召喚獣のキモチ
黒と紫が入り混じる禍々しい柱が4本天に伸び、獲物を捕らえて捻れて爆ぜる。ダリアの闇の四重奏によって2体のリザード・ファイターが経験値へと姿を変えた。
【クエスト:リザード族の住処】推奨Lv.20
風の町付近に現れたリザード族を倒しつつ、住処とされる活火山の洞窟へ向かいましょう。※報酬はその場で貰えます
◯リザード・ランサー[10/10]
◯リザード・ファイター[10/10]
◯リザード・アーチャー[10/10]
◯リザード・クレリック[10/10]
◯灼熱洞窟[未到達]
報酬:経験値[1280]
報酬:G[7600]
開放クエスト:洞窟のリザード族
温風の抜け道のリザード達はダリアの魔法はおろか俺の技でさえ一撃で倒すことができる。少し前まで苦戦していただけに、レベルや装備の恩恵をひしひしと感じた。
続くエリア『灼熱洞窟への道』に出現するリザード達は、平均レベル20とかなり上がっていたものの、高火力のダリアを筆頭に、俺たちは問題なく進んでいた。
「部長ちゃん、SP回復お願い……ありがと」
トルダの弓は相変わらずの精度を誇り、頭部が弱点と知るや否や頭に2射連続命中という人間離れした技を見せている。加えて、技による威力増加により一撃で倒せる事を知ったトルダは、ダリアの魔法が届かない距離のリザード達を的確に射抜いていた。
部長もダリアのMPとトルダのSP管理に忙しそうだ。時々分配が追いついていない場面も見受けられる。
「部長、頑張ってくれ」
トルダの頭に乗る部長を撫でながら、回復薬を口に持っていってやると『喉がカラカラ』と言わんばかりに、ガブガブと良い飲みっぷりを見せてくれた。
事実、部長がいるお陰で戦闘が円滑に進んでいる。部長が分配にてトルダやダリアにSP・MPを送ってくれているから、回復薬は部長の分だけで済んでいる。
しかし、装備でステータスが上がったとはいえ減り方はかなり激しい。緊急睡眠こそ発動していないものの、ボス戦は更に消耗する可能性があるな。
しばらく歩いていると目の前に現れたのは巨大な活火山。頂上付近に目を向けると、ドロっとした溶岩が流れているのが確認できる。それにしてもかなりの高さだ……。
「あれ、入り口じゃない?」
弦を張ったままの弓を背中に引っ掛けながら、トルダは先に見える人工的な穴を指差した。硬そうな岩で縁取りされた大きな穴。そこにはまるで門番のように、金属の鎧に身を包んだリザード達が2匹槍を片手に立っているのが見える。
あそこが灼熱洞窟か。
「じゃあ、あの2匹倒しちゃうね」
2匹を見据えながら背中の弓に手をかけ、素早く構えるトルダ。当然ながら、この距離では2匹に反応はない。
トルダの周りに緑色の風のようなオーラが発生し、彼女に纏わりつくかのようにゆっくりと回り始める。ギリリと引き絞られた矢が技を纏い、オーラが矢へと吸い込まれるようにして螺旋状に絡みつく。
「『貫く双蛇の矢』」
放たれた矢は緑に光る2匹の蛇となり、絡み合う蛇達はリザード達目掛けて牙を立てる。
的確に頭部を撃ち抜かれたリザード達は吹き飛ばされ岩に激突し、頭の上にCriticalの文字が踊った。
「道中のリザード達とは格が違うのか?」
「もう一発中てればわかること」
今までのリザード達は今の一撃で確実に消し飛んでいたが、門番らしき2匹のリザード達が消える様子は無い。片方は既に槍を構え直し、此方へと向かってきている。
向かってきている1匹は、再び放たれた貫く双蛇の矢を槍で弾き、尚も突進してきている。奥の1匹は気絶状態にでもなっていたのか、回避行動をとらぬまま、2度目の矢によってポリゴンへと姿を変えた。
剣を抜いて迎え討つ。突き出された槍を盾で流しながら、相手の勢いを殺さぬように赤の閃剣を繰り出す。回避できるはずもなく、装備の変わったリザード・ランサーは胸を貫かれて爆散した。
うん。まだまだ苦戦するレベルじゃないな。
ダリアが杖を突き出しながら『今魔法使う所だったのに』と、言いたげな顔でこちらを見上げてくる。まあ、ボス戦では彼女に頼ることになりそうだし、今の内に温存してもらうのも手だ。
わしゃわしゃとダリアを撫でながら、改めて洞窟の入り口に目を向ける。門番が補充される雰囲気はまだない。
洞窟内から流れ出た熱気によって、周囲の空気が歪んで見える。中は相当な温度がありそうだ。
「じゃあ行くか。中は暑いぞー」
「ファイアーダンス経験者の私にはまだ温いね」
多趣味すぎ。ほんとたくましいよこの人。
灼熱洞窟に入ると同時にファンファーレが流れ、クエスト情報が強制的に表示された。
【クエスト:洞窟のリザード族】推奨Lv.26
リザード族の親玉が封印されたとされる灼熱洞窟に、リザード族の精鋭達が集まり始めました。何かの予兆かもしれません。リザード族を倒しながら洞窟内部を調査してください。※報酬はその場で貰えます
◯ハイリザード・ランサー[0/10]
◯ハイリザード・ファイター[0/10]
◯ハイリザード・アーチャー[0/10]
◯ハイリザード・クレリック[0/10]
◯灼熱牢獄[未到達]
報酬:経験値[2390]
報酬:G[10600]
開放クエスト:封印されたリザード族
ほらね、派生クエストが出てきた。
というか、次に開放される『封印されたリザード族』ってもう親玉を指していると思うんだけど。まあ、どの道挑むつもりだから問題はないな。
灼熱洞窟の内部は赤とオレンジが混ざった溶岩一色のフィールドだ。足場は広いが所々から熱気が噴き出し、崖のように足場が無くなっている場所もある。
落ちれば溶岩にダイブだ。恐らく死亡判定になるだろう。
暑さに弱いのか、部長が舌を出して呼吸を荒くしているのが見える。対してダリアはケロっと涼しい顔で尻尾を左右に動かしている。
地形や気候は召喚獣にも影響を及ぼすのか。確かに、普通ならこんな場所に居るだけで瞬く間に脱水症状を起こすはずだ。
カピバラは本来熱には強いとされている。しかし、火山の中にある洞窟ともなればその限度を超えているのだろう。とても動物が住める環境ではない。
俺やトルダも温度による変化を感じることはできるものの、フィルターがあるため蒸し暑い。肌寒い程度に緩和されている。現にトルダも手で顔をパタパタ扇ぐ程度で済んでいる。
ダリアは種族的に熱に強いのか? 魔族は熱に強いという話は漫画や映画でも聞かないが……何か隠された『温度耐性』のような物が存在しているのかもしれないな。
「部長、大丈夫か? 辛かったら無理に連れて行かないぞ」
トルダの頭にぐったりとした様子で乗る部長は弱々しく鼻を鳴らす。これは引き返したほうがいいか?
「どうする、ダイキ」
頭越しに部長の様子が伝わってくるのか、トルダが心配そうに言う。相手がトルダのように話すことができるなら、聞き出すのは容易なんだけど……。
試してみるか。
「……そうだな、この機会に使ってみるのもいいかもしれない」
「?」
心の内を知ることができれば、部長がどうしたいかを知ることができる。俺はクラスチェンジによって得た新しい技能シンクロを部長に向けて発動する。
部長の体の中を覗くようなイメージ。
「うっ……」
直後、視界が2つに割れた。
目の前がぐにゃりと曲がり、酔ったような感覚に陥る。視界が定まらず、思わずその場に尻餅をついた。
「ダイキ?」
「トルダ……って、あれ?」
なんだ、これ。
右目と左目が、まるで別々の場所を写しているかのような、奇妙な状態へと変わる。
視界の右半分に写るのは、心配そうな顔で俺を覗き込むトルダと、頬をつついてくるダリア。そして左半分に写るのは、きめ細かいアイスグリーンの髪越しに見える、赤い鎧を着た男の姿。
右目を覆うように手を動かすと、左半分に写るグレーの髪の男も右手で右目を覆う。思わずトルダに目を向けると、左半分に写る、驚いたような表情を浮かべる男と目が合った。
「まさか……シンクロって……」
『暑いよー 喉乾いたよー 腹減ったよー』
同時に、脳内に響くのは小さい女の子の駄々をこねるような声。
そうか、シンクロというのは……。
舌を出しながら荒い呼吸をする部長に向け、脳内で語りかけるように念じる。
『部長か?』
『あれー? ごしゅじん?』
やはりそうか。
右半分に写る部長の顔が驚きの色に染まった。
にしても召喚獣と会話ができた。夢が叶ったかのような……涙が出そう。
シンクロ。親密度によって効果が変化するとあったが、これは召喚獣と心で会話することができる技能だ。
加えて、視界も共有することができるらしい。視界の左半分は部長が見ている景色であり、俺は部長を介して自分を見ることができている。
右半分だけに意識を持っていくと、視界全てが俺の見ている景色となり、左半分に意識を持っていくと、部長が見ている景色だけになった。
デフォが2画面というのはかなり酔うな……。とりあえず自分本来の視界だけ表示するように意識を持っていこう。
『ああ、俺だ。体調は大丈夫か?』
『ごしゅじんー。ちょっと暑いけど大丈夫だよー』
普段は太々しく振舞っている部長だが、心の内は頑張り屋なようだ。となれば、もう少し奥に入っても問題なさそうだな。
『苦しくなったら教えてくれよ』
『はーい』
尻に付いた砂を払うようにして立ち上がりながら、部長の頭をひと撫でした。
「ねえ、どうしたの?」
「ああ、とりあえず部長は大丈夫って言ってるから先に進むか」
「言ってるって……喋れるわけないのに」
俺が勝手に判断したと勘違いするトルダは不満そうに口を尖らせる。彼女には道中シンクロの説明をしておこう。
俯くダリアの手を引きながら、改めて灼熱洞窟を進む。
シンクロか。会話はともかく視界の方は慣れることが必要だな……召喚獣達の視界を共有して戦うことができれば、会話を使って離れていても連携が取れそうだ。
ともあれ、部長……女の子だったんだな。