灼熱牢獄
小癪な魔法攻撃を放つ2匹のハイリザード・クレリックが、隕石にも似た特大の火の玉によって焼かれ、跡形もなく消え去っていく。視界上にチラリと見える小さな腕が戻ると共に、俺の視界が再び覆われた。
「打ち解けた瞬間ベッタリとはね……溜め込んでたんだろうなあ」
暗闇に包まれた視界でも、音をたどれば誰がどこにいるかわかる。俺の右隣を歩くトルダは、呆れたような声色で呟く。
『ダリア。前が見えないんだってば』
『嫌』
頭を包む何かがモゾモゾと動いている。絞め殺さんばかりに両手両足を絡めているダリアは、シンクロを使ってからずっとこの調子で肩車されていた。
少し前まで手を繋ぐに甘んじていたダリアは、恥じらいながらも背中を登り、定位置である肩車のポジションに到達した。それから暫くはシンクロで話しかけても何も答えず、何かを確かめるように頬を擦り付けてきたのだった。
そして現在はこの調子である。体までもがシンクロしてしまったかのような、恐ろしい密着度でもって戦闘をこなしている。
参ったな。ここまでベッタリのダリアもなかなか無いから新鮮なんだが、ここは町中でもないフィールドの中だ。適正レベルより低い部長とトルダがいる手前、あまり気が抜けるような状態は危険が伴う。
望み薄だが、試してみるか。
『魔石あげるからさ』
『食べる』
魔石を1つ取り出してチラつかせてみると、光速で伸びたダリアの手がそれをひったくっていった。頭上でむちゃむちゃと、はしたない音を鳴らして食べているのが聞こえる。
チョロいなおい。
これでは変な人に付いていかないか心配になるレベルだ。シンクロせずともわかるが、この子の食に対する欲は全てを凌駕している。
『今はモンスターのいるフィールドの中なんだから、ちゃんとしてなきゃダメだぞ』
『わかった』
これを境に蛇のように絡んでいたダリアは、平常時の肩車の形へと戻った。これで部長が嫉妬深い性格だったとしたら大変なことになっていたに違いない。そんな部長はトルダの頭の上でだらしなく体をぶら下げながら、ひたすら暑さに耐えているようだった。
『部長、大丈夫か?』
『あついー しぬよー 水に入りたいー』
もはや、会話すら不可能なほどにダレている。ここまで来たとなれば引き返すのも容易ではないため、彼女にはボス戦まで頑張ってもらうしかない。
「ねえ。今も部長ちゃんとダリアちゃんと会話してるの?」
「ああ。……まあ尤も、部長の方は暑いとしか言ってないけどな」
2人とシンクロしてわかった事だが、シンクロの効果は、対象をその都度切り替えなければ発揮されない。今は部長とシンクロしているため、たとえダリアが何かを言っていたとしても聞く事はできないようだ。
シンクロのレベルが上がるにつれ、召喚獣全てと同時に繋がる事が出来るようになるのだろうか? それに伴い視界の共有も増えるのだろうか?
どちらにせよ、かなり酔いそうだな。
現在シンクロのレベルは2。『この子を対象にシンクロする』という俺の意思によってシンクロが成立するため、何かを告げるために召喚獣の方からシンクロを繋いでくる事はできないようだ。
常にどちらかと繋いでおくのが最適だと言える。シンクロ中はジワジワとMPを消費するものの、その量は微々たるものであり、使い惜しみする必要はない。
「部長ちゃん。私の事なんて言ってる?」
唐突に、トルダは顔を赤らめながら自身の頭の上を指差した。周囲は溶岩の流れる赤々とした光に包まれているため、表情の変化は俺がそう感じただけではあるが……。
『のりものー』
「……頼りになるってさ」
「ほんと? やった!」
ごめんなトルダ。間違ってはないけど程遠いんだよな。手を叩いて喜ぶトルダから、視線を部長に向ける。
多分この子はトルダに限らず、ほぼ全ての人を自分が歩かないための乗り物だと思ってるんだろう。現に、『俺は?』と聞くと、『大事なのりものー』と言ってくれた。こいつめ。
狭く足場の少ないフィールドも遂に終点が見えてきていた。移動距離でいえばかなり膨大な量ではあったものの、ほぼ一本道だったため迷う事なくたどり着く事ができた。
奥に見える巨大な扉は鎖のような物が幾重にも巻かれ、ただならぬプレッシャーを放っている。片方の扉が少しだけ開いており、人1人が通れる程度の幅があるように見える。
扉の両脇にある松明の火を見ると、あのインフィニティ・ラビリンスでのブラック・ドラゴン戦を思い出す。今回はレベル的にも場所的にもマトモなフィールドボスであるはずだから、一撃で死ぬような規格外ではないと思いたい。
「ボス戦だ」
再び表示されるクエスト通知を指でスライドさせ、分かりきった内容を確認する。
【クエスト:封印されたリザード族】推奨Lv.30
灼熱牢獄の扉が開いています、侵入したリザード族によって親玉であるキングリザードの封印が解かれている可能性があります。仲間を集って戦闘に備え、牢獄の調査を完了させてください。※報酬はその場で貰えます
◯灼熱のキングリザード[0/1]
報酬:経験値[10366]
報酬:G[14070]
クエスト完了通知である1通目を流し、新たに開放された2通目に目を通した。ここまで連続したクエストだし、やはりボス討伐はほぼ確定だろうな。にしても経験値が旨い、これだけでレベルアップに必要な数値の1/3に匹敵する。
これまでの戦いで俺とダリアが1つずつ。部長が3つ、トルダが5つレベルを上げている。クエストの報酬はパーティーメンバーで山分けであるから、俺が貰えるのは約2600程度になるが……ボスの持つ経験値もあるだろう。報酬で良い物が出れば、装備するのもアリだ。
全員の準備が整うのを確認した俺は、重々しい扉を抜けていく。中は広々とした円状のフィールドとなっており、東西南北に小穴が空いているのが見えた。
ジャラジャラという金属音に釣られ見上げると、天井がベコリと削られているのがわかった。中心部分に見える鎖の塊が不気味に揺れている。人型にも見えなくないソレを貼り付けるかのように、後ろには淡い緑色の光を放つ魔法陣が描かれていた。
「なに? アレ……」
既に弓の弦に手を掛け、戦闘態勢に入っているトルダが目を細め、訝しげに天井の鎖を見つめている。
そして小穴の方からは、何かを引きずるような音と共に、無数のリザード達が湧いてきていた。しかし、身体つきが今までのリザードに比べて一回り大きい。身体に無数の傷が刻まれ、蜥蜴の顔は恐ろしく獰猛。目は血走っている。
そして、その全ての個体の足に鎖が付けられ、その先に重りが付いている。まるで囚人のような風貌に、このフィールドの名前を思い出す。
灼熱牢獄。
牢獄は罪人を入れておく場所であり、牢屋である。てっきりハイリザード達がこの中で親玉を救出しようと躍起になっている姿を想像していたが、あれほど道中に居たハイリザードの姿は無い。
真相は別にあるのか?
……なんにせよ、敵は敵だ。倒してしまえば関係はない。
数にして20もの屈強なリザード達が俺たちを取り囲んだ。奴らが出てきた小穴からは溶岩が流れ出し、円状のフィールドを縁取るように広がっていく。
剣を抜いた俺はすかさず鼓舞術による強化と野生解放を発動し、臨戦体制に入る。ダリアも肩車から降り、赤いオーラを纏いながら杖を構えた。
かくして戦闘が始まった。混戦での要は火力の高いダリアだ。彼女には広範囲且つ高威力の魔法で敵を一掃してもらう役目を任せてある。そして部長にはダリアのMP管理と俺のLP回復を優先事項として動いてもらう。
近距離戦に向いていないトルダを守る形で俺が敵視を集めていく。やり方は雑魚狩りと全く同じだ。
「『こっちだ』『磁力盾』」
盾を叩きながら挑発による敵視集め、そして磁力盾でありったけの敵を引き寄せる。先に挑発を挟むのは敵視の取り漏れを避ける意味を含む。後の磁力盾は最大で10体程度の敵までにしか効果が無い。
俺を中心に発動した4本の黒い柱が捻れて巨大になり、爆発する。巻き込まれたリザード達はそれでも御構い無しに俺に攻撃を続けている。
これが敵視による敵集め。盾役は敵の敵視漏れに注意しながらひたすら耐える事になる。
『部長。回復頼んだ』
『はーい』
混戦で敵味方がわからずとも、俺にはシンクロによる無線機能がある。たとえ遠くにいても俺の状況を逐一部長に送る事ができ、それに合わせて部長が回復魔法を飛ばす。これだけで戦闘は非常に安定する。
尤も、俺が『体力・耐久タイプ』の盾役ではないのと、統率者の心得により『所有者が死ぬとパーティメンバー全てが死ぬ』というリスクを背負っているのとで、他のタンクより肝が冷える状況にあるのは変わりない。
「『こっちだ』『磁力盾』」
ダリアの闇の四重奏は凄まじい威力であるから、危険な存在と認知したリザード達の敵視が俺からダリアに向く。それを俺は挑発と磁力盾によって抑え込む。
トルダが弓を射る音が響く。リザードの後頭部に矢が突き刺さり、凄まじい叫び声と共にリザードが消滅する。手を休める素振りも見せず、トルダは続け様に技の乗った緑色の矢を放っていく。
わらわらと集まるリザード達を押しつぶすように、ダリアの大いなる火炎が発動。赤く発光する巨大な岩石のような、災害にも近い圧倒的な魔法の前に、後衛組の攻撃で弱ったリザード達はなす術なく潰されていく。地形的にも火属性が効くとは到底思えないが、それを無視するかのような威力によって、残っていたリザード達は全て光となって爆散する。
「ダリアちゃんには敵わないね」
「うちのダリアだ。当たり前だろ」
口角をヒクつかせながら額を掻くトルダは、信じられないものを見たと言わんばかりの口調でダリアの火力を評価した。
リザード達が全滅したのを合図に、フィールド全体が縦に揺れる。天井の魔法陣が徐々に光を失っていき、鎖がガチャガチャと動きだした。
鎖に覆われた何かが目覚めようとしている。そしてそれが何であるかは、ここにいる全員が理解していた。
「くるぞ。親玉が」
粉々に砕かれた鎖が雨のように降り注ぎ、天井に封印されていたリザードがフィールドに降り立つ。
硬そうな赤い皮膚に覆われた巨大な体は、鎧代わりに隆々の筋肉が備わっている。右手に炎に包まれた斧、左手に炎に包まれた盾を装備したリザード達の親玉が、復活を告げるように雄叫びを上げた。