心の声
回し蹴りを繰り出し、ハイリザード・ファイターを溶岩の流れる崖下へと蹴り落とす。金属の防具に身を包み強化されたハイリザード達ではあったが、溶岩の中でも生きられるというわけではないらしい。
数秒のタイムラグの後、全員に経験値が行き渡る。
奥に行くにつれ地面よりも溶岩の面積が増えてきていた。今俺たちが歩いている場所は、大人4人が手を開いて横に並んだ程度しかない。移動するだけなら問題はないが、戦闘するとなれば動き回るのは厳しいだろう。
出てくる敵は門番と同じ装備を付けたハイリザードというリザード族の上位種。レベルも25とかなり高めで、流石のトルダも数回の攻撃を余儀なくされていた。
ただ、格上相手に雑談を交えて戦えているのは彼女のセンスあってのなせる技だろう。弓を使うのを止め、昔やっていたという柔道の技を活かしてハイリザード達を次々に崖下へ投げている。
「それで。シンクロっていう技能のお陰で、召喚獣達の声が聞こえるようになったの?」
「声というか、考えている事が流れ込んでくる感覚に近いな」
「……ふーん。私も部長ちゃんやダリアちゃんと話したいな」
「シンクロの取得条件は今の所召喚士の特殊職だから、厳しいかもな」
存在愛の召喚士以外にもシンクロを入手する手段はあるかもしれないが、掲示板を見るに現状では見つかっていない。
ダリアに向けて飛んでくる矢を剣弾きにて弾きつつ、突撃してきたハイリザード・ランサーの足を払って盾突進で崖下へと落とす。
奥にいたハイリザード・アーチャーは地面から伸びた黒の大剣によって体を貫かれ、間髪を入れずに頭へと到達したトルダの矢が炸裂。爆散した。
「しかし……やるなあトルダ。レベルが一回り違うモンスターにまるで苦戦してないじゃないか」
俺の言葉にトルダが当たり前だろと言わんばかりに腕を組んだ。
「投げ技だったり遠距離攻撃だったりで騙し騙しやってるけど、火力ではダリアちゃんに遠く及ばないし、崖のない場所で敵と真っ向勝負になれば多分勝てないかな」
及ばれては困るが……確かに地形を活かし、体力の多い前衛型のハイリザードでも関係なく倒せているのは大きい。近づく事のできないハイリザード・アーチャーやハイリザード・クレリックは、ダリアが8割トルダが2割程削って倒している。
俺の鼓舞術と統率者の心得、ダリアにはプラス野生解放でのブーストで火力はほぼ最大状態だ。後は部長が復活して、ここに更に強化魔法と弱体化魔法が加われば効率は上がるんだが……。
『頑張れそうか?』
『分配だけならなんとかー』
部長があまり機能していない。トルダの頭の上にだらりと体を乗せる部長は、溶けるような勢いでダレている。ステータスには熱による弱体化の類は見られないものの、細かな支援は期待できそうにないな。
暫く道なりに進んでいくと、溶岩のない地面が続くかなり広い空間に出た。壁の所々から赤々とした煙が噴き出しているものの、辺りにハイリザード達の姿はない。
その部屋には数組のプレイヤー達が座り込み、ステータスの確認やアイテムの確認、楽しそうに漫談したりする姿があった。なんとなくここはセーフティーエリアなんだろうなと予想できる。
「おう、兄ちゃん達。お前らもこの先の『ハイリザードの巣』に挑戦するプレイヤーか?」
近くで胡座をかいていた恰幅のいい男プレイヤーが声をかけてきた。その周りには数名のパーティメンバーらしき姿もあり、皆が顔を緩ませながらアイテム画面を開いているのが見える。
……うん、ちょっと危ない絵だな。
「ハイリザードの巣ですか……それは、ボスの部屋ですか?」
「ん? いや、灼熱牢獄ならまだ先だが……金稼ぎとレベル上げならここの方が断然効率いいぞ」
ボスよりも実入りのいいモンスターでも湧くのだろうか? それとも、オアシスのようなインスタンスダンジョンの類か?
「この先にあるポータルに触ればハイリザードの巣に転移できる。入ったら30分ハイリザードを狩り放題だ。次回入れるようになるには15分の休憩が必要だが……ハイリザードが落とす鎧はそのまま装備してもかなり使えるし、今なら売っても高い。オススメだぞ」
男プレイヤーは気前よくこの先にある物の情報を教えてくれた。聞く限りでは後者の、オアシスに近いダンジョンに飛ばされるようだな。ハイリザード達のレベルは平均で25程度だから、俺の装備と同程度のレア度はあるかもしれない。
見るに、ここにいる皆はそれを目的に潜っているようだし、競争率が高い分売値は下がってると予想できるが……それでも尚旨味があるとなれば金策にはもってこいだな。
「貴重な情報、ありがとうございます。……だってさ。トルダ、どうする?」
「んー。混戦っぽくなるなら、ちょっとレベル的に厳しいかな。道中にレベル3つくらい上がったけどね」
「あー、中は確かに全方位から湧いてくるハイリザード達との混戦になるな。見た所、姉ちゃん弓使いみたいだし、距離的にも厳しいかもしれん」
申し訳なさそうに笑うトルダ。男プレイヤーは気を使ったのか、やんわりと辞めた方がいいというニュアンスで付け足し、苦笑いした。
当初の目的はシンクロの効果の検証と、拮抗した実力の敵との戦い。このレベル帯からするとボスのレベルも30手前だろう。今までのボス戦を振り返るに、丁度良い相手だと言える。
インスタンスダンジョンの方も、レベル上げと同時に金稼ぎができるとなれば魅力的ではあるものの、少し目的から逸れる。30分戦い続けることができれば、部長の技能レベルも相応に上がるとは思うが……物量で攻められる方が危険度は高い。
「今回はやめておきます。わざわざありがとうございました」
そう言いながら頭を下げる。男プレイヤーは特に気を悪くした風でもなく、そうかそうかとボス部屋への道を指差しで教えてくれた。
クエストも残すところ灼熱牢獄までたどり着く項目だけとなる。最初は狭くて戦い辛いフィールドだと思っていたものの、戦闘は極めて順調である。
溶岩を挟んだ向こう側から放たれたハイリザード・アーチャーの矢を盾弾きでやり過ごし、ダリアの魔法とトルダの矢が追撃を決めた。
遠距離にも中距離にも対応できるダリアと、投げ技や締め技限定ではあるが近距離もこなせる全距離対応可能のトルダ。矢は俺が防げるし、回復は部長がいる。死角のない非常に良い陣営と言える。
ただ一つ、不安定要素があるとすれば……。
『部長、ダリアのMPが切れそうだ』
『ごしゅじん、ありがとー』
気の抜けるような声を漏らしながら、部長がダリアへ分配を飛ばす。熱にやられて集中力も切れてきているな……中断してもいいんだけど、頑なに拒むんだよなあ。
現在はシンクロで俺が彼女の目になって指示を飛ばす事で、なんとか形になっている。
仕方ない。火力は下がるが、ダリアの野生解放も切っておこう。
MP消費のペースが早いため、ダリアの野生解放を切る。野生解放は攻撃に歯止めが利かなくなるため、現在の部長ではカバーしきれない可能性がある。ここぞという時以外は、平常モードで冷静な戦闘をしてもらおう。
野生解放を切られて不満なのか、ダリアが手に持つ杖でツンツンとつついてくる。
お嬢ちゃん、まじで危ないそれ。ただの棒でもダリアが持てば包丁より危険だよ。
「よし。ボス戦前に、ダリアともシンクロしておこうかな」
俺の言葉に、ダリアの口元がぎゅっと結ばれた。
部長がいつも通りのパフォーマンスができないとなれば、ダリアとも連携をとってカバーする方がより良い筈だ。
最近様子が変だし、部長のように会話ができるようになれば解決法を共に考える事もできる。まあ、何より、声が聞きたいというのがあるんだが……。
「じゃあ……」
「思ったんだけどさ」
付近のハイリザード達の全滅を確認したトルダが俺の言葉を遮り、何か思いついたかのような口調で話し出す。
「シンクロって召喚獣には拒否権ってないの?」
「拒否権?」
「そう。だって考えてみてよ。いくら仲良しの人だとしても……いや、仲良しの人だからこそ、自分の心の中って見られたくないものじゃない?」
見られたくない……。例えるなら、友人だが携帯は見せたくない。という、超えてはいけないラインという所か?
確かに、心を繋げるとなれば俺の心の声やダリアの心の声は2人の間で共有される。そこにプライバシーは無い。
トルダはダリアの頭をゆっくりと撫でながら続ける。
「私とゲーム内で初めて会った日。ダリアちゃん、肩車されてたよね? ハローさんと会った日も、ダリアちゃんは肩車されてた。会社でゲームの話をする時も、娘が肩車したがって参ったとかデレてたじゃん」
「この間までは、ずっと肩車して移動してたんだ」
いつからか、ダリアは肩車してこなくなってしまった。手を繋いでくるのは非常に可愛らしいが、どこか距離を置かれたかのような、もどかしい気持ちがあったのは本音だ。
「理由を考えたの? いつも仲良しだったなら、ダリアちゃんの行動の裏にはちゃんとした理由があるって思わない?」
「反抗期だとか、成長しちゃったのかなとか……」
「反抗期なら手を繋がないよ。後ろから見てたからわかるけど、ダリアちゃん、いじらしく何度も手を出したり引っ込めたりした末に繋いでるの知らないでしょ?」
トルダの言葉に、俺は何も返す事ができずにいた。肩車が嫌になったとか、恥ずかしくなったとか、俺は見当違いの理由を考えていたからだ。
「シンクロって技能を手に入れたのを境に、ダリアちゃんの態度に変化があった。違う?」
「……その通りだな」
「なら少し考えればわかるよ。その技能には心を読む力がある。それは、ダリアちゃんが日々思っている事を、意図せず覗かれてしまう事になるでしょ」
部長にシンクロを使った時、部長は驚いていた。なぜ会話ができているのか、理解できないといった、動揺も含む声色だった。
俺は部長の心の中に、了承もなく踏み入った事になる。拒否権もなく、選択の余地もない。そして今回、ダリアにも同じことをしようとしていた。
「俺は……」
「って、いたた! ダリアちゃん痛い!」
見るとダリアがトルダの腕に噛みついていた。止めようと駆け寄ろうとした所で、腕を離したダリアが俺の顔を見上げてくる。
俺はダリア、そしてトルダの頭の上に乗る部長に対し、素直に頭を下げた。
「……ダリア、部長、ごめんな。よく効果も知らずに軽率だったよ」
冷静に考えて、家族同然とはいえ了承もなく女の子の頭の中に勝手に侵入した俺の罪は重い。なんて軽率な男なんだ俺は。
下げた頭に小さな手が置かれるのを感じた。
「シンクロしてみたら?」
「え!?」
やれやれと言わんばかりに手を上げながら、トルダがとんでもない爆弾を落とす。
「シンクロが嫌だったんじゃないのか?」
「嫌なんじゃなくて、心の準備ができてなかったって事でしょ、ニブチンめ。……まあ、ダリアちゃんの顔見ればわかると思うけど」
顔を見れば……いや、俺は鈍いらしいから、直接聞くしかない。
「ダリア」
確認するように名前を呼ぶと、ダリアはコクリと頷いた。
ぐるりと視界が捩れるような感覚の後に、俺の視界は2つに分かれた。片方に映るダークレッドの髪の女の子は、真っ直ぐ俺の瞳を見つめている。そしてもう片方に映るグレーの髪の男の方は、今にも泣きそうな、なんとも締まらない顔をしていた。
『ダリア』
再び、確認するように名前を呼ぶと、目の前の女の子がふわりと笑った。
『ダイキ』
頭に響いた澄んだ声は、昔、洞窟で聞こえたあの声と一致する。感極まり思わず抱きしめると、小さな腕が俺を抱き返してきた。
トルダがここに居てくれてよかった。
そして、俺の召喚獣がこの子達で本当によかった。