喚したての召喚獣が懐く事はあり得ないらしい。
そしてこの幼女、服は同色のダークレッドのワンピースのみと軽装だが、実はステータス値は俺やケンヤ達ですら遠く及ばない。
名前 ダリア
Lv 1
種族 魔族
筋力__20
耐久__20
敏捷__20
器用__20
魔力__35
魔力に関しては純粋な魔法職レベルであり、ステータスに限った話だが、戦闘に参加させられればプレイヤー1人分以上の戦力が期待できるという。装備を整えれば、更に強くなるとの事だ。
そしてケンヤの危惧していた親密度に関しては。
召喚者 ダイキ
親密度 12/100
既に12となっている。何が作用したかは大体俺の予想通りだとは思うが、少し紐解いてみるか。
まず彼女には、俺が最も愛する花である『ダリア』の名前を付けた。これはステータス画面を開いていたので間違いないが、それによって親密度が2上昇していた。
残りの10だが、原因は愛情を全力に注いだ魔石にある。当初の目論見通り、自作した魔石を与えれば親密度は上がったのだ。
既に俺の体をよじ登って肩車される太々しさを見せているし、親密度は数字以上に高いのかもしれない。
ともあれ、子供を肩車した経験は初めてだが、全然重さを感じないな……。
「召喚時に魔石は五個も食うし、その上普通の魔石は食べないときた。暴食でグルメって……いたっ!」
叩かれた、召喚獣に。女の子だからか? 恥ずかしさがあるとでも言うのか?
「ダメですよダイキさん。女の子はそういう所、敏感なんですから」
クスクス笑うライラさん。ダリアを見るその目は、まるで園児を見守る保育士さんのようだった。
時計台前に着き、ここでケンヤ達とはお別れとなる。ケンヤ達はダリア含めた俺とパーティを継続してもいいと申し出てくれたが、やはり経験値の事を考えると後ろめたさが勝ってしまう。
彼らとはフレンド登録を済ませているし、連絡は簡単に取れる。臨時の即席パーティ程度なら喜んで参加する旨を伝え、短い間だったが、俺のパーティプレイは終了した。
また何かあればすぐ会う事になるだろう。
時刻は午後1時20分。
早朝からぶっ通しでプレイし続けているため、空腹と睡魔が同時に襲ってきていた。
Frontier Worldでは現実宛らの食事や睡眠を取ることが可能となっているものの、食事に関して言えば根本的な解決にはならない。勿論トイレも行きたくなる。
あくまで娯楽として食事を楽しむことができる。ただ、睡眠は現実と同じ効果が得られるらしい。ゲーム外で寝るかゲーム内で寝るかの違いだけだが。
寝る場所によっては危険も伴うともあるが……好きこのんでフィールドで寝るプレイヤーは少ないだろう。
「そんなわけで物は試しだ。どこかで食事を取って宿屋にでも行ってみるか」
ダリアは相変わらずノーリアクションだが、食事と聞いて俺の髪を掴む手がピクリと動く。ケンヤから聞き忘れていたが……なるほど、召喚獣も食事という行為が必要なのかもしれない。
ミニマップでのパンのマーク、実際はレストランや定食屋などの飲食店を指すらしい。勿論、パン以外の料理も出てくる。
マークを頼りにたどり着いたのは、バイキング形式で食事ができる肉料理の店だった。料金は食べた量に応じて取られるらしいが……カウントは誰がするんだろうか。
ともあれ、この世界には高度な知能を持つAIが存在するから、その辺りも彼らがカウントしてくれるのだろう。
お勤めご苦労様です。
料理屋の前まで来ると、ゲームとは思えないなんとも美味しそうな香りが鼻を刺激し、腹の虫が鳴く。キャッチコピーにもあったように、欲を満たせないだけのリアルな食事は偽りないらしいな。
ダリアは興奮した様子で頭をペチペチ叩いて急かしてくる。
「いらっしゃいませ。二名様でよろしいでしょうか?」
「はい」
「ニ名様ご来店です!」
「「「いらっしゃいませ!!」」」
活気があっていいな。
召喚獣であるダリアを一人としてカウントしていいのかと思ったが、マナーを守ってお金を払えば問題ないだろう。
店内はプレイヤーとNPCがごちゃ混ぜで座って食事を楽しんでおり、俺たちは窓際のテーブル席に通された。
プレイヤーとNPCの違いはLPバーの有無くらいだろうか。一目でわかるが、それさえ無ければ全く見分けがつかなくなる。表情や仕草のどれを取っても、プレイヤーのソレと遜色ないように見える。
進んでるなあ、世界の科学は。
「……ダリア。それじゃご飯食べられないだろ」
未だ肩車から降りようとしないダリア。まさかバイキング形式だと理解した上で、自分の好きな料理を取らせようと目論んでいるとでも言うのか?
なんにせよ、このままでは埒があかないので、とりあえず料理を取りに行く事にした。
メニューはサラダから始まり肉料理は勿論、パスタやカレーなど俺たちが親しみやすい現実世界の料理から、謎の肉が使われた料理や見た事のない野菜の入ったスープなど豊富な種類に驚いた。
しっかりキッズメニューみたいな物やデザートも用意してある所に、徹底さを感じる。
「適当に取ってるから、食べたいのあったら言えよー」
俺はやや大きめの皿を手に取り、ゲーム世界の肉料理を中心に盛っていく。時折、ダリアが頭をペチペチ叩くので目の前にある肉料理を盛る。ここで彼女の野菜嫌いが露見する。
キッズメニューやデザートには興味を示さなかったから、肉料理だけを食べたかったらしい。
席に戻るとダリアは肩車から降り、俺の横に座った。少しテーブルが高いように感じるが、あまり気にしていないようだ。
「ダリア、ナイフも使って食べなきゃダメだぞ」
フォークで肉を突き刺してムシャムシャ食べはじめるダリア。初の食事と考えれば、手づかみで食べてないだけ、相当賢いとは思うが……。
折角の可愛い顔もソースと油まみれなので、膝の上に座らせてフォークとナイフの使い方を教える。理解してるのかしてないのか、ダリアは口に運ばれた肉をただ黙って食べていた。
「合計で、806Gになります」
「え」
掲示された合計金額に、思わず間抜けな声が出てしまった。
あれだけ食べてこの値段なら、安い方なのかもしれないが、それにしてもこの出費はでかい。ダリアの底なしの食欲に圧倒され、ついつい食べさせ過ぎてしまった。
「この分の働きはしてもらうからな」
ケロっとしているダリア。
食べ過ぎで重たくなっているので肩車なしだ。大人しく手を繋いでもらっている。
続いて宿屋だが、一度ログアウトして食事を取ってから寝よう。ゲームのために食事を疎かにするレベルにはなりたくないな。
ここで問題となるのが、ログアウトしたらダリアは一緒に消えるのか、ここに残るのか。また、再度召喚を必要とするのか、ログイン時に一緒に現れるのか。
どちらにせよログアウトは宿屋でした方が良さそうだ。その間にケンヤにでも聞いてみるか、掲示板でも覗いてみよう。
「いらっしゃいませ。本日は泊まりですか?」
ミニマップの鶏は食事処ではなく宿屋のマークだと、ケンヤに笑われながら教わった。
利用料の100Gを支払い、簡素な部屋に着く。ダリアをベッドに降ろし、ログアウトボタンを押した。
「いい子にしてろよ」
眠たそうな目を向けるダリア。
その風景がゆっくりと暗転し、俺は自室のベッドの上で意識を覚醒させた。