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女心と秋の空


 時刻は午後12時12分。


 出張から戻った俺は、弁当片手に屋上の扉を開けた。

 これでもかという程に暖房の効いた屋内は、会議で疲れた俺を夢の世界へと(いざな)ってくる。


 やはり遅くまでログインしていたのが(たた)ったか……。

 珈琲(相棒)をもってしても無理となれば、外気に当たって目を覚ますしかない。


「お、大樹。随分早かったな」


「お疲れー」


「おう、お疲れ。実のない会議だし長引かれるのもゴメンだな」


 視界右に並ぶようにしてベンチに腰掛ける謙也と椿。奥にある自動販売機に並ぶ相棒達の半数が、売り切れランプを灯している。


 補充してくれよ、業者さん。


「わざわざ茨城まで行って、実のない会議とはねえ」


「それだと語弊があるな。少なくとも、俺には。と、付け足しておこう」


「あまり変わってないけど」


 それに会社の車、誰だアイドルの曲入れまくった奴! 俺が入れておいた懐かしの洋楽シリーズが追いやられてたじゃねえか!


「そうだ、出張と言えば……最近、会社の車を私物化してる馬鹿が勝手に音楽入れてやがるんだけど、大樹じゃないよな?」


「さあ? 俺、音楽とか聞かないし」


「え?」


 椿、余計な事を言うなよ? 俺は部長に怒られたくないんだ。


 息を吐くように嘘を吐き、しれっと弁当を開けながら黙秘を続ける。

 俺の前にアイドルの曲を入れた名も知らぬ社員、奴のせいにしよう。


 ――この世は賢い人間が生き残る。


「あ、そうそう。昨日やっと自作の弓が完成したんだよね」


「お、やったな。納得のいく重さに出会えたか?」


「うん。ちゃんと八節(弓を引く基本の型)に基づいて引くと、やっぱり1射1射に掛かる時間は長いけど、絶対そっちの方が楽しい。現実だと、動く的を狙うなんて邪道だし貴重な体験だね」


 車の話は危険なので椿の話に乗っかろう。ともあれ、彼女は彼女で我が道を行ってるな。確か技能(スキル)でサバイバル術とか取ってなかったか?


「昨日は完成した弓と竿で、魚を獲って料理したんだ。技能(スキル)も色々上がって、やっと私のFrontier Worldが始まったって感じ」


 戦闘職でも生産職でもない、採取職でもない彼女こそ『冒険者』的な位置付けなのかもしれない。これで専用のクエストでも発生したら、運営もなかなかなロマン思考と言える。


「俺たちは(もっぱ)ら対人練習だな。勿論トーナメントに勝ちたい気持ちもあるが、今は新規プレイヤーにあれこれ教えるのが主だな。女性陣がなかなか面倒見がいいからな」


 謙也は満更でもなさそうな顔で、煙草の煙をぷかりと吐いた。まだ見に行けていないが、謙也達パーティ……今はギルドだが、本格的にギルドとして機能し始めているようだな。


 女性陣は納得だが、謙也自身も面倒見がいい部類なんだよなあ。


「トーナメント終わったら、召喚獣達を連れて顔出しに行くよ」


「おう。皆会いたがってるよ。基本はダリア嬢目当てだけどな」


「達?」


  


 王都ギルドの中は今日も多くのNPC、プレイヤーで溢れていた。


 ファンタジーに出てくるような賑やかな酒場を、限界まで引き延ばしたかのような、千人近く入れそうな広いギルドのエントランス。

 プレイヤー達がクエスト同行者やダンジョンへのパーティを募っている。


 視線を移すと、(うつむ)きながら手を繋いでくるダリアとその頭に乗って俺を見上げる部長。

 ヒクヒクさせた鼻を優しく撫でてやると、部長は満足そうに鼻を鳴らした。



「ダリア、どうした?」



 そういえばクラスチェンジした時からずっとこんな調子だ。存在愛の召喚士は親密度が上がるのに補正が掛かる恩恵だと思っていたが、それに関してなにか気にくわない事でもあるのだろうか。


 部長はいつも通り、のんびりとした雰囲気に変化はない。


 ふむ、腹が減ってご機嫌斜めなのか? とりあえず食事がてら、紅葉さん達に会いに冒険の町に戻るか。

 

 王都ギルドを後にし、中央のポータルから冒険の町へと転移する。珍しくダリアは肩車(いつもの場所)へ登らず、手を繋いだまま自分の足で歩いていた。




 冒険の町に着いた俺たちは、まず紅葉さんのいる露店の方へと足を進める。

 港さんにはログイン時にメールを飛ばしてあるが、未だオフラインだ。返信が来るまでには時間がある。


 紅葉さんの露店前まで行くと、数人の女性プレイヤーが雑談するその中に、紅葉さんの姿を見つけた。

 紅葉さんも俺に気がついたのか、大きく手を振っている。


「ダイキ君! こんばんは」


「こんばんは、紅葉さん」


 挨拶を返す。と、紅葉さんと漫談していた女性陣からの視線が一気に集まり、瞬く間に囲まれた。

 キラキラと目を輝かせる彼女達の視線は、ダリアと部長に向けられている。


「可愛い! この子が噂のダリアちゃんね」

「見て見て! この子頭にカピバラ乗せてるわよ!」

「カピバラも超可愛い、癒されるなあ」

「本物が見られる日が来るなんて……」

「お姉さんと一緒に写真撮ってくれないかな?」

「ずるい! 私も入る!」

「私も私も!」


 大人気だな、召喚獣達。俺の目から見たらこの子達は我が子同然だから、可愛さに脳内補正が掛かっている部分もある。が、他の人から見ても可愛いようだ。


 片や表情こそ殆ど変わらないが作り物のように顔の整った美幼女と、片や癒し系動物の一角であるカピバラだ。人気にならない要素がない。


 ダリアも部長も特別嫌な顔はしていないので、止める必要もなさそうだな。

 女性陣に召喚獣達を託し、近くで微笑んでいた紅葉さんに声をかける。


「俺は人気ないんですね」


「あら? あたしは好きだけどな」


「敵わないっすわ……」


 大人の余裕ってやつだろうか。紅葉さんからの小慣れた切り返しに、苦笑いしながら頭を掻いた。


「ところであのカピバラ。ダイキ君の新しい召喚獣?」


「そうです。名前は部長で、タイプは回復支援型ですかね」


「あの子も可愛いわね。ダイキ君って可愛い召喚獣が集まる何かを持ってるのかな?」


 どうだろうな。いや、召喚は完全にランダムだから特に関係ないとは思うが……。


「ここに来たのは、さしずめ部長ちゃんのアクセサリー探しって所かしら?」


「ご名答です」


 思えば部長にはまだ何も装備を与えていない。装備の有る無しでかなり変わってくるだろうし、なるべく早めに揃えるのが望ましい。


「既存のものになっちゃうけど、種類は色々あるわ……というか、ごめんねダリアちゃん達に群がるアレ」


「嫌がってなかったので、大丈夫ですよ」


「彼女達、自分達のことお姉さんとか言ってたけど、いい歳したリアルママさん軍団なのよ。ついでに可愛いものには目がないわね」


 確かに、Frontier Worldは遠くの友達と話すだけでも十分楽しめるゲームだ。トルダ(椿)みたくレクリエーション感覚で釣りや山登りするのも一興だろう。

 翻訳機能で海外のプレイヤーとも言葉の壁無く会話もできるし。


「かく言うあたしも結構のんびりプレイしてる。アクセサリー作ったりクロっちと散歩したり、友達と喋るだけで1日終わる時もあるなあ」


「俺もトーナメント終わったら、召喚獣達とキャンプでもして遊ぼうかなと思ってる所です」


「いいわね! その時はあたしも誘ってね!」


「勿論です」


 楽しみが増えた。と、スキップするように露店に向かう紅葉さん。

 送られてきたトレード申請を承認すると、画面にアクセサリーが次々に並んでいく。


 見た所、どれも回復や強化等に関係する効果のあるアクセサリーだった。が……いい値段するな。


「トーナメントに向けて、回復役(ヒーラー)の装備品が今、高騰してるの。回復役(ヒーラー)はパーティ戦闘の要だから仕方ないといえば仕方ないんだけど……」


「常連という事で多少オマケもありそうなので、俺は紅葉さんから買いますよ」


「そうね。あたしの愛が入ってるわ」


「それは何物にも変えがたい……」


 満面の笑みを浮かべる紅葉さん。どうやらまけてくれる気はなさそうだ。――まあ、そういう時もあるだろう。


 俺はその中から『回復魔法効果微量アップ』と『魔力+15』の効果がついた腕輪を購入した。効果の高い物だと値段が6桁の物もザラにある。


「紅葉、また来るねー!」

「ダリアちゃん、部長ちゃん、またね!」


 お開きとなったのか、ママさん軍団がログアウトしていく。

 ともあれ俺と紅葉さんの会話を聞いていたのか、メニューの鑑定機能を使って調べたのか、彼女達は部長の名前も把握していた。


 時間的に夕飯の支度とかかな? なんにせよ、適度な時間でゲームを終了している部分、流石は家庭持ちのプレイヤーだ。


 部長を頭に乗っけたダリアがこちらへ歩き、そのまま俺と手を繋いだ。


「――ダイキ君。ダリアちゃんと何かあった?」


「いや、無いと思いますが……」


 その光景を見ていた紅葉さんが顎に手を当てながら、確認するように言う。

 ダリアとは他人である紅葉さんが変化に気づくとは、女の勘という物が働いているのだろうか?


「あたしはね、ダリアちゃんが何か困っているような。そんな印象を受けるなー」


 困っている、ねえ……。


 この状態は女性陣に囲まれる前から続くものだから、ママさん軍団はほぼ関係ないだろう。

 ご飯にまだ連れて行ってやれてないから、お腹を空かせているという可能性もあるが……。


「とにかく、女の子を困らせちゃダメだよ。早く原因を見つけてあげてね」


「わかりました。それとアクセサリー、ありがとうございます」


 いいのよー。と、手を振る紅葉さんに見送られながら、露店を後にした。


 露店の並ぶ通りを進みながら、フレンド欄をスライドさせていく。


 ……オルさんもオフラインか、とりあえずメールを送っておこう。マーシーさんは、オンラインだな。よし。


 俺たちはそのままマーシーさんの露店へと足を進める。


 にしても、困っている……かあ。喋らないダリアから原因を聞くのも難しそうだし、技能(スキル)の内容通りの効果だとすれば、それこそシンクロで気持ちを知るしかなさそうだ。

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― 新着の感想 ―
[一言] タイプ的に鈍感バカか朴念仁か唐変木かどれかだろうしね(笑)
2020/02/17 00:05 退会済み
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